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傾国の姫  作者: 安田鈴
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第二十二話 その後

このお話は主人公の視点が違います。

視点が複雑に入り混じってしまい、私にできる範囲でわかりやすくしましたが、力量不足が否めません。

ご容赦ください。

 気を失ったユリフィナ王女を優しく抱きとめたのは、うっとりとその顔を見つめているランスだった。

 サラサラと腕を滑る薄いブルーの混じった銀髪。血の気を失った白い頬は少女特有の丸みを帯び、柔らかな曲線を描きながら小さな顎に線を結ぶ。長く生え揃った睫毛は髪と同じ色。高くも低くもない、まだ幼い小さな鼻はすっと通り完璧なバランスだ。淡いピンクの唇は、荒れることなど知らない柔らかさを保っている。

 細い華奢な首に肩、腕や腰。全てが少女だと証明しているのに、将来を想像せずにはいられない美しさ。

 完璧だった。こんなに美しい少女…いや、人を、ランスは今まで見たことがない。

 初めて見たのは、この王女に従者として指名されたと話があった時だ。処罰されたやつなんて放っておけばいいのに物好きな女だ、と遠目からその姿を見たのだ。

 一目惚れ、というものをこの十七年信じたことがなかったのに、あっさりと信じる気になった。遠目からでさえ、自分の心を射抜いて放さないこの王女に一瞬で恋をして、愛を知った。一目見ただけでその顔が頭から離れず、その後どうやって過ごしたのかはっきりと覚えていない状態を、それ以外に表現する言葉がなかったのだ。

 母のマーサからある程度は聞いていたが、興味がなかった上に王女という身分から傍に近づくこともないと思っていたのに。

 今は母が失態を演じたことが何よりも喜ばしいと思う。

 ランスは腕に抱きあげたユリフィナを、スキップと鼻歌をしかねない上機嫌さで連れて行こうとした。

 それを止めたのは、この場で一番彼をよく知る者。……むしろ、その人物以外誰も彼を止められないだろう。

「待て、ランス。……王女殿下をどこに連れて行く気だ?」

 すでに答えを知っていそうな顔で、アーサーは自分の片割れを見る。

 十七年、もうすぐ十八年になるが、双子として生まれ落ち、取り上げられたのが自分の方が先だった、というだけの兄と弟の関係。良くも悪くも、誰よりも、もしかしたら自分よりも互いが互いのことをよく知っている。

 よく知っているだけに、ランスのこの後の行動がある種恐ろしい。

「どこにって、ベッドにだけど?寝ちゃったしな」

「寝たんじゃない。気絶したんだ、お前の猟奇的な行動のせいで。……本当に何度も言うが、何度も言いすぎて俺の耳にこそたこができそうだが、用もないのに剣を持ったまま行動するな、剣を持ったら笑うな、用が済んだらさっさと剣を放せ。お前のその行動のお陰で、決まった主が見つからないんだ」

 頭が痛い、と呟く。

 確かに、自分達に決まった主が見つからないのは、たいてい、自分のこの行動を見た主が「手に負えない」と青ざめながら言うからだ。しかしランスにも幾分かの言い分はある。

「何言ってんだよ。お前だって十分、主の機嫌を損ねるだろうが。俺は剣以外ほぼ無能だから、主の警護以外じゃ近くに寄らない。お前は逆に剣以外が有能だから主の傍に始終いるってのに、有能すぎて要らないことまでやったり言ったりするから機嫌を損ねて、最終的にクビになるんだろ?どう考えても、俺だけのせいじゃない」

 この反論に、アーサーも黙る。

 思うところが多々あるのだろう。さすがにお互い以上にお互いを知っている仲だ。突けば自分に必ず返ってくる。


「……」

「……」


「……まあ、いい。そんなことよりも王女殿下だ。そのままお前に連れて行かせるわけにはいかない」

 しばらく黙りこんで睨みあった末に、アーサーが溜め息を吐きつつ話を戻した。

 その言葉にランスが首を傾げる。

「なんで?」

「……なんで、と聞くのはどうしてだ?」

「だって王女殿下、俺の腕の中だし。このまま俺が運んであげるのが当然の流れだろ?」

「……そうだな、お前がこの世で最も誠実で清廉で紳士の異名が相応しい偉大な男なら、俺も何も言わない。このまま呼びとめもしなかった」

「うん、じゃ行くから」

「待て!……ハハハ、お前はよく聞いてたか?耳の穴かっぽじって聞いてたか?聞いてなかっただろう。その耳、俺が丹念に掃除した後切り落としてやろうか」

 薄く笑う。

 その笑顔はさすがに双子というべきだろう。ランスの悪魔の微笑みにも劣らない、凍りつくような笑みだった。

 ランスも口を閉ざす。

「……王女殿下をベッドに送り届けた後、お前がそのまま回れ右をしてさっさと帰ってくるなら、俺は何も言わない。だが、絶対にそんなことはないと、俺は知ってるんだよ、ランス」

 優しささえ滲む声。

 しかし、この声がアーサーの怒り具合を測るものでもあることを、悲しいかな、よく知っていた。

「今も王女殿下の右手にお前の不浄な口を付けたな?それこそが既に未来を証明しているが、もし、お前がこのままベッドに送って行ったとしよう。運ぶ最中そのお顔を存分に眺め、ベッドに王女殿下を寝かせた後、誰も見ていないのをいいことに額にキスをするだろう。もしかしたらこれ以上口にしたくもないことも、するかもしれない……」

 言葉を区切り、握りしめた拳がわなわなと震えている。

「お前の、その不浄の体が、今、王女殿下に触れていることさえ許せないというのに、だ!」

「不浄って、別に汚くないだろ?」

「汚くない!?お前の目はどうなってるんだ!?その血まみれの服や顔が汚くないと!?許せ、父よ、母よ!俺は今、血を分けた兄弟を殺めることに何の躊躇いもなくなりそうだ!!」

 言うが早いか、アーサーが鋭く右の袖を振って何かを手の中に握り込むと、それをランスに向けて放った。

 間違いなく、その何かはランスの額と喉を狙って放たれ、その速さも軌道も完璧だったと言えよう。

 しかし、人外と言わしめるランスの身体能力は、ユリフィナを抱き上げていてさえ如何なく発揮された。

 左手のみでユリフィナを支え、右手に持った剣でキン、キン、と放たれた何かを叩き落とす。

 落ちたそれは、裁縫用の針とは比べ物にならないサイズの長針だった。

「あっぶねーなー。お前のそれ、毒針だろ?しかもお前が独自にブレンドしたやつ。解毒剤がまだ自分の分しか作れてないって言ってなかったか?」

「ふん。身の程もわきまえない馬鹿に塗る薬などないからな。さあさっさと王女殿下をこちらによこせ。でなければ王女殿下がお気を付かれた時に、お前の所業を事細かく報告するぞ。……お可哀そうに、血でべったり汚れていらっしゃる……」

 ユリフィナに告げ口する、と脅せばあっさりと……いや、だいぶ渋りながらもアーサーに渡した。

 頬に付いた血の汚れを優しく拭い、青い顔をしてこちらを見ていた二人の侍女にその身を任せる。

「本来は一時間後だが、二時間後に出発する。それまでに支度を。もし目が覚めないようならどちらかが馬車に同乗して、王女殿下をお支えするように」

「支えるなら俺がやるよ」

「馬鹿は黙れ。お前に任せるくらいなら俺がやる。……それから、どこか近くの店で馬車の中でも食べられるような軽食を用意させるように。以上だ」

「はい」

 侍女の一人が頷き、ユリフィナを抱いたもう一人と共に部屋を出ていく。

 女騎士もそれに続いた。

 そこで話が一段落つくと、今の今までずっと黙って事態を見守っていたレオヴィスが声をかける。

「……話がまとまったところで、私達に別の部屋を用意してくれないか。さすがにここで食事をする気にはなれない」

「はい、かしこまりました。気が回らず、申し訳ございません」

「いや。……ところで、お前のその針は暗器の一つだろう?スリファイナの従者は暗器も身に付けるのか?」

「ああ……いえ、これは私の身体能力と性格上、気に入っている武器だというだけです。私はこのランスとは違い、人並み以下の身体能力しかないものですから」

「アーサーは剣も弓もダメ、どうにかして身についたのが馬術とそれだけ。母親の腹の中で、武術の才能は俺が吸収して、知能はアーサーが吸収したんだってもっぱらの評判だ」

 レオヴィスに対してあまりにも不敬な物言いに、からからと笑うランスの頭をアーサーが殴りつけた。

 よろめいて、思わず右手の剣を放し頭を押さえる。

 その瞬間を見逃さず、素早く剣を拾い上げて鞘に戻した。

「……ランス、お前の致命的な弱点であり、絶対に騎士になれない理由は、剣を人を切り刻むための道具にしか思っていないことだ。騎士は剣を命と同価値に考え、死ぬまで放さない。お前は異常なその身体能力に驕って、いつか命を落とす。気を付けるんだな」

「……わかりました……」

 何かが抜け落ちたように大人しくなるランスに大きく息を吐きつつ、アーサーはレオヴィスに向き直って深く頭を下げた。

「……愚弟の不遜な物言い、大変失礼いたしました。骨身にしみるまで良く言い聞かせますので、平にご容赦を願います」

「許そう。ユリフィナの従者を咎め立てたところで益はない。それに、お前たちを咎めてユリフィナに忌避されても悲しいからな」

 笑うレオヴィスの炎のように赤い目は、なぜか鋭い氷の刃が潜んでいるようだ。

 アーサーはぞっとして相槌もできずに視線を落とした。

 大国ユーリトリアの第三王子。九歳にしてこのように大人をもひるませる目を持ち、事あるごとに王子に都合のいい展開になっていく。

 そして付いた異名が「赤い謀略の王子」。

 その「赤」が目のことなのか、別のもののことなのか、由来を知る者はいない。

 ……この方に不用意に近づく者は、その代償を払わされる。ユリフィナ王女殿下がその対象に入らなければいいが……

 アーサーは思う。この王子が王女に近づいたのは、確実に何らかの策略があってのことだと。

 それがせめて王女を苦しめないものであるように、と神に祈るように心の中で呟いた。

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