第二十五話
せめほろぼす?
私にはわからないお国の単語でしょうか?
えーと……まさか、スリファイナに戦争仕掛けて滅ぼしちゃおうって話じゃないですよね?
まさか、まさかね?
まさかまさかまさか、今のままだと欲しいものが手に入らないから国ごと滅ぼしちゃえ!…なーんてお話じゃあないですよね?
はは、まさかねぇ?
……えー……私が手に入らないから……という意味に聞こえたんですけど、御冗談ですよね?
ま、まさかね!?
…………誰か、至急私を助けてください。
「……れ、レオヴィス……?」
「うん?」
甘く誘うような炎の目。誘蛾灯に集まる虫の気持ちに共感してしまいそうな、危険な目。
視線を外して逃げなければ、と本能が警鐘を鳴らす。
なのにどうして私はこの目をずっと見ていたいと思うのだろう。
悪い魔法にでもかけられたような気分だ。
……魔法?
その瞬間、夢が覚めるようにはっと我に返り、慌てて近くにいたアーサーの背後に隠れた。
裾を握りしめ、窺うようにレオヴィスを見やる。
するとそこには、レオヴィスの先ほどまでの引きこまれそうな目は嘘のように消えていた。
あれ?
戸惑う私を置いて、レオヴィスはニヤニヤと笑うシーナに視線を向ける。
「……シーナ、お前の言った通りのようだな。確かに、ユリフィナの目には操作系の魔法を解除する魔法が掛けられている」
「俺は嘘はたまにしか吐かない。俺の愉しみが増える時だけだ」
「たまにでも、致命的な嘘を吐かれる可能性があると思えば、信用には値しないが……まあ、いい。ユリフィナをからかうのが愉しいという、その心境もわからないではないしな」
「そうだろう?だがアレは俺の玩具だ。お前らがどう手を出そうが、それは変わらない」
シーナはそう言いながら、凍えるような、それでいて見惚れずにはいられない神か悪魔の美貌をうっすらと笑みに変える。
「―――この世界で、俺に逆らえる生き物なんていない」
死神が笑う。
動かしようのない理をその手に握りしめて。
「……それでも、この人生は自分たちのものだ。お前に摘み取られようと、願う通りに動く。最期はお前の思う通りになっても……それまでの人生は、自分たちが決める。お前に人の命は操作できても、人の意思は変えられない」
レオヴィスがそんなシーナを挑むような目で見返す。
悠然と笑う死神と、確固たる信念を貫くレオヴィス。印象的な構図だ。
タイトルにするなら、正と邪、光と闇、そんなところだろうか。
……ところで、ピリピリしてたから話に入りづらかったけど、今のはなんだったんでしょうか?
「あの……」
恐る恐る挙手をして存在に気づいてもらおうとする。
が。
ピリピリピリピリ……
……えーと……火花散ってる?あれ、錯覚かな?
何でそんなに張りつめた空気なんでしょうか。
話の流れからして何か譲れないものでもあるんでしょうが、私は今さっきのレオヴィスの目のことについて聞きたいし、こんな空気の中長時間いる勇気ないよ。
元日本人としてはこんな空気が続くの、とっても嫌なんですけど。
だって怖いよ!二人とも美形だから、さらに迫力が増して寒気すらするし!
こんなのずっと見ていられるぶっとい神経、私持ってない!
「あの!」
勇気を出してもう一度声をかける。
ギロリ。
ひぇぇぇええ!やっぱりやるんじゃなかったかなぁ!?
心の中で滂沱の涙を流しつつ、ぶるぶると震えながらアーサーの裾に顔を半分以上埋めて、できるだけ早口で意見を言ってみた。
「何で揉めているのかわかりませんがお二人以外のこの場にいる人間が先ほどの話をよく聞きたいと思っていると思います!」
私はもはやアーサーの背後から出たくない。
できることなら寝室に逃げ込んで、この結果だけアーサーに後で話してもらえないかと思うほどだ。
小動物ばりに陰に隠れてぶるぶる震えている私を見て、レオヴィスは哀れに思ってくれたのだろう。小さく息を吐く音が聞こえた。
……ちなみにシーナが私を哀れに思うことは、この先何が起こったとしてもないと思うので、予想の中でも除外です。ええ。どうせさも面白そうにニヤニヤ笑ってやがるのよ。
そっと薄眼を開けて部屋の状況を確かめれば、私の予想通りの光景が広がっていた。
レオヴィスが苦みの強い顔をして、シーナは……
畜生!やっぱり笑ってやがる!!そんなに私が面白いか、ド鬼畜野郎め!!
「……そうだな、我ながら容易く挑発に乗ってしまった。ユリフィナ、許してくれるか?」
それに比べてレオヴィスのこの対応……
究極の質問でこの二人なら、まず間違いなく私はレオヴィスを選ぶわ。どっちにしたって振り回されるけど、せめて大人の対応をしてくれるレオヴィスがいい!
感激しながら頷く私に、レオヴィスはほっとしたような顔で小さく笑ってくれた。
うーん、その破壊力。抜群です。
シーナは皮肉げな笑みを浮かべて肩をすくめる。
なによ、あーあ、みたいな顔して。私がレオヴィスに騙されてるとでも言いたいの?
このレオヴィスの表情が嘘だとでも……いや、待てよ?私の人生、そんなに人を信じていい人生だったかしら。
……私には人を信じるっていう、素晴らしい人間の感情さえ許されないのか。
いい加減、性根が腐ってしまいそうよ……
陰鬱な顔をする私をシーナが相変わらずの顔で笑い、レオヴィスに視線を向けた。
「俺の話をとりあえず信じてくれる気になっただろう?こいつは人気者で、かつ俺にとっては特上の魂になる運命の女だ」
「……人の注目を集めずにはいられない存在だということは、わかった。だが、彼女が本当にそうなるとは思えないが……」
ん?
特上の魂?そうなるって、何になるの、私。
またしても置いてけぼりなお話。私の話だってことはわかるのに、内容がわからないとは何事なの。
首を傾げる私をレオヴィスが気遣わしげに見やる。
「本当に、そうなる運命なのか?彼女の容姿が人を惑わすのはわかるが、彼女自身はそんな運命など呪いそうなものだ」
運命を呪う!?
なんなの、何の話なの、いったいどういうことよシーナ!!
ぎっ、と睨みつけるとシーナはその美貌に晴れやかな笑みを浮かべた。
「何を言ってる。さっきのスリファイナをどうこうと言った言葉も、別に全くのウソでもないんだろう?それくらいの労力をかけてもいい、と一瞬でも思ったはずだ」
言われた言葉にレオヴィスは口を閉ざす。
そしてシーナは続けた。
「ユリフィナは傾国の女になる。……そうじゃなければ、俺が愉しめないだろう?」
どの国を傾かせることになるかは、まだ秘密だ。
神々しいと言っても過言ではない美貌の笑みで投げる爆弾は、私を打ちのめすには十分すぎた。
レオヴィスは難しい顔をしている。リィヤは感情を抑えるかのように無表情で、ランスは驚いた顔をしていた。
私がいまだにしがみついているアーサーの顔はわからないが、動揺の気配はある。
傾国の女。
……それが、どれだけ根拠のない話だとしても、口にするには不穏すぎた。




