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傾国の姫  作者: 安田鈴
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第二十一話

 話が一段落すると、外から再度声が掛けられた。

「町に着きました。簡単な荷物検査があるそうなので、そちらに行ってまいります」

 声からするとアーサー……双子だから声質は全く一緒なんだけど、口調がはっきりと違うからわかる。

 アーサーは国王様の執務室できびきびと動いていた通りの、はっきりきっぱりとした滑舌のいい話し方で、ランスは柔らかい話し方。

 二人とも正装などではなく、普段着に近いような動きやすい服装をしていた。

 アーサーは腰に長剣を刺し、騎士のような凛々しさがある。顔も相まって大変女の子が騒ぎそうな容姿だ。

 それに対してランスは腰に申し訳程度の短剣があり、顔もアーサーと全く作りは同じだというのに優しさが目立つためか、凛々しさなどはない。けれど、理知的に見えるため、彼もまた女の子には好かれそうなタイプだった。

 正反対の双子。顔も体形もそっくりだと言うのに、こうも真逆に見えるものなのかと双子の神秘を知った気分だ。

 私が紗のかかった窓から外を窺うと、アーサーの代わりにランスが傍に控えている。

 女騎士たちも傍にいるが、やはり従者は常に傍にいるべきと教え込まれているのだろう。私に付かず離れず、必ずどちらかが近くにいた。

「……お昼休憩して、出発したら次の町までどれくらいなんだろ?」

 窓から顔を離し、膝の上のシーを撫でながら呟く。

 贅沢に作られた馬車は、長時間揺られてもお尻が痛くならないようになっていたが、それでも疲れないことはないし、飽きてもくる。

 シーの「飽きた」発言も理解はできるのだ。……許せはしないけど。

 私のその疑問に答えてくれたのは、同乗しているリィヤだった。

「ここを出て数時間もあれば、王都から港町までのちょうど中間の大きな町に着きますよ。そこで泊まって、一日行けばスリファイナ唯一の港町キールに着くでしょう」

 なるほど。じゃあ王都から港町までは馬車で二日の距離で、今四分の一くらいのところ。

 キールに着くのは明日の夕方で……まあ、よっぽど急がなければ、明後日船で出発ってところね。

 私を含めてレオヴィスたちも今日は軽い服装だったのは、そういうわけなのか。さすがにユーリトリアの船で出発する日は、きちんとしたドレスで身を飾らなければならない。そこで王都から付いてきてくれた侍女と女騎士たちと別れることになる。

 いかに私が王女であろうと、ユーリトリアへ留学と言う名目で行くのなら大仰な侍女たちは付けられないし、騎士など信用問題にも関わる、ということらしい。

 なのでユーリトリアの船に乗ってからは、ユーリトリアから用意された侍女と護衛を傍に付けることになる。

 不安は不安だ。何せ私の人生はどこで死亡フラグが立つかわからない。ここにきて男の従者二人を付けられたのが、唯一の安心材料だろうか。

 それでも、ランスのあの優しげな顔を見ると若干の不安が増すけど。

 ちらりともう一度外のランスを見ると、ちょうどアーサーがやってくるのが見えた。

「……検査が終わりましたので、入ります。御昼食は皆様でお部屋で取られますか?」

「はい、私はそれでいいです。……お二人はどうされますか?」

 私がレオヴィスに問いかけると、二人も頷くことで同意した。

「良いそうです」

「かしこまりました。警備上私とランスが交代で軽食を摂った後、お食事が終わるまでお部屋の中で待機させて頂きますが、ご容赦くださいますよう」

「はい、大丈夫です」

「ありがとうございます」

 きびきびとした気持ちのいい話し方。理想の爽やか好青年そのものだ。

 きっと長剣を振るう姿など惚れ惚れするのだろう。

 想像しながら馬車に少し揺られていると、着きました、の声と同時に馬車が止まった。

 アーサーがドアを開け、まずシーを抱いた私に手を差し伸べ下ろすと、レオヴィスとリィヤが下りるのを待ちドアを閉める。

 御者に目配せして送り出しながら、私とレオヴィス達を建物の中へと案内した。

 その動きの全てに無駄がなく、かつ優雅に見えるのが不思議だ。さすが王城の従者を務められるだけはある、と感心しながら彼の案内で二階の奥まった部屋へと進んだ。

 それなりのお店なのだろう。貴人が食事をする程度には整えられていて、庶民が来るには豪華な内装。

 もちろん王女としての自覚などさほどない私には、十分豪華に見えるお店だった。

 部屋に入ると、アーサーが一礼して出ていき、緊張して顔を強張らせているランスが残る。優しげに微笑んではいるが、どうにも引きつっているとしか見えなかった。

「……ランス、そんなに緊張しなくていいのよ。誰も取って食いはしないわ」

「い、いえ!王女殿下と、ユーリトリアの王子殿下に不敬な真似はできません!お気になさらず!!」

 気になるよ、ランス。手どころか体全体が震えてるし。それが気にならない人なんて、そうそういないと思うの。

 内心呆れ半分で苦笑すると、ランスは傍目にもわかるほど顔を赤くして、何かを振り払うように首を振った。

「……ダメだ、邪念よ消えろ、これは幻、夢だ、目の錯覚だ、今すぐ掻っ攫ってしまいたいなんて俺はどうしたんだ、職務を思い出せ!」

 ぶつぶつと呟くランス。

 ……うん。ランス、きっと疲れてるんだね。温泉みたいなところに行ける時があったら、ゆっくり休ませてあげるね。

 哀れんでいることなど気づかず、ランスはしばらく精神統一のように目を閉じ独り言を呟いた後、ゆっくりと目を開けた。

 まだだいぶ引きつってはいたが、いつものように柔らかい微笑みを浮かべる。

 おお、さすがだ。顔がいいだけあって、素晴らしい笑顔だよ。引きつってるけど。

「……王女殿下、お優しいお言葉をありがとうございます。もうしばらくすればそのお気遣いに応えることができると思います」

「……そう?それならいいのだけれど……」

「はい。お任せください」

 にっこりと微笑む顔は優しい。どこかぎこちないが、確かに言う通り先ほどよりはマシになっている。

 まあ、突然王女の従者にされたんだもんね、慣れるまで時間がかかるのも仕方ないか。

 柔らかい風貌のランスを見上げながら、にこっと笑って、もう席についているレオヴィス達の元へ向かった。

 背後でもだえるような声が聞こえた気がしたが、振り向かないであげる。だって私を見てるレオヴィス達がすでに呆れた顔をしてたし。見ないであげるのが優しさってものだろう。

「……ユリフィナは、無自覚の悪女のようだな」

「悪女って……さすがに酷いです、レオヴィス様」

「いや、だってそうだろう?アレを見てそう思わない人間がいるなら見てみたい」

 その視線はいまだに私の背後のランスを捉えているらしい。

 見てみたくなるが、ぐっと我慢する。せめて私だけはランスの名誉を守らなければ!

「……アレはきっとしばらく夢にも見るでしょうね。可哀想に……」

 リィヤまで!

 ……気になる。うーん、気になるよー!

 私の背後でランスがどうなっているのか、ものすごく気になる。

 でも振り返ったら可哀想だよね……我慢ガマン。

 気にしつつ席につくと、それを見計らったかのようにドアがノックされた。

 コンコンコン

 その時なぜかじっと黙ったまま膝の上にいたシーが飛び降り、窓のところへ飛び上がる。

「シー?」

 なんで、と反射的に立ち上がって傍に行こうとした時だった。


「姫様っ!」


 ドアを開けたランスの、驚き、僅かに緊迫した声が聞こえたのは。


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