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見知らぬ世界にて、  作者: ドミノ
序章2節:鍛錬
23/37

◆20話

 ジークは宮廷を出てすぐにガルムと別れた。


 王都を正門から丘の上の城まで貫く中央通り。そこは王都に入って一番最初に通る場所だけあって、通りに面した店々は多種多様だ。


「さんきゅ、マダム」

「いやだよマダムなんてっ、アタシのガラじゃないよ!」

「いや俺はぴったりだと思うよ」

「まったく……、毎度あり、また来ておくれよ、口のうまいお兄さん!」


 ジークは、中央通りにあるパン屋で勘定を済ませているところだった。

 王都で話題になっている『エストア・ベーカリー』という、女主人ミリア・エストアが切り盛りする店だ。話題をよんでいるのは中に甘い果実ジャムの入っているパンで、出来立ての香りを思い切り吸い込むと、焼き立てのパンとほのかに香るジャムの甘い香りがたまらない。

 まぁもっとも、話題の理由はそれだけではない。

 看板娘のシーラ・エストアの可憐さが、パンの噂とともに轟いている。いや、店の行列の大半が男で占められているところをみると、シーラにパンの噂がくっついたのかも知れないが。

 真っ白なエプロンと三角頭巾が似合っているのに、野暮ったさはまるで感じさせない。ショートに切りそろえた赤毛と、笑ったときにえくぼができる柔らかそうな頬がトレードマークのさわやかな女の子だ。加えて、家事ができて気立てもよいときている。そんな噂を聞いたら、未婚の男どもが放っておくものか。


「シーラも、またね」

「はい、ありがとうございました」


 男どもの熱っぽい視線を向けられながらも、挨拶をすればちゃんとこちらの目を見て笑顔をかえすシーラ。さすがとしかいえない。


 カランッという心地いいベルを背に聞いて、ジークは通りの人の波に紛れた。



「すぅ……、うん、いい香りだ。噂に間違いはなかったらしい」


 これから会いに行く人物への手土産として5つ買ったパン。胸元にそれらの入った紙袋を抱えると、自然と鼻孔をくすぐられて食欲が胃をたたく。


「……、1つくらいいいか。うん」


 パクリと食らいつく。

 ここでは、買い食いも立ち食いも咎められることはない。


「んぐ」


 一口食べ、パンを片手にちらりと視線を回りに向ける。

 思えばミリアもシーラも、すれ違う人々もまるでジークに気づいていない。普段からあれだけ目立つ白金の髪と蒼穹色の目をしているのだ、そちらの方ばかり印象に残っていて、人相はあやふやでしかないということだ。


 ……王族の証、ね。損なんだか得なんだか。


 口端が上り、目の奥が輝く。威厳を与えていた王族の証がない今では、その小さな笑みはひどく優しげで魅力的にみえた。



「さてと、急がなきゃ。時間はそんなにないからなっと」


 二口目を食べようとして、


「あっ、おいしそう。いただきます」


横から掻っ攫われた。


「……」

「んぐ、……おいしいね、これ!」

「シャーロットぉ」

「あ、……あははっ、そんな悲しい顔しないでよ、主」


 口では謝りつつも、すぐにまたパンに噛り付く。


「いつも思うけど、お前の態度は主を敬うそれではないよな」

「ん、……んぐ。それっぽく振る舞うのは苦手なのだよ」

「苦手って……、まあ、お前の場合は態度よりも行動で俺に示してるからな」

「そそ、それで許してよ、あ~ん」


 もしゃもしゃと、あっという間にパンが咀嚼されていく。


「ぷぁ、ごちそうさま」

「はぁ、パンの1つくらいいいけど。……それで、またなんで俺んとこに来た?」

「おおっと、そうだった」


 くいっと直角に曲がって横の細い通りにそれるシャーロット。振り向き、こっちに来てと手招きをする。それに従って後に続くと、ある程度進んだところで止まった。


「ここなら誰かに聞かれることはなさそうだね」

「ああ。それで?」

「う~ん、良い話と悪い話の両方があるんだけど、どっちから話す?」

「いつも良いほうから話すだろ」

「おけ、じゃそっちから話すよ。

 赤牙の連中は、完全に食いついてるよ。狼煙(・・)を打ち上げたら尻尾ふって飛び掛かってくること、アタシの家名にかけて約束するよ」

「そうか。じゃあ決行までの間、なんらかの不可抗力がないとも限らないから、首尾は万全に頼む」

「おっけーぃ、まかせときなさい。アタシを誰だと思ってんのよ」


 薄い胸をそってドンと叩くシャーロット。


「でね、悪いほうの知らせなんだけど……」

「おう、なんだ?」

「マリアンヌ・アイゼンフリードが宮廷に来てる」

「なっ」

「クードがいるから下手なことにならないと信じてるけど」

「まずい」

「あ、やっぱり?」


 口元を覆うクードに、珍しく引き攣ったかのように笑うシャーロット。


「あははっ……、ごめんね、アタシがもっと早くに気づければよかったんだけど」

「お前を責める道理はねぇよシャーロット。俺の命令で赤牙連中のところにいってたんだ、王都直轄領のはずれからじゃ、見落としたって無理もない」

「むぅ、面目ない」

「お前は大至急あいつの影にもぐれ」

「あいさっ」


 路地の影に沈むシャーロット。

 その横で、壁に背を持たれて城の方向を見上げるジーク。その瞳の奥に揺れる感情は何か。


 なんであいつが、って、娘だけは安全なところに匿おうって魂胆だろうな。樹氷公は身内には過度に甘いから……、いや――。


 すぐにかぶりを振った。


 ――いや違う、樹氷公が匿うって判断したのなら絶対に手元に置くはずだ。ってことは、マリアンヌ自身の進言だろう。


「……くそったれの女狐め」


 小さな舌打ちをもらした。


「このタイミングで王都入りか、……あの女、事を急いてるんじゃあるまいな」


 マリアンヌに会わせる予定はなかったのに。まったく、余計な面倒事を増やしてくれるなよ……と、小さな舌打ちとともにぼやいた。






◆◆◆◆◆






「おっ、訓練用の剣はこれか」


 訓練場脇の道具倉庫に入った大男は、壁に掛けられた剣を手に取り、その具合を確かめる。

 騎士が使う剣よりは意匠に富んでいるが、訓練には申し分ない。刃挽きもしっかりとされており、保管状態もいい。


「おお、鎧も上物じゃねぇか」

「ほら、さっさと準備してしまいますよ、大隊長」


 その大男の横では、美女がテキパキと道具を運び出している。

 職務中ゆえ堅苦しい態度でやり取りをしてはいるが、2人は親子だ。しかし、これではどちらが親でどちらが子か。


「なんだ、いやに不機嫌じゃねぇかソフィア」

「そんなことはありませんよ。ただ」

「ただ、なんだ」

「大隊長があの王子なにを感じ取ったのかと、大隊長が話にのったときからずっと考えています」


 鎧をゴドウィンの手から奪い取って倉庫の外に出ていくソフィア。


「気難しい娘に育っちまったな」


 苦笑をもらすゴドウィン。最近は嫁の貰い手が見つかるかどうかが割と本気で心配になってきている。親の贔屓目を差し引いても美人に育ったといえるが、いかんせん魔術一本で生きてきたために、女性としての内面的な魅力は欠け、根っからの騎士となっている。


 はたして娘が産んだ孫の顔は見れるだろうか。


「……ま、ソフィアはこれ以上大事なものを抱えたくないと思ってるかもしれねぇが」

「大隊長、……?」

「ああ、あとはこの剣だけだ」

「わかりました」


 入り口から声をかけるソフィアに返事を返し、訓練用の剣を担いで倉庫を出る。丁度目の前に現れた太陽に思わず顔をそむけると、宮廷が目に入った。


「今頃、久々の逢瀬を楽しんでるといいが」

「気を利かせたつもりですか、大隊長?」

「おうとも」


 それだけってわけでもないんだが……。

 そう心の中で呟くゴドウィン。今になって思い返すと、余計なことをしたでもないと思う。


 そんなゴドウィンの心境を察したのか、ソフィアは、


「なにか含むところがある顔をしていますね」

「ん? ああ、まあ」


 顔にだした気はなかったが、親の変化に対して聡い娘だった。


「それより、すごい訓練場だな。宮廷にこんなものを作るんだから、物好きというか」

「ここは武王さまが即位なされたときに増設されたと聞いています。武王さまは、呼び名のとおり武に秀でた王でしたから、自己鍛錬の場を用意したのだと考えればなんら不思議はありません」

「ん、そうだな」

「露骨に話題を逸らしたということは、やはり単なるお節介じゃなかったわけですね」

「ふむ……、隠し事ってのは俺にはむかなぇな」


 困ったように頭を掻くゴドウィン。昔から愚直と言われるほどに真っ直ぐな気性の男に、娘をはぐらかすことは荷が重かった。


「組織の上にいくと、知りたくもないことを耳にしちまう機会が増えちまって嫌になる」


 愚痴をこぼし、


「王子の過去に関して、まあ、あるんだよ。……聞かないほうがいい」

「過去、ですか。……分かりました、詮索はしませんし、ここで感じたことは胸に仕舞っておきます」

「俺も、そうしておいたほうが得だと思う」

「古株の貴族と違って、他人の過去を嗅ぎまわる趣味はありませんからご心配なく」

「その点は信用してるよ。他人に過去を踏み荒らされることの痛みを知らないお前じゃないからな」

「……」

「それよりお前は気づいたか? 公女さまと目があったときのあの初心な反応。突然現れて、心の準備ができてなかったんだろうよ」

「あの王子は、ああいう演技で下町の女性に声をかけているんでしょうね」

「かかっ、主君になる人間にむかって辛口だなぁ。お前は生き難い生き方を選んでるように見えるよ」

「そんなことは……」

「ない、とは言い切れないだろう? 何年そんな生き方を貫くお前を見てきたと思ってる。俺もかーちゃんも心配してるんだ」


 鎧近くにがしゃんと剣を下す。

 斜め後ろにいるソフィアの顔を振り返って見ると、なんともいえない複雑な顔をしていた。何か言おうとして、しかし何も言えないのか、ソフィアは手を首筋からまわして後頭部のバレッタに触った。


「わ、私は」

「まったく、そのバレッタを触る癖は小さいころから抜けないな」

「ぁ……」


 くしゃりとゴドウィンに髪を撫でられるソフィア。ごつごつした大きな、父親の手は不思議と心を安らげてくれる。気恥ずかしいのも相まって、少しうつむいてしまう。


「もう21です。こんなことしなくても」

「ばかやろ。親にとっちゃ、いくつになっても子は子だよ」

「……そういわれると、反論できないです」


 そうして、拗ねたようなで安心したような顔をで、おとなしく頭を預ける。子猫のような小動物がする所作にみえて、思わず「昔と変わらず可愛い娘だ」と漏れるのは親ばかが過ぎるだろうか。


「なっ!? ……私は、別に、自分が、その……」

「いんや、正当な評価だよ。お前は昔から可愛い、加えて今は美しくなった。ローレル家の名を賭けてもいいくらいだ」


 柔らかく艶やかな女性らしい髪、水晶のように青い瞳、すっと通った鼻筋、薄くとも魅力的な唇。そして外見だけでなく内面も強く信念をもって育った。一点、問題をあげるなら、信念が強固であるがゆえにしなやかさが足りないことか。

 彼女のそれはまさしく氷といってもいい。

 ソフィアは、強すぎて独り。硬すぎて脆い。あだ名されるは『氷の美女』。

 いつかその氷を溶かしてくれる理解者が現れてほしいのが親心だ。けれど、耳に入ってくる噂を総括して判断すれば、当の本人は男どころか同性の友人をつくることすら意図的に避けているかの様子。


「……どうしたもんだかね」


 どうしたら、この()を縛る呪縛から解放してやれるのだろうか。


「父さん?」

「いやなに、女性としても人間としても魅力的だが、いかんせん発育がなぁ……。胸とか尻とか、っと、危ねぇ!!」


 おとなしく撫でられていたソフィアの瞳が鋭い光を宿したかと思うと、次の瞬間、手元で魔方陣の光が煌めいた。


 ドゴンッ、と鈍い爆発音。


「いやぁ、驚いた。また魔方陣の展開が早くなったんじゃねぇか?」

「だというのに、やすやすと避けてくれますね」


 眼鏡に光が反射して表情が読めない。


「大隊長、先の発言はセクハラに相当しますよ」

「かかっ、いや悪い悪い。けんど、さっきの魔術は父親に向かって放つもんじゃないだろ」


 表情が読めないというのに、底冷えさせるほど怒っているということはヒシヒシと伝わってくる。


「まったく、似なくていいところまでかーちゃんに似やがって」

「お陰さまです、母さんの教育が良かったので。さてと、先ほどの発言の件ですが」

「なんだ? 気にするこたぁねぇだろうよ。貧乳っつてもペッタンコじゃねぇんだ、か、らよっと!!」


 火球が飛んでくるのを、身をかがめて横に飛ぶように避ける。そのとき、しっかりと訓練用の剣を1本手に取って、避けた先に飛んでくる火球を薙ぐ。


「なるほど、そんなに処罰がほしいのですか」

「よしっ、久しぶりに親子水入らずの鍛錬といこうじゃねぇか」

「鍛錬……、そういうことにしておきましょう。王子の面倒を見る前に、体を温めておいて損はないですし」

「そういうこった」

「事故という免罪符も適用できるでしょうし」

「完全にどっか致命傷を与える気だな。それでこそ俺の娘だ!」


 魔方陣の煌めきと剣の煌めきが、宮廷の闘技場で光をはなった。



マリアンヌの方向性を決めたら、比較的サクサクかけた。


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