第四十七話
一つ…いや、一つと言わず二つ三つ確認したい。
私悪くないよね?
拉致されたけど、あれは誰がどう見たって私に落ち度なんかないよね?気が付いたらここだったんだし。
魔力つながれちゃったけど、これも私にはどうしようもなかったことだよね?そもそも魔力見えないし、防ごうにも方法がわからなかったわけだし。
こいつに目を付けられたのは……まずかったかもしれない。でもあの時点でこうなることが予見できる人間がいたら見てみたい。
うん。ワタシワルクナイ。
さあ復唱してみよう。ワタシワルクナイ!
例えこれが予見できなくても、こういう事態になる運命だと知ってるんだからもっと慎重になれとか、常に最悪の事態に備えて何らかの具体的な措置を講じておく必要があったとか、そんなお説教の幻聴なんか聞こえても聞こえないフリをさせていただきます。
さあもう一度!
ワタシワルクナイヨ!!
……あれ、幻覚のレオヴィス様が微笑んでいらっしゃる。なぜだろう、こんなに背筋が凍りつくのは。せめて私に対して怒ってるんじゃないと信じ込みたい。切実に。
ふっと軽い現実逃避から戻った私にレインは微笑んでいた。
相変わらず鳥肌が立ちそうないやな笑みだ。正直、もう自分の表情を取り繕うのが限界…いや、面倒になってきたんですけど、いいですか?
誰にともなく心の中で問いかけ、やがてため息と共にぐっと飲み込んだ。
「……レイン様、まさかレオヴィス様と敵対なさるおつもりですか?」
自分で聞いて何だけど、無謀だ。無謀すぎる。
レオヴィスを敵に回して生きていられる場所なんて、少なくともこの大陸にはない。彼は自分の持てる力を最大限貸してもいいから、とまで言った。こんなことでは諦めはしないだろうし、何より彼の敷いた警備を嘲笑うかのように私を連れ去ったのだ。名誉を取り戻すという点でもその可能性は低い。
が、私が不安に思う要素は、失礼ながらレオヴィスではなかった。
私の頭に思い浮かぶのは悪魔めいた微笑を浮かべるヘーゼルの瞳……ランスだ。どうしてそんなに執着されるのか、正直疑問に思うくらいだけど、彼は確実に私を諦めることなどしない。
この世の果てならまだしも、地獄の果てまで追ってきそうで怖い。
私には彼から逃げ切れる自信など全く持てない。ああ持てるわけがない。あの恐怖は味わった人間しかわからないだろう。
あのランスを、この大陸トップクラスの権力者であるレオヴィスが援護するとどうなるか。そんなもの、考えなくても結末はわかるってもの。
このイケメン気取りはおそらくレオヴィスだけが厄介だと考えている。わざわざ訂正してやる親切心なんて沸かないけど、哀れだなと同情してあげよう。
彼にはいっそ殺してくれと頼み縋る未来が待っているのだから。
「敵対することにはなってしまいますが、大丈夫ですよ。僕は貴女様という絶大な力を得ましたから。……そうそう、今後は是非ユーベルトとお呼びください」
私の哀れんだ目には気づかず、機嫌良く笑う。
知らないというのは幸せなことね……
ふっと小さく笑い、話を変えた。
「……そうですか。それならばこれ以上申し上げることはありません。それでレイン様?私を案内してくれた男の子の妹というのはどこでしょう?」
レインの最後の一文を無言のうちに却下すると、なぜか悶えるような、たまらなさそうな顔になる。
その顔にぎょっとして思わず後ずさると、さらに興奮して頬を染めた。
なんで!?無視したのに何でそんな顔するの!?さっきからこいつおかしいと思ってたけど、まさか……それがいいのか!?
へ、変態…変態すぎる!うぅ、気持ち悪いよー!!
「ええ、すぐにでも案内させましょう。……姫君、僕の鳥。貴女様の望みは全て叶えてあげますよ」
もうぞわぞわ背筋の悪寒が止まらない。
温かさを求めて足元のシーを抱き上げぎゅっと抱きしめた。
小さく「ぐぇっ」とうめき声が聞こえた気がしたが、そんなのは無視だ。元を正せばこんなのと知りあわなければならない運命にしたのは、シーナなのだから。
……多少八つ当たり気味だったのは否めないけれど。
レインはそんな私の様子をうっとりと眺め、その顔をドアへと向けた。
「入れ」
多少の間を空けてから、そろりとドアが開く。
薄汚れた姿に不安そうな表情を浮かべ、シグマは私を見てから自分の主人に視線を移した。
「姫君がお前の妹に会いたいそうだ。案内してやれ」
「は、はい」
私に向けていた甘ったるしい表情は消え、まるでゴミでも見るような険しい顔でシグマに命令する。
人間の醜い部分を見たようで、なんだかものすごく気分が悪いわ……
なんて腹立たしい。この男をどうにかしてやりたいのに、今の私は力が無いと書いて無力!もしもランスのような身体能力があれば、今すぐにでも足蹴にしてやるのに!
イライラがそのまま腕の力に伝わったようで、またも「ぐぅっ」と小さなうめき声が聞こえた。
……はっ、ダメよ、中身はどうなったって構わないけど、この素晴らしい極上の毛並みの猫が苦しむのは可哀想だ。中身はどうなったっていいんだけどね!
念を押すように繰り返すと、不穏な空気がわかったのか、それとも私の考えなどお見通しなのか。シーが胡乱な眼で見上げてくる。
……あ、お前の運命もっと酷いことにしてやろうかって言ってる気がする。ノーサンキューです。ごめんなさい。ホントにスミマセン。
即座に心のこもらない平謝りをして、シグマが「こちらへどうぞ」と案内するのに従う。
ちらりとレインを見ると、
「僕はここでまだやらなければならないことがありますから。今後のことも含めて、ね」
またもやぞわぞわする顔でこちらを見ていた。
ひぇっ、き、気持ち悪い……
見ちゃダメだった、とシグマに振り返り、ふと思い出す。
……あ。そういえば……
「……レイン様、後で浴室をお借りしても?」
「姫君に相応しいものではありませんが、用意したお部屋についてございますよ」
「そうですか、ありがとうございます。シグマ、後でできるだけきれいな着替えを持って部屋にいらっしゃい」
私の言葉に二人がぎょっとした顔をする。
「姫君、まさかそれを入れるおつもりですか?」
「それ、ではないわ。シグマという名があります。私のために用意されたものを人に貸すのは礼儀に欠けるかもしれませんが、貴方はそれ以上に身の回りにもう少し気を使うべきです。レイン家は使う者に気を払う余裕もないのかと笑われますよ」
皮肉ってやると、悔しいどころか恍惚とした表情になってしまった。
ひ、ひぇぇぇえ……もうダメ、気持ち悪すぎる!!
身震いして潰さない程度にシーを抱きしめる。さすがに身構えていたらしく、うめき声は聞こえなかった。
私の青い顔を存分に眺めたレインは、その視線をシグマへと向け吐き捨てるように命令する。
「姫君の仰せだ。僕の顔に泥を塗るような恰好などするなよ。……いや、待て、確か金がないのだったな。まともな服など持っているわけがないか……」
しばらく考え、舌打ちを一つする。
「……仕方がない、用意してやろう。光栄に思え。それと、姫君の部屋の浴室は使うな、汚れが付いてはたまらんからな。門番の一人と一緒に外で洗ってこい」
「外で……?」
「公衆浴場にでも行け。……何を呆けている。姫君を案内して差し上げろ!」
「は、はい!」
慌てて返事をすると、シグマは逃げるように部屋から出る。
それを追って私も身に染みついた礼をして出て行く。ドアを閉める時にちらりと見えたレインは、やはり悪寒のする笑みを浮かべていた。
本人あれで爽やかな笑みを浮かべているつもりなのかもしれないが、その効果は私には全く表れていない。むしろ真逆の感情を湧き起こさせる。
扉を閉めた時にはほっと安堵の息を吐いてしまったくらいだ。
あー気持ち悪かった。
レオヴィス、ランス、アーサー……
お願いだから、早く助けに来てください。
ふっと遠い目をしながら重いため息を吐いた。ああ、特大の幸せが逃げて行ったな、なんて思いながら。
ホントはもっと続きがあったんですが、どこで区切ればいいかわからなくなったのでとりあえずここで。
もっとさくさく進めたい……




