第十話
「私の名前はリィヤと申します。こちらはレオヴィス様。私の主です」
「ユリフィナと申します。この猫はシーです」
歩きながら紹介をされ、とりあえず名前だけ答える。
私の名前を正式に言うとかなり長いし、不用意に王女だとも名乗りたくなかった。あちらも一般国民とは思えない服装や立ち居振る舞いをしているから、正式に名乗らないのはお互い様だ。
にこにこと笑っている少年…リィヤに、にっこりとこちらも笑い返す。
ふふふ……腹の探り合いなんぞ、前世でいやというほど味わったからね。空気読めないとホントきつかったんだから!でも面倒だからほどほどに読んで、ほどほどに無視したけど。
それなりの人生歩むにはそれなりの努力が必要なのよ。……まあ、それなりにしか努力しないから、結局そこ止まりなんだけどね。
「……リィヤ、俺はお前と同じ匂いがする女を初めて見たぞ」
「……奇遇ですね、私もです」
感心、してるのかしら、それは。褒め言葉なの、それとも嫌味なの、どっち?
嫌味だとしたら、リィヤはちょっと性格が悪いの?そんなに優しそうなのに。
……まあね、優しそうだからって、中身がそうとは限らないんだろうけど。ちょっとショック。好きなタイプの顔なのに。
待てよ?好きなタイプの顔の男に嫌味としてあげられるくらい、私の笑顔に何かあったってこと?
ちょっとじゃない、すごくショック!
早くも失恋だわ。私、この世界に幻想打ち砕かれに来たのかしら。
子供…レオヴィスはまじまじと私を見つめ、やがて口の端に小さく笑みを浮かべた。
「……」
ふ、不覚!まさか10歳ぐらいの子供の顔にドキッとするなんて!
今までずっと大人顔負けの冷めた顔をしていたから、笑うなんて思いもよらなかった。
まったく、美形は何してもやっぱり卑怯ね。勝ち逃げするんだもん。
そんなことを考えていたら、レオヴィスが初めて話しかけてきた。
「ユリフィナは魔力の素養が高そうだな」
おお!私がいくら真似しても無理そうな、風格ある話し方だ。顔立ちも、まだ幼さが前面に出てるけど彫りが深くて端正な、アラブ系の王子って感じがする。
うーん、健康的な美少年。10歳にしておくのは惜しいわ。……これから成長するのはわかってるんだけどね。
「え?どうして?」
頭の中で色々考えながらも、言われたことに首を傾げた。
素養が高いって、才能があるってことよね?
「……もしかして、見えてないのか?まさか、まだ魔道の訓練を受けていない……?」
魔道?えーと、魔法のことかな?
私の知識には一応基本的なことが教えられてるけど、まだ勉強だけだ。なにせ昨日まで幽霊姫だったから、魔法の実技なんてそうそうさせられなかったんだろう。
詳しい説明はできないので、ただ首だけ振った。
「……何か事情があるのか。それならもう聞かない。ただ、高い能力があるはずだから、早くその魔力の抑え方を覚えないと不幸なことになる」
「不幸!?」
「俺はもう自分の魔力は完璧に抑えられるし、このリィヤは元々魔力の素養が全くない。おそらくユリフィナの周りもそういう者たちばかりなんだろう。だから大丈夫なんだが、普通それくらい傍若無人な強い魔力を抑えずにいる状態で、同じく魔力を抑えていない、もしくは未熟な者が近寄れば確実に衝突する。衝突で済めばいいが、最悪、力負けした方の意識が飛んで死ぬことだってあり得る」
……ま、またまたぁ。死ぬなんて大げさよ。
真剣な顔は本当にそれを案じているようで、なんだか自分が大切にされているような錯覚に陥る。
錯覚なんだけどね。わかってるけど。
「だから、早く魔道を教えてもらった方がいい。……この国は、魔力が高い者が生まれないせいか、比較的魔道に関して無頓着だと聞いたが、本当だったんだな」
「そうですね。だから私たちが来たのですが……今回も、あまり話を聞いてくれなさそうな雰囲気です」
「それではダメなんだがな。……まあいい。確かに魔力の素養が低い国民性だ、そう重要でもないんだろう。これだけ安定した気候と恵まれた土地があれば、魔法などなくても生きていけるからな」
ふむふむ。……何の話なんだろう。
えーと、たぶん、この二人は魔道の話をしに来たけど、聞いてくれなさそうだってことかな。それで、この国は魔法には興味がない、というか必要ない?ってことでしょうか。
ふぅん。
……あれ?じゃあ私に魔力の抑え方を教えてくれる人はいないってこと?
あら?じゃあまさか、私に魔法の知識しかなかったのは、魔道を教えられる人がこの国にいなかったからってことですか!?
……え。じゃあ、じゃあ、私いったいどうしたらいいの?
確かド鬼畜ドSにド悪魔の死神様は、私に神の恩寵レベルの魔力を与えてくださらなかったかしら!?
ギロリ、と腕の中で素知らぬ顔をしている黒猫様を睨みつけるが、そよ風でももう少し反応があるだろうに、無風の如く無視だ。
ふ、ふふふ……ホント、こいついつか泣きながら土下座させてやる。
「見せてみらった記録にも、魔法による大きな事件事故などはありませんし、魔力の暴走による事故も……おそらく、数が少ない。まあ、魔力の暴走だという認識が低いのもありますが」
「そうだな。それらしい死亡事故は、近年なら前王妃の時くらいか……いや、調べていないものを言うのは公平ではないな」
「前王妃……?」
二人で深刻に話し始めたので聞き流していた私に、聞き捨てられない単語が飛び出した。
前王妃のそれらしい死亡事故って、どういうこと?
「……」
「……失敗しましたね」
私がいたことを思い出してくれたらしい。まあね、黙ってたし、なぜか女の私を挟まずに、リィヤを私とレオヴィスで挟んだ並び方してたし、二人で話し始めたら私のことなんか視界にも入らないですからねぇ。いいんですよ、ええ、ホント。気にしてないですよ。
ただ、ちょーーーっと、いじけてるだけです。ええ。
ぷぅ、と頬を膨らませた私を見て、なぜかそわそわとレオヴィスに視線を向けるリィヤ。
リィヤはレオヴィスの反応に何か期待しているみたいだけど、とうのレオヴィスは完全にそれをシカトしてる。
いったい、さっきからなんなんだろう?
不思議だったけど、今はそれより前王妃の話が気になる。
レオヴィスは苦笑じみた顔で息を吐いた。
「……困ったな、あまり根拠がないし、詳しく調べてもいないからそれらしい、としか言いようがない話なんだが……」
「……それでもいいです。まさか、わ…王女様に魔力があって、それが暴走したから前王妃様が……?」
半ば確信しながら聞けば、レオヴィスはさらに困ったような顔で小さく頷いた。
「そう、だな。前王妃、ファティナは王女を産んだ後、産後の肥立ちが悪く寝込みがちで衰弱していった、という話だが、それこそまさに魔力の高い子供を産んだ母親の、典型的な亡くなり方なんだ」
レオヴィスがそう言うと、後を継ぐようにリィヤが一つ頷いて話し始めた。
「魔力の高い者が生まれにくいこの国ではあまり必要のない儀式なのですが、普通、子供を産んだ時はまず魔力の値を調べ、両親、特に母親よりも素養が高い場合、外部からそれを封じるようにします。そうしないと、強い魔力を垂れ流し、時に感情のまま暴走する赤ん坊に当てられ、身近にいる者の意識が混濁してしまうのです」
「混濁……」
そうか。だから、寝込みがちになって、衰弱していく……。前王妃様の、…私の母親のように。
暗い顔をする私を見つめながら、リィヤは何かを探るような顔をしているが、レオヴィスに袖を引かれ話を進めた。
「……ですが、これは『かもしれない』『それらしい』としか言いようがないお話です。実際の前王妃様の状態を見たわけでもありませんし、王女様の魔力がそれほど高いと調べたわけでもありません。あくまで、『それらしい』亡くなり方だった、というだけです」
「……」
だけど、私は高い魔力を持ってる。神の恩寵だと、言われるくらいの。
たぶん、そうなのだろう。私が……殺したのだ。赤ん坊だったんだから仕方ない、と言われても。
それが慰めにならないことは、誰もがわかっていると思う。
「ユリフィナ、もし……もし、その気があるのなら……」
レオヴィスが労わるような優しい声で私に言う。
「俺と一緒に来て、魔道を習うといい。大国、ユーリトリアで」
ユーリトリア。
私の頭の中で、この国、属国スリファイナの主国だと知識が囁いた。




