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傾国の姫  作者: 安田鈴
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第十三話

 マーサはすぐにやってきた衛兵たちに簡単な説明をし、侍女や女官に何事か指示をしている。

 私はそれをどこか遠くで聞きながら、いまだに動けずにいた。

 今、目の前で起こったこと。

 シーが私が食べるはずだった夕食を食べ、苦しみながら死んだ。

 それが私の未来だったのだ。あんなふうに……死んでいくはずだった。

 あんな、あんな……


「……姫様!」


 マーサが私の視界を塞ぐようにして抱きしめ、そのまま抱き上げる。

 隣の寝室に入ると、ベッドに私を腰かけさせた。

 すぐに侍女の一人に女騎士を四人ほど連れてこさせ、二人をドアの内側で、もう二人をその外側へ配置させる。

 部屋には私とマーサ、そしてその女騎士の四人だけになった。

「姫様、申し訳ありません……私の失態でございます」

「……」

「姫様……」

 がちがちと何かが鳴る音がする。なんだろう、と首を回したいのに、動かない。

 マーサの手が私の両手を包み、ぎゅっと痛いくらいの強さで握り込んだ。

 そうされてようやく、自分の体が痙攣のように震えていることに気が付く。

「申し訳ありません……このような、このようなこと……」

 悲痛な声だ。

 きっと私は酷い顔をしているのだろう。ぽたぽたとドレスに落ちる雫は涙だ。

 ぼんやりと見ていた目をぎゅっとつむると、溜められていた涙がまた落ちる。

 マーサは悪くない。そう言ってあげたいのに、声が出ない。

「……姫様……お可哀そうに……」

 言われ、ああ、私そんな状況なんだ、と他人事のように思い、……喉元までせり上がってきた熱い息を吐き出した。

「あ、ああ……」

「姫様……」

「うぅ……ぅぅぅぅう」

 うわーん、とまるで子供のような声で泣いた。

 本当なら大人のように声を押し殺して泣きたかった。だけど、今は子供だから。

 たった五歳の子供なんだから、こんな風に泣いたっておかしくない、と。

 大きな、喉が潰れてしまうんじゃないかっていうくらい、大きな声で泣いた。

 マーサはそんな私の手をぎゅっと握りしめながら、私が泣き疲れて眠ってしまうまで、ずっと私に謝り慰めながら傍にいてくれた。

 そんなに謝らなくていい、私は大丈夫だから、と言えない自分が情けなくてまた泣いた。

 ただただ、意味もわからなくなるほど泣き続けた。




 ぼんやりと目が覚めた時、違和感に眉をひそめた。

 同じ天蓋付きのベッドだが、レースの色が違う。私のベッドは淡いピンク色のレースが掛けられていたのだ。

 横に視線を流すと、やはり部屋の調度品が違う。

「……ここは……」

 泣きはらした瞼が重く、目元はまだ熱い。頭の芯も鈍く体中が気だるかった。まるで風邪を引いた時のようだ、とどこか他人事のように思う。

 そのことに自嘲して、軽く頭を振った。

 だめだ。色々ありすぎたせいか、何も考えたくなくなってる。

 でも、それじゃダメなんだ。諦めたら、終わってしまう。まだ死にたくない。

 まだ、……あんなふうに、呆気なく死んでしまいたくない。

 脳裏に昨夜の光景が浮かんだ。

 黒猫のシー。死神のシーナが私に近づくために姿を取っていた猫だ、そう簡単に死にはしない……というか、猫の姿では死んだけど、まさかシーナが死んだわけではないだろう。

 ややこしいが、シーナは死んでいないことは確かだ。

 だってここで死んだら馬鹿みたいだ。自分で食べておいて死んだら、私を玩具にするどころか、何のために猫の姿を取ってまで私に近づいてきたのか、さっぱり意味がなくなる。

 だから生きているだろう。

 私としても生きていてもらわなければ困る。……あのド鬼畜ドSにド悪魔の死神様をこの手でくびり殺すまでは、なんとしても生きていてもらわねば。

 また私に近づくために愛玩動物になって現れるか、もしくは別の方法でやって来る。それまでは私の状況がややわかりづらいけれども、仕方ない。人生とは本来わからないものだ。

 とにかく、まずはこの部屋からだ。

 ここはどこなんだろうか。部屋の調度品の豪華さから言って、まず間違いなく貴人が使う部屋。

 私の部屋は王女と言うこともあってか、白と金と淡いピンクが主体の、品が良くも可愛らしい部屋だった。

 この部屋はそんな特色がない。

 豪華ではあるけれども、好む人を選ぶ部屋ではなく、誰もが無難に納得する部屋。

 おそらく、貴人用の客室だ。

 まだ体がだるいけど、ベッドから起き上がってみる。

 なんでここに、と呟きかけた時、部屋のドアがノックされた。

 コンコンコン。

「……姫様、起きていらっしゃいますか?」

「あ、はい!」

「姫様、おはようございます。……昨夜は私の失態、ならびにこの王城で働く者全ての不始末を深くお詫び申し上げます」

 ドアを開け、入ってきたのはマーサだった。

 マーサは入ってくると私の顔を見つめ、深く頭を下げる。

 その後ろに続いてきた侍女や女官はもちろん、国王陛下に謁見した際、シーを抱きかかえていたフィリップと呼ばれた男性も部屋に入ってきて頭を下げた。

「い、いえ!猫は……死んでしまいましたけれど、私は生きていますから。犯人さえ見つけてくれればそれでいいです」

 そう言って首を振ると、侍女と女官は頭を下げたまま、すっと部屋から出て行った。

 マーサがちらりとそちらに視線をやったような気配がしたから、おそらく出ていくように指示されたのだろう。

 部屋に私とマーサ、そしてフィリップだけになる。

 二人はゆっくりと頭を上げ、フィリップが一歩前へ出た。マーサは顔を上げたけれど、視線は私と合わさない。それが酷く悲しく思えた。

「ユリフィナ王女殿下、此度の不始末、誠に申し訳ございませんでした。お目にかかるのは二度目でございますが、私は侍従長のフィリップ・エール・サリ・バーナーと申します。畏れ多いことですが御身の安全を確保するため、お部屋を移させていただきました」

 ああ、なるほど。だから自分の部屋じゃなく、ここなのか。

 納得しつつ、ちらちらとマーサに視線を投げてしまう。なんだか思いつめた、というか、何かを決断してしまったような顔が気になる。

 まさかとは思うけれども、これで職を辞するとか言われてしまったらどうしよう。もしかしたらクビだと言われてしまった可能性だってある。

 この世界で会った、一番まともで一番優しい人だ。失いたくはない。

「あ、あの!……マーサは、どうなるのですか?このまま私の傍にいてくださるのですよね?」

 聞けば、マーサは一瞬私の方に視線を上げ、…すぐに下ろした。

 ……もうなんか、それだけで聞かなくてもわかる仕草だ。

「マーサは城を辞することになっております。此度の筆頭侍女としての失態は許されるものではありません。王女殿下の御身を守る最後の要は、この者です。毒見係の管理、そして自身も毒見をし、王女殿下の御口に運ばれるまでお食事に異変などないことを確認しなければならないのです。今回は猫が犠牲になりましたが、本来その役はこのマーサでなければならなかった。この失態は返上できるものではなく、王女殿下の強いご要望があったとしても、叶うことはありません」

 フィリップは言い切り、一度頭を下げた。

 たぶん、私の言いたいことなどわかっての発言だから、頭を下げたのだ。私の希望を叶えることができないから。

 ……マーサは処罰されたのだ。私の意思に関係なく。

「どうして……悪いのは犯人なのに!そうでしょう!?」

「いいえ、王女殿下。それでも貴方様の御身をお世話する筆頭侍女として付いたのならば、御身の安全を命に代えても守るのは義務なのです。それが筆頭侍女の最優先事項。それができぬ者は筆頭侍女として必要ありません。これは、たとえ国王陛下のお言葉があったとしても、守っていただく規則でございます」

「そんな……」

 いやいやをするように首を振るが、フィリップは心苦しそうな顔をしながらもそれを覆すことはなかった。

 ……本当に、ダメなんだ。

 いやだけれど、それが本当にこの王女という身分を使ってもダメだというのならば、……仕方ない。私にはこれ以上どうすることもできない。どうにかできる手段など、思いつかなかった。

 それならば。

「……なら、マーサの家族は……どうなるのです?」

 聞くと、フィリップは一瞬目を瞠った。

「……表面上、何もございません。ですが、近親者に王城から出された者がいるとすれば、自ずと皆王城を去ります」

「それなら、今この王城にマーサの近親者がいるってことね?」

「……王女殿下、お戯れは……」

「戯れなんかじゃないわ」

 誰が冗談など、この場で吐けると言うのか。

 王女らしい振る舞いも話し方もわからない。だけど、心の奥深くからふつふつと込み上げてくる思いがあった。

 マーサがどうしてもダメならば、せめて。

 せめて……マーサの近親者は、その巻き添えなんかにしたくはなかった。

「誰がいるの?」

 強い意志を込めてフィリップを見上げる。

 その目に促されるように、彼は重く閉じていた口を開けた。

「……従者の息子二人でございます」


「ならその息子を私に付けられるよう、話をしなさい。二人が無理ならば一人で構わない。確か王女でも従者を付けてはならない規則はなかったわね?」


 マーサが助けられないのなら、その家族を助けよう。

 私の毒殺騒ぎで犯人でもないのに処罰されるマーサを助けられず、知らぬ間にその家族すら巻き添えになるなんて、ばかげてる。

 たとえ慣例にない、男の貴人に付ける従者を王女の私に付けさせる、その奇抜さに目をつけられようと。

 私には、このまま見過ごすことなんてできなかった。

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