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傾国の姫  作者: 安田鈴
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第四十一話

 気に入られてみせる!

 ……とか大見得切ったものの。

 いったいどうしたらいいのやら……

 どう考えてもエシャンテ様はものすごく面倒な人だろう。この大国ユーリトリアの第一王子と第三王子をお人形さん呼ばわり、しかも「便利な」とつく。年齢からいって第一王子は兄であるにも拘らず、だ。

 国王様とレオヴィスの容姿から想像すれば、確実に美人だろうし、思い通りにならなかったことなどほぼないのではないかと思う。

 気に入らないことがあれば手に負えなくなる、よ?

 さっきは家族と他人に向ける顔は違うって思い直したけど、その考えを思い直したい。

 だってある程度の節度さえあればやりたい放題やれる身分と環境なんだもの。むしろ家族以上に他人には容赦ないかもしれない。そう……リィヤを下僕扱いしていたという証言の通りに!

 そんな人が面倒な人でないはずがない。

 気に入られるイメージが全く作れない私を、いったい誰が後ろ指させるというのだろう。

 ……あ、一人いたな。

 そんなド鬼畜野郎が一人いた。嬉しくないことに、この世界で一番の身近に!

 もう涙さえ出ないよ、わが身の不幸に。面倒な道しか用意されない上に、選べば選ぶほどドつぼにはまっていく人生で、それを生涯笑いながら鑑賞するヤツがいるなんて、可哀想だよね?

 ああ、これが他人だったなら笑っていられたのに。

 この悲劇に同情しながらも、他人の不幸は蜜の味って言えたのに!

 ホント……これが他人事だったらなぁ……


「ユリフィナ様?」


「っ!は、はい!」

 おっと危ない!走馬灯のごとく考えに没頭してたよ!

 もういっそ夢なら覚めてほしいのに、全く覚める気配も悠長に寝ていられる気配もない人生を愚痴るように振り返らずにはいられない五歳児って、そうはいないと思う。

 恐ろしいよ、まったく。

 引きつりそうになる笑顔を留め、呼びかけた人へ顔を向けた。

「我が国の食事はお口に合うかしら?私、貴方に付いた侍女たちに話を聞いて、できるだけ好みそうなメニューにしたのだけれど」

 にこっ、と華やかな美貌を輝かせる。

 レオヴィスのお姉さま、エシャンテ様は迫力の美人だった。

 見た瞬間、美人!すごい!本物!?と、偽物の美貌など知らないけど、そんなことを思ったくらいの美貌の女性だった。

 いるだけで部屋が明るく華やかに、どこか花の匂いさえ立ちこめそうな美人。見れば見るほどうっとりと眺めていたい、と目が訴える。できたら自分のことは人形か何かだと思って、部屋に置いてくれないだろうかと考えてしまう。

 シーナのことも信じがたい絶世の美貌だと思ったが、エシャンテ様もそれに負けずとも劣らない、女の美を余すところなく具現化した美貌の持ち主だった。

 磨きに磨きぬいた美しい小麦色の肌と艶めいた金髪。飴玉みたいなオレンジ色の瞳は、光の加減で赤くも見える。体の曲線にまだ少女めいた硬さはあるが、それでもほぼ出来上がっていると言える。つまり、出るところは出て締まるところはきっちり締まった、羨ましいの一言しか出ないボディライン。

 これが十五歳!?と内心絶叫した。するしかないだろ、こんな美人。

 感嘆のため息しか出ない。下僕になりなさい、と言われたら操られるように頷いてしまいそうだった。

 これが来年人の妻になってしまうのか、と思うと残念でたまらない。もちろん、世の男性諸君もそう思っていることだろう。

 今頃婚約者の彼は酷いいじめかやっかみを受けて、精神に異常をきたし始めているかもしれない。それでもエシャンテ様を思うがゆえにひたすら耐え、けなげに奮闘する。それを見守るしかできない自分を歯がゆく思うエシャンテ様!

 ああ、なんて青春なの!キュンキュンする!!

 顔も名前すら知らない人に胸を高鳴らせる私。私こそ精神に異常をきたしているのかもしれない、と思わなくもない。

 話しかけられたことに多大なプレッシャーを感じて、現実逃避をしているだけとも言うが。

「とても美味しく頂いています」

「そう?なんだかすごく考え込んでいらっしゃるようなお顔なんですもの。最後のデザートは私の好きなものでもあるの、ぜひ召しあがって」

 にこっ。

 ……す、鋭すぎやしないか、エシャンテお姉さま……

 さすがユーリトリア王族。半端じゃない能力をお持ちだ……

 だいぶ引きつりそうな顔をそれでも留めた私を誰か褒めてほしい。

「はい、楽しみです」

「ええ。……ところでレオ?」

「なんですか、姉上?」

 レオ!レオですか!!

 さすがお姉さま、レオヴィスを愛称でお呼びになるのですね。強すぎる強権がにじみ出てきそうなワンシーンだ。

「ユリフィナ様と婚約するのかしら?」

「っ!」

 な、なななな!?

 突然のことにパニックを起こす私とは反対に、レオヴィスは冷静に苦笑して言葉を返す。

「……姉上、気が早すぎるのでは?」

「あら。そうでなければ彼女はここにいないのではなくて?コバエが嬉々として連れて行ってしまったでしょうに。……警戒しなくとも、私は反対などしないわ。歓迎したいくらいよ」

 歓迎!?いえ、歓迎しないでほしい……ああでも、そうなったらもっと面倒な気もする!

 いやそもそも何で知ってるの、お姉さま!将来婚約者として、とかいう話はレオヴィスだって周りに話をしてないはずなのに!

 洞察力?勘?何にしてもこわい!

「姉上には敵いませんね。……そうです。まだ七年も先の話ですから、どうなるかはわかりませんが……」

「ふふ。どうなるか、なんて貴方には似合わない言葉ね。そうなるに決まってるじゃないの。謀略なんてお手のものでしょう?」

「お手の物、というほどではありません。姉上にはいつも悟られてしまいますから」

「嘘をおっしゃい。私に悟られてしまうような謀略など、私を巻き込むつもりでもあるじゃないの。……それで?私に何を手伝わせたいのかしら?」

 楽しそうに会話する姉弟。二人とも華やかな美貌なだけに、見ている分には実に麗しい。

 しかし。

 ……違う、違うよ、こんなの私が知ってる姉弟の会話じゃない。

 なんなんだ、この空気は。陰謀って言うのはもっと暗くて狭いところでこそこそとするものじゃないのか。

 こんな堂々と、しかも食事時にする?侍女だって下がらせてないのに。

 呆然と成り行きを見守る私をよそに、にっこりと微笑むエシャンテ様にレオヴィスはやや苦みの強い笑みを浮かべた。

「……手伝っていただきたい、というよりは、認めて頂くだけでいいんです」

「彼女との婚約を、かしら?個人的には天使みたいに可愛らしいし、素直そうな子だから義妹になってくれたら嬉しい限りだわ。でも、……スリファイナの第一王女でしょう?確か弟王子がつい先日生まれたばかりだけれど、愛妾の子だったわね。継承権の問題があるわ。そこはどうするつもりなの?」

「残念ながら、そこは五分五分の賭けに出ます」

「賭け?まさか正妃に子供が生まれるのを待つの?」

「その通りです。……分が悪いとお思いかもしれませんが、勝率はいいはずです。彼女を身内に引き入れるよりは、自分の子を思い通りに育て上げた方がいい。例えそれが王女でも、王を操っているあの正妃には継承権の問題など関係ない話でしょうから」

「まぁ。……そうね、なかなか面白そうな話が聞けそうだわ。でも、私にメリットがないわね。どうするつもり?」

 エシャンテ様の楽しげな笑顔は変わらない。

 私はと言えば、デザートとして運ばれてきたひんやりと冷えたフルーツと色とりどりの丸いゼリーに、手を付けるべきか話を聞くべきか悩んでいた。

 ……だってこの話、私が入っていい話とは思えない。話を聞くぐらいしかできないが、聞いてても心臓に悪い。いっそお腹が痛いと言ってここから立ち去りたいくらいだ。

 でも裏で話が進むのも怖い……

 結局どうすることもできないことが私の運命、かつ小心者たる象徴というわけか。

 最低だ。せめて小心者は克服したいな……

「……メリットとして、何が欲しいんです?」

 私が考え事に没頭している間にも、レオヴィスとエシャンテ様の話は進んでいく。

「ふふ、そうね……これから二人はシヴァインに行くのね?なら、あの学院の制服を一つ、私に届けてちょうだいな」

「なっ……姉上、それは……」

「あら、できないわけないわね?心配しなくても、制服を一着私にくれればそれでいいのよ。できるわね?」

「……いったい何がしたいんです……私が父に怒られる姿が見たいとでも?」

「おかしなことを言うのね。ただの純粋な興味と、単純にあと一年の自由を満喫したいだけよ」

「一年で済むのですか、姉上の興味と自由は。差し出がましいかもしれませんが、彼にもう少し協力してやらないと、とても一年以内にあの試験は突破できませんよ」

「だからいいんじゃない。私は自由を先延ばししたい。お父様もせめてもうしばらく結婚を先延ばしさせたい。彼は自分が立派になってからでないと、私と結婚など畏れ多いんですって。ほら、三人とも意見は一致してるわ」

「……一致はしても、シヴァインに行くと簡単には外と接触できなくなることはおわかりですよね?父は姉上と少しでも一緒にいたいのでしょうに……」

「手紙を出せばいいわ。それに、お父様が一番一緒にいたいのはお母様なのだし、お母様がなだめてくださるわ」

「……。わかりました、どうにかしましょう」

 溜め息を吐いて頷くレオヴィス。

 恐るべし、お姉さま。さすがです、お姉さま。私、レオヴィスがこんなに押され気味な対応したのを初めて見ました。

 すごいなぁ!こんな風になりたい。傾国の運命の女なら、これくらいできておかしくないはず。

 頑張って見習ってみよう!

 うんうん、と心の中で頷いていると、部屋にノックの音が響いた。

 コンコンコン

「何かしら……入りなさい」

 食事に招いた側であるエシャンテ様が主として振舞う。

 少し不愉快そうな顔なのは、おそらく邪魔しないようにと言ってあったのだろう。入室を許可された使いの者は必死な顔で恐縮していた。

「失礼いたします。……あの、ユリフィナ王女殿下にお届けものが」

 ……私?いったい何が……と言うか、誰から?

 その疑問を代わりに聞いてくれたのは、やはりエシャンテ様だ。

「ユリフィナ様に?誰から?」

「魔法省のレイン様からです」

「……貴方、その届け物、今そこで開けてくれる?」

 レイン?誰だろう……

 と言うか……魔法省って!ひぃっ、さっきやり込めたヤツのことじゃないよね!?ね!?

 あれを恨んで嫌がらせに、とか、勘弁してほしいよ!!

 ぶるぶると小刻みに首を振る私に、レオヴィスは落ち着け、と苦笑する。

「恨むなら俺の方こそ恨むだろうさ。奴らはな。……しかしそうすると、中身はいったいなんだろうな……」

 えええ!?

 レオヴィスを恨むって言うなら、レオヴィスに送ってよ!

 私を巻き込まないでほしい!!酷いよ!!

 使いの人は丁寧に包まれたベルベット色の布を解き、包まれていた箱を開け……

「うわっ!」

 悲鳴を上げた。


 …………。


 もういや。大の大人が悲鳴を上げるものなんて、見たくないよ、ばか。

「中身はなんでしたの?」

 そんな中冷静に問いただすのは、我らがエシャンテ様。お姉さま、憧れます!

「……は、はい……えー……」

「さっさと言いなさい。なんですの?」

「……あの、虹色に輝く蛙……です」

「かえる?かえるって、げこげこ鳴くあの蛙?」

「は、はい」

「……あのコバエは何がしたいんですの?レオヴィス、ちょっとその蛙に危険はないか調べなさい」

「私が、ですか。……わかりました」

 仕方なさそうに頷いて、席を立ちあがる。

 ごめんね、レオヴィス!私なんぞのために!

 でも虹色に輝く蛙って、ちょっと見てみたいかも……いや、遠くからね、遠くから。

 爬虫類は苦手です。

 使いの人から箱を受け取り、その中身をしばらく見てから首を振った。

「ただの蛙です。……魔法で色づけしてあるのかと思ったら、それも違うようですよ。非常に珍しい蛙だと思います」

「そう。……ますますなんなのかしら。手紙か何か、入ってないの?」

「手紙ですか……ああ、マジックメッセージカードが付いてるな」

 言いながら蓋の内側に付いているらしいメッセージを読み上げる。

「『親愛なるユリフィナ王女殿下

 今更何をと思われるかもしれませんが、先ほどのお叱りを受けて目が覚める思いです。

 あれほど私の心を揺さぶり、掴まれた思いは初めてでした。

 まるで古き魔法に出会い、その復活を成し遂げた後の高揚感にも似て、この胸は高鳴る一方です。

 貴方と出会う前まではまるでモノクロの世界だったのに、今は貴方と一緒に生きてこの世にいることがどれほどの幸せなのかを噛みしめずにはいられないほどです。

 ああ、できることなら魔法省にではなく、私のもとに……』」


「……………」


 沈黙。

 全員が、言葉をなくしていた。


 うん……私の嫌な予感、バッチリ当たったみたいです。

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