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見知らぬ世界にて、  作者: ドミノ
序章2節:鍛錬
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◆17話

 轟ッ

 と、風をなぎ倒す轟音が大和の鼓膜を揺らした。


「ぐッ!」


 消えたようにすら見えた相手の踏み込み。鍛錬初日では見えなかったそれは、短期間で幾度となく剣を交えた今では、どうにか分かる程度にはなっている。


 その相手の踏み込み方と、これまで剣を交えた経験から、咄嗟に右に重きを置いた防御姿勢をとる。


 構えた剣に衝撃が響いたのは、その直後だった。


 振動が筋肉を貫通し、骨にまでとどく。

 壁にでもぶち当たったかのように、体が見えない圧に潰される。


「ぐ、ぎぎ」


 単純に剣捌きが早く、剣撃が重いだけではない。

 鬼気迫る気迫、驚異的な速度、意識の隙を突く呼吸。全てをもって初撃決殺たる威力の一撃だ。


 その一撃を放った大男の眼光、その軌跡を視界端に捉えた次の瞬間には、首筋に鈍く光る刃があった。

 2撃目は袈裟懸けに圧し切る太刀筋。実戦であれば、命を奪うに順当だ。


「これで今日は、3回、死にましたね」


 成り行きを見ていた女性が淡々と言った。

 その眼鏡の奥の瞳には、相変わらず冷たい光があった。






◆2節:鍛練、渇望するは平穏






 目が覚めた。

 夢を、見ていた気がする。


 懐かしく思える。


 生きる希望のようにも思えるそこは、幻想郷。


 夢、幻。


 ――違う。

 そこは、俺が本来暮らすべき日常だ。






「……、おはよう、俺」


 天井裏の壁をつき抜け、リンゴンと鐘の音が聞こえる。


「く、ふぁぁ」


 天井裏生活が始まってから七日七夜経った。

 この世界でどのような暦が使われているのかは、まだ大和は知らない。ただ、ジークの命令で城内を見て回った時、使用人の会話の中に「1週間」という言葉が聞こえたことから、この世界にも元の世界に似た曜日感覚があると把握していた。

 ジークの言うことには、暦は暮らしていた世界とほぼ同じと考えてよいとのことだ。


「ふぁ、……」


 寝ぼけ眼を擦る。

 もともと朝に弱い体質だった大和だが、神経は図太くもなかったので、初日からずっと眠りは浅い。僅かなことで目が覚めてしまう。

 そして目が覚めると、決まって頭のエンジンがかかっていない。しばらくの間、しっかり寝たのに寝不足気味の気分、かつ取れない前日の疲労に、ぼうっと過ごす。


 埃くさい天井裏の物置。

 枕にしている魔術の本は硬い。


 この環境でよく1週間も過ごせたものだ。

 そう、他人事のように感心してしまう。


 しかし、まだ1週間。

 過ぎた時間は、たったの1週間。

 

 早いものだ、とは思わない。

 むしろ、1日の進みが酷く遅いものに感じる。


 この薄暗い天井裏に押し込められ、やる事といったら、ただただ書物を読むことや人的魔力の制御能力を向上させる訓練のみ。脳に歴史を記憶させ、地理を憶えさせ、魔術を叩き込み、そして1日を終える。


 だが、篭りっきりだったわけではなかった。この1週間のうちに3回、ジークの命令で城内を歩き回ったり、要人の顔を覚えたりと外の空気を吸うことができた。

 しかし、この天井裏に押し込められているのと同じだけの圧迫感と閉塞感は絶えず付きまとった。

 煌びやかに彩られたお仕着せの衣装。

 ニタニタと笑う典型的貴族といった風体の男や女。

 『王子』

 『殿下』

 『ジーク様』

 呼びかけられる名前が、お前は道具なんだと指摘してくる。この世界ではお前を大和と呼ぶ奴なんかいねぇんだよ、と世界が舌を出す。


 ただ1人、記号のように『九柳大和』と呼ぶのは、あの糞野朗(ジーク)。大和から日常と自由を奪い、道具として使われることを強いるジーク・フェイ・ルナヘイルだ。


 毎日、息が詰まる。


 ただ、人に会う時に怪しまれてはならない、と、ジークに成り済まして出歩く時には風呂に入れる。(風呂といっても、サウナのようなものだった。そこで洗髪や垢を落とすだけで、湯船に浸かる習慣はこの国にはないらしい)

 また、疲労とストレスだけは人一倍溜まるので、堅い天井裏の床でも、床に就いたらすぐに泥のように眠ることが出来る。(それでも、浅い眠りのせいで多少の幸せも実感できない)

 その2つが、この生活の、せめてもの救いだった。


 今日も、そんな大和の1日が始まる。


 昼夜の判断は、天井裏の、一箇所僅かに朽ちた木の間から漏れる日の光で判断できる。

 時間を知ることも容易い。

 1時間程度の間隔で鐘の音が響く。その数、計13回。日中一定の間隔で響くそれが、時間を知らせる合図だということに気づくのに、そう時間は掛からなかった。日の出とともに鳴り始め、日の入りとともに鳴り止む。その間隔は、太陽の位置から計算しているらしい。――叩き込んだ歴史、地理、魔術の知識の他に大和が手に入れた、数少ないこちらの世界の常識だ。



「……、よし。目が覚めた」


 霞掛かっていた眠気が晴れた大和は、行動を開始する。


 立ち上がっても、大きく身を屈めなければならないこの天井裏で、凝り固まった体を解すのはどうにも難しい。

 枕にしていた魔術の本をどけ、ある程度のスペースを確保し、大きく背伸びをしたい衝動を押し込め、大和は仰向けに寝っ転がって伸びをする。そして、寝ながらできる自作のストレッチ紛いの動きをする。最後に、使うことの少なくなった太腿や脹脛をマッサージ。


 それらが終わる頃、いつものように天井裏への出入り口が開いて、パン1つとお情け程度のスープが入れられる。手の形と僅かに見える袖口から、入れているのは恐らくクードであろう。

 あの冷酷で無表情な青年が善意で食事を提供するはずがない。ジークの命令だと容易に想像がつく。だからこそ、始めのうちは食事拒否をしていた大和だったが、空腹には勝てず、なによりこんな世界で餓死する気など毛頭なかったために、


「……いただきます」


と、独り言のように呟いて、あやかっている。


 パンは、フランスパンをコッペパンサイズに押し縮めたかのように固い。

 スープは水で薄めたコンソメスープのようだ。素材の味を生かすといえば聞こえはいいが、味もへったくれもない。

 それでもパンをスープに浸して食べれば美味い。……と、大和は思い込むことにしている。


 5分と掛からないうちに、再び手が天井裏へと伸びてくる。その手元にスープ皿を押しやって食事は終了。向こうの都合に従わされているため、落ち着いて食事を楽しむことも出来ない。


「理不尽だ、クソッ」


 言ってもしょうがないことだとは知っているが、一応毒吐く。

 こうして悪態を吐くのは、自身の腹の内に負の感情を押し込めることは精神衛生上よくないと気づいたためだった。嫌なこと言葉にするだけでも、だいぶ気分を落ち込ませずに済む。



 そうして、とりあえずの朝食を終えると、瞑想を始める。

 大和が読んだ魔術の本によると、瞑想によって脳の人的魔力生成器官の強化とコントロールを行うとの事だ。そして、この瞑想を成功させることできるか否かが、今後上級魔術を自在に操れるかどうかの境目になるとのことでもあった。


「よっ、と」


 足を組んで目を伏せる。

 手は自然に下ろして、丹田のあたりで軽く指を絡ませる。


 大和が、瞑想ときいて連想したスタイル。さながら座禅だ。


 さて始めよう、と意識を集中し始める大和。

 1日3回、それを1週間も行っていれば、気持ちを整えることも慣れたものになってくる。


 最初のステップ。

 脳天から尾てい骨まで、1本の芯を意識する。そして、そのまま深く長い呼吸で、意識をどんどん自身の内へと集中させていく。

 しばらく一定のリズムを崩さずに、呼吸を繰り返していくと、自分の中に、ある1つのイメージが感知できるようになる。

 その浮かんだイメージこそ、自分自身の人的魔力のカタチなのだという。そして、そのイメージを捉えることができなくては、高度な魔術を使うための人的魔力コントロールを身に付けることはできないのだという。


 カルト臭い話だと、大和は最初、悪戯半分に占いに手を出す感覚で取り組んだ。が、取り組んでみれば、さも当然のように、自身の中にイメージが浮かんでいた。


 そのイメージとは、人により異なるとのことだ。

 ある者は強い発光であったり、またある者は水のように体を覆う冷気であったりと。


 大和の中に浮かんだイメージは、静かにうねる灼熱。


 今日も、その灼熱(イメージ)を捉える。

 イメージを捉えることができたら、そのイメージを身体の隅々にまで均一に、意識的に行き渡らせていくステップへと移る。


 イメージが人によって異なるように、その行き渡らせ方も1人ひとり違ってくるとのことだ。

 例えばパン生地を伸ばしていくようだという者もいれば、波のように押しては返してを繰り返して徐々に満ちていくという者もいる。

 大和の場合は、路を引き、そこに灼熱を押し流す風にして行き渡らせるといった風だ。


 呼吸を乱さず、指先から足先、ひいては頭髪の1本1本にまで路を引いていく。

 そして、出来た路へゆっくりと灼熱を流す。すると静かにうねっていた灼熱は、1度流れが生まれると一気に加速し、その姿を溶岩流へと変える。


 やがて全身へと行き渡り終わると、血潮と同ように人的魔力が体内を循環しているのがはっきりと分かった。心地よい温かさが、全身を包む。


「……、……」


 そして、意識を最深部に近づけていくことで人的魔力の密度を増加させるという、最終ステップへと移る。ここからは、徹底的に自分と向き合うのみだ。


 大和は、呼吸を一層静かで深いものにしていく。

 深い深い海溝を潜っていくようで、一種のトランス状態に近い。


 空っぽだった頭に、自分というものが満ちていく。

 自分を構成してきた、思想、光景、時間。それらが情景として掘り起こされるたびに、人的魔力は動きを変え、色を変え、脈動を変える。


 そして、――




 【閃光】

 【轟音】

 【爆風】

 【体液】

 【悲鳴】

 【四肢】

 【切断】

 【父親】

 【母親】




「っ」


――あるところで、意識を投げ出された。


 大和の全身から汗が噴出し、黒く変色した灼熱がのた打ち回る。


「――はっ、」


 動悸が激しい。

 目の前が点滅する。


「はっ、っ、はっ、っ、はっ、……」


 息を吐き出すことが出来ない。


 身体の中でバラバラに崩れた魔力が、行き場をなくして動き回って、掻き回して行く。


「……、はっ、はぁ、はぁ」


 大和の最も奥底にあった記憶がゆっくりと収束していくと同時に、動悸も治まってきた。


「あ゛~~、ミスった」


 小さく毒吐くと、額に浮かんだ汗を拭う大和。


「ふ~」


 大和は、何度かこうして、自身の奥底にたどり着く直前で失敗している。

 失敗の原因は決まって、掘り起こされる幼い頃の記憶だ。――自分は幼すぎて、もはや自分の過去なのかも分からない記憶だというのに、深層心理ではきっちりトラウマとして根付いているということだ。


 小説などの主人公は、幼少期のことを事細かに憶えている。

 だが現実では、記憶は風化していく。忘れ去られることはなくとも、劣化していく。


「――11年前、か……」


 大和のそれも同様だ。

 6歳の頃に自分が経験したことだというのに、今では映画のワンシーンでも見ているかのような感覚で、途切れ途切れにしか思い出せない。一般にPTSDと呼ばれるものに苦しんでいた過去も、他人事に思える。


 ただ――

 その6歳の頃の出来事が、大和の人生観を決定付けたことは間違いない。

 他人からの悪意ある理不尽に対する激しい憎悪、そして、誰もが享受できる平穏な日常に対する偏重。その2つを植え付けたのは、凄惨を極めたあの事件なのだから。


「両親……、善次郎と恵美子」


 あの糞野朗(ジーク)はこちらの2人の名前を言ったな、と大和は思い出す。


「ということは、あの事件の記憶も見たんだろうな。記憶の吸収とやらで」


 そして、事件を知ってなおこちらの心を突くような行動を吹っかけてくるということは、もはや故意にやっているとしか思えない。


「そうやって、俺を思い通りにしようとしてるのか?」


 鐙に跨った騎手が馬の脇を小突いて指示を出すように、じくじくと感じる程度の痛みを心に与え続けて、手綱を放さない。


「……」


 ここで、大和は口を噤んだ。


 こちらの世界に召喚されてからというもの、碌に自分の意思を口にしないため、意識的に思考を口に出すようにしていた。加えて、心が折れないように弱音を押し込めることも止めていた。そのため、すっかり独り言が癖になりかけている。

 その弊害とでも言えばいいだろうか。

 確かに言葉にして口にすると鬱々とした気分が楽になるが、度を過ぎるとその鬱々としたものがどす黒い怒りや復讐心に形を変える。その状態になった大和は、自ら意思と関係なく膨大な魔力と憎しみに振り回されてしまう。


 この生活3日目の夜に、1度その状態に陥ってしまって発覚したことだ。

 その時は、天井裏からジークのベットの上へと転移魔術を使って移動して殺そうとしたところで、どこからか現れたクードとシャーロットに手早く半殺しにされた。


 胸元に手をあてる。

 そこは、3日目の夜にシャーロットの魔術で穿たれた場所だった。

 もちろん、傷は感知している。痛みや後遺症はない。しかし、シャーロットの実力を思い知った戦慄が刻まれている。

 その力は、一度死合ったクードと同等と考えてよかった。

 黒い感情にのまれて朦朧とした意識の中で、はっきりと確認していることは、手も足も出なかったということだけだ。


「クード・アニエルとシャーロット・シュベンツ。

 そして、ガルム・レムナンス。

 まだ見ぬルノア・フィーメイン。

 ジークの手駒のうち、実力が知れているのは2人。でも、残り2人も同程度の実力があるのだとしたら……」


 大和は、恐ろしさよりも疑問を持った。


「なんで、あいつは、この4人を従えて遠征に向かわないんだ?

 召喚なんてものに縋ることも、素人の俺を使った博打を打つ必要もないじゃないか」


 奴の言葉を信じるのなら、自身が力ある王と示すため。


 だが別の理由があった場合はどうだ。

 例えば、4人を使うことができない何らかの理由があるのだとしたら。

 枷、制約。

 それはつまり、従者の力を無効化できる何かがあるという可能性に繋がる。


「……調べてみる、か」


 なぜ今まで気づかなかったのか。そう問われれば、今までこの生活に慣れようと躍起になっていたからかもしれない。

 しかし、契約が反故にされた場合のための手は考えておくべきだろう。

 諾々と従うのは、終わりだ。――そう思った矢先、「なにを調べたいのさ?」「っ!」


 耳慣れ声に、咄嗟に振り返る大和。

 そこには天井裏の入り口から、ひょっこり顔を出すジークがいた。


「ああ、かまわず続けて。

 ……どうした? さ、どうぞ」

「ふざけろ。

 なんのようだ」

「用事? そんなものお前を呼びに来たに決まってるだろ、それ以外こんな場所に用事なんてないさ」

「呼びに来た?」

「ああ。

 来いよ、今日から良いことが始まるぜ」


 返事を待たずに、階段を下りていくジーク。

 その時、大和の顔さえ見ずに、「4人のことを調べたければ勝手にしな。ただし、クードのやつがちゃーんと見張ってるぜ」


 閉まった入り口に、大和は小さな舌打ちを返した。






一章ではそれぞれの過去とかにちょくちょく焦点をあてることができればいいなぁ……

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