第十五話
連れ去られるって言ってたレオヴィスとリィヤの親切心と、たぶん魔法省に対する何らかのいやな思い。
利用することになるのはなんだか心苦しいけれども。
私のこの国での立場に邪魔されないためには、そして最後の一線で助かるためには、彼らの協力なしにはいられない。
二人は言っていた。私がどんな地位にあれ関係ないと。あれはたぶん、属国交渉の際、ユーリトリアはスリファイナにこう約束させたからだ。
人材をユーリトリアに提供すること、と。
今まではユーリトリアが欲しがるほどの人材など、そうは育たなかったから事例は少なかった。だけど、私の魔力なら。
神の恩寵と呼ばれるほどの魔力の持ち主ならば、きっとユーリトリアは欲しがるはずだ。特に、強引な手を使うような魔法省は。
もしかしたら、今よりも面倒な事態になるかもしれない。常に気を張っていなきゃ生き延びられないようなことになるかもしれない。だけど、そんなのはこの国にいても一緒。
毒殺騒ぎがあった以上、敵は本気だ。ほんの挨拶代わりだったのかもしれないけど、一歩間違えたら死んでた。そんな状況なら、どこに行こうと大して変わらない。
私は、生き延びる。生きてやる、絶対に。
私の人生を玩具にした死神を見返し、私に犠牲を払わせた敵を叩き潰すまでは、この人生を少しでも長く生き延びてやるのだ。
いつの日か蹴散らして、高笑いしてやるんだから!
「へぇ。ユーリトリアに、ねぇ……。そうだな、まあいいだろう。仮とはいえ、この国に一度旅の魔法使いとして現れたからな、それくらいは簡単にできる。お前のその人生の選択は実に面白くなりそうだ、頼まれてやろう」
「……あんたが面白くなりそうって言うってことは、私はかなり苦労することになるのよね?」
「玩具が苦労しない選択肢など、俺がつぶしてやるよ。お前は存分に苦労して苦労して苦労して、俺を愉しませてくれ」
はっはっは、と私のトラウマである高笑いが始まった。
……ああ、嫌な思いでいっぱいになっていく。私の心はいつかこいつに殺されてしまう気がする。
その前にやらねば。やられる前にやれ。物騒だけど、こいつの性格じゃ同情する人もいないだろう。
むしろ私を英雄視してくれるかもしれない。
うん、頑張ろう、私。ヒーローになるんだ!
密かに決意していたと言うのに、シーナはそんな私の心を読んで皮肉げに笑ってくれた。
「レベルが足りなくて返り討ちにあった上、骨までしゃぶりつくされないようにするんだな」
「……骨までって……」
「俺は寛大だが、玩具においたをされて笑えるのは一度だけだ。まあ、お前の性格じゃ一度失敗すれば心が折れるだろうが、もし二度もあれば……」
「あ、あれば……?」
私がびくびくと震えながら聞くと、シーナはにっこりとほほ笑んだ。
それはもう、神の微笑みのごとく後光まで差し込む奇跡の美笑。その顔がまともに見られなくなるくらい、美しい究極兵器だった。
「永遠に俺の玩具にしてやる」
……絶対、やるなら確実に成功する方法を考えよう。
私の魂が擦り切れて儚くなってしまう。
恐怖でぶるぶると震える私を、ド鬼畜ドSにド悪魔のシーナ様はまたもやあの高笑いでトラウマを深めてくれた。
至急求む、私の救世主!へるぷみー!
シーナはしばらく高笑いをした後、さっさと部屋から姿を消した。
きっとユーリトリアの魔法省にでも行って、私の存在を報告してくれていることだろう。彼は旅の魔法使いとしてここに訪れた。なら、私が絶大な魔力を持っていることに気づいた、そう言う設定だ。
私が予想した通りなら、これでユーリトリアから急使がやってくるはず。
そして……
私が夕食を無理矢理口に詰め、それでも多くを残したけれど食事を終わりにする。
もう夜も深くなってきた。今日は間に合わなかったか、とドレスを部屋着に替えようとして、
コンコンコン。
「王女殿下、至急おいでくださるよう国王陛下からのお言伝です」
来た!
飛び上がりたいくらい嬉しいが、ぐっと我慢する。
もしかしたらこの侍女たちの中にスパイがいるかもしれないのだ、ここで不審な動きをすれば怪しまれてしまう。
急いては事をし損じる、よ。
「……国王陛下が?こんな時間に何の御用が……」
演技は極力完璧に。やや困ったような困惑した顔で、棒読みにならないように独り言のように呟く。
幸い私がこうして動き出したのは昨日から。一昨日までは幽霊姫と呼ばれていたのだから、私が少しくらい不自然な動きをしても気にされないだろう。
思った通り、侍女たちはそんな私を見ながら同じように首を傾げていた。
「何か急なお話があるのでしょうか……。では姫様、お召し替えを」
「はい」
ちょうど普段のドレスから部屋着に着替えようとしてた途中だったので、謁見用のドレスに着替えるのにはさほど時間はかからなかった。
まあ、ドレスと言っても私の場合まだ五歳だから、膝より少し長いくらいのワンピースみたいなもの。
もっと成長すればコルセットやらなんやらを付けなきゃいけないから、すごく面倒なことになりそうだ。今から心配したってしょうがないんだけどね。
着替えさせられた後、侍女たちと廊下で待っていた使いの人、そして女騎士を従えて歩き出す。
前世もこんな風に女の友達と連れ立って歩くことが多かったから慣れてるけど、この世界だと友達じゃなくてお供だから会話がほとんどない。
マーサは色々と話しかけてくれたりしたが、彼女たちはどこか強張った顔をしているのでこちらとしても話しかけづらい。
……し、静かすぎる。
長い道のりなのに、さらに長く感じる。私の期待と緊張もあってか、もはや拷問みたいだ。
「……あ、あの」
勇気を振り絞って、国王様から言伝を伝えにきた使いの人に声をかけた。
使いの人は若い男の人で、小さな丸眼鏡が素朴で柔和な顔に見せている。なかなかの美形だ。
「は、はい、なんでしょう?」
まさか王女から声をかけられるとは思っていなかったのか、彼は焦りながらも私に視線を向けてくれた。
「国王陛下は、何と?」
「なんと、とおっしゃいますと……?」
「……えーと、どうして私をこんな時間に呼んだか、知りませんか?」
「ああ!は、はい、そうですね……私はただ、王女殿下を至急呼んでくるようにと言われただけで……」
「そうですか……」
ふーむ。まあ、下っ端っぽいし、直接国王様から言われたわけじゃないんだろう。誰かの従者かもしれない。
王女の一行に男が混ざっていることに奇異の目を向ける人はいたが、私が見ていることに気づくとすぐに視線を伏せた。
……なんか、ちょっとしたボスにでもなった気分。
この顔が怖いなんてことはないだろうから、単純に私の地位がそうさせるのだろう。このままなら私、未来の支配者だしね。そんな器になれるとも思えないけど、血筋ってのは大事らしい。
女官の中にはその教養の深さを認められ、一代限りではあるけど地位を賜った人もいるくらいだから、全てがそうだとは言わないけど、貴族社会が中心の世界だとどうしても重要視されがちなんだろう。
前世の王族って呼ばれる人達も、内心どう思ってたかは知らないけど、どうしてこんなことしなきゃいけないんだ、とは思ってたのかもしれない。どこに行っても注目され、プライバシーなんてほぼないような生活、羨ましいよりもうんざりする方が多いだろう。
やっぱり適度な生活が一番。
それなりの人生万歳。刺激なんて求めたら、いつの間にか地獄だった、なんてことにもなりかねない。
ああ恐ろしい。
そんなことを考えていたら着いていたようだ。
「姫様、私達は入室できませんので、ここでお待ちしております」
こくん、と頷いて使いの彼を見上げた。
彼は緊張で青ざめていたけれど、深く息を呼吸してまだ震える手でドアをノックする。
コンコンコン。
「国王陛下、ユリフィナ王女殿下をお連れしました」
「入れ」
中から声がかかる。
ドアが開けられ、部屋に通された。
さすがにこの時間だからか、謁見室ではなく国王様の執務室での謁見。正面の机にはまだ書類が積まれていて、その席に座る国王様と隣に立つ王妃様、そして……
「失礼いたします、国王陛下。お呼びと伺い、参りました」
優雅に一礼する私を、静かに見つめる二人の姿。
濃いブラウンの髪と瞳の少年と、金髪に赤い目の十歳前後の子供。
「……スリファイナ国王陛下、まずは王女殿下に御挨拶を申し上げてよろしいでしょうか」
「ああ、そうだな」
二人はやや微笑んだ顔で静かに私を見つめている。
―――知っていた。そして、私も薄々感じていた。
彼らは、ユーリトリアから来た身分の高い人たちだろう、と。
「ユリフィナ王女殿下、お初にお目にかかる。私はレオヴィス・ラウ・ル・シーグィ・ユーリトリア。この者は私の従者で、リィヤ・ルーフィン。……このたび、貴方をユーリトリアにお呼びしたく、お話に参りました」
ラウ・ル・シーグィ・ユーリトリア。
ユーリトリアの第三王子、だ―――




