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見知らぬ世界にて、  作者: ドミノ
序章2節:鍛錬
36/37

◆33話

 それからの2人のやりとりは、子どもの喧嘩じみていた。


 最初は土煙をあげて転がりまわって、互いが相手を自身の上から引きずりおろそうと躍起になり。しばらくすると魔術を織り交ぜ始め、そうする内に砂塗れになってどちらからともなく距離をとった。


「はぁッ、はあ、はぁ」


 大和は砂利まじりの唾を吐き捨て、


「っ、きっと、アンタはいつだって、特別であろうと生きてきたんだろうよ。特別に見られる生き方を、選び取ってきたんだろうよ」


口を開けば幼稚な感情のまま罵った。


「はぁ、はぁ、お高くとまった姿が透けて見えるようだぜ、この高慢ちきがッ」

「は、はぁ、はっ、よくそんな妄言が、思いつくものです」


それはソフィアも同じことで、


「流石に、舌先三寸で生きてきた人は、違いますねっ」

「ハッ、口が達者なのはお互い様だろうがよ」


 歯噛みして、眉根を寄せて、――くしゃり、とお互い似たように顔をしかめて相手を睨んだ。


「まったく」

「苛立たしい」


 地を蹴ったのはどちらが先か。

 大和は剣をとりに走り、ソフィアはその背に両手を掲げた。


 魔方陣を展開、発動。――ソフィアの元から飛燕にも似た水塊が尾を引いて2つ飛び立つ。僅かに身をよじって大和は肩越しにそれをとらえた。


 なんの魔術だ、どうくる。


 記憶をたどる。あの暗がりで目を凝らした本の項を、思い出す。


「――」


 水塊の1つが、氷塊へと姿を変えた。瞬間、彼の脳裏に1つの魔術が思い浮かぶ。


「っ!」


 大和が前へ跳んだ。と、同時に氷塊が弾ける。地面に抱かれた彼の足元一帯に、細かな氷柱が突き刺さった。


 彼の手元にはいつか投げ捨てた剣。手を伸ばし、掴み取る。一方で、――『火炎』『盾』『壁』『守護』『堅牢』――求めるは風属性。――魔術を発動し、炎の壁で自らの背後を守った。


 壁の向こうで氷塊の砕ける音。そして、氷柱の蒸発する音。


「くっ」


 ソフィアが歯噛みした。足の片方でも潰せればと思ったが、狙い違ったか。


 彼女の職務に対する生真面目さが、この戦闘の目的を思い出させたためか。先の攻撃には半秒の躊躇があったことも確かだ。しかし、どこか本気で目の前の彼を膝まずかせて自らの溜飲を下げようという気持ちも自覚していた。


 だってこんなにも、


「気に入らない、ですねッ」


 ソフィアは駆けだして距離を詰めた。

 火炎の壁を素早く回り込み、剣を構えたばかりの大和の虚をつく。


「っ!」

「――」


 咄嗟に振り下ろされた剣を潜り抜け、大和の懐へ。顎を穿たんと、掌底を突き上げる。


「ぬ、ぐぅぅッ」


 大和はかろうじて顎を引いて躱す。躱すも、目元のバイザーにあたって衝撃で兜が吹き飛ぶ。けたたましい音と兜の揺れが残した余波が、鼓膜を派手に揺らした。

 目の前に星がとぶ。

 けれど幸いか、視界は格段にひらけた。


「シッ」

「うぐ!」


 二撃目を最低限の所作での回避に成功する。そのまま後方へ離脱し剣を構え直せ、


「なっ」


ない。ソフィアは構え直させない。


「この!」

「――ッ、フ!」


 するり、と流れ懐へ吸いつくように動く。そのまま大和の右腕を絡め取り、捻り、流麗な動作で剣をかすめ取った。

 逆手に握った剣を、体を回転させるようにしてふるう。剣筋は水平。


 まずッ。


「――ィ」


 左腕ごと胴を刈られる。そう直感する。

 

「イやだッ!」


 この女に屈するのは、嫌だ!

 こいつの中の正しさの礎になどなって堪るか!


 大和は小さく声を荒げ、ほぼ同時に手が伸びた。剣の腹目掛けて左手を振りあげる。そのまま籠手をつかって強引に上へと軌道をかえ、自身は身をかがめた。


「ちィ」


 思い切りのよいことだ。だが無茶苦茶なことをする、とソフィアは呻く。そして挙動を追えば、反撃の動作が見えた。


 『手持』『金属』『棒状』『圧縮』『打撃』――求めるは土属性。


 大和は得物を魔術で作りだし、居合よろしく一閃、胴を狙う。


「――ッ」

「させないッ」


 『衝撃』『炸裂』――求めるは風属性。


「う、がふッ!」

「んぁっ、……ぐぅッ」


 大和の作りだした金属棒がソフィアの胴を殴打する直前に、彼の腹に衝撃が襲いくる。そして、嘔吐感を覚えながら後ろへ吹き飛んだ。しかしソフィアも無傷ではない。確かに攻撃は彼女の脇腹へ届いていた。鈍痛に呻く。


 相打ちだった。


 よろけるも、倒れはしない大和。ソフィアを見やれば、彼女も倒れていない。脇腹を苦しそうに押さえはしていても構えをといていない。膝を折ってはいない。なおも凛と立ち、苦々しげに双眸を細める。

 その瞳を大和は覗き込んだ。心を波立たせる光を見た。


「――気に入らない」


 すぅ、っと空気をとりこみ、


「うぉらあぁあ」


駆ける。


 遮二無二向かってくる彼に臆することなく、策を弄することもなく、ソフィアは真っ向から受け止めた。


 互いに面突き合わせて、ふうふうと荒い息を吐き、瞳の奥を覗き込む。


「倒れろよッ」

「貴方こそっ」


 ぎりッ、という歯ぎしりは大和が零したものだ。もはや取り繕ってなどいなかった。


「あんたみたいなのは、いっかい痛い目みなきゃわかんねぇんだよ!」

「っ、貴方のような人には、言われたくないッ」


 ソフィアは押しのけ、睨む。

 蚊の鳴くような声を発した。――痛い目なら、……。


「見たんですよ……」


 一層、睨む。


「平気な顔して自分を投げ打つことが、どれだけの思いに泥を塗るかっ。……貴方には分からないでしょうね。他人に望み押し付け、しかし見下し見限っている貴方には」

「アンタこそ、その後生大事にしてる“特別”がどれだけ痛々しいモノで、周りを傷つけるか考えたことあんのかよッ」


 大和は吐き捨てると同時、距離を一息につめ、次に得物を振る。


「チィ、ッ」


 水平になで斬り。


「もっと平凡に生きてみろよ。ウザいんだよ、線引きして対岸から見るような態度がッ!」


 ソフィアが身をかがめたところを、返す刀でさらに下段を狙う。


「っ!」

「なッ――」


 低いッ!――彼女は自らを地面へ押しつぶすかのように低く屈める。


「貴方が私の何を知っていると言うんですかっ!」

「知ったことかよ!」


 魔術の石柱が大和の腹部目掛けて斜めにつきあがる。それを、身をよじって回避。


「ッ、このっ」

「ちィ、……」


 ソフィアがバネのように起き上がり、しなり、体勢の不安定な大和目掛けて切り上げる。だが彼も諦めない。脇をしめて迎え撃ち、剣撃を受け止める。


「邪魔だよ、このっ」


 『束縛』『拘束』『変形』――求めるは水属性。


 剣を抑える金属棒がぐにゃりと曲がり、巻きつく。そのまま力任せに投げ捨てた。

 だがソフィアは魔術が発動した時点で剣を捨てる覚悟をきめていたようで、すぐさま攻撃に転じる。ふたたびの掌底。


「フッ!」

「しつけぇ!」


 打撃の軌道に割り込み、手首をとる。

 そして――



「そこまでぃっ!!」



の声と同時に肩に手を置かれて両者の動きが止まった。ゴドウィンの手だった。


 息荒い両者の元では魔方陣が展開されている。発動寸前でのストップ。

 2人揃って奇しくも衝撃波の魔術だった。制止がもう少し遅ければ大和は横っ面を、ソフィアは鳩尾を吹き飛ばされていたであろう。


「は、は、はぁ、っ」

「はあ、はぁ、……」


 魔方陣は霧散し、静かに2人は構えをといた。



◆◆◆◆◆



「大隊長! ゴドウィン大隊長っ!」

「ん」


 ゴドウィンが2人の戦闘から目を外すと、城の警備に当たる騎士のもと、1人の若い騎士が傍らに寄ってきていた。あまり余裕のない表情で呼び掛けている。なんだ、と声を返事をかえすと彼は僅かに荒らんだ息のまま羊皮紙を差し出す。


「これを」


 受け取る。紐をほどき中身に目を通し、目元を険しくした。


「持っていてくれ」

「はい?」

「ちょっくら2人を止めてくるんだよ」


 言うやいなや駆け出し、取っ組み合いを繰り広げている2人に割って入っていった。


「そこまでぃっ!!」

「は、は、はぁ、っ」

「はあ、はぁ、……」


 構えは解かれた。しかし心の中は互いに拗れたままだ。たしかに、ここで「はいそうですか」と綺麗さっぱり気持ちを入れ替えることが難しいことくらい察しがつく。なのでゴドウィンは無理やり2人の体勢を変えた。大和とソフィアは、互いに相手を横目で気にしながらもゴドウィンを向き合った。


「まだ、やれるっ」

「そこまで。呼吸を整えてください、王子」

「時間は、……まだ刻限ではありません」

「予定変更だよ、副官くん」


 肩を怒らせる2人をなだめ、待っている若い騎士の存在を示す。


「報せがきた、今日はここまでだ」


 くるりと踵をかえし、歩き出した。その背中に2人が小走りで追いつく。


「報せ、……いったいどんな内容だ」

「ウィルゴからです。負傷した遠征部隊が護送され、もうすぐ帰還する」

「っ、東部の様子について何か?」

「それをこれから訊いて、問答だ」


 羊皮紙をふんだくりざっと目を通す。それからゴドウィンは大和へとそれを手渡した。横からソフィアも覗き込み、目を鋭くした。黙読する彼らの横で、ゴドウィンは訊ねる。


「君の名は?」

「はっ! ロン・ガトー、配属はウィルゴです」

「すると、護送してくれた騎士の1人か。部下が世話になった」


 ロンはぎこちなく敬礼で答える。彼の癖のついた茶髪を揺れた。


「報せは、他の大隊長へは?」

「同様のものを、すでに」

「そうか。……報せは確かに受け取った、すぐにでも話を聞く場を設けることになる。伝えてくれ」

「はっ」


 去る背中が消えるのを待たず、ゴドウィンは振り返った。羊皮紙から目をはなした2人は、あらましを理解したのか、僅かばかり表情が固くなっている。報せをゴドウィンへ返す大和の傍らで、ソフィアが顔をあげた。


「負傷者について。加えてハミルへの物資補給停止による弊害と避難民の受け入れ、そしてウィルゴの今後の方針。……想定していたものとはいえ、――」


 言葉を濁す。


「……」


 大和は何も言わなかった。

 自分の知ったことではない、と心を奥深くまで沈殿させた。


「報告を訊くまでは詳しいことは言えないな。……補給停止を行った。が、横流しの発生、そして東へ向かう商人の馬車は軒並み盗賊被害にあう。恐らくは狼の子に触発され、取り入らんとする輩だ。それらのパイプからハミルは物資を調達している。……交易路の警備の強化や護衛に割く騎士も少なくない。護衛を傭兵ギルドに頼むにも、ハミルにほど近い東となると遠すぎて料金もかさむ。――結果として、東の地一帯が平均して物資不足になりがち、か」

「……可能性の話」


 ゴドウィンの言葉の区切りに、ソフィアは言葉をはさんだ。


「ウィルゴを切り捨てることもあり得るでしょう」

「侵攻が始まった場合、次の占領地として真っ先に標的にされ易い場所だ。焦土作戦決行の可能性は高い」

「ウィルゴより大きい街に伝手のある住民は、すでに縁を頼って町を出始めているそうです」


 頷いて、承知のことであるとを示すゴドウィン。


「察するに、ハミルに巣食う狼は規模拡大せんと牙を研いでいる最中だ。クルーエの残党をうまいこと煽って戦闘準備や兵力増強をする時間の確保、及びこちらの戦力分散を、ゆっくりとだが強かに行っている。情報を錯綜させることも忘れずにな。……いやはや、あちらの親玉は扇動者であり狡猾な指導者でもあるわけか」


 苦々しげに顔を顰める。


 どうにも自分がぬるま湯に浸かりすぎていること思い知らされる気分だ。いや、事実、安穏と暮らしすぎた。

 しかしそれは、長い対立の末に勝ち取った平穏だ。自分たちの代で、自らの決意で守り抜き得たものだ。大切でないはずがない、心地よくないはずがない。

 いかなる犠牲のもとで成り立っている平穏であろうとも。礎となった者の、その悔恨や怨嗟を自分の子や孫の代まで引き継いでいいものではない。清算は自分たちでつける。――ゴドウィンは拳をきつく握った。それから平手で両頬を思い切りはたく。彼の行動に、大和とソフィアは面喰った。


「ふ、ふふ、ふはは、はははっ、ハハハハッ!」


いよいよ2人は目を丸くする。

 呵呵大笑。この場に似つかわしくない、いっそ無遠慮と言ってもいいくらいの哄笑だった。


「ゴドウィン……」

「……大隊長」

「はははははッ ……よし!」


 ひとしきり笑うと、不敵に口元をゆがめた。


「私の師の教えでね。……上に立つ者は、どんと構えて笑え。どんな時でも高らかに笑って不敵に、自信を見せつけろ、って。私もまだまだだ。なに、最近よく初心に返る意味も込めて教えを実践しているのです」

「空元気っていうのかね、それ。もしくは現実逃避か?」

「ははっ、どうとらえられても結構」


 肩を回し、大仰な態度でゴドウィンはやる気を見せた。それから彼は、相変わらずの晴れやかな微笑みを浮かべて大和とソフィアを見おろした。


「わざわざ陰鬱な雰囲気に引っ張られてやる義理はないでしょう。我が国の民はじょじょにではあるが、確かに消沈しているのです。この上、騎士までへこたれてどうなるというのですか。……なに騎士の士気をあげるのも私らの仕事」

「そうか、そういうものか」

「そして王子よ。貴方は毅然と立ち、しゃんと伸びた背筋を魅せてくださいっ」

「え、ちょっ」


 大和の肩を掴んでぐるりと体を回し、


「期待していますよっ」

「痛ったッ!」


背中に張り手を見舞った。鎧の上からでも表情を引きつらせるだけの威力があった。





次話で2節は終わりにします。



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