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傾国の姫  作者: 安田鈴
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第二十三話

 私が目を覚ましたのは、日も落ちて、予定通り着いた町の宿屋のベッドの上だった。

 部屋の明かりは落とされていて、それでもうっすらと明るかったのは寝室のドアが開けられていたから。隣の部屋からは話し声が聞こえた。


「……まだ起きていらっしゃらないか。ご夕食も摂られないとなると、少し心配だな。夜食として甘いものでも頼んでおこう」

「はい、よろしくお願いします。……それで、あの、ランス様は……」

「ああ、アレは気にしなくていい。剣がなければ無害だ。腕は相当立つから、念のため女騎士と一緒に外で待機させておくが、決して、絶対に、私がいない時にこの部屋に入れるな。これは王女殿下の……いや、国王陛下のご命令だと思ってくれていい」

「は、はい。……でも剣をお待ちでないなら大丈夫なのでは……」

「油断はできない。どこかで吹っ切れてしまったら猛進するタイプだ。陛下に顔向けできないような、最悪の事態は何が何でも防がなくては」

「……そんなに……。いえ、わかりました。アーサー様がいらっしゃらない時はお通ししません」

「それでいい。……まったく、手のかかる愚弟を持つと苦労ばかりだ」


 ……可哀想。アーサー……

 そっか、ランスは猪突猛進するタイプなんだ。うん、確かにアレはそうだね。周りにレオヴィスもリィヤもいたのに、まったく視界に入ってなかった。

 獲物として狙われた気分だったもん。

 思い出してぶるっと震える。無意識に温かさを求めて手を動かし、あれ、と首を傾げた。

「……シー?」

 小さく呼びながら周りを見るが、あの黒猫の姿は見当たらない。そして反射的にシーのあの目を思い出した。

 薄いブルーにも見える、グリーンの美しい目。あの目が底知れない闇を孕んでこちらを見たことを。

 死神、という言葉をあれほど明確に思い知らされたのは初めてだった。

 それと同時にその目に引き込まれてしまいたい気分にもなったが、アレはいったい何だったんだろう。

 怖いのに、見たい。

 テレビで心霊特集をしていると、怖がりな癖に見ずにはいられなかったあの心境と同じ気持ちだ。

 考えながら部屋をよく見回すが、やはりいない。どこか、ご飯でも食べに行ってるんだろうか。

「……姫様?お気が付かれましたか?」

 先ほど私が呟いた声が聞こえたのか、隣の部屋から侍女の一人が顔をのぞかせた。

 はい、と頷きながらベッドから降りそちらへ向かう。

 開かれていたドアから隣室に行けば、話し声がしていた通りそこにアーサーがいた。

「王女殿下」

 すかさず流れるような仕草で臣下の礼をとる。

 紳士で爽やか。長剣を腰に佩いた姿は凛々しい騎士そのもの。

 ……なのに、彼のその剣はランスが使うためのものだと言うのか。ランスが常時暴走しないために、アーサーが身に付けてるって言うのか。

 私の回りに常識人はいつ現れてくれるのか……

 普通の人、大募集って求人広告出したい。

「……アーサー、シーを知らない?」

 とりあえずその惚れ惚れするような臣下の礼をやめさせ、気になっていることの一つを聞く。

 いなくてもいいのだが、……いない方が心の健康を保てて非常にいいんだけど、いなければいないでそわそわと落ち着かない。

 知らないうちに、あの素晴らしい毛並みの猫を抱いていないと心細くなってしまったらしい。

 もっと心穏やかになれる癒しが欲しいけど……

 悲しいかな、姿だけはあれ以上求めるべくもないほど最高の癒しの猫。……中身は論外として。

「シー?……ああ、猫のことでしょうか?それなら、この宿に着いてからはレオヴィス様が見ておられます。御心配でしたら様子を見てまいりますが……」

「あ、そうなの……。それなら、いいわ」

 首を振って出ていこうとするアーサーを引きとめる。

 何があったかはわからないが、あのシーがそう簡単に私から離れるとは思えない。だとすると、シーがレオヴィス達に付いて行ったと考えていいだろう。あれほど男の手に触られるのを嫌がったのだ、そうでなければおかしい。

 何か、話でもあるのか。……ろくな話じゃないだろう。

 それを思えば今すぐにでも引き取りに行きたいが、レオヴィスにも関係ある話をしているのだとしたら、私がそれを邪魔するのはおこがましい。

 ひとまずシーのことは置いておくとして。

「それより、……さっきの人達のことを教えて。あれは、私が狙いだったんでしょう?」

「王女殿下……それは」

「いいえ、慰めとか、誤魔化しはいらないわ。事実が知りたいの。あれは私を狙っていた、そうなのね?」

 強い口調で繰り返せば、アーサーは躊躇いながらも肯定した。

「……はい。いえ、正確にはあの場にいた全員を殺すよう依頼されたらしいのですが……」

「あの場にいた人の中で、殺す価値があるとすれば私かレオヴィス。でもレオヴィスは魔法使い…しかも高レベルの。ならば、襲撃者の中に魔法使いに対峙できるほどの腕の者がいるか、魔法使いがいなければおかしい」

 消去法で簡単に答えは出る。……私だ。

 あの時襲撃者の中に魔法を使う者はいなかった。どこかの荒くれ者が顔を隠しているだけ、そんな風体だった。

 レオヴィスを狙うのならば、魔法使いがいないはずがないのに。

 剣で魔法使いを倒すにはよほどの腕がなければ敵わない。それこそランスのような、人並み外れた身体能力がないと、魔法使いと対峙した瞬間に決着がついてしまう。

 剣で人は切れても、炎や水、風、雷など切れるはずもないからだ。

 もしもランスが劣勢になって、私達を包んでいた光の防御魔法が破られてしまったら、迷うことなくレオヴィスは魔法を使っただろう。たとえそれでランスや、他の味方を巻き込んだとしても。

 レオヴィスが魔法を使ったなら、簡単に彼らはこの世から消えた。それを防ぐような素振りも装備も、果ては人質を取ると言う簡単な方法さえ取らなかった。

 魔法使いがいるのを知らなかった……そう見てとるのが当然の話だろう。

 だから、……アレはレオヴィスを狙ったのではない。私なのだ。


「……ユリフィナは、やはりそれだけの魔力があるだけあって、頭がいいんだな」


 がちゃりと部屋のドアが開き、姿を現したのはレオヴィスだった。

 サラサラの目も覚めるような金髪。炎のような赤い目。

 大人びた冷めた顔は、幼いながらも彫りの深いアラブ系の端正な顔立ちだ。

「レオヴィス……」

「立ち聞きなど、するつもりはなかったんだが。ちょうどその話をしようとこちらに出向いたから、都合がいいと思ってな。女性の部屋にノックもなく入った無礼も許してほしい」

 目線を落とした大国の王子の謝罪に慌てるのは、アーサーだ。

「おやめください!王子殿下は主国ユーリトリアの地位ある方。寝室に無断で入ったならともかく、この部屋はさほどプライベートな場所ではありません。ですから、そのようなお言葉を頂く必要はございません」

 え、そうなの?でも私の部屋は部屋なんじゃ……まあ、主国の王子相手に強く出れるわけないしね。

 私も別にドレスはきっちり着てるから恥ずかしくないし。

 侍女は複雑そうな顔だけど……

「……いや、それでも女性の部屋だ。これが男だったなら、私もこんなことは言わない。だが、彼女は女性だ。さすがにこの身分が些事を省いてくれることが多々あるとわかっていても、そのような無礼が通るとは思ってない」

 冷めた顔にやや苦笑のような笑みが混じる。

 うんうん、やっぱりいい男になりそう。王子なんだからもっと傲慢になったっていいのに、なんて常識をわきまえた人なんだろう。

 これであの悪意のない横暴さがなかったら……

 完璧だったのに。

 人生って、ホント思い通りにはいかないのね……

「……アーサー、レオヴィス、私は気にしてないよ。それより、話があるって?」

 とりあえずまだ何か言いたそうなアーサーをやんわりとなだめ、レオヴィスに話を向ける。

 レオヴィスは一つ頷いて、話の筋を元に戻した。

「ああ。先ほども言っていたが、あれが俺を狙ったものではないと、あの最中に気づいて考えたんだ。なら、ユリフィナを狙う理由とは何だろう、と。……お互い、これだけの身分にあれば、それだけで狙われてもおかしくないが、スリファイナでそれが起こるとは考えにくい。民はみな、王族を信頼し崇拝しているからな。もしも何らかの恨みを抱いた者がいたとしても……あれほど正確に場所を特定し、躊躇なく襲ってこれるかと言えば、難しいと言わざるを得ない。ランスは、かなりの手練れで、容赦なく切り伏せていった。あれで恐怖を覚えない者はそういない」

 ああ、やっぱり怖いと思っておかしくなかったんだ、アレ。

 ……そうだよね、笑いながら人を切っていくんだもん、次は自分だと思ったら間違いなく逃げ出すよね。

 うんうん、と頷く私とアーサー。

 ……アーサー、一応自分の弟でしょ……

「それなら、そういう訓練を受けた者たちだった、と考えるのが自然だ。そしてそういう者たちは依頼がなければ動かないし、目標があの場にいた全員だと言うのなら、かなりの依頼料が支払われたはずだ。その金を出せるだけの身分があり、かつユリフィナを狙って得をする者……」

 うーん、愛妾も王妃様もその枠に十分入るなー。

 やっぱりその辺りよね、きっと。

 考えている私の顔をじっと見ながら、レオヴィスは静かに切り出した。


「……俺は、ユリフィナ、お前が望むなら俺のこの地位が持つ力を、最大限貸してもいいと思っている」


 レオヴィスの地位の力ね、うん、すごそうだなぁ……

 ……ん?

 …………はい?

 赤い炎のような目。思わず見たそれは、私に逃げることを許してはくれない。

 絡め取られるように、私の人生が何かに巻き込まれていくのを、私はただ呆然と感じていた。

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