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見知らぬ世界にて、  作者: ドミノ
序章1節:召喚
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◆2話

 突然襲ってきた落下の浮遊感に、大和の脳内は一瞬白で埋め尽くされた。

 絶叫マシンが急落するときの独特の違和感が、腹部に到来する。そして、ワンテンポ遅れるように悲鳴が喉をノックした。


「――!」


 しかし、悲鳴は大和の口から音となって飛び出すことはなかった。


「――!?」


 水中で叫んでいるようだ。

 ただ空気だけが漏れて、そのままどこかへ解けていく。


 水中の中を落下していくような奇妙な現象。その違和感が、気味の悪さとなって大和の心をくすぐる。

 ──死ぬかもしれない。漠然とそう思わせる嫌な感じだ。


 大和は落下に逆らうように足掻いた。


 それが功を奏したのかは分からないが、落下の感覚が薄らいで行き、やがて止った。

 大和も足掻くことを止めると、浮遊感が体を支えてくれる。


「──?」


 ふと気づく。


 ――息が、出来る。


 激しく運動したため肩で息をするほどに呼吸は上がっていたが、しっかりと息が出来ている。体は水中にいる感覚だというのに。


 ――なんなんだ、ここは。


 幾分落ち着いた大和は、この不思議空間を考えた。

 垂直落下、水中独特の浮遊感、声は出ない、呼吸は出来る。現在進行形で経験していることは、間違いなく普通ではない。


 ――おかしい……。


 ぐるり、と周りを見回す大和。


 暗い。

 どれくらいの大きさの空間なのか分からない、ただ暗い空間。


 ただの、暗黒が覆っている。


 体を反転させて後ろを見るが、変わらない。右、左、上、下、どこも変わらない。そもそも上下左右なんて意味を成していない。全方位、暗闇。


 自分は今、この空間のどの位置に居る。

 ――中心か? ――それとも端か?

 出口はあるのか。

 ――あるとすれば何処に? ――どれくらい先に?


 落下の感覚が無くなった途端に、右も左も、上下すら分からなくなった。

 そんな状態で、果てしない暗闇の中に、ポツンと1人取り残されたように浮遊している。


 ――怖い。


 不安と焦りが大和の心を突いた。

 落ち着きを取り戻したがゆえに出来た現状把握のせいで、今度は恐怖が影を落とす。 


 唇が乾き、息が上がる。

 思考が、悪いほうへと流れ、加速する。

 溢れでてくるマイナスのイメージに歯止めが利かない。

 鳩尾に穴でも開いてしまったかのような不安感が、存在を主張する。


「――!」


 大和は弾けるように動いた。

 犬掻きのように我武者羅に手足を動かし、自分の中の恐怖から逃れたい一心で暗闇を進んだ。


 ――ここは、どこだ?

 ――今、どこにいる?

 ――俺は、何処から落ちて来た?


 前へ進む。

 変化しない暗闇を掻き分けて、ただ前へ。


 ――落ちてきたのなら、上へ行かなきゃ。

 ――どれくらい俺は落ちた?

 ――数十メートルか、数百メートルか?


 次は、顔を上へ向けて、浮上しようと手足をバタつかせる。


 けれど、変わらない。

 大和がどれだけ進もうが暗闇は沈黙を保っている。


 ――そもそも俺はちゃんと進めているのか?


 そんな不安は、芽生えると一気に心を侵食し、染めていく。


「――!!――!!」


 足掻く手は、何も掴まない。

 伸ばした手は、何にも届かない。

 けれど、もがく。不安感と孤独感と恐怖に萎縮する筋肉を無理やり動かす。自分以外の生物(なにか)を求めて。


 ――……誰かっ!


「──ッ!」


 そのとき、大和の右足に触れるものがあり、慌てて足元を見る。

 しかし、その場に目を凝らしてもなにも見えない。薄っすらと自分の足が確認できるだけだ。


 逆さになって、何かがあった場所に手を伸ばす。

 暗闇の中、確かに何かに触れたということを頼りに必死に探る。


 ――あった!


 左手に触れる何か。それを無くすまいとしっかりと掴み、藁にも縋る思いで手元まで引き寄せた。なんでもいい、とにかく大和は手掛かりがほしかった。


「――!!」


 手元まで引き寄せて確認し、大和は驚きの声を上げて仰け反る。


 手だった。


 やせ細り骨ばった薄気味悪い人の手を大和は掴んでいた。


 その死人のような手を反射的に放すと、再び闇の奥へと紛れていく。


 その、紛れていく手の先に、


「──!?」


 顔があった。


 男とも女とも分からない、毛の全て抜け落ち、頬の痩せこけた人間の顔があった。

 死人のように閉じた瞼は窪み、鼻は削ぎ落とされたかのようにのっぺりとしていて、唇はひび割れている。


 恐怖によって固定された視線を引き剥がそうとして、……失敗した。その顔が、ぐるっと動き大和の顔を見たからだ。


 窪んだ瞼越しに見据えられ、金縛りにあったように動けなくなる大和。目など合わせてはいたくないが、体が石にでもなったかのように反応してくれない。

 反してその不気味な人間は、しっかりと見据えたまま大和の元へと漂い、胎児のように丸めた態勢を解いて、ゆっくりと手を伸ばす。


 肋骨の浮き出た胴。

 枯れ枝のように細い手足。

 贅肉どころか筋肉さえ無くなり、文字通り骨と皮のみで男女の判断さえすでにつかない。


 その人間の手が、大和の頬に触れる。大和の存在を確認するようにぬるりと撫でたあと、そいつのひび割れた唇がかすかに開かれた。


 ――見ツケタ


 搾り出すような声が漏れた瞬間、そいつの目と口が大きく見開かれる。

 開いた目と口の奥に目玉や歯などは無く、周りと同じただの暗闇が広がっていた。


 ――見ツケタ、見ツケタ、見ツケタ


「――!!!」


 そいつの手が顔から体へと這い、歓喜するように声を上げながら大和の体を引っ張ってくる。その気持ちの悪さに大和は寄ってくるそいつを振り払おうとするが、やはり体の自由が利かない。


 ――見ツケタ、見ツケタ、見ツケタ


 なお、手が体を撫でる。

 その手の感触はおよそ人のものと思えるものではなかった。

 体温を感じない爬虫類のような肌触りが悪寒を引き起こし、頭の奥で警鐘のように鈍痛が始まる。


 それでも、大和の体は動かない。命令系統が全てイカれてしまったかのように金縛りの状態から抜け出せない。


 ――見ツケタ、見ツケタ、見ツケタ


 男とも女とも、子どもとも大人とも取れる声音で囁きながら、大和の顔真正面にやってくる。

 目玉のない暗闇でじっと見続けて、――にぃ、とそいつは笑った。



 ――見ツケタァ



 ビクッ、と大和の体が震えた。――動く!


 体の自由が戻ったと分かるやいなや、目の前のそいつを突き飛ばし、一目散に逃走を試みる。しかし、そいつはすぐさま体勢を立て直し、体を反転させた大和の右足を掴んだ。

 大和の目に映るそいつは、蜘蛛のような姿勢でぐいぐいと足を引っ張る。さっきまでの緩慢な動きとは比べものにならないほどの俊敏な動きは、獲物を狙う動物を連想させた。


 逃げろ、と警告の言葉が脳内で点滅する。

 がちがちと歯が鳴り、動悸が荒くなる。

 目の端に涙が浮かび、ひゅ、ひゅ、と情けない息遣いが耳につく。


 ――なんで、どうして俺がこんな目に!


 空いている左足でやたらめったらにそいつの顔に蹴りを喰らわし、無理やり体を曲げて、逃げるために両手で掴んでいる手を引き剥がそうと爪を立てる。


 けれど離れる気配はない。


 頭が真っ白に染まっていき、助けて、という言葉しか浮かばない。


 ──誰か、誰か、誰か…ッ


 声にならない声で助けを叫ぶ。しかし、


 ──ァ アァ、ァ


 ずるっ、と突然背中にのしかかるなにか。

 そいつは大和の耳元で気味の悪い息遣いで息を吐く。

 慌てて振り向くと、足を掴む人間と全く同じ顔をした人間がいた。


「――!!」


 声にならない絶叫が吐き出される。


 ──ァ、アア アァ……


 大和の視界に映ったものは、沈黙を保っていた暗闇から這い出てくる痩せこけた人間。

 人間。

 人間。

 人間。

 無数の、人間。

 どれもこれも同じ姿で這い寄って来て、生に飢えた死霊のように大和に絡みつく。


 ――見ツケタ

 ――出シテクレ

 ――助ケテクレ


 何人もの不気味な人間が、ぽっかりと空いた目と口を見開き、大和に手を伸ばす。


 ――オ前が出口ダ

 ――此処カラ連レ出セ

 ――マダ消エタクナイ


 触れられる度、その場所から何かが体内に入り込んでくる感覚。

 息が詰まり、窒息していくように呼吸が困難になってくる。

 視界に霞が掛かり、意識が遠のいていく。


 ――出セ


 ――出セ


 ――出セ セ セァ


 掠れていく意識の中、大和は右腕を突き出した。

 一縷の望みもないのに、誰かが自分を引き上げてくれることを願って。





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