表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傾国の姫  作者: 安田鈴
43/75

第四十二話

 エシャンテ様は「最後に嫌な思いをさせてごめんなさいね、私から食事時に無作法な贈り物をするなと厳重に注意しておくわ」と気遣ってくれた。

 ああ、お姉さま、貴方の優しさが今は身にしみます。

 そしてできたらもう二度と贈り物をするなと言っていただきたかった……

 次の日から、不気味で意味のわからない、しかしメッセージはすべて愛のポエム調の贈り物が頻繁に届くようになった。

 最初が虹色に輝く蛙だったように、非常に珍しく、高価な物であるのに、その内容がいかんせん贈り物として喜ばれる物とは程遠い。

 蛙に始まり、百%の確率で吉凶を占う白蛇、太陽の光によって色を変えるトカゲに、甲羅が宝石の原料となるカメ。私にはトカゲと違いがよくわからなかったけれど、生きた宝石と呼ばれる綺麗なエメラルドグリーン色のイモリも届けられた。そのイモリが私の目と同色なことは何かの間違いだと思いたい。

 他にも爬虫類と両生類の貴重な物ばかりを集めたと言っていいものが多数。

 私はそれらを調べに来た生物学者に「資料でしかお目にかかれないような物ばかりですが、どうやってこんなに集めたんですか」と揺さぶられかねない勢いで問われたが、曖昧に微笑んで全て彼に寄贈した。とっても喜んでいたので、いいことをしたと思う。これからも珍しい生き物が届いたら彼に送ろう。

 ……。

 おい。誰かレインとやらを呼べ。この手でフルボッコにしてやる。

 なんで?いったいどうして私がこんな目に?

 爬虫類も両生類も苦手よ。むしろ嫌いだ。ああ、そういえばお義母様も蛇みたいな目をしてたな。もう、それも含めて嫌いだ。

 この贈り物騒ぎでさらに嫌いになった。

 これをまさか、不器用な愛の表現とかぬかしやがるやつがいるなら、私、頭の血管ブチギレちゃうよ?

 アーサーは普段お目にかかれないくらいの笑顔で「……レインですか、覚えておきましょう」と呟き、ランスは「ははっ、今日は楽しい血祭りが見られそうですね、姫様」と物騒に笑った。二人とも完全にシンクロしたように目が笑っていなかった。

 この二人に任せておけばおそらく一つの死体が出来上がり、そして闇の中に葬り去られるかもしれないが、ここはユーリトリア。相手は身元がしっかりしすぎている。残念で仕方ないが、二人の暴走を止めておかなくてはならない。

 何より、私をこんな目にあわせるヤツをこの手で苦しめなければ気が済まなかった。

 レオヴィスに聞くと、やはり私がやり込めたあの若い男がレイン……ユーベルト・メニア・レインというらしい。ちなみにメニアは首都エミリアで魔法関係の職業に就いていることを指し、レインは家名。家名を名乗ることが許されているのは貴族階級以上なので、彼は貴族階級の魔法使い、ということになる。

 まあそんなことを知ったところで、私の怒りが尻込みするかと思ったら大間違いだ。

 貴族?それが何?

 私が属国の王女だからって、たかが貴族に引き下がらなきゃならないほど落ちぶれた覚えはない。

 ―――絶対に、許さない!

 ぶるぶると震える私の手の中には、見たくなかったのに見てしまった贈り物。

 背後ではあっはっは!と腹を抱えて笑い転げている男が一人。

 絶対に、ぜっっっっったいに!!泣かす!!!!

 土下座したって許してやらないから!!

 もはや誰に対してなのかわからなくなりそうな怒りで目も眩むばかりの私を、盛大に笑い飛ばす美貌の男は、涙さえ滲ませてどうにかこうにか笑いを治めようとしていた。

「あー……笑った笑った。なんだお前、俺がちょっと見ないうちに楽しいことに巻き込まれてるな。さすが俺の玩具。俺がいなくても人生を面白くできるなんて、最高すぎる」

 くくくっ、とまたもや喉で笑い始める。

 レオヴィスとあまり離れられないために、私にあてがわれたのは客室ではなく南宮のレオヴィスの部屋の隣。

 元々王女たちが住まう宮なので、主室と呼ばれる部屋の左右に最低三部屋は侍女達の部屋が存在する。私にあてがわれたのは筆頭侍女が控える部屋。内装はスリファイナの自分の部屋と比べても遜色ない、むしろ長年大国として君臨し続けてきた威光を示すに十分な部屋だと言える。

 レオヴィスが言うには、そんな部屋でさえ、ユーリトリアにおいて「スリファイナの第一王女」という政治的立場からすれば、対応が悪いと言われてもおかしくないのだそうだ。

 それほど微妙な立場にいる自分が悲しくもあり、怖くもあり、複雑な気分になる。

 母国にいても微妙で、大国に渡っても微妙って、いったい私は何者なんだ。普通の王女として平々凡々に育ちたかったよ……

 まあ無理だけど。

 どんなに願っても祈ってもひれ伏して土下座したって、そんなの叶わない。

 ああそうさ。もう諦めたさ。そんな切なる望みなんて。

 ……目の前で大爆笑を再びし始めた、前世で私の人生を強制終了させ、今世の人生を玩具にしやがったにっくきド鬼畜ドSにド悪魔の死神様が私に付きまとっている限り、そんなちっぽけででっかい夢が叶うわけないと!!

 このド鬼畜野郎、朝から散々笑ってまだ笑うか!!

 怒りの震えは全身に広がり、もはや我慢の限界だ。

 手に持ったガラス細工のランプシェードは、先ほどからぴしぴしと嫌な音を立てている。

 爬虫類と両生類しか贈る気がないのかと思っていた矢先、ついにまともなものが!と驚いて手に持った私を襲った不幸は計り知れない。

 そもそも最初の一、二回を除いてそれ以降の贈り物を阻んできたアーサーが、朝から続くこれにブチギレて「……レオヴィス様と対策を練ってまいります」と部屋を出て行ったのが不幸の始まりだった。

 次にランスが、アーサーが離れた隙を狙うかのように怒涛のごとく届き始めた大量の「贈り物」にキレ、短剣を突き刺したことが問題となって監視付きの別の部屋に連れて行かれた。

 こうなると私の守りは侍女のみ。私のために厳選された優秀な侍女たちは「ユリフィナ様への贈り物はすべて断れ。もしくは中身を確かめてから渡せ」と言われた通り、その務めを果たしていたのだが……

 その守りは破られたのだ。

 傍目には美しい品物であったために。

 ランプシェード自体はとても美しいガラスの工芸品で、繊細なつくりをしていた。おそらくこれも高価なものなのだろう。贈り物として非常にふさわしい一品と言える。五歳児に贈るには少々大人っぽ過ぎるが、間違いではない。ガラス細工が織りなす光の瞬きにうっとりする女性は多かろう。

 ……ある一つの問題を除いて。その問題こそ、優秀な侍女たちが見逃した最大の不幸だった。

 問題だったのは、そのランプシェードの光源となるべき中に、なくてはならないものがなく、あってはならないものがあったこと。

 きらきらとガラス細工のランプシェードを輝かせる、その中身。

 それがまさか、まさか……

「なんで……なんでよりにもよって蛇なの!?」

 そう、光り輝く白蛇だったのだ。

 届けられたランプシェードを見て綺麗!と思わず手に取り、好奇心と偶然で見てしまった中身は間近で目が合うとしゅるっと舌を出した。

 ―――これが不幸でなくて、何だと言うのだろう?

 悲鳴も上げられずに固まった私を、このド鬼畜野郎は助けもせず笑い始めたのだ。

 ああ、殺してやりたい。この手で、死ぬ間際まで苦しめてやりたい。

 こいつも、これを送ってきやがった野郎もどちらも!

「くくく……っ、ああ、最高だ。お前を本当に愛しく思うよ」

「死んでしまえ、バカ!」

「はっはっは!人生にスパイスはつきものだ、そうだろ?」

「辛すぎなのよ、この人生は!!限度ってもんを知れ!!」

「これくらいじゃないと味わった気にならなくてな。さーて、次は何が贈られてくるのか……」

 ニヤニヤと笑うその美貌の顔を、何度思ったかしれないが本気で殴り飛ばしたいと思う。

 ぴしっ

 ついにランプシェードが悲鳴を上げるように嫌な音を立てた。

「おいおい、それが割れたら中身が出てくるんじゃないのか?」

「出てきたらあんたに投げつけてやるわよ!」

「できるのか?」

「できるわけないでしょー!?」

 呆れた顔をするシーナに、混乱のあまり矛盾したことを叫んでしまう。

 更に呆れた顔をされた。

 しょうがないじゃない!それくらいパニックなのよ、こっちは!

 涙目で睨みつける私に何を思ったか、やれやれと肩をすくめて近づいてくる。

「まったく……たかが蛇だろう」

 ランプシェードを私の手から取り上げ、それをドアの傍に持っていく。

 あら……優しい……

 優しい?

 このド鬼畜野郎が、優しい……?

 何かある。

 私の長いようで短い、こいつとの付き合いで磨き抜かれた勘はそう告げる。

 絶対に何かある。何かない限り、こんなことはあり得ない。

 猜疑心に満ち満ちた私の目はシーナの一挙一動を見つめ、ドアの傍に置かれたランプシェードに視線を移す。

 あれに、何かあるに違いない。何もないわけない。

 なんだろうか。いったい何が……

「……お前、人の優しさを何だと思ってるんだ?」

 半眼の眼差しが私を見ていた。

 その良心を鋭く貫く視線に一瞬罪悪感を覚えるも、すぐに持ち直す。

 何よ、だったら最初から優しくしやがれ!

「あんたが何の打算もなく私に優しくするわけないと思ってるからこそよ!なんなの!?あれに何があるっていうの!」

「……可愛げのない……。まあ、事実だから反論する気はないがな」

「!?じ、事実って事実って!?なになになになに!?なんなの!!」

 再びパニックを起こす私に、シーナは悪魔めいた顔でにやりと笑う。

 ひぃっ!もういや!!

 聞きたくない!!……けど聞かないともっと怖い!!


「まあ、お前がこの騒ぎで巻き込まれる運命の入り口ってやつだ。楽しみだろう?」


 微笑む悪魔とも神ともつかぬ美貌。

 薄いブルーにも見えるグリーンの瞳は、楽しげに輝いて見えた。

 しかし……

 人が誰しも抗いながらもうっとりと眺めてしまうだろう、その笑みも。

 私には何の価値もない。どころか一瞬も見たくない不幸の極み。

 楽しみ?

 これから巻き込まれる運命が楽しみですって?

 確実に私の人生を平穏から遥か彼方に遠ざける運命の入口が……?


 ……楽しいわけ、あるかーーーーっ!!!!


 私は五つ目の怒りの結晶を手に入れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ