第十二話
自室に戻ると、マーサ達によって部屋着用のドレスに着替えさせられた。
そんなに何度も替えなくとも、と思うけど、外の汚れが付いているとか、そのための女官を雇っているのだから仕事をなくしてはいけないとか、王族として華やかな姿を見せるのは義務ですとか、そんなことを言われて反論するのもばかばかしく思ってしまう。
まあね。外の汚れが、ってとこは納得できる。だけどそのための女官とか、義務とか、なんだか言い訳っぽいし押しつけがましいというか。
王族ってそんなものだと言われたら、それまでなんだけど。……なんか、なんだかなぁって感じ。
ま、属国だって言うのに富を持ってるこの国ならではってことにしよう。
そんなことを取りとめもなくつらつらと考えて、…深くため息をついた。
「……私いったい、どうしたらいいのかしら」
呟いて、またため息を吐く。
ため息しか吐けないでしょ、こんな状況。この国にいても命狙われて、かなり重要な立場の王女だけど、どうにかしてユーリトリアへの留学を許してもらえたとしても、なんだか不安要素がある。
それでも、魔力を抑えるか、と聞かれれば、なんとしてもと答える。
当然だ、この魔力のせいで人が一人死んでいるのだ。それも、愛すべき母親が。
周りの知識がなかったからいけなかった?
私は赤ちゃんだったのだから仕方ない?
そもそも死神が無理矢理そんな大きな力を与えたのがいけなかった?
いいや、そんなものはただの言い訳だ。
私があの時、体に大きな負荷をかけたとしても自我を起こし、死神を呼んでいれば、自分の身に何が起こっているか説明させていたら、救えた命だったかもしれないのだ。
もしかしたらそれでも救えなかった命かもしれない。
それでも、今のこの後悔より、この罪悪感よりもずっと、その死を納得できた。
行動するのとしないのとでは、計り知れないほどの開きがある。
今の私には、到底納得できない、恐ろしいほどの命の重みだ。
……涙など流して、何かに許してもらおうと思う、ずるい自分の心が醜く感じられてならなかった。
「……何考えてんのか、筒抜けだぞ」
いつの間にか夕飯の時刻になっていたらしく、マーサ達はその準備に向かっていった。
私と黒猫以外、誰もいない。
呆れたようなその声は、間違いなく黒猫の、シーナの声に違いなかった。
「……うるさいわね、感傷に浸って何が悪いのよ」
とげとげしく言い返せば、シーナは小さく息を吐き、……その姿を変えた。
「全部悪いな」
「!?な、なんで姿変えるのよ!?誰か来たらどうするの、ここは私の部屋なのよ!」
……というか、全部悪いってどういうこと!?
久しぶりに見たシーナの姿は、相変わらずの完璧な美貌だった。
完璧な配置の目鼻立ち、すっとした完璧な長身の体は細すぎず太すぎず、まさに絶妙。
指の先の爪先まで美しいと見惚れる美貌だ。
その性格さえ消えてなくなれば、身も心も捧げても悔いはないと言える。
……三大ドのつく鬼畜S悪魔の、その性格さえきれいさっぱりなくなれば!
「心配するな、お前の評判が悪くなるだけだ。俺は騒ぎになる前に猫になればいいしな」
…………ホント、このド鬼畜野郎が!!
王女が男を部屋に連れ込んでたなんて、そんな地の底の評判立てられたら、嫁にいけない…いや、婿が来てくれなくなるだろ、ド畜生!!
ギリギリと睨みつける。視界がぼやけてるけど、これは涙じゃない。怒りの結晶よ。これを七個集めたら神様が願いを叶えてくれるのよ。
前世のとある漫画を思い出す。もはや現実逃避だとわかる怒りの妄想だが、幾分か私の気分を晴らしてくれたらしい。
……決して、このド鬼畜野郎のお陰だとは思わない。
「そんなことはどうでもいい、お前に感傷に浸ってる暇はない。いいか、お前の死亡フラグが立ってる。夕食は気分が悪いとでも言って下げさせろ。もしくは……そうだな、俺に一口目を食べさせろ」
「……え、え、え?あんたに?え、死亡フラグ?ど、どどどどどういう……」
「頭がおかしくなろうがどうでもいいが、いいか、お前は食事に手を付けるな。……もう来たか」
「え、え、ええ?なになになんなのどういうこと!?ちょ、まっ……」
しゅん、とシーナが黒猫に姿を変える。と同時にドアがノックされた。
コンコンコン。
「姫様、お夕食の時間です」
「は、ははははい!」
返事をするとマーサがドアを開け、続いた侍女たちが銀のトレイに載せられた食事を持って部屋に入ってくる。
テーブルに素早く白いクロスが広げられ、次々とお皿が並べられていく。
実に手慣れた見事な連携の早業だ。感心して見惚れていると、マーサに不思議そうな顔をされた。
「姫様?どうかされましたか?」
「あ、ううん!いつもながら手慣れててすごいなって」
「姫様にお褒め頂けるなんて、光栄ですわ。みなもより一層励むことでしょう」
にこにこと穏やかに笑うマーサに微笑み返し、見咎められないよう小さく息を吐く。
……死亡フラグ。
きっと、たぶん、絶対……この夕食に何かあるんだ。私が死ぬ、何か。
まあ、考えるまでもない、毒だろう。
シーを見下ろす。黒猫はじっとこちらを見上げていた。
シーナが言ったことは、またとない私の復讐のチャンス。
だけど……
「……いやだなぁ……」
だって猫が毒で死ぬところなんて、見たくない。かわいそすぎる。それがたとえ、中身がド鬼畜野郎のシーナだったとしても!
いくら殺してやりたいと思ってても、猫の姿で死なれるのはいやだ。死神だし、きっとすぐに復活してまた私のところに戻ってくるんだろうけど、動物虐待の画よ。これは。
いやいや、これはさすがに私、できない。
首を振る。
すると黒猫はちっと小さく舌打ちした。
「……小心者め」
私にしか聞こえないくらいの声で呟き、並べ終わったテーブルを見上げる。
何をする気か、と悪い予感がした私がその体を捕まえようして、
「さあ姫様、どうぞお召し上がりくださいませ」
マーサの声がかかると同時に、シーはテーブルに飛び上がった。
「あ!」
「まあ!」
止める暇もなかった。
手を伸ばした時には、シーはその料理に口を付け、美味しそうに飲みこんでしまったのだ。
うそ!そんな!
顔を青くした私が息をのんでいると、マーサが仕方ないですわね、と侍女に別の料理を持ってくるように指示をする。
「まあまあ、猫ちゃんたら。貴方のご飯は別にあるんですよ」
そう言ってシーをテーブルから降ろそうとした時だった。
シーが食べたものを吐き出し、さらに何か吐き出そうとするような異様な嘔吐をし始めたのは。
「!誰か!衛兵、ここへ!貴方達、この料理はこのままに、触らないこと。いいですね!」
鋭いマーサの指示の声を呆然と聞きながら、私はのたうちまわり、やがて痙攣しながら動かなくなったシーを見つめ続けていた。
声など、悲鳴すら出なかった。




