第二話
思い返せば二十歳の誕生日。
あの日から私の人生は奇妙な方向へ流れ始めた。
誕生日を私の部屋で気のいい友人たちに祝ってもらっていた。
みな私より先に二十歳になり、最後に大人の仲間入りをした私に飲め飲めとお酒を注いでゆく友人たちは楽しそうで、その雰囲気に流されるようにたくさん…いや、しこたま飲んだ。
それはもう、記憶も吹っ飛び、部屋が酔っ払いたちによって悲惨な状態になるほどに。
朝起きた時の後悔といったらなかった。
お気に入りのモカホワイトのカーペットは、ワインやらつまみの料理が散乱し、そこかしこにお酒の匂いがしみついている。
友人たちはあられもない姿で寝こけていて、見ればキッチンにも大量の洗い物とゴミが積み上げられていた。
「……失敗した」
失敗なんてものじゃなかったが、もはやそれ以上の言葉は出てこなかった。
自分の家で祝ってもらえば好きなようにできるし、深夜まで騒がなければ近所迷惑にもならないし、何より帰りの電車や車も気にしなくていい。
そんな甘いことを考えたのが運のつきだった。
今思えば、好きなようにはできるけど記憶がないならおそらく深夜まで騒いだに違いない。そして帰りのことを考えなくていいということは、友人たちは当然のように泊まり、みんなそれぞれに仕事や用事、大学があるから片づけを手伝ってくれることが期待できない。
時刻は7時。自分ももう準備をしなければ落とせない講義に間に合わない。
「…ったー……ああ、もう!みんな、起きて、7時だよ!」
「ぅぅ……」
「……7時ぃ?」
「頭痛いよー……」
「ほらほら、早く!ミナは仕事でしょ!?シャワー浴びてくなら早くしないと!静香はデートがあるんじゃなかった!?もう、エリ!落とせない講義があるんだから早く行こう!」
この部屋の片づけのことは帰ってから考えることにして、友人たちを起こして急かす。
普段は基本的にしっかりしている友人たちも、お酒という恐ろしい魔物に飲みこまれた朝は壊滅的なダメ人間だ。
友人たちが聞いたら即座に「お前もだろ!」と突っ込まれそうなことを思う。
もちろん、考えるだけならそんな文句も言われないから、考えているのだ。
腹黒い?ノンノン、これくらい可愛いものだろう。
仕事があるミナは泊まることを前提にしていたので替えのスーツを持参していて、デートがある静香はとりあえず家に帰し、エリは手早く身支度を整え私と大学へ向かう。
なんてことはない一日が始まる。
……はずだった。
違和感に気づいたのは、頭痛も消え始めた夕方になってからだった。
ふと見た風景にあってはならないものがあった気がしたのだ。
あってはならない、というよりはいてはならない、というべきか。
遠目から見ても病的と思う真っ白な顔をした男がじっとこちらを見ている。
顔の造作はわからない。が、どう見てもその男だけ世界から浮いているように見える。
その男の横を通り過ぎる人たちは、まるでそんなところに人がいるなどとは思わないような素振りだ。
じっと見つめられているから、思わずじっと見つめ返してしまったが、これはもしや見てはいけなかったものじゃないだろうか。
でも今までそんなものを見たことはない。見たことがないのに、いきなり見えるようになるものだろうか。
……幽霊って。
友人がこんなことを言ったのなら、間違いなく笑い飛ばした。
そして同じように友人たちも私の話を笑い飛ばすだろう。
真面目に話せば信じてくれるかもしれないが、確実に一歩引かれる。
私にとって友人たちは、深い付き合いなどせず、だからと言って上辺だけの付き合いだと言うほど軽い存在でもないけれど、重い話は打ち明けたくないしされたくもない、というようなものだ。
友人たちもそれぞれ違いはあれど、似たようなものだろう。
そんな友人に「幽霊が見えるようになった」など、真剣に相談したらどうなるか……
考えるまでもない。
その男が幽霊だと名乗ったわけでもなんでもないけれど、ぞっとするほど白いその顔と、その男の肩すれすれを通っても素知らぬ顔で通り過ぎる通行人が「そんな男はいない」と言っている。
決まったわけじゃない。だけど、そいつは確実に幽霊だと思える存在だった。