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傾国の姫  作者: 安田鈴
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第十一話

 ユーリトリアは、広大なコルダー大陸のほぼ北から南までを支配する大国だ。

 その南北のちょうど中間、東の海に面したそれほど大きくはない国がこのスリファイナ。地図で各国の位置関係だけを見れば、北に同じくユーリトリアの属国ファスカがあり、西から南にかけてはユーリトリアと国境を隔てている。

 それだけを見れば、なぜユーリトリアはスリファイナやファスカを属国などにしたのか、その国土を奪わなかったのか、不思議に思うかもしれない。

 だが、スリファイナとファスカを覆う形で北から西にかけて険しい山脈が連なり、唯一陸路で拓けたスリファイナの西から南にかけては山脈からの大河が広がっていた。

 山脈は今日の文明をもってしても、安全に、かつ多くの人を一度に運ぶことのできない険しさで侵略の足を阻み、そして大河は、その山脈から流れる急で水量の多い、一見すれば海にも見えるまさしくこの大陸最大の大河だった。

 昔はほぼ他国との交通手段などない二国だったが、文明が進むにつれ船の強度が増し、魔法の研究・精度が高まってくると、人力でなくとも大河を渡ることができるようになっていった。

 とはいえ、この二国の船の技術が上がったわけではない。スリファイナとファスカは自国だけで自給自足できるほどの肥沃な土地を持ち、かつ人力の船でさえ海へ出れば潮の流れの関係で常に大漁、気候もまた安定した四季を持つ非常に恵まれた国土だったため、他国と貿易をする理由がなかった。

 しかし他国からすれば、スリファイナやファスカは喉からよだれと手が出るほど、何としても欲しい土地。

 そのため北から西にかけての山脈からは無理だとしても、なんとか船で渡れる大河と言うだけの南からの交通手段は、早急に確保したかったのだ。

 そして大量の船団を引きつれてやってきたのは、その昔からこの大陸で支配の手を伸ばしていたユーリトリアだった。

 ユーリトリア側はもちろん戦争になってもかまわない体でやってきたのだが、とうのスリファイナの国王はもろ手を挙げて彼らを歓迎した。それはもう、国中を上げてのお祭り騒ぎ、と言っていい歓迎ぶりだったらしい。

 兄弟国のファスカ以外と交渉などしたことがないスリファイナの国民性は温和で、人情深く、他者とのつながりを大事にする。ユーリトリアの使者を友と呼び、今後も長く付き合っていきたいと握手をしたと言う。

 それならば属国にする、といったユーリトリアの宣告にも、それで大河の交通手段が得られるなら、とサクサク交渉したらしい。

 簡単にユーリトリアとの属国交渉をまとめれば、

 一つ、属国として年の作物の獲れ高の30パーセントを納税する。

 一つ、ユーリトリアの兵を常駐する。

 一つ、王城にユーリトリアの政務官を滞在させる。

 一つ、文化交流のための施設、研究所を建てる。

 一つ、人材をユーリトリアに提供すること。

 といった具合だ。

 ユーリトリア側はこれで豊かなスリファイナから期待の持てる納税があり、武力、政治、文化に至るまで介入できると納得したようだった。

 だが、スリファイナからすればすべてとは言わないが、都合のいい条件だったと言わざるを得ない。

 ざっくり言ってしまえば、納税するだけで武力が持て、高いレベルの政治力を持つ者を招き入れることができ、進んだ文明の文化を自国にもたらすことができたのだから。

 後にユーリトリアはさらなる圧政を強いようとしたが、その頃にはスリファイナも対外交渉の術を学んでいた。

 年の30パーセントという高い納税も、元々恵まれた土地を持ち、質実剛健なこの国では飢える者が出るような税額ではなく、さらに交渉を重ね、属国としては異例なほど富を持つようになっていった。

 ユーリトリアはそんなスリファイナを苦々しく思いながらも、独立しようという動きもない、きちんと属国の義務を果たし続ける富を蓄えた相手に、ごねて内乱でも起こされたら面倒だ、と放置してきた。大国であるがゆえに内乱の火種を多く抱えるユーリトリアにとって、日々富んでいく従順な国の反発を買うよりも、現状維持をした方がマシだった、というわけだ。

 そしてもう一つの理由が、同じく富を蓄えていくファスカは、スリファイナよりはユーリトリアに反抗的だったことだ。そこを兄弟国であるスリファイナがなだめ、仲立ちをしてくれることで、ファスカが実際の行動に移らないために、どうしてもユーリトリアはスリファイナという非常に有能な緩衝国を手放したくなかったのだ。

 そうして、表面上、主国ユーリトリアと属国スリファイナの比較的良好な国交は今日まで続いている。




 レオヴィスは気遣わしく真剣な顔で私を見ている。

 言われた言葉は突飛で、王女だという立場を抜きにしても簡単には頷けそうもない。だけど。

「ユーリトリアに……魔道を、習いに……」

「そうだ。でなければ、お前はもっと悲しむことになる。今すぐじゃなくともいい。だが早いうちに、それができなければ、せめてその魔力を封じる儀式を執り行うべきだ。……もっとも、その魔力を封じるには強い魔法使いが数人必要だが……」

「数人で足りればいいですが、やるにしてもユーリトリアの魔法省の協力が必要不可欠です。この国にいる最高ランクの魔法使いは、レベル3…そろそろ4に上がる程度。もちろん、レオヴィス様を除いて、ですが」

 リィヤも難しい顔を私に向けている。

 その目にはやはり労わるような色が見えた。

「俺一人で儀式を執り行っても……無理だな。強すぎる。魔石で増強すれば何とかなるかもしれないが、あれは国外へ持ち出すのは禁じられている。だが、魔法省に話をすれば……」

「そう、ですね。……間違いなく、ユリフィナ様がどんな身分であれ、魔法省に連れて行かれるでしょう」

「連れて……!?」

 驚いて聞き返すが、リィヤとレオヴィスは真剣な顔だ。冗談など言っていない。

 連れて行かれるって、誘拐よね?え、誘拐ってそんな簡単に?私の身分があっても軽く無視されるの?

 王女って、国家の中じゃかなり高い地位よね?しかも私、今のままなら次期女王だって言われてるくらいなのに!

 驚きすぎて呆然としてしまう。

 いったい魔法省っていうのはどんだけ横暴なんだ。人さらいがオッケーなら、もしかして殺人も軽く揉み消しちゃうかもしれない。

 お、おそろしや……絶対、そんなとこ、断固として!行きたくない。

 ぶるぶると首を振る私に、困ったようにリィヤとレオヴィスが顔を見合わせる。

「……かといってこのまま見捨てるのもな」

「……そうですね、きっとそれが一番簡単だと言われても、可哀想ですね」

 み、みみみみみ!?見捨てられる!?

 それもいや!いやだけど、魔法省こわい!!

 なんなの、なんでこんなに私の道は前途多難すぎるの!?

 ……あああ、こいつの玩具になんかなったばっかりに……

 さっきよりも強く、涙も滲みながら睨みつけるが、腕の中の黒猫はいっこうに堪える様子はない。むしろ心地よさそうに目を閉じていた。

 ……いつか後悔させてやるからなぁぁああ!覚えてろ!!

「……それなら、やっぱりどうにかしてユーリトリアに来てもらった方が簡単だな。俺の知人に何人かレベル5の魔法使いがいる。あいつらも魔法省には散々いじられたから、黙っててくれと言えば喜んで協力してくれるだろう。ただ、遠くにいるのもいるからな…人数が足りない場合もあるか」

「どうするんです?」

「ん?当てはある。魔石をいくつか使えば、何とかなるだろう」

「……先ほども思いましたが、魔石は国外はもとより、魔法省からも持ち出し禁止の代物ですよ。厳重に管理されているはずですが……魔法省に協力を仰ぐのでなければ、どうやって持ち出すんです?」

「お前は隠密行動が得意だったな」

「…………ええ。だからこそ、貴方の傍に付くことができたんです」

「なら、問題ない。ちょっと行ってちょっと持ってくるだけだ、簡単だろう?」

「…………………………。私が、ですか」

「他に誰がいる?」

「いない、ですね……」

 レオヴィスが満足したように鷹揚に頷き、呆然と話を聞いていた私に向き直った。

「そういうわけで、どうにかしてユーリトリアに来てくれればこちらは準備ができている。俺達はあと三日ほどはこの城に滞在しているはずだから、そうだな……明後日の今日と同じ時間、この庭園でまた会おう。その時この話が可能かどうか、聞かせてくれ」

「は、はい……」

 頷く。

 だけど私の視線は、ちらちらとリィヤに流れてしまう。

 ……だって、かわいそすぎる。どこか遠くを眺めているリィヤに深く同情した。

 レオヴィスはこのド鬼畜のシーナと似た感じの横暴さだけど、シーナとはっきり違うのは、そこに冗談とか、からかう気持ちが全くないことだ。

 真剣に、自分の意見が通ると思ってる。

 常に肯定の返事がされるし、できないわけがないって心の底から思ってるよ、この子。

「……魔法省に、あの機密以外何もないと言われて場所すら一部の人間以外には公表されない、あの魔法省に、侵入……ハハ、これは夢か?」

 ぶつぶつと呟く可哀想なリィヤ。うんうん、その気持ち、とってもよくわかる。

 お互い苦労してるね、頑張って強く生きようね。

 ……でもお願いだから、そこに私を巻きこまないでね?

 限界超えた未知の鬼畜が傍にいて、私にはこれ以上は無理。巻き込もうとしたら、ホント恨むから。

 レオヴィス、とっても将来が期待できる美少年なんだけどなぁ……

 あんまり近づいちゃいけない類の人間だった。うんうん。

 ……あれ。私の周りの美形って、みんな一癖二癖ある?

 …………なんか、嫌な予感…するんだよなぁ……はぁ。




 薔薇の迷路を抜け、南の庭園の出入り口である南門が見えるとレオヴィスは魂が抜けたようなリィヤの名を呼んだ。

「リィヤ」

「は!あ、ああ…はい。……では、ユリフィナ様、私たちはここで」

「ええ、御一緒させて頂いて、ありがとうございました」

 シーを抱えたままだったが、それでも優雅に一礼して、にこっとほほ笑む。

 またもやリィヤはそわそわとレオヴィスの顔を見るが、やっぱりレオヴィスがそれを無視する。

 ……ホントにいったい、なんなんだろう?

 期待した反応が得られなかったのか、リィヤは少しがっかりした様子で息を吐く。

「……それでは、また」

「はい」

 微笑んだまま、二人が遠ざかるのを見送る。子供だろうが、女である限り、男が去らないうちに背を見せてはならないんだそうだ。

 根強い男女差別だけど、反面女を守るためでもあるし、いいんだか悪いんだかよくわからない。

 まあ、先陣を切って改革をする余裕など私にはない。なにせ、この国にいても狙われ、渡りに船と思ったユーリトリアへの留学もなんだか危険な匂いがぷんぷんする。

 ……どっちにしろ、私の未来は人に揉まれて巻き込まれて流される運命だ。

 諦めれば、終わってしまう。

 私の明日は、どっちだ。

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