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傾国の姫  作者: 安田鈴
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第二十九話

 こんやくしゃ。

 こんにゃく?うん違う。しょうもないこと言ってごめん。

 婚約者、ね。


「…………無理です」


 しばらく呆けたようにレオヴィスの赤い目を見つめ返し、首を振った。

 え、婚約者でしょ?

 ムリムリムリムリ。うん。無理です。

 私の答えにレオヴィスは片眉を上げた。

「な」

「なぜです!?こんなに権力と財力と美貌と頭脳が揃ってる男は、この世界の隅から隅まで探してもレオヴィス様だけだと思いますよ!?」

 今まで静かに話を聞いていたリィヤが、レオヴィスを遮る形で問い詰めてきた。

 すごい形相だね、リィヤ……百年の恋も冷めるよ、それ。

「そりゃあ確かに、レオヴィス様のやたらめったら無茶な発言に散々苦労しましたよ?しかも本人、まるでその自覚もないし、悪気はゼロ!そりゃレオヴィス様の能力なら簡単なんでしょうが、ごくごく平凡な才能しかない人間にやれって言ったって無理だろ!って思うことなんか多々、いや、いつも常に思ってますよ?何でこの方にあの時出会っちゃったんだろうって心底悩んでもいますけど、性格以外はすべて完璧……むしろ何でこれで性格が完璧にならなかったのか不思議で仕方ありませんが、そのレオヴィス様を振っちゃうんですか!?」

「……」

 リィヤ。それ、心の中にしまっておいた方が良かったんじゃないかな。

 だってほら……レオヴィス、すごいいい笑顔してる。

 この部屋、もうちょっと暖房入れた方がいいね。凍えそうです。

 ……レオヴィスー、その顔怖いよー。笑顔なのに、背後にお前八つ裂きにしてやろうかって書いてあるのが見えちゃって、黒さ満載だよー。

 せめて私の前ではそんなレオヴィス見せないでほしかった……

 ああ、やっぱり私の周りの美形は美形のままでいてくれなかった。悲しい。

 引きつった顔でレオヴィスを見ている私にようやく気付いてくれたリィヤは、その顔色を青から白へ、そして重度の病気にかかった患者のように土気色へと変えていく。

 うん。瀕死だね。寿命はあと一日あるかないかってとこでしょうか。

 合掌。南無南無。

 その魂に死後の安らぎがありますよーに。……安らげないと思うけど。

「……リィヤ」

「ひっ、は、はい!」

「随分……俺のことを買ってくれているようだ。遠まわしすぎてよくわからなかったが、さっきの言葉は俺を高く評価してのこと。……そうだな?」

「はははははははい!もちろん!!」

「どうした?舌が随分もつれているようだが……しゃべりにくいのか?」

「い、…いいえ。大丈夫です」

「そうか。……もつれるような舌なら、要らんかと思ったんだが」

 まだお前のことを喋れる人間として使いたいからな。

 にっこりと、貫禄を備えた笑みを浮かべる。

 えーと……つまりそれって、舌を切ってやろうかって脅しだったんでしょうか。

 ……怖いよー。黒いよー。レオヴィスの知りたくなかった本性に本気で怯えてる少女がいることを、至急思い出してくださーい!

 助けを求めて横に立つアーサーの袖を握りしめる。

 アーサーは深い表情を浮かべて、私の手を握り返してくれた。正直、アーサーも拷問が得意という知りたくなかった本性を持っているけど、今のレオヴィスよりはマシ。

 少なくとも、私の前でその手さばきを見せたことはない。

 恐怖に涙ぐんでいる私を思い出してくれたのか、レオヴィスは一つ息を吐いてリィヤから私に視線を移す。

 どこか気まずそうに咳払いをして、何もかもを誤魔化そうとする笑みを向けた。

「……今の、忘れてくれるとありがたいんだが」

「む、無理だよ!?」

「……そうだよな。ユリフィナにはまだ隠しておきたかったんだが……仕方ない」

 仕方ないって何が!?

 え、何が仕方ないの、何を諦めたの、無理って言ったの取り消すからできることならそのまま隠しておいて!!

 私の心の絶叫を聞くはずもないレオヴィスは、また大きくため息を吐いて私を見る。

「……一つ、謝っておかなければならないことがある」

「な、なに……?」

「俺はこの国の視察に来たのと同時に、ある目的があって「お前」に近づきたかった」

「私に……?」

 怯える私をレオヴィスはじっと見つめる。

 その目は、やはり私の視線を捉えて離さなかった。


「スリファイナの第一王女、ユリフィナ・エール・ユン・ダ・スリファイナ。第二位王位継承者にして、実質的な次期女王。……加えて知ったことだが、傾国の姫。俺の最大の目的は、お前を手に入れるためだと言ってもいい」


 私を手に入れるため。

 ……熱烈な告白でなければ、危険な意味を持つ言葉だ。

「私を……「傾国の姫」を、手に入れるため?……なぜ?」

「……正確に俺の言葉を把握するのは、さすがだな」

 レオヴィスの表情は冷めたまま。何も変わらないように見えるのに、全てが違って見えた。

 これが、レオヴィスの素なんだ。

 狂気すら見え隠れするその顔に、彼は小さく苦笑を浮かべた。

「だ、だって、レオヴィスは私に近づきたかった、と言ったわ。……本当に婚約者として紹介したいなら、近づくのではなく、親しくなりたかった。そう言うはず」

「お近づきに、とよく言う言葉だと思うが?」

「そうだけど……私にもよくわからない。だけど、レオヴィスの言い方には何か引っかかったの。普通の婚約者を求めているようには思えなかった」

 私の言葉にレオヴィスは満足そうな顔をする。

 そしてその視線をリィヤに流した。

「リィヤ、残念だったな。お前の念願は叶いそうにない」

「そうですか……。いえ、でもこれからまだ時間はあります。私は心からお二人の心変わりを願っています」

「諦めればいいものを……。まあいい。あれを持ってこい」

「はい」

 言われて部屋を出ていくリィヤを見送ってから、私は落ち着かない気分でレオヴィスをちらちらと見てしまう。

 冷めた幼いながらも端正な顔立ち。

 炎のような赤い瞳は、けれど情熱的と言うよりはやはり狂気の色に見えた。

 レオヴィスは、きっと自分が求めるものを手に入れるためなら、誰よりも情熱的に、そして残酷にもなれるんだろう。

 平穏を望むのなら、彼は絶対に近づいてはならない人だったのだ。

 ……今更そんなことを知ったところで、引き返せるはずもないのが、私の悲しい運命だ。

「レオヴィス様、お持ちしました」

「ああ。……ユリフィナ、これを」

 リィヤが戻ってきて、レオヴィスに何かを渡す。

 小さな小箱のようだ。そう、ちょうど指輪ケースほどの……

 って、まさか!

「そ、それってもしかして、もしかしなくても、……指輪、だったりする?」

「そうだと言ったら?」

「いやいやいやいや!断固受け取りを拒否します!何で!?」

「何でと言ってもな。言っただろう?俺はお前を手に入れるためにこの国へきて、そして婚約者として父に紹介したいと」

「だから!無理ですってば!……わかってるはずよ、私の立場はそう簡単に婚約者を決められないこと。今のままなら私が次期女王だし、そうならなくてもファスカに行かなきゃならない。行かなきゃならないってことは……私は誰かに嫁入りできないってことよ!」

 どうせ国の外に出てしまうのに、養子だなどと言う話が出るはずがない。

 私はこのままなら次期女王として、そうでなければファスカに行き、そこでファスカの貴族階級の誰かと結婚することになるのだろう。

 スリファイナか、ファスカか。

 どちらかに留まることを余儀なくされる。伝承の通りに生まれた子供ならなおさらだ。

「……いいや、お前はそうはならない」

 レオヴィスは静かにそう切り返した。

「傾国の姫。……これが意味するところは、お前がどう動いてもどこかの国が傾くと言うことだ。シーナはそう言っただろう?」

「で、でも!王妃様をどうにかできたら、反乱なんかしなくて済むし、私は国で平和に過ごせるわ」

 何とか活路を見出そうと反論するが、レオヴィスの顔は変わらない。

 静かに、私の精一杯の反論をねじ伏せた。

「……残念だが、王妃はお前がユーリトリアに行くことになった瞬間に、計画を早めることを決意した可能性が高い。スリファイナは近いうちに、王妃の言いなりになる。あとはお前が帰ってくるのを待つだけだ。……国に留まりたいなら反乱を導け。嫌なら……」

 レオヴィスはその後の言葉を続けなかったが、言おうとしたことはわかった。

 ……わかってしまった。

「そんな……」

「ユリフィナ・エール・ユン・ダ・スリファイナ、お前はさっき言ったはずだ。大陸丸ごと傾かせてやると。お前を利用しようとした者全てに、後悔させてやる、と。……冗談だった、とでも言うのか?」

「……」

 そんなことはない。私を利用しようとした者たち全員に、復讐してやりたかった。

 私だけが振り回されるなんて、そんなの不公平だと思った。

 ……そんなに国を傾かせてほしいなら、お前たちの国を傾かせてやる。

 あのくすぶった怒りは、まだ私の心の奥底にたまってる。

「お前は傾国の姫だ。……とてもそうは見えなかったが、あの言葉を聞いて俺は一瞬心が震えたよ。求めていた者に会えた、と」

 レオヴィスは囁くように声を甘く低めた。

「初めはお前の政治的な立場があまりにも不安定だったことに目を付けたんだが、傾国の姫になる運命だと死神に魅入られたなら、俺は何を引き換えにしてもお前を手に入れる。利用するために。……お前のその運命を利用させてもらう。その見返りに俺の力を最大限貸そうと思うのは、別に不自然じゃないだろう?」

 今やレオヴィスの目は狂気を宿しているようにしか見えなかった。

 悲鳴が喉に張り付いて、視線をそらすことも、指一本動かすこともできない。

 シーナの底知れない闇を孕んだ瞳に似ても似つかないのに、その恐怖は酷似している。

 これを、とレオヴィスは再度私に小箱を差し出す。

 ……受け取る以外に何ができただろう?

「この指輪はお前が十二になった時から付けてもらう。父に紹介するのはその時だ」

「私は……魔力を抑えるために、留学に行くのよ?そんなに長くユーリトリアに?」

「魔力を制御できるようになるのは、三カ月程度もあれば十分だろう。だが、お前の存在は魔法省に知られた。魔法省に連れ去られれば、圧力をかけても五年は出ることは叶わない。それを防ぐ唯一の方法が、シヴァイン魔法学院に入ることだ」

「シヴァイン……?」

「俺の治めるシーグィ地方にある、ユーリトリアでも随一の魔法を学ぶ学校だ。ここには魔法省も手が出せないようになっている。……まあ、外界との接触自体、無理になるからなんだが」

「そこに入れば、魔法省は私に手が出せないのね?でも……学校なんでしょ?何年も入ってなきゃいけないのは、困る」

 それなら魔法省に連れ去られるのと同じだ。

 私がやんわりと嫌だ、と難色を示すと、レオヴィスはすぅ、と目を細める。

 ……こ、こわい……

 ダメだ。レオヴィスに反論する時は、断固とした気持ちがないと喰い殺される気がする。

 長年の被食者としての勘が、警告音を鳴らしながらそう告げていた。

「……ユリフィナ。俺は言ったな?お前を手に入れるためなら何を引き換えにしてもいいと。それは、手に入れたら手放す気は微塵もない、と言っているのと同じだと思わないか?」

「は、はい……」

 全くその通りで。

 以後発言には気をつけます!

 私の要注意人物図鑑に、シーナと並んでレオヴィスが最高危険人物と認定された。

「……話も長くなった。そろそろ俺達は部屋に戻る。ユリフィナは食事がまだだったな?あまり食欲はわかないかもしれないが、明日はキールに着く。……港町キールはこの大陸有数の観光名所でもある。美味い料理や屋台が立ち並んで、人々は活気に満ちている。お腹を減らしておくのもいいが、ほどほどにしないと遊べないぞ。楽しみにしているといい」

 強張った私の顔を、触れるか触れないかの優しい手つきで撫で、ふっと小さく笑って立ちあがった。

 優雅な身のこなし。音も立てないのにその歩き方は、王者の風格さえ滲ませている。

「……おやすみ、ユリフィナ。この言葉が本物になる日が愉しみだな」

「お、おやすみなさい……」

 ドアのところで振り返り、レオヴィスが微笑んで言う。

 とてもじゃないが返したくない挨拶。でも、言わないともっと怖いことが起きそう……

 心の中は滂沱の涙だ。ああ……もうちょっと、レオヴィスのこと安全だと思っていたかった……

 部屋から出ていくレオヴィスと、いつの間にか茶器を片づけたリィヤがそれを追う。

「……王女殿下。お食事は……」

「……うん。かるーいやつをお願いします」

「かしこまりました。……それと、言いにくいのですが……」

 いつもきびきびしているアーサーが言い淀むなんて。

 嫌な予感がしつつ、発言を促すと。

「……追い詰めたいわけでは、ないのです。ないのですが、知っておいた方がいいと思いますので申し上げます」

「うん。どうぞ」

 何を言われても覚悟だけは決めようと、唇を引き締める。

 そんな私に、アーサーはとてつもない爆弾を投げてくれた。


「母を、マーサをあまり不憫に思わないでください。そして信じないで頂きたいのです。……マーサはファスカ出身です」


 それはつまり。

 マーサは王妃とつながっている可能性が高い、と。

 息をのむ私に、アーサーは苦い顔をして視線を落とした。

「……お食事の用意をして参ります」

 見惚れるような一礼も、今は目に入らなかった。

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