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見知らぬ世界にて、  作者: ドミノ
序章閑話:諸々の動向
17/37

◆閑話1

 ゴドウィン・ローレルという男を表す言葉は数知れない。


 曰く――

 王都直属騎士団で、騎士総隊長に次いで力のある男である。

 騎士貴族という騎士に与えられる位において、騎士総隊長を含め4人しか存在しない騎士第一位に属する男である。

 騎士第1大隊長を賜り、多くの騎士を従える男である。

 デスクワークよりも、最前線で敵をなぎ倒すことが性に合った男である。

 怒涛の剣の煌きにより、敵さえも魅了させる男である。

 多くの訓練に耐え、戦場を駆け抜け、騎士たちによる尊敬と羨望の眼差しを背負う男である。


 などと、大抵はその武勇を称えるものだ。

 多少の尾ひれが付いていることも否めないが、それら言葉のみで判断するのならば、肉刺でごつごつとした手の屈強な男という印象を受けるかもしれない。あるいは、圧倒的カリスマに彩られた戦闘狂か。


 しかしゴドウィンは、そのイメージとはまた違った男だ。

 齢39。鍛え抜かれた体と生来の恵まれた体格から溢れ出すものは威圧感ではなく、包み込むような包容力を感じさせる。その相貌は、顎にこげ茶色の無精髭、無骨な鼻、優しげな目が特徴的だ。


 森の熊さん、というあだ名がこれ以上なく似合う大男。それが、王都直属騎士にして騎士第1大隊長を務めるゴドウィン・ローレルその人だ。







 彼、ゴドウィン・ローレルは書に目を通していた。大男が、その大きな背を曲げて机に噛り付くその姿は、いっそ滑稽でもあった。

 しかし、その優しき相貌が今は険しい。

 ハミルへ派遣した自分の中隊が撤退したという知らせを受けたためだ。中隊は壊滅、指揮官は全員討ち取られたという旨の、敗走報告を。


 有り得ない。

 ゴドウィンの脳裏に浮かぶものはそのひと言。そして、部下であり友である騎士を殺された怒りと自責の念。なにより犠牲を無駄にしないないため、次の行動を考える。



 思い返せ、自分の判断を。



 アドゥルの民の案内役10人の手引きで、賢王とその后が殺害された。それと共にハミルは占領され、東の地を奪われた。


 その事実にゴドウィンは戦慄すると同時に、少ない情報から冷静に対処を考えた。


 まず、近隣の町に配属されている騎士だけでは無理だとゴドウィンは判断した。

 ハミルの街は、王都から遥か東の辺境とはいえ、果物の栽培と果実酒で有名な大きい街だ。国境堺だった東一帯を抑える街として領主を任される貴族も代々腕がいい。加えて、近くに迷いの森という大陸有数の魔物の生息地がある。その地へ配属される騎士は自然と猛者が多い。

 その地が制圧されたとあっては、敵の実力も推して知るべきだ。

 近隣の領地に配属されている騎士を寄せ集めただけでは、恐らく相手への大打撃とはならないだろう。力と数で瓦解させることが出来る集団とは考えにくい。


 そこでゴドウィンほか騎士第一位に属する者2人が、それぞれ率いる大隊から騎士を選別して一個中隊を編成。計三個中隊を編成し、派遣することを軍議にて決定。

 王都直属騎士は、所属大隊は変わっても交流がある。そのぶん、寄せ集めの騎士たちより連携が利くと判断したからだ。

 ハミル近隣の町配属の騎士たちはこれ以上の侵攻を許さないよう戦線を張り、編成した三個中隊が敵本陣であろうハミルを叩く。そういった算段だ。そして、ハミル制圧から6日後に中隊は王都を出発した。


「……」


 ゴドウィン自身が編成した中隊を率いたのは、自分と共に戦場を駆けた者だ。実力に間違いのない猛勇な騎士であり、長く(くすぶ)るクルーエの残党などに敗北するということは考えられない。まして、名の知れるほどのしぶといレジスタンス共とは違い、狼の子(ぽっとで)などに殺されることはまず有り得ない。


 言わずもがな、第2、第3大隊から輩出された中隊も精鋭で編成されている。


 そして、中隊出発からおよそ2週間。

 届いた結果は敗北だ。それが、覆しようもない事実だ。


 暗部が偵察に失敗したことは知っていた。

 そのため、油断はなかった。甘く見ていたわけでもなかった。しかし、敗因を上げるならば自身の心のどこかで、狼の子が他のクルーエ残党と同格と思っていたことだろう。


「……ぐっ」


 行き場のない負の感情の塊はゴドウィンの拳を固くし、ゴンッと机上を殴りつけた。普段見せないゴドウィンの気迫に、知らせを持ってきた生き残りの騎士がビクリと震える。


「……、また戦争が始まるやも知れない」


 なかなかどうして、世界は血を流す。手を取り合おうと動いている者もいるというのに。

 ゴドウィンは歯噛みした。だが、手をこまねいているわけにはいかない。後手に回っている以上、頭は冷静なまま迅速に行動を起こさなければ。


「実力の伴った騎士が必要だ。しかし、各地に潜むクルーエの残党共が呼応するように勢力をつけ、士気を上げている。各領の戦力を落とすわけにもいかない。

 ともすれば、王都直属騎士を全動員して真っ向から叩く。大隊長も最前線に身をおく必要が……」


 王都の守りは手薄になる。

 騎士学校の騎士候補生たちを徴兵することになるのか。


 王不在のいま、国が内分裂を起こす可能性は……。


「――王か」


 ゴドウィンは渋い顔をした。


 ジーク王子は未だ王族として何も行わない。正式に即位の動きが始まっているというのに、王として民を救う様子もない、王として導を指し示す様子もない。兄の死に傷心しているのだとしても、ミュレイ王の死よりもうすぐ3週間になる。

 今この瞬間、立ち上がって民に進むべき道を示すことが王たる者の務めであろう。

 クロード王ミュレイ王ともに、民あっての国だという信念のもとに国を治めていた。その2人と同じ血が流れる王ならば、誰よりも何よりも早く、毅然と道を指し示すだろう。

 しかし、ジークはあまりにも先代2人からかけ離れている。その姿が騎士たちに不信を抱かせている。

 ゴドウィンとて、大勢の騎士を背負っている身であるから騎士たちを鼓舞こそする。しかし、腹の底では次期王への戸惑いが霞がかっている。


 ミュレイ王が手腕を振るっている陰で、ジーク王子には悪い噂がチラついていた。

 城下町へと度々抜け出し、ふらりと戻ってくる王子。

 聞いた話では、武術も魔術もからっきしで努力すら怠っているということだ。

 いつしか民衆の間でジークは、王族の威光を盾に道楽ばかりの放蕩王子と噂され始めた。もちろん、ゴドウィンを含め、王都直属騎士の耳に入らないわけはない。


 そんな王子が即位し、国を率いる王となる。


 ――この国は、どうなってしまうのだろうか。

 皆、怯えている。戸惑っている。そしてこの状況が続けば、絶望を抱く者すら出始めることは目に見えている。


「……」

「ローレル大隊長?」


 知らせを持ち帰った若き騎士が控えめに声をかける。その声に、ゴドウィンは我に帰った。


「ああ。なんだ、サミエル」

「っえ、なんで俺の名前を」

「王都直属騎士に配属されたてとはいえ、遠征に向かわせた中隊に所属された騎士の名を知らないはずないだろう。まして、自分が隊長を務める大隊所属の部下だ」


 サミエル・ハガーは騎士学校を卒業したばかりの17歳。まだ大した功績を上げてはいないが、知力、体力、その他どれをとっても他の騎士に遅れをとらない。なにより、度胸をゴドウィンの買われて王都直属騎士に大抜擢された男だ。

 しかし下っ端中の下っ端であることに変わりはない。

 自分の名を憶えられていたことに、サミエルは居住まいを正した。


「は、光栄です」

「そう畏まるな。報告することがあるんだろう」

「はい――

 中隊の状況ですが、書いてある通りほぼ壊滅です。指揮を執っていた中隊長たちは、皆死亡が確認されています。その他の騎士も、片手で数えられる程度です。

 撤退を開始し、最終的に生き残った騎士は計17名。ハミルの地より西に進んだ『ウィルゴ』という町で、ウィルゴ配属の騎士に合流。現在治療を受けています。

 壊滅した中隊を取りまとめている騎士は第2大隊所属中隊の騎士ウェゲナー・クルジアです。その書を書いたのもウェゲナーです。その者の指示で、一番動ける自分が書を持って王都まで戻ってまいりました」


 ゴドウィンは静かにうなずいた。


「すぐに救助隊を向かわせよう。ウィルゴの騎士たちを圧迫してもいけない」

「は、自分もすぐに、」「行くな、お前はしっかり療養しろ」


 ゴドウィンからの命令に、サミエルの動きが一瞬止まる。


「し、しかし」

「中隊生き残りの中で一番動けたといっても、お前もその有様じゃないか」


 頭と右腕には包帯。

 衣服から覗く肌には切り傷や血のあとが見える。

 部屋に入ってきた時左足を引きずっていたことから、足も痛めているはずだ。


「お前はまだ若い。そして優秀だ。大隊長として、そんな未来ある騎士をみすみす失うわけにはいかないのでな。

 生きることもまた、騎士としての役割だ。生きて己を磨き、雪辱を晴らせ」


 サミエルはぎゅっと、口を引き締めた。


「はっ」


 その返答に満足したのか、ゴドウィンは熊のようなその顔を綻ばせる。

 優しい笑みだ。サミエルの緊張の糸を容易く断ち切ってしまうほどに。


 一筋、涙が頬を伝う。それに気づいてゴシゴシと乱暴に袖で拭った。


「申し訳ありません」

「いい、いい。気にするな」


 そう言ってゴドウィンは机の引き出しを漁り、「最近は娘に、職務中は控えるよう言われているんだがな……。ほれっ」サミエルに向かって、小さい何かを投げた。

 慌てて投げられたものをキャッチするサミエル。見ると、銀紙に包まれた1粒のチョコレートだった。


「ブランデー入りのチョコレートだ。

 甘いものと酒は活力をくれる。1つ食っておけ、美味いぞ」


 戸惑うサミエルにゴドウィンは遠慮せず食えと促す。言われるまま口に放り込むと、アルコールの香りとチョコレートの甘さが広がった。確かに、美味い。凝り固まった心にその香りと甘みは有り難かった。

 閉じ込めていた恐怖と不安が紐解かれていく。


「……国は、統一前の状態に逆戻りしてしまうのでしょうか?」


 思わず口を付いて出た言葉に、はっとサミエルは息を呑む。


「あ、いえ、失言でした」

「構わん、聞かなかったことにしておく。それに、不安や恐怖を抱くのは生きている証だ」


 サミエルは俯く。その萎縮した姿を見て、ゴドウィンは言葉を紡いだ。


「……お前の質問に対する答えだが、俺は持ち合わせていない。

 そうだな、言えることがあるとすれば国は変わるということだけだ。その事実だけは分かりきっている。それが、良い方向か悪い方向かは、誰にも分からんさ」


 ただ、とゴドウィンは付け加えた。

 強き意思の宿った目と口調で、若き騎士に言葉を贈る。


「歩みを止めるな、信念を持ち続けろ。

 世界は待ってはくれないぞ、騎士サミエル。己の中の正義と信念まで見失うな」

「……、はっ」

「良い返事だ。強くあれよ、サミエル・ハガー。……ほれっ、もう1個食え」


 投げられたチョコレートを、今度は「頂戴します」の言葉と共に放り込む。――コンコンッ「んぐっ!?」ノックの音に驚いて丸呑みにしてしまった。「げほっ、げほっ!」


「おい、大丈夫か」

「も、問題あ゛りま、げほっ、ぜん」


 ――コンコンッ、またノックの音。ついで「ローレル大隊長、よろしいでしょうか」

 凛と澄んだ、女性の声だ。


「入れ」

「はっ」


 サミエルは来客に対し、邪魔にならぬよう部屋の隅へと動いた。


「失礼します、ローレル大隊長」

「ソフィア、なんの用だ」


 開いたドア。そこから現れた姿にサミエルは思わず視線を固定してしまう。そして、来客の名前を心の中で呟いた。


 ……ソフィア・ローレルさん


 淡い栗色の髪を後頭部でバレッタを使い纏めている。フレームの細い眼鏡の奥の涼しげな瞳は青い色。そして、意志の強さを表すような鋭い眼光と凛とした姿勢。ゴドウィン・ローレルの娘、ソフィア・ローレルその人だ。


 サミエルは騎士学校時代、何度となくその名を聞いた。


 騎士学校最初の卒業生にして、魔術の天才。

 思わず見蕩れるほどの美貌に反して、化粧気はない。

 女性としてというより、騎士として生きている。

 故に、その女騎士についた通り名は『氷の美女』


 サミエルがソフィアを見たのは、今回で3度目だ。前2回は遠巻きに眺めただけだったが、今回は目と鼻の先。こうして見ると、なるほど美人だ。そして、その物腰は確かに騎士だ。

 噂に違わないその姿を見てサミエルは、第1大隊所属王都直属騎士として配属された時に聞いたもう1つの噂を思い出す。

 “21年生きていて、男と付き合ったことがない”――もしかしたら、本当なのかも知れない。

 そう考えて、サミエルは頬を紅潮させた。

 なにを考えているんだ、俺は! 心の中でそう、自身を叱責する。


 1つ息を吐いて、背筋を伸ばした瞬間、


「よぉ、ローレル大隊長。話があるんだ。ちょっと時間とれるか」


不躾極まりない台詞で入室してきた、白金色の髪に目を奪われる。


「ジ、ジーク王子」


 ゴドウィンの目が驚きに見開かれた。ゴドウィンよりも一足遅く、入室してきた人物が脳内の人物と合致したサミエルは、慌てて背筋を伸ばす。もっとも、そんなサミエルの姿をジークは見てはいなかったが。


「ああ、いいって畏まらなくて」


 軽薄な調子に、僅かにだがソフィアの視線に剣呑としたものが含まれた。しかし、すぐにそんな雰囲気を霧散させる。相手が王族とあっては、騎士として無礼をはたらけない。代わりに、少しだけ棘のある口調で、「ジークさまが、お話があるとのことで参られました」


「ぶっちゃけ、お話というよりはお願いかな」

「お願い、ですと……?」

「まぁ、そう話を急がなくても良いだろう、ゴドウィン? 世間話でもしよう」


 薄笑いすら浮かべ、ゴドウィンを見やる。

 小馬鹿にしているようで、しかしその眼光は鋭い。裏に信念を抱えている者の目だ、とゴドウィンは経験上身を硬くした。ああ、その目は間違いなく先代2人の目だ。血筋を感じる。


「聞けば、ハミルから帰還した騎士がいるとか?」

「はっ。たった今、報告を聞いていました」

「その騎士は?」

「そこにいる騎士サミエル・ハガーがそうです」


 ちらり、と目を向けられるサミエル。その目は、こんな奴いたのか、とでも言っているようだ。

 見下すように視線が外れる。サミエルは、放蕩王子め……、と心の中で毒づいた。


「で、成果は」

「……敗北です」


 そうか、と言葉を漏らすジークの後ろで、ソフィアの眉がピクリと動いたのをサミエルは見た。しかし、すぐにジークの言葉が部屋に響き、注意が向く。


「ハビット大隊長とアンドルフ大隊長にも、敗北の知らせが届いただろうな」

「恐らく。第2、第3大隊所属の中隊も、同様に壊滅したとのことです」

「また軍議を開いて対策会議か?」

「はい。明日、予定しています」

「ふーん。そうか、そうか……。えーっとお前、サミエルとか言ったっけ?」


 突然話をふられ、サミエルは一瞬誰のことかと反応が遅れた。


「お前だよ」

「は、はっ!」

「ちょっと個人的なお話をするんだ。退室願えるかな」

「はっ」


 出て行けと言われれば、サミエルは従うしかない。そそくさと退室する。そして、ドア越しに聞き耳を立てるわけにもいかず、そうそうにその場から立ち去った。



 ドアが閉じるのを確認し、ジークは話を切り出す。


「さて、本題だ。……ああ、別に騎士ソフィアは同室してかまわない」

「よろしいのですか」

「ああ。君に対するお願いでもあるからね。

 それでだ、ゴドウィン。お前は今回の敗北から、次はどうすべきだと考えた?」


 腕組みをし、ジークはゴドウィンに問うた。


「3大隊全ての王都直属騎士を集結し、全勢力をもって叩くほかないかと。

 クルーエ残党が、狼の子に触発され士気を上げている以上、各地の戦力を落とすことは得策とは考えません。ただでさえ、狼の子のメンバーは各地に散らばり潜入していると言われているので、最悪ハミルと引き換えにどこかが制圧される可能性があります」

「ただ、王都の守りが手薄になることを懸念しているな」

「はい。契約四家の方々や、王都周囲の街配属の騎士は強力です。しかし、王都を最低限の騎士たちだけで守ることは――」

「まどろっこしく言うなよ。一番心配しているのは王都内で分裂が起こることだろ」

「……そのとおりです、王子」


 まぁそうだろうなと呟き、ジークは続ける。


「自分が周りからどう思われてるかくらい知ってるさ。言っちまえば、俺はこの“血”だけで王に選ばれたも同然だ。民衆受けも悪ければ、たいした才能も無い。

 当然、俺が王の器でないとして、摂政の真似事をしたい貴族がいるであろうことは考えている。国のためって大義名分のもと俺に取り入ってくるだろうな。

 俺がもし断りでもしたら、今度は民衆を焚きつけるだろうよ。そうなった場合、騎士は一応俺側についたとしても、民衆が俺についてくるとは限らない」


 ――王都内で民衆対騎士の図式が出来上がったら、どうなっちまうんだろうな。


 まるで人事のように言う。

 その後姿をソフィアは睨みつけていた。統治者になる男、自分たち騎士が守るべき男、だというのにこの軽薄な調子はなんだと、静かで冷たい怒気が視線にこもる。その様子に冷や汗をかきながら、ゴドウィンは視線で娘を宥めた。


「まあ、他愛無い話は置いておいて、俺のお願いの話を端的に言おうか」

「はっ、私に出来る範囲であれば」

「大丈夫、大丈夫。俺を鍛えて欲しいってだけだから」

「そんなことでし た、ら……」


 しん、と水を打ったように静まり返った。


「あの、」

「俺を鍛錬してくれって言ったんだけど、聞き直すことかゴドウィン?」

「いえ、その、……どういった考えがあってのことで?」

「明日の軍議に俺も参加して正式にそこで伝えようと思ってるんだがな、」


 ニヤリと笑うジーク。その姿は悪戯を披露するようなものだが、なぜか様になっている。


「俺が戴冠式を終えたら、俺直々に騎士を率いて遠征し、東の地を奪還する」

「んなっ、無茶苦茶ではありませんか!?」

「失礼ながら、私もその案は無理があると考えます」

「そうか? 親父も兄貴も、王でありながら戦場に身を置いて騎士を指揮しただろう」

「そうですが……。では、なぜ私に鍛錬の話を?」

「お前らの実力を見込んで、」「お待ちを、お前ら(・・・)とは?」


 話を遮られても、ジークは様相を崩さずに続けた。


「ゴドウィンには武術の、ソフィアには魔術の鍛錬を頼むからさ」


 ジークの言葉に、ソフィアは眉根を寄せた。


「……私ですか。それこそ納得がいきません。

 仮に鍛錬をすることになったとして、武芸に関してはゴドウィン大隊長で異論ないでしょう。しかし、魔術に関していうなら、私と同程度の力をもつ者は存在します」


 うむうむ、と大仰に頷いてみせるジーク。

 バカにされているのだろうか、とソフィアの眉間の皺が深くなる。


「俺が見込んだのはお前らの実力ともう1つ。……お前らのそういうところだよ」

「……そういうところ、とは?」

「お前たち親子は良くも悪くも信念が強い。だから、王族である俺にも物怖じせず堂々と自分を主張できる。鍛えてもらう俺としては、そういった相手のほうが意見を聞きやすくていい。

 そして、俺が『本気で鍛錬しろ』と言えば、王族関係なく本気でしごく。俺の知るローレル親子はそんな2人だ」


 賛辞と捉えて良いのだろうか。煽てて、ご機嫌伺いをしているようには見えない。ともすれば、指南役に抜擢された理由は、それが本心なのだろう。


 ゴドウィンは、その軽薄ともとれるジークの笑みを見据え、「私たちが選ばれた理由は、分かりました」と言った。


「しかし、鍛錬自体は良いとしても、遠征には賛同できかねます」

「はい。私もゴドウィン大隊長と同意見です」


 厳しい言葉を投げる2人を尻目に、クツクツとジークは笑う。からかっているのだろうか、だとしたら性質が悪い。ゴドウィンは真意を確かめるべく口を開こうとして、


「反対は最もだ。けれど、俺の考えを聞くくらいならいんじゃないか?」


とジークに遮られた。


「俺は、お前の第1大隊を率いて遠征しようと思っている。

 プランを伝えると、このひと月の間はハミル近隣に配属されている騎士が防御戦線を張って敵の侵攻を防ぎつつ、情報を出来る限り収集する。補充が必要となった場合は第2、第3大隊から人員を派遣する。

 お前の第1大隊は遠征に備えて、準備を進めておく。そして、王となった俺を伴い進軍。ハミルを叩く。

 第2、第3大隊を王都に残していけば、王都の守りが手薄にならずにすむ。それに加えて契約四家の連中も王都に残す。それだけの戦力がいれば、俺に不満がある貴族も動きにくくなるだろ」

「短絡的に考えすぎです」


 ソフィアがバッサリと切り捨てる。


「私もソフィアと同意見です。

 無礼を承知で発言します、ジーク王子。今この時において、最も忌避すべき事態はあなたが敵に殺されてしまうことです」

「ああ、確かに。だから俺を鍛錬してくれって言ってるんだ」

「私が鍛錬したからといって、1ヶ月そこらで敵と死合う駆け引きができるほど、力がつくとは考えられません」

「最もだ。だからお前が鍛錬して、最終的な俺の成長具合から判断を下してくれ」


 使い物になるかそうでないか、最終的な判断は委ねるということか。

 しかし、それでもゴドウィンは決断を渋る。

 武王の息子は、武芸の教養は相当なものを受けていると聞く。しかし、基礎は出来ていても戦場で立ち回れるかは別問題だ。


 渋い顔のままのゴドウィンに向かい、ジークは言う。「俺に賭けてみてはくれないか、と」


「国の危機に賭けを持ち込むことは出来ません」

「だが、危機を脱するためには、時に博打を打つ必要もある」


 ゴドウィンもソフィアも口を噤んでいると、ジークが発言した。

 軽薄そうな笑みはその顔から消え、声が水のように部屋へと浸透する。



「騎士ゴドウィン・ローレル、そして、騎士ソフィア・ローレル」



 蒼穹色の瞳が2人を射抜く。

 瞬間、空気が変わった。

 空気がざわつき、室内温度が下がったかのような錯覚が支配する。


 2人がその変化に、僅かに息を呑んだ。



「もう1度言おう。

 俺は王として、自身の手でハミルを奪還する。

 そのために俺を鍛え上げろ。その末に俺が使い物にならなければ斬って捨てろ。


 どうだ、王としての俺に賭けてみてはくれないだろうか」






◆◆◆◆◆






 パタン、とジークは退室して歩みを進める。すれ違う騎士に手を上げることで答えながら、脇目も振らずに歩いていく。そして、誰も居ない瞬間を見計らって物陰に隠れた。


「……っ、はぁ」


 息を吐き出す。

 さすがに名のある騎士2人に虚勢を張るのは骨が折れた。


 視線をおろすと、自身の影の中から見上げるシャーロットと目が合う。


「主のビビり」

「うるせ。……それより、予定通りにいった。お前のアシストもばっちりだったよ」

「あったりまえ。あの程度ならお安い御用」


 しっかし、あんなもんで上手くいくもんだね。とシャーロットは可笑しそうに笑う。


 ジークが2人の名を呼んだ瞬間、シュベンツの力を使い、影の中から誰にも気取られることなく魔術を発動。特別なことはしていない、ただ、室内の空気を僅かに揺らしたり、室温を下げたりしただけだ。

 シャーロットは影に潜む契約四家『影のシュベンツ』。国の影を担う者だ。この程度のこと、造作もない。


 成果は上々だった。


「ハッタリをもって相手を説得するのなら、自信は必須。心根を悟られちゃ、あっという間に水の泡だ。けれど相手の心に少しでもつけこめたら、あとは錯覚させるだけ。「こいつには、何かある」ってね」

「はいはい。でも、暗殺の役には立たないかな」

「暗殺とか、そういうことに関しては、お前に頼る他ない。そん時は頼むよ」


 シャーロットは、口角を吊り上げ「あいさっ」という言葉と共に影に沈んだ。


「……ほんと、俺は――」


 独り言を言おうとして、止めた。


 ジークは再び歩き出す。






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