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見知らぬ世界にて、  作者: ドミノ
序章2節:鍛錬
32/37

◆29話

 大和の超速回復は、すでに痛みを取り払っていた。ぼんやりとした熱を感じるだけで、動作になんの支障もない。けれど、あの一撃はたしかに痛かった。捻くれてうじうじとしていることを忘れさせるほど、痛かった。


「すぅ、……はぁ、……」


 覚悟だとか、遠慮だとか、大和にはわからない。

 だから、さっきの一撃をもって決めた。分かる必要がない、と。


 どうせ、元の世界に還るのだから。絶対に還るのだから。

 考えることをやめた。


 大和の心が決めたのは、迷いをすてることでも、まして覚悟なんかでもなく、――割り切ることだった。


 自分に、必要なことだから。

 人に、そう望まれたことだから。


 そうやって、大和は現実と向き合った。――向き合ってきた。


「遠慮はいらないな、ゴドウィン」

「ええ。……今回は、1分はもっていただきたい」


 剣を構える両者。

 ゴドウィンは、表情の冷え込んだ大和の顔を見て身構える。大和のまとう雰囲気が変わったことが明らかだったからだ。なにを心に思ったのかは分からないが、奥底に眠っていたものを少しでも引き出すことには成功したのは確かだ。

 なににせよ、この仮面のような面持ちがゴドウィンの一撃に対して出した答え、その一端のようだ。

 その表情はどこかソフィアに似ているな、とゴドウィンは思った。そして、どこがですか、とソフィアが冷たく言い放つであろうことが容易に想像できて苦笑した。


 ――似ているよ。弱い自分を守るときの顔だ。


 大和が、ぐっと腰を下ろした。


 ――今度は、どう来るかな。


 不敵に笑って、ゴドウィンは対峙する。




 2人が探り合いをしているなか。

 成りゆきを見ていたソフィアは困惑にも似た気持ちで大和を眺めていた。言うならば、己が主君を図りかねている、という表現が適切だろうか。

 風の噂で遊び呆けている、とは耳に入ってきていた。初めて見たとき、嫌味なほど尊大に感じた。執務室に押し入ってきて啖呵をきったときは、浅慮で自信家だと思えた。

 それが訓練場に来たときはどうだ。眉根は下がって、弱弱しく言葉を呟く青年にしか見えない。振る舞いの中に憂いすら窺える。

 そして今度は、口を間一門にむすんで真っ直ぐに前を見据えている。そこに弱弱しさなどない。


「なんなんですか、貴方は」


 権力をかさに着る人間は嫌いだ。

 自分の責任というものを顧みない人間は嫌いだ。

 軽薄で不誠実な人間は嫌いだ。

 人の心に踏み入って、ずけずけと踏み歩いていく人間は嫌いだ。


 ソフィアにとってジークは、そんな、自分の嫌いな人間像の寄せ集めのような存在だった。

 心に巣食う、絶対に認めてはいけない人間を、――両親の仇を、思い出させる。


「……」


 ソフィアは、ぐっと眉を寄せ、息を吐くとともに肩の力をぬいた。

 今は、考えるべきではない。自分の役目は、鍛えること、そして見極めること。


 養父(ゴドウィン)に切りかかっていく大和にソフィアは注視した。




「ふッ!!」


 大和の左への一撃。

 当然の如く迎え撃たれ、腕に衝撃がはしる。


「っく」


 迎え撃たれることを想定していれば、何の問題もない。

 すぐさま右足元へ魔方陣を展開する。『手持』『金属』『棒状』『圧縮』『打撃』――求めるは土属性。


「ほう」


 一瞬、ゴドウィンが声を漏らした。


「……っ」


 魔方陣が適用され、地面から棒状の金属が突きあがる。それを右手で引き抜き、ゴドウィンのヘルム目掛けて振りぬく。


 だが、ゴドウィンの対処は迅速だった。

 左手一本になった大和の剣を弾いて、自由になった己の得物で頭部に迫る金属棒を防ぐ。のではなく、破壊する。

 対ソフィアの模擬戦で大和が見た、魔術破壊。

 剣との接触部からひびが入って、瞬く間に金属棒が瓦解する。


「ッ!」


 だが、大和は攻めを止めなかった。

 もう一歩、間合いを詰めて、両手で剣を持ち直す。がら空きの左脇腹へ、剣撃を――


「げ、ほっ」


――繰り出す前に、腹部を蹴り飛ばされた。


 ぐらり、と後ろへ自重に引っ張られる。その最中にゴドウィンの追撃を防ぐために、もう一度魔方陣を展開。

 『氷』『氷柱』『刺突』『射出』――求めるは風属性。

 ゴドウィンへ向かって、アイスピックのような氷柱が発射された。ほんの2秒、ゴドウィンの足止めができればそれでいい。


 大和が地面に倒れこむ。

 それとほぼ同時に、ゴドウィンが飛んできた氷柱を剣で撃ち落とした。そして、僅かな間もなく大和の元へと駆け、胴目掛けて剣を振り下ろす。

 しかし、氷柱で稼いだ一瞬の間が、大和にその剣撃を避ける時間をつくっていた。

 横に転がるようにして避ける。大和の脇、数センチ横の地面を剣は穿った。


 おちおち寝ていられない。

 魔方陣を展開する、……時間がない。地面に切っ先を向けた横薙ぎの追撃が来る。


「……ッ、く」


 大和は呻いて、苦し紛れに、体を逸らすようにもう一度地面を転がって避けた。背中を剣が掠っていき、その衝撃で一瞬息が詰まる。だが、この程度ですんだのなら御の字だ。

 回転の終わりに体を丸めるようにして、膝立ちで起き上がった。その目前に、面を振りかぶったゴドウィンが映る。

 避けられない、この一撃は受けなければいけない。

 剣を地面と平行に構えて、右手で柄を掴み、左手で剣の腹を支える。


「ぉおお゛!」

「くぁ゛っ!!」


 地面に足がめり込むのではないか、と感じるほどの衝撃が襲う。腕が軋んだ。


 このままの状況が続けば押されるばかりだ。


「ちッ」


 ならば、と魔方陣を展開する。『地表』『波状』『押戻』――求めるは風属性。


「ぬ!?」


 ゴドウィンの足元の地面が盛り上がり、捲りあがる。幾重にも重なった波のように、ゴドウィンの巨体を後ろに押し戻しす。丁度、反発するかのようにして大和も後ろへ跳躍した。


 流石に反撃はこない。大和も深追いする気はない。



 間合いは開いた。


 相手を注視しながら、大和は少しばかり上がった息を整える。


「は、は、……はぁ」


 大和の頭の中は、恐ろしくクリアだ。


 いまは、闘えばいい。

 考えなくていい、悩まなくていい、躊躇わなくていい。


 割り切ってしまえばそれでいい。


 ぐっと、再度腰を落として深く呼吸をする。


 これは剣の鍛錬だ。しかし、そう銘打たれているからといって、バカみたいに相手の土俵で、同条件であいまみえなければいけない訳ではない。どちらかと言えば、対剣術戦のときに自分がどう動くのかを鍛えることに意義があるといえる。

 ならば話は早い。大和は自らのスタイルを確立すればいい。

 そうして行き着いたのが、補助的に魔術を交えて叩く今の型。漠然とだが、この戦闘スタイルが自分にとっての正解のように思えた。


「すぅ……、はぁ!」


 この方法で行く。そう決めたのなら後は楽だった。勝手に世界(たにん)が身体を運んでいく。



「……!」

「っ!!」


 ゴドウィンが前傾姿勢をとるのに反応して、大和は駆ける。

 直後、ゴドウィンも地面を蹴った。


 加速する身体、かかる重圧のせいで上手く動かないのは相手も同じ。

 大和はここぞとばかりに剣を振り上げた。タイミングを見極め、足を踏ん張り、全身を使った大振りを繰り出す。


「はあッ! ……っ!?」


 空を切る剣。

 避けられた、と熟考するまでもなく理解する。そう、ゴドウィンは大和の左脇へ向かって、回避行動をとったのだった。

 急加速から急減速を行っても体幹を崩さない体捌きと足捌きの成せる業。そして、歴戦のうちに培ってきた慣れと直感。


 舌打ち、心の中で吐き捨てる。

 それらに大和が対抗するには、魔術を使うほかない。


 バランスを崩しながらゴドウィンが真正面に来るように体を捻る。

 精巧さよりもスピードを――、『火炎』『球形』『射出』――求めるは風属性。――魔方陣を展開する。


 ゴウ、とバスケットボール大の火球が放たれる。

 熱風で軌跡をつくりながらゴドウィンへ一直線に飛んでいき、


「っ!?」


命中した。


「え」


 よろける体をもち直して、狼狽える。

 牽制のつもりでヤケクソ気味に放ったものだ。あてる気はなかった。


 鳩尾が抉れるような、嫌な未来がよぎる。


「ゴ、ゴドウィ……!?」


 はらり、花びらの舞うように火炎の残滓が舞った。その現象を、大和は一度見たことがある。忘れもしない、一週間前の地下実験室でクードが大和の火球を片手でかき消した時の――!


「っ!!」


だから、その残滓の奥から不意打ちのように伸びてきた剣撃に反応ができた。


 頭の横、すれすれを剣による突きが襲う。――速いッ!

 不意打ちからの二撃目。しゃがんで避ける。

 迫る返しの三撃目。剣で受け止めて攻撃を防ぐも、速さと力で押し切られそうだ。


「く――」


 大和は迷わず剣を犠牲にすることで相手の斬撃の軌道を逸らす。そして、そのまま間合いを脱することを試みる。


「――そっ、――」


大和の剣が手から弾き飛んで、2メートルほど離れた地面に突き刺さるのがみえた。


「――たれッ」 


まだだ、まだゴドウィンの間合いだ。もう一撃、来る。

 

 魔方陣を2つ展開する。

 1つは、追撃を狙って僅かに開いた距離を埋めようとゴドウィンが地面を蹴った瞬間に発動する――、『防御』『盾』『岩壁』『強固』――求めるは土属性。――足止めのための岩壁。

 そしてもう1つは、剣を手元に手繰り寄せるための――、『鞭』『伸縮』『手繰』『捕縛』――求めるは水属性。――マジックハンド紛いの水の鞭。


「……ッ!」


 せり上がった岩壁を、剣が横薙ぎに一閃。紙切れでも切るかのようだ。

 砂状に消え去っていく壁の向こう側からゴドウィンが現れるのと、水の鞭が大和の剣の柄を捉えるのと、双方はほぼ同時。剣を手元に手繰り寄せる。


 ――間にあえよッ


 ゴドウィンの剣撃。


「……!」


 大和の手元に剣が、


「ッ!!」


届いた。


「ふッ、ん」

「こッんの」


 耳をつんざく金属音。

 交差する剣と剣。


 このまま間髪入れずに二撃目はキツい。

 そう感じて大和は、剣を自分の体ごと押し込んでゴドウィンの正面に添うように間合いを埋めた。これほど近接では互いに自由に剣を振るえない。


「はッ、はッ、……はァっ」


 食いしばった歯の隙間から、荒い息が漏れる。

 それでも喰らい付かんばかりに見上げると、そこには無精髭の中で満足気に歪む唇。そして、バイザーを挟んで目が合う。


「よくぞ凌ぎました」

「……、ッ、剣を、使わなくても、魔術破壊は、できるんだな」

「ええ」


 考えてみれば道理だった。

 相反する意味を一点攻撃するのみなら、剣でなく自分の体を使ってもいいわけだ。


「手の内を1つ、見せたな」

「ならば、もっと悠々と構えてみればどうですか」

「……」


 いつものように微笑を浮かべず、かといって焦燥を浮かべるでもない。淡々と冷え込んで、無感動な目を向ける。今までに見たことのない次期王の姿がゴドウィンの目前にある。

 ああ、まるで迷いがない。

 しかしほんの一瞬、声が激しい動揺の色を含んで震えたときがあったのを見過ごさなかった。――ゴドウィンに火球が直撃した時だ。


「人を傷つけることが恐ろしいですか?」

「……」

「殺すことが、恐ろしいですか」

「……ああ」


 ああ、そうだよ。

 そう言って顔をしかめた直後、ゴドウィンを間に挟んで地面に魔法陣が2つ展開された。そこから捕縛のための鎖が伸びる。

 ゴドウィンは弾けるように後ろへ飛ぶ。

 ゴドウィンが元いた場所で2つの鎖が空を掴んで交差した。


 離れたまま向かい合う。大和はじっと目線を逸らさずにゴドウィンに言った。


「それの何が悪い。怖がって何がいけない。……」

「では、傷つけられるのを大人しく受け入れるのですか」

「話をすり返るな」

「同じことです。戦っている最中、相手を傷つけることに二の足を踏む。それは自分が傷つくのを受け入れているということを同義です」


 それともなんですか、とゴドウィンは声音を低くした。


「私は貴方を傷つけません、だから貴方も私を傷つけないで。そう言えば、双方が刃を納めてその場を去れるとでも?」

「それは……」

「……都合よくは出来ていませんね。みんな、誰かを傷つけてでも貫き守りたいものがある。家族、祖国、自分の命」


 理由など千差万別ですな、とどこか諦めるように笑って、


「――だからっ!!」


挙動もわずかに、駆けた。


「なッ」


 ――まだ速くなるのかッ!!


 しかし、その速さは規格外だった。

 一瞬の隙を突かれた、瞬きの瞬間を狙われた、いろいろと理由をつけることはできるだろうが、確かに言えるのはゴドウィンの姿が目の前から消えたということだ。


「っ!」


 また同じ状況か。

 そう直感するも、最後まで、なにも分からなかった。


「ぐァ゛ッ!!」


 気づけばまた剣は手元を離れ、次に体が宙に投げ出されていた。

 ガシャン、ガシャッ。と豪快に音を立てて地面に伏す。


 これが全力。

 傷つけることを躊躇わない一撃。


 そして理解する。今までの時間が、自分がこの超人と渡り合えるようになるにはどうすればいいのかを探る時間だったということに。――ああ、ゴドウィンは、覚悟とこの一撃を放つ重さを、初めに感じさせたかったのだろう。


「くぅッ」


 衝撃に天を仰ぎ見たまま身悶える大和。その顔横数センチのところに剣が突き立てられる。


「背負うもののために決して刃を離せない。傷つけることを厭わない」

「……っ」

「懺悔なら、後でいくらでもできます」

「……そんなもの、大きな刃を振るえる者の自己正当化だ。正論みたいな顔して上から講釈たれてんじゃねぇよ」

「そもやもしれません。しかし、正論だけで人は立っていられません」


 分かっている、そんなこと重々承知だ。だから、大和はなにも言い返せなかった。

 片や流され、片や拒んで。結局、自分に都合のいい言葉で子どものように喚いているだけだ。それに気づいていても、それすらから大和は逃げ続けている。「……」唇を噛み締めることが、この場で砂利にまみれている現状への精一杯の抵抗だった。


「後で悔いて懺悔する。刃を振るってしまった以上、それしか許されないのですよ。例えそれが、自己の正当化だとしても」

「……」

「それでも人を傷つけることに何も感じなくなるよりはマシだ、と思わなければ」


 伸ばされた手。

 ジークとはまた違った意味の、大和に戦うという選択肢を選ばせる手。


「立ち上がるのです、王子」

「……、くっ」


 その手を、大和はとった。


「……」

「……」


 うつむいている顔。

 ゴドウィンには、見えずともその顔が歪んでいるであろうことが分かった。選びたくない、けれど選んでしまった、きっとそんな顔をしている。

 それを、子どもの不貞腐れと嗤うことはできない。

 しょぼくれた背中が、かつての自分の息子と重なった。だからだろうか、先の一撃のときに外れて足元に転がっている大和の兜を拾い上げて被せるついでに、ゴドウィンはグリグリと大和の頭を撫でた。


「……痛い、やめてくれ」


 止めてくれ。

 優しくされても、大和は余計に心がささくれ立つだけだった。


 ――こんな世界の住人のくせに、止めてくれ。


「ああ、すみません。つい」


 手が退く。

 抑えつけられる感覚が消えるのとほぼ同時に、リンゴン、と響く鐘の音が聞こえてきた。


「さぁ、続きと行きましょう。お互いにお試し期間(・・・・・)は終了にして」

「……ああ」

「最低限、私相手に5分は立っていられる位にはなっていただきますよ」


 無茶を言う。

 それでも、向かい合う大和。


 あの時ジークの手をとった(剣を構え振るった)以上、何であろうと誰であろうと勝手に体を前へ運んでいく。運ばれていく。だからいつものように、割り切って諦める。


 その結果にはゴドウィンが言うような、後で懺悔するという選択肢しかないのだとしても。――他人(ひと)にそう望まれたのだから。


「……ッ」


 大和がこの場で剣を構えるには十分な理由だった。


ここらでいいかな。

次はキンクリでもして、ソフィアの番になる予定


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