第二十七話
本当に、私の人生って人に揉まれて巻き込まれて流されて、諦めると死なのね。
私の意思って必要なんだろうか、この際。
まあね。諦めないって意思は必要不可欠だけど。私の人生なんだから好きに生きさせてくれー!って言っても無駄だってことよね、要は。
……ホント、あのド鬼畜野郎、延々と火炙りしながら恨みつらみを言い続けて最後にあのお綺麗な顔を泥まみれにしてやりたい。
いや、もういっそこの手であいつを殺せるなら、悪魔にでも何にでも魂を売り払ってしまいたい。
ふ、ふふふふ……貴方にとって私が最高の女なら、私にとっても最高の男よ、シーナ……
もう貴方のこと、憎らしいんだか愛しいんだかわからないわ。ふふふ……
―――絶対にこの手で貴様の首をちょん切ってやる!!!!
そんな怨念を混ぜて、平然と笑っているシーナを睨みつけた。
「……シーナ……あんた、よくもここまで人を追い詰められるものね……」
おどろおどろしい声にシーナはにっこりと笑う。
誰もが見惚れずにはいられないだろう、絶世の美貌。究極兵器と呼ぶべき美しい笑み。
だがしかし。今の私には小石程度の美しさも感じなかった。
「俺が容赦するとでも思ったか?」
思わないわよ、ド鬼畜野郎!!
もはやわなわなと怒りで唇は震え、握りしめた拳はあいつを殴らせてくれと訴える。
「……私にここまで殺意を沸き起こさせたのは、貴方が初めてよ、シーナ。いっそ生首でも生きていられるのか、私に見せてくれないかしら」
「ほぉ?俺の顔がそんなに気に入るとはな。常々俺の美貌を平然と見ているお前には美意識がないのかと思っていたが、なんだ隠していただけか」
「ふふふ、まさか冗談でしょ。貴方の顔にどれだけ泥を塗りたくってやったら気が晴れるかしらと胸を高鳴らせても、顔だけの貴方に何の価値があって?」
「ははっ、やっぱり首がつながってる俺が恋しいんだろう?」
「ほほほ……そうね、その口が動いている限り私のこの気持ちが重みを増していくのは必然かしら。いっそ口の利けぬ人形にでもなってくれれば、もっと恋しいわ」
「そこまで熱烈に愛しいといわれると、もっとお前を愛でてやりたくなるな」
ふふふ。
互いに腹に一物抱えたままにっこりと笑いあい、私はふんっとそっぽを向いた。
悔しいが、どうしたって私は最後にこいつに敗北する。歯がゆくて発狂してしまいそうだが、私の運命は、このド鬼畜野郎がきっちり握っているからだ。
わかっちゃいる。わかっちゃいるけど、どうしてもこいつにぎゃふんと言わせたい。
こいつの苦手なものがわかれば、私は一生それと一緒にいるのに。
ごしごしとにじんだ怒りの結晶をアーサーの裾で拭き、その足にぎゅっとしがみついた。
「……あー……」
そんな私の動作を見ていたアーサーが、やっちゃった…と言いたそうな声でため息を吐く。
……ん?なんか、デジャヴが……
「……姫様!もう我慢ならない……!なんでアーサーなんかがいいんです!?」
何の話?
ぽかんと私がその声の主に視線を向けると、ランスは悔しくてたまらないと言った顔でこちらを見ていた。
……目、血走ってる気がするんだけど……き、気のせいよね?
ランスは両手を広げてさあ来い!みたいな恰好をしている。
まさかとは思うけど……そこに行けと?私が?犯罪起きませんか?
しかしランスの目を見ると、行かなくても犯罪が起きそうな気がする。
……え、どうしろって言うの、私に。
アーサーを見上げるが、頭が痛いのかこめかみを押さえ力なく首を振っている。
レオヴィスとリィヤは限りなくどん引きした目でランスを見ているし、シーナはニヤニヤと笑っていた。
またしても私の怒りのボルテージが上がりそうになり、睨みつけていると、
「姫様……!先ほどからこの不逞の輩と仲が深いご様子……いったい何がいいっていうんです、この顔だけの男の!?」
……ランス。そんなこと世界が終わってもありえないから。
しかし私の呆れた顔も、ランスのとち狂った目には映らなかったらしい。
激しく間違った嫉妬をシーナに向け、怒りも露わにキレた。
「貴様、俺の姫様に色目を使いやがった挙句に掻っ攫う気か!」
「は?」
「猫だと思って甘く見ていれば、人間になれる……!?姫様の油断を誘って、いったい何をするつもりだ!」
「……何もするつもりはない」
「今まではな!自慢のつもりか!?」
「何を自慢するんだ、俺は……」
「俺の姫様の腕の中に抱かれてただろう!」
「……それはそいつに言ってくれ」
「やはり自慢か!姫様に抱かれてたんだと自慢してるんだな!?」
許し難い!
ランスはますますヒートアップしていた。
聞いているのも馬鹿らしいと思うほど、ランスの怒りは見当違いだ。
どうするのか、とシーナを見やると、珍しいことに……そう、私がこいつと出会ってから初めてじゃないかと思うくらい、珍しいことに、ヤツは美貌の顔を歪ませていた。
あれ?あれれ?
まさか、まさかシーナって……こーゆー言葉が通じない人、苦手なの?
「いいだろう、その首を切り落としてから言い分を聞いてやる!」
ランス、きっと切り落としても聞く気ないんじゃないかな。今まさにそうだし。
その珍しさに呆気にとられた私をよそに、ランスは素早くアーサーに近づきその腰の剣に手をかけた。
「待て、ランス!落ち着け!」
「落ち着く!?だいたい、アーサーもなぜ姫様を離さない!俺にちょっとくらい譲ってくれてもいいだろう!?」
「お前に譲った瞬間、陛下に面目が立たないからだ!」
「何が陛下だ!姫様にこんなに抱きつかれてるポジションがおいしいだけだろう!」
「馬鹿か!今のお前にどうあっても王女殿下は渡せないし、触らせられん!」
「どいつもこいつも俺の邪魔を……!俺の姫様だ!」
……ランス。私、いつからあなたのものに?
うぅ、目が血走ってるよー怖いよーこのまま喰われちゃいそうな勢いだよー。
剣持ってないのに暴れ始めたし、ホントに限界なんじゃ……
はっ!待って、このランスに暴れられたら……この場にいる誰が止められるんだろう?
私はもしかして、早急にランスを止める手立てを考えないといけないんじゃ……
……えぇー……なんで私が?
もういや。なんなの、どうしてシリアスに国の話をしてたのにこんな展開になるの。
命は狙われるわ、国を出なくちゃいけなくなるわ、傾国の女だの、揚句に将来国にいたければ反乱の旗印を持たされる?
なんなのよ!
ふつふつと、この世界に転生してから積もってきたストレスが怒りへと変わる。
私はそれがやがて煮えたぎってこぼれ、理性と言うふたをぶち壊そうとしているのに気付きながら、見ないふりをした。
もう、いい加減にしてほしかった。
「ランス!……落ち着いて、ね?アーサーは私の傍にいたから私が抱きついちゃっただけ。気に食わないなら、今度からランスの近くにいるわ。それと、このド鬼畜やろ…シーナのことだけど、どんなふうに痛めつけてくれても一向に私は構わないと思うくらい、私はこのド鬼畜やろ…この男に興味はないわ。安心して」
「ユリフィナ、心の中で呼んでる俺の名前がだだ漏れだ」
「うるさいわよ、ド鬼畜野郎」
「ははっ、お前もついに言うようになったな?いつまでも小心者でいられないと悟ったか?」
「……」
いつまでも小心者。
……そうだ、確かに、このままでいれば本当に流されるだけだ。揉まれて、巻き込まれて、流されて。生きることを諦められないから、それでも命はある。だけど。
そこに、「私」である意味などない。
「―――そうね。いつまでもこんなだから……傾国の女だの、反乱の旗印を持たされそうになるだの、周りが勝手に私を作りあげようとするのよ。だったら……」
言葉を区切り、たまりにたまり続けた言葉にできない怒りのもとを吐き出した。
傾国の女?
冗談じゃないわ。私はそんな名前でもなければ、そんな意思もないのに。
反乱の旗を持たされる?
冗談じゃない。どうせ持つことになるのなら、私は私の意思で持つ!
「いいわ、そんなに私に国を傾かせてほしいなら、いくらでもやってあげるわ。ファスカ?スリファイナ?ユーリトリア?それとももっと?いっそこの大陸ごと、傾かせてあげる。……後悔させてやるわ」
私を利用しようと巻き込んだやつら全員を。
しん、と静まり返った部屋にやがてシーナの含み笑いが響き始めた。
「くく……ははっ!……そうだ、それでこそ、俺の玩具。俺の愛しい、極上の玩具だよ。お前がその足で踏みつける命はどれほどになるだろうな?最後に俺によって刈り取られるその命は、いったいどれだけ黒く染められているだろう?愉しみだよ……黒に抗いつつ、純白のままではいられないその運命の命を摘む時がな!」
シーナは高笑いを上げ、底知れない闇を孕んだ美しい瞳を細める。
私はぐっと唇をかみしめ、本能に呼びかける恐ろしいその目を見つめた。
それに呑まれてはならない。
私が本当に勝たなければならない相手は、……この死神なのだから。
睨みつける私にふっと笑い、シーナはその姿を猫へと変えた。
「シー」
思わず呼ぶと、美しい黒猫は尊大な顔をしながらも私の傍へとやってきた。
反射的に抱きあげる。……どれだけ中身は憎たらしくても、その毛並みはやっぱり私を癒してくれた。
シーはちらりと私の横のランスを見上げ、ややしかめつらをしてからその目を閉じる。
どうやらもう話に加わる気はないらしい。
無意識にその背中を撫でていると、
「……姫様……やっぱり!」
隣のランスが目の色を変えていた。
「あ」
そういえば、先ほどランスをなだめるのに成功しきれていなかった。
「ち、違うのよ、だって猫だもの。こんなにきれいなのよ、撫でたくなるでしょう!?」
「違いません!……猫なら許されるというのなら、俺が……!」
がこん!
鈍い音と共にランスの頭が剣の鞘で殴られた。
剣を持っているのは、アーサーだ。
「……申し訳ありません、王女殿下。お耳を汚す言葉をお聞かせするところでした」
「う、ううん。……その、ランスは大丈夫なの?随分すごい音が……」
「大丈夫です。この男があの程度で死ぬような体をしていたら、私も随分と気が楽になっていたはずですから」
そ、そう。ものすごく致命傷になる勢いの殴り方だったけど、そうなんだ。
もはや相槌しかできない。……アーサー、ホントに苦労してるんだね。
ランスはしゃがみこんで頭をふらつかせながら、それでも私を見上げた。
ひぇっ!
盛大に引きつった私の顔をうっとりと見つめた後、ゆっくりと倒れていった。
「……やっと静かになりましたね。話の続きをお願いします」
「あ、ああ……い、いいのか?」
「もちろんです。王女殿下にも申しあげたとおり、この男がこれくらいで死ぬのなら、私の苦労は幼少時代には解消されていたはずですし、その後も何度致命傷を負って蘇ったかわかりません。不死身の男だと尊敬の眼差しで見ている馬鹿者もいるくらいです。確か、ユーリトリアの研究機関もこの話を聞き、色々と調べて行きました」
「我が国の?……よくそれで返してもらえたものだが……結果は出たのか?」
「はい。ただ頑丈なのだと。……多少、人より傷の再生が早いそうですが、それも人に許された範囲内だそうで、どうしてここまで頑丈なのかはわからない、とのことでした」
「わからない……。我が国のねちっこい研究者どもが調べて、結局わからない、と……。ただ者じゃないな」
「私にしてみればただ者であってほしかったです」
「……」
それもそうだ、と誰もが心の中で頷く。
ランスはこの場にいる全員から「ただ者ではない変態」の烙印を押された。
私はただひたすら、ランスがこの先更生して、純粋に頼れる存在になってくれることを祈っていた。
……おそらく、叶わない願いになるだろうと思いつつ。




