第五十一話
色々書き直していたら短い上に遅くなってしまいました……
王宮に戻ってきた翌日の朝。
レオヴィスは事件の収拾に忙しいらしく、昨夜から王城と王宮を行ったり来たりしている。
昨日の誘拐が結界を無視した形で起こったため、強力な結界よりは魔法そのものを排除する特殊なものにして、しばらく警護をアーサーとランスがつきっきりで行うことに決まったらしい。
……いや、ホントはランスの腕だけあれば十分だったんだけど、それはそれで危ないとアーサーに猛反対され、ランスの扱いを誰よりも知っている彼にも常時付いてもらうことになった。
寝ている間に何があったかは知らないけど、アーサーは非常に疲れた顔をしている。ランスの胴体に太い鉄鎖が巻かれ、簡単には身動きができないようになっていたのに関係しているのだろう。
詳しくは聞かない。聞いたら最後だ。たとえ、それで警護って正気なの?と思っても。
ランスは非常に不本意、と言った顔をしていたけど、鉄鎖を巻かずにはいられなかったアーサーも不本意だったと思うよ……
横目でその光景を眺め、テーブルに並べられた朝食に手を付けた。
すでにその様子に慣れ始めている自分が恐ろしい。
平穏な生活に憧れてどれほどか。いつの間にかアクが強すぎる面々の(主にランスの)、ちょっと常識はずれな言動を流せるほどになっていた。
「ごちそうさま」
「王女殿下、本日のご予定を申し上げます。これから王城に向き、昨日の件についての説明と聴取がございます。御昼食は王城にて摂り、午後からは特にご予定はございませんがエシャンテ様から時間があればお茶はどうかとお誘いがあります」
「エシャンテ様……断るのは無理ね。喜んでと返事をお願い」
「かしこまりました」
食べ終えた食器が音もなく片づけられていくのを眺めながら、アーサーをちら見する。
……どうしようこわい。
昨日は部屋に戻ってすぐに着替えてベッドに入ったせいか、何も言われなかった。
そして今日起きてからも何も言われない。
単純に昨日の事件が私に落ち度がなかったからかと思ったけど、それにしては言われなさすぎる。少なくともあの『贈り物』については何かあってもいいのに。
……いや、待って?
もしかするとあのランプシェードが私の誘拐事件の一端を担っていることを知らない?
レインは詳しい説明は避けたけど、シーナのあの意味深な言葉といい、ランプシェードが転移魔法の一部として機能していたことは間違いないと思う。
だけど当然ながらアーサーはそれらを知らない。
そっか……知らないのか……知らないんだ!
よし!と知られるのも時間の問題なのはわかりきっていたけど、ひとまず今アーサーに悪夢の説教をされることはない。それが心の底から嬉しかった。
にまにまと笑ってしまい、それを見咎めたアーサーが怪訝な顔で私を見る。
「王女殿下?何か?」
「あっ、う、ううん!何でもないです!」
「ですが……」
「いやいやいや!ホントに何でもないの!あ、ほ、ほら、早く支度しなきゃ!」
全く納得していない顔だったけど、本当に支度をしなければならない時間ではあるので追求を諦めてくれたようだ。
藪蛇だけは気をつけよう。わざわざ怒られたいと思うような、ドMの神経は持っていない。
わざわざ藪蛇を突いてこちらによこすドSは近くにいるけどね!
ちらりと足元で丸まって眠る黒猫を見下ろし、軽く息を吐いた。
ふっ、とこの黒猫に興味を示しやたらと触りたがった赤ちゃんを思い出す。
シグマは……うまく逃げられたかな?
自然とその兄を思い出し、表情を曇らせる。
もしも見つかって捕えられたのだとしても、少しでもその量刑が軽くなるように口添えしよう。どこまで重く捉えてもらえるかはわからないが、私の逃走を手助けしようとしてくれたのだと言えば最悪死刑は免れるだろう。
要は私が彼に対して恩義に思っていることを伝えることが鍵だ。
でも……と、不安がちらつく。
レオヴィスは私が誘拐された事実を隠蔽している。いなくなったのはたった一日だ、おそらく簡単にそれは事を成すだろう。
だからこそ、この事件に関わった人間を簡単に外には出さない。レインはもちろん、…巻き添えとしか思えないシグマのことも。
私が庇えばレオヴィスは最大限譲歩してくれるかもしれない。だけど、その代わりシグマの未来に自由は存在しない。少なくとも、この事件をシグマが一言でも漏らせば生かしてはおかないだろう。
幸せでいてほしい。
前世の弟とさほど変わらない歳でありながら、必死に妹を守って生き抜こうとする彼が辛い目に遭うのは悲しかった。
守りたい。圧倒的な弱者である彼に、少しでも自由に幸せに生きてほしかった。
―――踏みつけろ。
不意に声が脳裏によみがえる。
―――考えるな。一人前に正義感など振りかざしても、傾国の運命にあるお前にはどうしようもない。
シーナだ。
―――お前は傾国の女。正義も慈愛も善悪も考える必要はない。
弱者など切り捨てろ、と一片の慈悲もない美しい顔で言われた。
私の立場や運命を考えれば、それはある種の正論なのだろう。そうでなければ私の命が、そして周りにいる者の命も危うい。もっと言えばある弱者を一人助けたことで、国が傾くことさえあるかもしれないのだ。
そうなれば私の命一つどころの話ではない。大勢の民が困窮する。
正義は常に正しいとは限らない。私が助けようとした弱者には大いなる正義でも、それに振り回されてしまう多くの他者には暴力にも等しい。
私は、選択し続けなければならない。どれを守るのか、救うのか、切り捨てるのか。
私は……今、選択しなければならない。シグマをどうすべきか。
守りたい。救いたい。助けになってあげたい。
決して、見捨てたくない。
どうしたら周りを振り回すことなく、彼を助けてあげられるのか。
私は、今すぐに考えを出さなければならなかった。
できれば見つからずにどこかに逃げ延びてほしい。
心の底から、そう願っていた。




