雑貨屋のアリア
遠い昔の話、中世のことになるだろうか。
まだこの世界が王によって治められていた頃のこと。
ある城下町のある雑貨屋の少女と、その近くに住む少年との間で、ある小さな物語が幕を開けようとしていた。
雑貨屋の少女をアリア、そして少年の名をパーシバルといった。
彼らには何の接点もなかったはずであったが、ほんの些細なことが彼らに縁を結び付けることになった。
少年、パーシバルは今年で13歳を迎え、近々城に傭兵として仕官しに行く頃だった。
それに備えるのに、傷薬や剣、槍などといった必需品をそろえるために、城下の商店街へと足を運んでいた。
パーシバルは商店街のすぐ右手にある雑貨屋に寄ることにする。
当時は、薬を専門的に扱う店がなく、傷薬などか雑貨屋に並べられていた。
パーシバルは雑貨屋の前に立つ。
…思えば雑貨屋に来るのは父が傭兵をしていた時以来で、いつもは母と来て、父に物品を送っていたのだが、こうして一人で来るのは初めてだった。
「親父もいっちまったしな。」
そんな父も死んでしまって、この店とも縁がなかったはずだった。
「まさかこんな形で来ることになるなんてな。」
パーシバルは渋々とつぶやいた。
パーシバルにとってはこの雑貨屋は父とのつなぎであり、父を思い出すための思い出だった。
思い出に浸りながら、パーシバルは低くなったドアノブに手を掛けた。傷薬から特効薬、見たことのない品物までが箱へ棚へと敷き詰められていた。
そんな圧倒されそうな店内にも関わらず、隠れた常連であるパーシバルにはなんでもなかった。
だが他に見慣れない風景があった。
いつもは太り気味のおばさんが立っているカウンターの向こう側には見慣れない少女が立っていた。
自分と同じ年頃だろうか、だが、明らかに違うことがある。
銀色の髪だ…。
そう、彼女は白銀の髪色をしていた。黒ではない、白だ。
それは老人のようであったが、それにしては滑らかで太い髪質をしている。
パーシバルは度々この雑貨屋に顔を出すことはあったが、彼女のような人に出会うことはなかった。
…彼女がアリアだ。
当時髪を染める染料などはなく、そのことから考えると、明らかに自然に色付いたものだということがわかる。
確かにそれにパーシバルが驚かないはずがない。
ためらいながらも傷薬をカウンターまで持っていく。「これください。」
そう言ってパーシバルは腰帯に巻き付けてある革袋に手をやり、銅貨を手に取った。
アリアが黙々と革袋に傷薬をつめる仕草を見つめながらパーシバルは声をかけた。
「君はここの娘さん?」
それを聞いたアリアはびっくりして傷薬を革袋に入れる手つきを止めた。
「あ、え、そうだよ。」
アリアは明らかに動揺した様子で答える。それを見ながらパーシバルは声をかけ続けた。
「そうか。おばさんはいないの?」
もちろん、おばさんといえばここで顔を合わす店主のことだが、今回はいないようだ。
「お母さんなら、今病気で床についてるよ。」
「そうか、じゃあよろしく言っといてくれる?」
パーシバルはそう言って、アリアが頷くのを見ると、すぐにそこから立ち去った。
言いたいことがあるのはきっとパーシバルだけではなかった。
アリアがパーシバルを引き止めようとしたもののそれは声にはならなかった。もうその時からアリアの胸の中では何かが築かれ始めていた…。
それから数日が経った。
パーシバルはおばさんの体を気にして、朝から雑貨屋に顔を出していた。
そしてカウンターの向こう側には数日前のようにアリアが立っていた。
パーシバルにとっては雑貨屋の内装、外装ともに見慣れ切ったものだったが、さすがにアリアには見慣れてはいなかった。
「おはよ。」
「お、おはよう。」
二人の顔からつい笑みがこぼれる。何気ない挨拶のやりとりが、二人には新鮮に感じられたのだ。
そんな緩みも束の間、パーシバルのほうが固まってしまった。
アリアをよく見てみればこの上なく容姿がいいのだ。
整った顔立ちがパーシバルに緊張を与える。
まぁ短時間で我に返ったものの、アリアが首を傾げたのは無理もない。
「見舞いなんだけど、上がっていい?」
やっと本来の目的にかかることになる、アリアが頷くのを見るとカウンターをひょいと飛び越えた。そして奥の部屋へと足を踏み入れた。
「おばさん。気分はどう?」
「ああ、パー君かい。」
パーシバルはおばさんのそばに座った。
顔色が悪いことに気付かないはずはなかった。今見てもわずかな発刊が見られる。
「私はもうすぐ死んでしまうよ。」
「…!おばさん!!」
パーシバルが勢い余って立ち上がりそうになった。
あれほど。あれほど世話になったおばさんがもうすぐ死を迎えるというのだ。
パーシバルにはそれがかなり酷に聞こえた。
「そこでね、頼みがあるんだよ。」
おばさんがパーシバルの反応に動じる事無くしゃべり続ける。
「まぁ、聞いてくれないか。」
それは数日前のこと。
ちょうどパーシバルが来た日のことだ。
アリアはいつものように店番を済ませて、いつものようにおばさんの看病をしていた。だが今回はいつもと様子が違った。
おばさんの横に座り込んでからというものの、ため息で呼吸をしているのかというぐらいにため息をやめないのだ。
「ねぇ、お母さん。私なんかおかしいの。」
「どうしたの?」
「どうした?」
…もちろんそんなこと聞かずともおばさんには分かっていた。
「なんか、わくわくしたりどきどきしたりするんだけど、なんだか息苦しいの。私、病気なのかな?」
おばさんはしばし黙る。
「さっき誰かに会ったでしょう?」「えっと、黒髪の背中にレイピアを差した男の子…。」
「パーシバルだね。」
「か、母さん。知ってるの!?」
興味深々なのか、アリアは身を乗り出す。
「その子のことが気になるんでしょう?」
アリアはハッとした。
そのことに自分が気付いたと同時に、おばさんにそのことを察知さられていたことに驚いたからだ。
自分のことは全て見透かされている。そう思ったアリアは少し恥ずかしくなった。
「ねぇ、これが恋?」「そうだよ。」
おばさんにとってはとてもうれしい事だった。
内気で誰とも関わろうとしなかった娘が恋をしたのだから。この上ない進展だ。
「その子と幸せに暮らせるといいんだけどね。」
赤面していたアリアの顔がさらに赤くなった。まるで、よく熟した林檎のように…。
「…。」
パーシバルは何も言えなかった。
「もしよければ、あの子を嫁にもらってほしいんだけどね。」
「…。」
「あの子はね、生まれた頃から病気にかかっていてね、髪の老化だけがどんどん進んでいっているんだよ。だから周りからはのけ者にされてきたの。けどパー君が普通に声をかけてくれた。それがあの子には新鮮だったんだろう・・・。娘を頼むよ。」
「また、今度ね。」
そのパーシバルのそっけない一言を聞いておばさんは肩を落としそうになった。
だが扉の向こうにいるアリアを見た瞬間肩がピタリととまった。…それだけではない。
「アリア。君を今度俺の家族に紹介するよ。」
そう言ってパーシバルはスタコラと立ち去った。
パーシバルの言葉にはさすがの二人も目に涙を浮かべていた。
数日もしないうちに、アリアはパーシバルの家族に紹介される事になった。
アリアはパーシバルだけでなく、その家族にも受け入れられ、嬉しかったのか、ずっと笑っていた。
それからというもの、パーシバルの家族とアリアはパーシバルの家だけではなく、一緒に外へ出かけるようになったりもした。
これはアリアにとってもものすごい進歩だった。
だが、それだけではなかった…。
アリアとパーシバルは二人で出かけるようにもなった。
そんな中、今日は二人で登山を楽しみに来ていた。
「足もと、気をつけなよ。」
「わっ。」
言っている側からだ。
アリアが足を踏み外した。だが、それを見たパーシバルがすかさず手を伸ばした。
「大丈夫か?」「パーシバル…。あの、ありが…。」
「…!だーー!!黙って登るぞ!!」
アリアが
「ありがとう。」
そう言いかけた瞬間だった。
パーシバルが顔を真っ赤にしてアリアに背を向けた。
そして、アリアの手を引きながらスタコラ山を登っていった。
山頂に着いていた。
山からの風景をひとつも楽しまずにそそくさと登っていたため、二人とも息をゼェゼェさせていた。もパーシバルはアリアから手を離そうとせずにずっと握っていた。
「パーシバル?あの・・・手。」
そこでパーシバルが手を離すかに思われた。だが、
「離さない。」
「えっ?」
いきなりの意外な言葉にアリアは驚いた。
「今日こそは言うぞって決めてたんだ。これからは、一緒にいてくれないか?」
アリアが目に涙を浮かべパーシバルの体を掴まえた。
アリアは嬉しくて、ずっと泣いていた。日が暮れるまで・・・。