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見知らぬ世界にて、  作者: ドミノ
序章2節:鍛錬
31/37

◆28話

 がしゃり、がしゃり、と鎧が音をかなでる。

 最低限の鎖帷子と金属板でできた胸甲、籠手、バイザーの付いた兜、それだけの半甲冑である。訓練用ということであったが、実践採用されているものと大差ない造形と機能とのことだ。


「……っ、よっと」


 大和は着け終えて身じろぎをした。ぬぐえぬ違和感と重みが、拘束具のようにも思える。


「すまないな、手伝ってもらって」

「なに、お安い御用です」


 騎士2人のようすに変化はない。ほがらかなゴドウィンとは違って、ソフィアは険の含んだ瞳のままだ。


「ん、……」


 いよいよ大和は縮こまる。

 腹になにかある貴族とのやりとりには、白々しく気持ちの悪い居心地の悪さがあった。しかし、真っ向から軽蔑にも似た視線を向けられるのは、この世界に来て初めてのことだ。それはそれで、また別の居心地の悪さがある。


「……はぁ」


 嫌悪感の矢が向けられているのは大和ではないのに、結局、射抜かれるのは大和だ。云われないことに対する憤りもあるが、萎縮がまさってしまう。

 冷たい美貌とはよくいったもので、彫刻のように温かみを感じさせない美しさは、使いようによってはそれだけで相手を射竦める武器になる。いま、大和は身をもってそれを体験していた。


 ――嫌われてるな。


 ソフィアからの心象は大和に対して大した問題ではなかった。問題なのは、ソフィアに大和という存在の違和感を認識されてしまう可能性だ。

 人間、好きなものには知的探求を覚え、嫌いなものには聡くなる。不思議なことに、嫌いなことほど目につくし、嫌いな人ほど一挙手一投足が目に余る。他でもない大和から見たジークがそうだったために、大和はよく理解していた。


 ジークと交わしたであろう会話内容とのズレ、立ち居振る舞い、言動。

 完全同位体といっても、人間の中身までまるっきり同じということはない。些細なことから違和感を呼び起こし、計画の(ほつ)れに繋がることだけは避けなければならない。――還れる可能性を遠ざけることだけは、何としてでも遠慮する。彼女の前では、より鋭敏に気を張っておかなければいらない。



 ゴドウィンが肩に手をおいた。

 がしゃ、と鎧が音を立てる。


「それでは、始めますか」

「……、ああ」


 大よそ大和の予想通りだったが、今日の流れを説明されたときに剣はゴドウィンが、魔術はソフィアが担当する旨を聞いた。ジークがそう取り付けたらしい。

 まずは剣の鍛錬、ゴドウィンからだ。

 さっきまでの戦闘をみていたために、素人がどこまでついていけるのかという不安が大和の心に転がる。2人の技巧は大和の予想の斜め上、想像以上過ぎて骨の一本や二本では済まないかもしれない。ソフィアに至っては、対峙するだけで心がガリガリと音をたてて削れていくのだから、


「気が重い」

「……っ」


 か細い声で漏れた、小さな一言。

 ソフィアが短く息を吸ったが、それより早くゴドウィンが耳聡く反応する。


「なにをおっしゃいます、シャキッとしてください」

「独り言だ、聞き流してくれゴドウィン」

「そうは言われましてもな……」

「そんな心持ではあまりいい結果は望めません、王子」


 ソフィアからの厳しい言葉。だが、言っていることは的を射てる。

 反論などあるはずもなく、


「そうだな」


それ以上の言及から逃げるように兜のバイザーを下ろし、腰に帯刀された剣を抜く。


「自分で言い出したんだ、意地くらい通すさ」


 正眼に剣を構え、ゴドウィンを見据える。


「全力で取り組んでみなければ何も始まらない、……そうだろ?」


 大和の視線に、強者の面持ちを強くしたゴドウィンが笑う。


「それでこそ、ですな」


 ゴドウィンが距離をとる。

 その背中を見ながら大和は、以外にもすんなりと口をついて出た言葉に、自分のことながら驚いていた。


 全力で取り組んでみなければ何も始まらない、だなんて我ながら心にもないことを。


 大和は知っていた。ひと個人の全力なんて、たかがしれたものの力を。

 悲観するわけではないが、だからと言って無邪気に手放しで信じていられるほど世の中は甘くないと、思い知ってなお受け入れることが出来るくらいには成長した。

 どれだけ必至に頑張ろうとも、全力を出してみようとも、変わらない事象なんていくらもある。現実は微塵も動いちゃくれない。


「……それでも何かをやらなくちゃいけないってのは、誰しもが感じる辛さ、ってか」

「ここまできて、また弱音ですか」

「いや、違うよ。……違わないのかな」

「え?」


 反論じみた曖昧な言葉、だが心はソフィアに向いていなかった。

 そして言葉に詰まってしまう。バイザー越しの微かに見えた目が、ソフィアにはなぜだか泣いているようにも見えたから。


「……、武具に何か不具合は?」


 しかし、そんな戸惑いも、この場では不要だとソフィアは思考を切り替える。

 大和にとって、ソフィアの職務に対する忠実さは、この瞬間は有り難かった。


 気を張っていなければと自分を律したばかりだというのに、この体たらくだ。

 落ち込むよりも深呼吸をし、大和は気持ちを入れ替えた。


 剣の握り具合を確かめ、次に肩を回す。


「問題ない」

「ご気分は」

「ベスト」

「分かりました。……大隊長、ご準備は整っておられますか!」

「いつでもっ!」

「では、始めましょう。2人のうち一方が鍛錬しているときは、もう一方がその様子を監視します。万が一の事故に備えてのことです」

「わかってる、そのときは頼むよ」

「まぁ、取り越し苦労に終わると思いますが。もしものときはお守りしますから、どうぞ安心して鍛錬に励んでください」


 背を向け、邪魔にならない位置にまで移動するソフィア。

 スタートの合図まで、いよいよあと1分といったところか。


 その僅かな時間に大和は、鍛錬に最低限必要になる肉体強化の初歩魔術の行い方を復習する。


 魔方陣も、自然魔力も必要ない。

 ただ体内を循環する人的魔力に『強化』の意味を付加、そして満たしていく。


 魔方陣にする必要がないため、わざわざ意味を書いて羅列する必要がない。自然魔力と組み合わせることもないため、正しい回路になるよう意味の順を気にする必要もない。――なに簡単だ、難しいことはない、失敗なんてありえない。


 心の中で呟いて、乾いた唇をひと舐めした。

 深く息をして、自分の体が強化されるイメージを強くする。手始めに、剣を振るい続けるための腕力強化だ。


「……すぅ、……はぁ」


 思考を元に、大和の人的魔力が『強化』の意味をくみ取って、効果を発揮し始める。

 両腕がわずかに熱を帯び、見えない補助器具に支えられたかのように剣の重みが軽減された。


「よし」


 次は、脚力の強化。


「……。よし、大丈夫」


 こちらも問題ない。


 はぁー、と大和が長く息を吐きだすのと、「それではっ」というソフィアの声が響いたのは、丁度同時だった。


「両者、構えっ!」


 切っ先を、5,6メートルほど離れたゴドウィンへと向ける。腰は浅く落として、利き足は前へ。構えなど想像で、正しいのかどうかすら分からない。傍から見て大和のそれは一応様になっているが、切っ先はかすかに揺れ、呼吸は緊張であがって不規則だ。

 それに比べ、当たり前だがゴドウィンの構えは歴戦の(つわもの)だと一目で分かるほどに洗練されていた。隙がない、とはこういう相手なのだろう、と大和は息をのむ。


 圧倒されていることに気づかされ、奥歯をかみしめた。けれど、それも仕方のないことだと囁く自分もいる。


 ――自分が何のために動いているのかが分からないようじゃ、鍛錬に成果は望めない。

 ――そんな心持ではあまりいい結果は望めません、王子。


「ああ、くそ」


 大和は吐き捨てた。



「……始めっ!!」



 瞬時に脚力強化を施す。

 大和は、駆けた。


「っ!」


 しかし体の反応に意識がついていかない。

 普段感じることのない空気の壁、押し負けて剣が横にそれる。が、正面に向けるのではなく、そのまま下から切り上げる形に変える。


 気づけば自分の間合いだ。


 踏ん張って体を停止する。

 ざざっ、と地面の表面を削り、加速の勢いを利用して切り上げる。


「ぁれ」


 迎え撃たれ、キンッという剣の音。直観的に防がれたと理解するが、勢いは殺されず、そのまま剣を滑らせるようにしていなされた。

 自分の勢いを殺し切れず、大和の両腕が跳ね上がる。

 がら空きになった胴へ、


「ふっ、ん」

「あがぁっ」


ゴドウィンのタックルを喰らう。

 足をもつれさせ、尻もちをつく大和。すぐに見上げるも、すでにその首筋には剣があてられていた。


「その気概やよし。だが、些か直線的すぎますな」

「……はは、あっけないな、俺」

「冗談、まだ生きておられるではありませんか」


 剣が退く。


「さあ、次です。まずは遠慮せずに打ち込んできてください」

「ぁ、ああ」


 立ち上がって、剣を構えなおす。

 さっきは加速も相まって、威力のみの大振りな一撃だった。今度は、


「はぁっ!」


相手に剣を振らせない連撃を狙う。


 右側面から初撃。

 これは防がれる。が、想定の範囲内。


「くっ」


 押しのけて、右の守りを薄くする。

 腕力と脚力の強化をフル動員して、ゴドウィンの巨体のバランスを崩した。


 素早く剣を引き、もう一度右。

 しかし防がれる。

 ならばと左へ。またしても防がれる。


 右、左、もう一度左、最後は袈裟がけに。――ことごとく防がれる。


「くっそ」

「足が止まっていますぞ」


 大和の剣撃の合間、引いた瞬間に剣を押し付けられて鍔迫り合いに持ち込まれる。

 押し込まれる力に、必至で食らいつく大和。肉体強化の施されたゴドウィンの巨体から繰り出される力に対抗するには、一層強化のイメージを強くする他なかった。


「ぅ、く」

「剣を力任せに振り回しすぎです。加えて攻めることばかりに気を取られている。だから、動きがなくなる!」


 ふっ、と押される力が消える。


「おわっ!!」


 ゴドウィンが視界から消え、バランスを崩して前へつんのめる大和。慌てて剣を地面へ突き立てて支えを作ろうとするが、それよりも早く足を払われる。

 受け身もままならないまま、大和は地面へ倒れこんだ。


()ぅ」

「一国の王になろうというお方が、軽くあしらわれたままで居られる気ですか」

「……う、るせぇよ」


 立ち上がると見せかけて、不意打ちを打つ。

 この程度の小細工が当然入るはずもなく、不敵な笑みを浮かべたゴドウィンとバイザー越しに目があった。次の瞬間、小手調べ程度の反撃が飛んでくる。後ろへ飛び跳ねるように大和は避けた。


 構え直して、三度ゴドウィンに挑む。

 大振りの一撃に、連撃、直線的、止まる動き。――なら、今度は。


 駆け、間合いを詰める。

 防御の上からでもかまわず二撃畳み掛ける。そして、間合いから離脱する。


 大和が次に試みたのは、ヒット・アンド・アウェイだった。


「……はっ」


 ゴドウィンの挙動を見逃さぬよう注視したまま、じりじりとした動きで間合いを測る。

 そうした静寂の間、大和は、自分の心臓の煩さに包まれていた。

 集中と緊張。かさつく喉を唾で潤し、腹の下に力を入れてもう一度間合いを詰める。


 左から切り上げる初撃。

 防がれる、「っ!?」――のではなく弾かれる。

 反撃の一撃が大和の頭をよぎり、剣の軌道修正を諦めて、バックステップで距離をとった。直後、腹部すれすれを剣が薙ぐ。鎧の上からでも骨を持って逝かれそうなほどの鋭い一撃に肝を冷やした。


 持ち直した剣で牽制し、もう一度距離をとる。

 だが、あの一撃を目の当たりにした後では、踏み出す一歩が遠い。


「……っ、」

「……」


 痛みを覚えるほどに剣をきつく握り、口元を引き締めて地面をける。

 狙うは右腕。


 が、


「うっ、げぁっ!」


カウンターに胴をもらう。


「げふっ!、げほっ」


 後ろに弾き戻され、よろけるが辛うじて崩れ落ちるのだけは踏みとどまる。


「……げほ、……げほ、……くそっ」


 合された。

 こちらが避けられないほど完璧に、迅速に。



「……はあ、……はあ、……はあ」


 気づけば呼吸を整えても、足の震えが止まらなくなっていた。


「……っ」


 改めて見ると、嫌というほど格上の風格を感じる。

 じわっ、と諦めが心に染み込んだ。


 ――なんで、俺はこんなことをやんなくちゃならなくなった……?


 弱音が、剣を重くする。


 ――こんな、こんなものまで握って。俺は……。



「……」

「心ここに非ず、ですか王子」

「ぁ、ぇ?」


 ゴドウィンは構えをとく。


「王子、放心している相手を前にして悠長におしゃべりをしてくれる敵など居ないことを忘れないでください」

「……」


 つまり、数秒前の大和は切り殺されても仕方のないような状態だった、と。


「……ぁぁ、……そう、だな」

「……王子、あなたは「俺に賭けてくれないか」とおっしゃいました。……そして私はあなたに賭けた。私なりの覚悟をもって、この選択と責任に向き合うことを決めた。無論、ソフィアもです」

「……ゴドウィン」

「そして王子。あの時、あなたにもその覚悟を感じました。……今一度その覚悟を、確かめさせていただきたい」


 ゴドウィンが構える。

 剣を構えた、それだけだというのに足がすくみ皮膚が粟立つ。本気、全力、今までと明らかに違う。


「っ」

「……ふっ!」


 その巨体に似合わぬほど、速い。

 傍から見ていたときから分かりきっていた事実だが、実際に体感するとまた違う。


 ――怖い!


 ぐっと身を固めても遅い。

 なにが起きたのかも分からぬうちに剣が弾き飛ばされ、


「ぁ」


そして見えたのは、剣が反射した陽の光のみだった。



 袈裟がけに切り伏せる剣撃。



「ぐ、がふっ、ぁ」


 鎧を通って鎖骨を貫き、肺を潰されたようにも感じた。

 大和の目が焦点を一瞬失って、膝が崩れおち、地面に伏せる寸でで誰かに体を受け止められる。それでも体には力が入らず、地面に膝立ちして、受け止めてくれた誰かに寄りかかる。


「主っ」

「ク、ゥー、ド……か?」


 焦点が合うと、あの冷たい双眸が覗き込んでいた。その目は2人の騎士に見えない位置で細められ、


「負傷は」

「ほね、は、逝って、ねぇよ」

「万が一のときはお分かりですね。超速回復は」


 念をおすために出てきたというのか。ジークも周到な命令をする。


「ぁぁ、かくし、通すさ」


 クードを押しのける。


「なにを、しに、出てきた。過、ぎた行為、だぞ、クード」

「お許しを」

「今後、2度と、俺の鍛錬に口をはさ、むな。命令だ」

「はっ」


 当人らからすれば白々しく思えるやりとりをして、クードを追い払う。


「……はぁ、……はぁ、……悪い、ゴドウィン。邪魔が入った」

「いえ。アニエル様が割り入ってこなければ、私が抱きかかえておりました。……それで、王子」

「流石の一撃だったよ。殺す気だったのか」

「まさか。……まぁ、数分動けなくする程度には本気でしたが」

「だろうな」


 痛む箇所をおさえて体を丸め、ああ痛いな、と大和は呟いた。

 地面とにらみ合う。

 本気、そして覚悟。――大和に足りないもの。


 いっちょ前に気持ち(にくしみ)ばかり大きい、とはジークの言葉だ。


「……覚悟」


 どうしたら手に入るのか。そんな、重苦しいもの。


 なにもわからない。

 けれど、


「ゴドウィン、ぶっ叩いてくれてありがとう」


うだうだと頭の中を回っていたものが吹き飛んで、一番大事なことが思い知らされた。


 ――そう、俺は還りたいんだ。戯言みたいな希望に縋ってでも……。そのためにはまず。


「全力、ってことは、どんな手を使ってもいいんだろ? それこそ、剣と魔術を並行して駆使しても」

「……ええ」


 ゴドウィンが不敵に頬を歪めた。


「それでこそ、鍛え甲斐があるというものです」




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