表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
見知らぬ世界にて、  作者: ドミノ
序章1節:召喚
4/37

◆4話

 ―――ピピピッ、ピピピッ。

 目覚まし時計の音が聞こえる。反射的に右手が伸びて、スイッチを止めた。

 いつもの朝だ。

 外気の冷たさや布団の感触など、たいした変化をみせない普通の朝。いつもなら羽毛布団に身を包み、まどろみに身を任せるはずの朝。


 けれど二度寝をしようにも、大和は目が冴えてしまっていた。


 嫌な夢を見たせいだ。


 大和はその内容を思い出し、顔が半分隠れるほどまで掛け布団をたくし上げて身を縮こまらせる。布団の端をぎゅっと握り締め、震える体を落ち着かせる。きつく目を瞑ると、恐怖心が薄らぐ気がした。


「起きなさい、大和」


 母の声。聞きなれたはずのその声に、じわっ、と安堵の感情が大和の心に広がる。――あぁ、悪い夢は覚めたんだ、と。


 ゆっくりと目を開ける。いつも通り始まる朝に「おはよう」を告げるために。


「オ゛キ゛ロ゛ォ ァ」


 眼前に広がる顔。

 見開いた目に目玉はなく、開いた口に歯も舌もない。

 ただぽっかりと暗闇が広がっている、死霊のような不気味な人間の顔。


「ひぅっ、……ぅうぁああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!――






――うああっ!!!」


 絶叫と共に大和は跳ね起きた。


「……はっ、……はっ、……はっ」


 激しい動悸に、眩暈と耳鳴りが付きまとう。額に冷や汗を大量にかいている。

 けれど、そんなことよりも恐怖に体が震えて、みっともなく歯がガチガチと鳴った。底冷えするようなあの気味の悪い声が、頭の中から離れずに反響し続け、大和の心を掻き乱す。


 大和は自分の体を抱きかかえるように腕を回し、ぎゅっと力をこめた。冷や汗の不快感や生々しく感じる自身の体温など、震える大和に現実が覆いかぶさってきた。


「起きたか」

「っ!!」


 突然横から声を掛けられ、大和は飛び退くように声の主を見た。


「なっ、お前!?」


 1人の男が立っている。


「意識は、はっきりしているみたいだ」


 そいつは顔の造りから背格好まで、目視できるもの全てがそっくりだった。

 いやそれだけではない。声も、まるで自分の声を録音して聞いているかのような違和感があるものの、紛れもない大和の声だ。


 鏡でも見ているかのような瓜二つの顔。その現実に大和は驚き、口を開閉する。なにか言おうとしたが、声が喉に詰まって意味のない音が漏れただけだった。


 ただ違うのは、目と髪色のみだろうか。大和の目元に鋭さを付け足したかのような青い瞳と、白金を思わせる煌びやかなプラチナカラーの髪の毛が目を引く。


 羽織っているコゲ茶色の外套がとても似合わないと思わせる、高貴さと気高さがその男にはあった。


「ぁっ、ぉ、お前は、誰だ」

「ふむ……、言葉はちゃんと機能しているし、魔力も充分感じられる。ということは、概ね理想通りだな」


 大和を観察するような視線を向けながら、男はぶつぶつとなにかを言う。その男の行動から大和は、警戒を強め、冷静さを少しだけ取り戻した。いざとなれば逃げ出せるように周囲に視線を這わせる。


「……」


 灰色の壁でできた部屋。全体を照らしているものは、天井に埋め込まれた光を放つ鉱物らしきものだ。

 他には、人一人乗せることの出来る台に薄い布団を乗せただけのような簡素なベット。大和が横たわっていたのは、その部屋に置かれた3つのベットのうちの真ん中にあるものだった。


 様子は病室に近いかもしれない。しかし、病室のような白一色の清潔感はほとんど無く、灰色の無機質な冷たさが、大和には強く感じられた。


 部屋の出口は男の後ろにある。つまり、強行突破するには男をどうにかしなければいけない可能性が高い。


 ――ん? と、大和の目が止まった。

 ドアの横に木でできた簡単な棚があり、そこには見覚えのある制服が一式とメガバーガーの入った袋が置かれている。――……!?


 大和はここで初めて気が付いた。

 自分が一糸纏わぬ姿でいるということに。


「寝ているあいだに、持ち物検査と身体検査をしたからな」

「え、……」


 いつから独り言を止め、こちらを観察することに専念していたのだろうか。男は、大和が股間を隠すように慌てた瞬間を見計らったかのように声を掛けてきた。


「もう、現状把握はいいのか?」

「……っ」


 大和は奥歯をきつく噛み、男を睨むように見た。けれど大和の睨みなど軽く受け流すようにして、そのそっくりな顔は、まるでこっちを見透かすように視線を投げかけている。


「こ、ここは、どこ、ですか?」


 警戒を解かずに、男に問う。

 唇が乾いていて、少し動かそうとすると引き攣るような感触がした。恐怖心が燻っていて、言葉が一々喉に痞える。だが、地獄の住人らしきものに纏わりつかれたことに比べたら幾分考えをめぐらせるだけの余裕が、大和にはあった。


「お、俺を、誘拐、したんですか?」


 誘拐、拉致、監禁。大和の頭にまっ先に浮かんだことだ。


 けれどなんのために?


 大和は、大した利用価値なんてない一般人だ。大物政治家の息子や、資産家の家出身でもない。一般家庭に生まれた、ごくごく普通の高校2年生男子だ。

 なのになぜ。

 金銭面に難を抱える人間が追い詰められて突発的に犯行に及んだのだろうか。ともすれば、大和はたまたまそこにいたから、という理由で今この場所に連れて来られた可能性が一番高い。


「身代金か、なにかが、目当てなんですか?」


 しかし、男の様子はどうだ。

 こちらの問いに答える素振りもなく、余裕を含んだ表情で大和を観察でもするかのように見ている。髪にも艶があり、頬もこけてはいない、どちらかといえば裕福な過程育ちの印象を与える。


 そもそも見た目が瓜二つということは、年齢も近しいと考えるほうが自然だ。高校生の大和を基準に考えると、15~19がいいとこだろう。そんな若者が誘拐なんてするだろうか。


「あ、あの……、なにが、目的――」

「九柳大和」

「――っ、え?」


「誕生日は6月18日

 現時点での年齢は17歳

 身長175センチ、体重60キロ

 地球の、日本という国に生まれる。

 両親の名前は、善次郎と恵美子。

 幼馴染は、高槻洋介。

 友人関係は浅く広く、概ね良好。

 最も親しい友人は内藤和也と工藤弘樹。そして幼馴染の高槻洋介。

 勉強は平均より少し上位。だが、とっさの機転が利くと周囲によく評価される。

 運動はいたって平均値。

 陸上をやっていたが、中学卒業を期に本格的に取り組むことはなくなった。

 趣味は最近サボリ気味の早朝か夜間のジョギング、読書、ネットサーフィン。


 ――こんなところだろう。

 どうだ、間違いないか?」


「な、なんで……!?」


 男がすらすら話したことは、間違いなく大和のことだった。


「記憶の吸収も、問題なく出来ていると考えて大丈夫だろう……。あとは――」

「な、なぁ、なんだよ! なんで俺のことを知ってるんだよ!?」


 調べたのか。――なんのために。

 突発的な犯罪か。――そうは思えない。

 計画的犯罪か。――それこそ、なんで俺なんだ。


「お、お前は何者だ!? 教えてくれ、なんで俺はこんなところにいるんだ!?」


 大和が男に掴みかかろうとした瞬間、ビキィッ、と嫌な音が耳の中で響いた。


「いっっ!?」


 胸の、鎖骨のあいだ辺り。そこに釘でも打ち込まれたかのような鋭い痛みがはしり、大和は思わずバランスを崩してベットから転げ落ちた。


 なぜ痛みがはしったのかは分からない。しかし、とてつもない痛みだ。


 片手で胸を押さえ、床に手をついて男を見上げる。佇む男は、片方の掌を上に向けるようにして構えていた。その掌には、青白く光る光球が浮かんでいる。


 なんの光だ、と大和が疑問に思うとほぼ同時に、男はその光球を強く握った。


 次の瞬間。


 大和を激しい痛みが襲った。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ