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見知らぬ世界にて、  作者: ドミノ
序章1節:召喚
16/37

◆16話

 どれだけの時間が経過しただろうか。


「……」


 ジークとの問答は終わり、大和は1人ベットの上で膝を抱えていた。

 自分の両膝の間に顔をうずめて、ぎゅっと身を縮こまらせる。腹の中で嫌な靄がかかっているようだ。


 脳裏には、ジークの嫌な笑みが張り付いて消えない。


 ジークの整った顔立ちに浮かぶ笑顔は、裏にある打算さえ無くせば好青年のそれに見える。白金色の髪はさらりと流れ、青い瞳をたたえる目元には猛禽類のような鋭さがある。

 その顔は大和が今までに見たどの顔のなかでも、綺麗過ぎて胡散臭いものに見えた。最低最悪な計画だというのに、自信と信念をもって叩き伏せた顔だ。

 そんな奴と同じ顔をしていると思うと腹立たしい。

 どうにもならないほど腹立たしくて、憎くて、復讐したい。


 憎い、殺したいほどに。

 俺から日常を奪ったアイツに、その首元に、牙を突き立てて。


 ――けれど、そんなこと無理だ。と、別の事実を突きつける自分が現れる。そして同時に、あの冷めた目をもつ『クード』という名の青年の顔が思い出される。

 熟練された体術、洗練された魔術、積み重ねた知力、経験に裏打ちされた実力。どれをとっても、今のままでは敵わない。場合によっては殺される。


 自称『無能王』と、それに付き従う従者。

 大和を制する枷であり、大和が還る可能性をもった希望。


 『さて、どうする?』、その言葉と共に与えられた選択。いや、選択というより強制だ。


「……、くそ」


 そして、大和は半ば強制された要求を呑んだ。


 本当は嫌だと叫びたかった。今すぐ還せと掴みかかりたかった。


 けれど、大和にはそれが出来なかった。

 ジークとクードの前から逃げ出せるとは考えられなかったからだ。


 いや違う、と大和は頭を振る。

 ただ目の前に望む可能性を吊り下げられて、その可能性を蹴ることができなかっただけだ。

 ひと月半言いなりになれば還れる可能性と、あの2人の前から逃げ出して異世界探訪の果てに還る方法を発見する可能性、その2つを考えて前者を選んだだけだ。


 情けない。

 そして、惨めだ。


 だが、それに縋りついてでも大和は元の世界に還りたかった。

 温かい布団、父親と母親、一緒にバカをやれる友人、好きな人、嫌いな人。自分の抱えるモノを全て奪われたままになることは、絶対に嫌だ。簡単に捨てることなど出来ない。一刻も早く帰還できるのなら、そのほうが良いに決まっている。


 平穏な日常からの脱却?

 異世界に呼ばれた主人公?

 ――そんなものは、真っ平ごめんだ。


 大和自身、そういった“特別”に憧れを抱かなかったわけではない。むしろ、焦がれないほうがおかしい空想だともいえる。だが、それは空想で終わっていい話だ。有り得ない事象を夢想し、特別な存在に焦がれるだけ。それだけで幕を閉じていい話だ。

 実際に、その状態に陥ったらどうだ。

 寂しさと心細さに心が軋み、姿の掴めない恐怖に纏わりつかれる。それに震える、ただの人間だ。


「……っ」


 大和の脳内を、まるで早送りのように犬もどき(ワーウルフ)との殺し合いが流れる。今更ながら、恐怖に震えた。背中を嫌な汗が流れる。


 あの獣を殴る感触、鼻をつく獣臭、鮮血、牙が肌に潜り込む痛み、骨の砕ける音。


 大和は思い出し身を硬くした。力に振り回され、地に足の着かない不安定な快楽に溺れる醜悪な自分の姿が思い出される。そして、気が付くと自身の腕に爪を立てていた。爪が食い込んだ場所から一滴の血が流れ、その後すぐに傷口がふさがる。


 その現実に、またしても大和の体が恐怖に震えた。なんだこれは、一体自分の体はどうなってしまったんだ、と。


 こんな力は要らない、こんな力は知らない、俺はいったいどうなった。そんな悪あがきのような感情の波が大和に押し寄せる。――『やはり化物ですね』、あの冷めた目と共に向けられた言葉が過ぎった。


「違う」


 こんな、こんなものは違う。自分じゃない。


「違う、俺は……」


 化物なんかじゃ決してない。

 けれど、九柳大和でさえ居させてはくれない。今はジークの影武者という道具に成り下がっている。


 大和は自分の中に渦巻く負の感情の処理の仕方が見つからず、どんどん憤りと屈辱と自己嫌悪の渦へと陥っていく。その度に一々考えてしまう。もう少し上手くやれたのではないだろうか、もっと考えれば良かったのではないだろうか、と。


 ――ぐぅぅ……。


 部屋に響いたそれ。

 正体は、大和の腹の虫だった。あんなことがあった後だというのに、腹は空くらしい。


「――ははは」


 乾いた笑いが漏れた。

 するとまた、ぐぅぅ……、と主張した。


「お腹、空いたな」


 顔を上げると、視界の端に自分の荷物が見えた。

 赤く染みの付いたYシャツ。それと、メガバーガーの食べかけ。


 大和はのそのそとベットから降りて、荷物が置かれている木製棚の前に腰を下ろす。そして、メガバーガーの残りに手を伸ばした。相変わらず、ハンバーガーにしてはずっしりと重い。

 ビニールの袋から出して、齧り付く。

 口の中に広がる、冷えて固まった油の味、みずみずしさを失った野菜の食感。パン、肉、野菜、チーズ、味付けの濃いソース。懐かしくもない、何時も気軽に食したファーストフードの味。


「――、」


 ふと、噛り付いた断面を見て、大和は思い出してしまった。あのぐちゃぐちゃに潰した獣の頭を。


「う、」


 弾けとんだ牙の数々。

 粉々になった頭蓋。

 だらりと伸びた舌。

 目玉。

 肉。

 脳みそ。

 血飛沫。

 血。

 血。

 血。


「うぅっ、おぅっ、ぇ!」


 口元に手を当ててえずく。

 せり上がってくる胃の内容物を歯を食いしばって押さえ込むと、喉元がヒリヒリと痛んだ。


 生き物を殺した罪悪感とでもいうのか、胸元が嘔吐に耐えたこととは別の意味で熱を持った。

 生物の命に関することなんて、中学生の空想に嫌というほど挙げられる。大和だって例に漏れず夜な夜な考えたことがあった。

 なんで豚や牛は殺して、人間はダメなんだとか。なんで肉を食しておいて、屠殺を可哀想と思うんだとか。その程度のことだ。そうして思考の行き着く先は、“生きていくには必要なことだから”なんていう有り触れた結論。


 今になって思えば、所詮ただの空想だったんだと思い知らされる。

 生きるためという大義名分はある。しかしそれでも、辛く、苦しく、嫌な気持ちが芽生えることは人間として真っ当な感性だ。


「……きっつ」


 一言そう呟いて、再びメガバーガーに噛り付く大和。口の中の肉の味に、こんなものはいやだと胃が悲鳴を上げる。記憶に焼きついた獣の血肉を食べているかのような錯覚が支配していく。


 こみ上げる吐き気。けれど、食事を止める気はなかった。咀嚼もそこそこに、次から次へと口へ押し込んでいく。


 安っぽい、平和の味だ。


 この味を忘れてなるものか、自分が暮らしていた世界の存在を薄れさせてなるものか、心までアイツに支配されてなるものか。

 

 父の新聞を読む姿。

 母の作る目玉焼きトースター。

 眠気を誘う授業内容。

 くだらない話で馬鹿騒ぎする友人。


 時々嫌いになってしまうほど、大切な時間の数々。


「――う、ぅぅ、……」


 気が付けば、吐き気ではなく嗚咽が漏れていた。


「うう、うあああ、っ」


 還るんだ、俺の生きるべき世界へ。





「移動するぞ」


 ジークとクードが部屋へと入ってきた。開口一番にジークはそう言い、床に座り込んで鼻を啜っていた大和にコゲ茶色の布を放り投げる。広げてみると、フード付きの外套だった。着ろということか。


「ほら立った、立った」

「……うるさい」


 よろりと立ち上がる大和。その姿を見て、僅かにクードが主を守ろうとする姿勢をとった。


「なにもしやしない」


 殴ってやろうかとは、一瞬思ったけどな。


「死んだような目だな、還れないわけでもなしに」

「生き生きした目だな、便利な手駒でも見つかったか」


 大和は睨んだ。還れる証拠を見せられたわけでもなしに、利用されようとしている身になってみろと怒鳴りそうになる。――そんなものに縋る自分も大概だな。


 自嘲を頭の中だけに留めて、外套を羽織る大和。


「今は、言えば協力関係なんだ。よろしくやろうぜ」

「協力……、そう思ってるのなら契約は果たせよ」

「こっちの台詞だ。……よし、来い」


 微笑を残し、部屋を後にするジーク。背後を守るように続くクード。大和はその2人の背中に刃を突き立てるような視線を向けて、後を追った。





「言っておくが」


 廊下を歩き出してすぐに、ジークが話を始めた。


「俺が召喚魔術を行ったことを知る者は、俺とお前を除いて4人のみだ」

「4人?」

「ああ。そこにいる『クード・アニエル』。そして、『ガルム・レムナンス』『シャーロット・シュベンツ』『ルノア・フィーメイン』の3人だ」

「たったそれだけの協力者で、隠し通せるのか」

「ひと月程度なら、やってみせるさ」


 言い切るジーク。迷いはない。


「だからお前は独断で動くなよ、絶対に」

「……、ああ」


 3人分の足音が響く。そして、行き止まりへとたどり着いた。

 何の変哲もない壁に触れるジーク。それだけのことにザワッと空気がざわめいたのを大和は肌で感じた。なんだ、と眉をひそめると同時に、壁に魔方陣が描かれ始める。その壁に、ジークが自分の魔力を流したのだ。


 ズズッ――、とジークの手が壁へと潜り込んだ。そして魔方陣の中へと消えていく。


「お、おい」

「出口です」


 戸惑った大和に、クードが魔方陣に消えながら答えた。

 1人残された大和は恐る恐るといった具合に手を差し入れる。まるで、水に手を入れているようだ。何の抵抗もなくスルリと壁へ潜り込んでいく。両手を前へ伸ばし、前を警戒しながら徐々に歩を進めていき、もうすぐ顔が入る。





 魔法陣の発光に思わず目をつぶり、次に目にした光景は月光に照らされた森だった。


「今は、夜なのか」

「ああ。お前を呼んだのは日が暮れてすぐだから、あれから3時間半ってところだな」


 ぐるりと辺りを見回す。やけに整備されていると思った大和が背後を見ると、木々に隠れるようにして2階建てほどの大きさの箱のような建物が建っていた。窓はおろか出入り口らしきものもない。


「ここはなんだ?」

「王都直轄領最西にある森に作られた『カラード魔術研究所』。もう使われなくなって久しい戦争の残骸だよ。今迄居たのは、この建物の地下だ」


 答えるジーク。見ると、クードがジークの掌に何か書いていた。魔力の光りが見えることから、大和は魔方陣だろうと推測する。


「今から城の城壁近くに転移する。ほら、お前もどっちか手を出せ」


 よくわからないが、とりあえず右掌を差し出す大和。


「なにやってるんだ」

「転移魔術をする準備。……転移魔術を使用する者と一緒に転移するためには、使用者がオーナーとなって承認を行う必要があるのさ。そうしてゲストとして迎え入れられて、初めて無事に転移することが出来るんだ。承認もなしに一緒に転移なんてすると、転移先で体と意識が入れ替わっていたり、五体不満足になるなんて事もある」


 げっ、と手を引っ込める大和だがすでにその掌には魔方陣が描かれていた。


「各人で転移魔術とやらを発動すればいいだろ」

「お前、場所知らないだろ。転移先をしっかりと把握していないと事故に繋がるぞ」

「ぅ」

「それに、俺は転移魔術が使えない」


 あっさりと使えないことを言う。


「言ったろ、無能だって。才能がないんだ」

「いや、現に俺を拘束する魔術を使ってるだろ」

拘束魔術(あれ)転移魔術(これ)じゃ難易度が違う。人的魔力のみを使った簡易魔術ならいざ知らず、自然魔力と人的魔力を合わせた一般的な魔術じゃ、俺は意味を3つほどしか込められない。中でも転移魔術は制御が難しい。転移先を明確に把握していなければいけないし、距離が離れれば離れるほど失敗のリスクは格段に高くなる。俺の場合、1人でも五体満足で成功させることは出来ないな」

「……あっそ」


 伊達に無能を名乗っていない、とのことらしい。

 劣等感など感じていない風に、ジークは言う。寧ろ、愉快そうに笑みを絶やさない。


「じゃあ聞くが、“直接書く”っていうのはどういう、」

「ジーク様、転移魔方陣が完成いたしました」

「ああ。

 おしゃべりはここまでだ、今からは何があっても口を開くな。フードを被って魔方陣内に入れ」


 見ると地面に、中に3人は優に立てるであろう大きさの魔方陣が出来上がっている。どうやら、これが転移魔術のオーナーが用意する魔方陣らしい。

 大和は魔方陣を見る度に思う。五芒星や六芒星なんかは描かれていない、まるで方位磁石のようだ、と。


 その中に男3人が立つ。傍から見たら、なんだか滑稽な光景だろう。


「シャーロット!!」


 暗闇に向かってジークが叫ぶ。すると、影の中から浮かび上がるようにシャーロット・シュベンツは「あいさっ」と現れた。

 灰色の髪を後頭部で纏めたポニーテールと少し褐色をおびた肌色。起伏のない顔つきと体つきは男にも女にも見えた。

 男女ひっくるめて平均を割り出したかのような曖昧さを纏っている。性別の判断がつかない。一言でその人間を表すのならば、“影が薄い”が適切か。


「ルノアに予定通り王都の結界を解除させろ」

「ん、おっけ」


 再び影の中へ沈むように(・・・・・)消え、そして浮かび上がってくる(・・・・・・・・・)。その間20秒程だろうか。


「今から10秒後に結界消失。誰にも気取られないように5秒しか消さないってさ」

「予定通り、充分だ」


 カウントを始めるシャーロット。それを傍目に大和は「結界?」と疑問に思う。

 王都には、無許可で転移魔術を使用することによる外部からの侵入を防ぐための結界が張られている。適切な手続きもない転移魔術反応が確認されると、使用者に失神の魔術が発動し王都外へと弾き出す。そして王都騎士団が動き出す使用だ。そのことを大和が知るのは、そう遠くはない。


「……、2、1、ゴー」というシャーロットの言葉を聞いた瞬間、ぐにょんと視界が歪んだ。





「-―っと」


 足元がおぼつかない。大和はバランスを崩しながら着地する。慌てて何かを支えにするように手を伸ばすと、壁に手が触れた。フードが外れたために開けた視界で見上げると、城壁だった。


 2人の姿を探すと、クードは到達地点にいる1人の男と会話をしていた。また、ジークも慣れたように毅然と立っていた。


「無事到着だね、主」

「ぃっ」


 暗がりから耳元へ突然響いた中性的な声に、思わず小さな悲鳴が大和から上がる。声の主はシャーロットだった。


「あれ、こっちじゃないの? 紛らわしいな」


 シャーロットが乱暴にフードを大和の頭へ被せ直した。

 その手を払いのけながら、大和は疑問に思う。コイツ、転移魔術に同行するための承認をしていたか? いや、そもそも転移魔方陣に入っていたか? と。


「シャーロット、次だ。城の結界に込められた意味の一部解除を、」

「はいはい、ルノア姉ーちんに伝えるんでしょ」


 するとまた、さっきと同じように夜の影へと沈むシャーロット。魔方陣が発光することもなければ、魔術を発動した気配もない。転移魔術とはまた違った移動方法のようだ。


「お前はシャーロットから連絡が着たら、この男に掴まって絶対に離すな」


 ジークが大和に言い、クードと話していた男が大和の横へと来る。

 腰に一振りの剣を帯刀した、大柄ではないが鍛え上げ細身に引き締まった男。一見すると何処にでもいそうな男だ。だが、その男をしっかりと視界に納めた瞬間、大和は全身から冷や汗が噴出した。喉が絞まるような、絶対的強者の威圧感に押しつぶされる。


「ガルム・レムナンスだ、主の影武者よ」


 しんっ、と響く低い声。燃えるような赤髪と彫りの深い顔立ちも手伝って、それだけで平伏してしまいそうになる。


 逃げるようにガルムから視線を外す大和。

 その先に映ったものは、街の明かりだった。


 この城は街の中にある丘の上に建っている。そのため、街の全貌が確認できた。

 王都リュニアという名の街は、夜に浮かび上がる街の薄明かりを一見しただけでも充分に美しいものに見えた。僅かに見える街の端は壁に囲われている。城郭都市というものだ。

 そして、なにより広い。

 記憶の中でみた地図では湾に面していた。そのことを考えると、僅かに揺らめいて見える地面は水面だろう。水上には人為的に作られた土地、そしてその地と陸を繋ぐ橋、その明かりが見られる。

 その名の通り、王のいる都として、栄華の道を歩んでいるのだろう。

 しかし、大和にとってみれば吐き捨てたいほどに憎いものの1つだ。どれだけの人間が暮らしていようが、関係などない。こんなもののために俺は、アイツに利用されなければならないのか、と胸中渦巻く怨嗟の念を奥歯でかみ殺す。


「主、次も10秒後、5秒間だけ、おっけ?」


 シャーロットが戻ってきたことで、大和は張り付いた視線を元に戻した。


「充分。こいつらなら大丈夫だ」

「ん。そいじゃ、10、9、8、……」


 ジークはクードにしがみ付く。お姫様抱っこの要領だ。なんのマネだと顔をしかめた大和だが、「なにやってる、お前も同じようにガルムに掴まれ」


「……」


 口元が引き攣った。


「……3、2、」「時間がない」荷物を小脇に抱える様に大和を抱きかかえるガルム。そして、戸惑う大和をそのままにグッと身をかがめ――「1、ゴー」一気に跳躍した。

 その跳躍は、優に城壁を飛び越える。いわずもがな、城壁は人が飛び越えられるようには出来ていない。


「!!?……、おわっ、むぐっ」「黙っていろ」叫びだしそうになる大和の口をガルムが抑える。


 ぐわんと落下する。着地直前、足元の地面に魔方陣が浮かび上がった。

 大和は着地の衝撃に身構えた。が、予想に反して穏やかに着地をする。そしてそのまま、また屈伸をするように跳躍。――「むぅぅっ、むぐっ!?? ……ぷはっ」その後、すとんと着地。そしてガルムの鍛え抜かれた細腕から解放される。


「到着、と」

「ななななにすんだ、いきなむぐっ」

「大声を出すな」


 今度はジークが口を押さえた。騒ぐな、いいな? と目で訴えるジークに頷き返すことで答える大和。すると、すぐに手が離れた。


「ここは」

「宮廷、俺の寝室にあるテラス」

「転移魔術とかで、もっと簡単に来ればいいだろ」

「そんな風に入れたら苦労しない。外からの転移魔術を防ぐための王都全体を覆う結界とは別の結界が、城を覆ってるんだ、……説明しておくか。……その結界というのが、王都内から城門を通らずに何らかの方法で城壁を超えて来ることを防ぐ結界だ。なかでも、転移魔術に対しては、細心の注意が払われている。だから、転移魔術以外に対する結界の効力を一時的に無効にしたんだ」

「俺を連れてくる計画がずさん過ぎだろ。もっと効率良いやり方を考えろよ」

「結果オーライ、文句垂れんな」


 それ以上問答は無用とでもいうようにジークは言い切って、ここまで運んできた2人に向き直る。


「ご苦労、もう帰って良いぞ」


 労いの言葉に居住まいを正したのはガルム1人。「はっ」という騎士らしい応答をしてテラスから飛び降りた。対してクードはいつもと同じ背筋を正した姿のまま、恭しく礼をした後、暗闇に姿を消した。


 そして、大和に向き直るジーク。


「中に入るぞ、外は冷えるからな」


 確かに、言われて見れば肌寒い。冬といって差障りないくらいの気候だ。さすがに、こんな寒い夜だというのに外に居座る気はないので大和もジークの後に続く。


 広い。そう、部屋に入って1番に思った。

 煌びやかな絨毯や、本で埋め尽くされた本棚、天蓋付きのダブルベット。簡素な中にも優雅さが見える寝室だ。確かに、王族の部屋といって差し障りない。


「それで、なんの思惑があって俺をここに連れてきた」

「お前の隠れ家を用意してあるんだよ」

「隠れ家?」


 ジークは部屋の隅から金属で出来た棒を持ってきて、天井の窪みに引っ掛ける。


「屋根裏さ」

「……は?」


 どうやら、大和を屋根裏に押し込めておくつもりのようだ。


「俺が聞くのもおかしいが、そんなんで大丈夫なのかよ」

「俺が戴冠式を迎えるまでひと月。その間寝泊りするのに、なんの問題もないだろ。

 中は1人が横になる程度のスペースが確保されてる。さ、入ってもう寝ろ」


 天井の一部が開かれ、スライド式階段が降りてくる。


「……。いいのかよ、俺をこんなに近くに置いておいて」

「目の届くところに置いておいた方が管理しやすいんでな」

「寝込みに降りてきて殺すかもしれないぞ」

「元の世界に還る可能性を捨てる決心がついたら試してみるといい」

「この城で暴れまわるかもしれない」

「そうなったらクードを含めた4人の協力者が殺す。もちろん何者か分からないように顔を潰して」

「……ああ、そうかよ」


 弱みに付け込んだ、絶対的ともいえる主従関係。それを実感して、大和は視線を逸らした。

 この世界に呼んだことといい、屋根裏に押し込めようとしていることといい、どこまでも馬鹿にしている。常に微笑を絶やさないことも、それに拍車をかけている。

 それを殴りつけられない自分が悔しく、現実から目を背けるように階段に足を掛けた。


「ああ、これをもってけ」


 投げられたものを受け取る。辞書ほどの厚さを持ったハードカバーの本と拳大の鉱石だ。


「魔術を覚えておけ。実戦の場は俺が用意しておいてやる。明かりはその石に人的魔力を込めろ。本を読むくらいの明かりは確保できる」


 大和はその2つを無言で屋根裏に投げ入れ、階段を上る。

 屋根裏はなにもない、2畳半程度の広さだった。物置になっている場所を空にしただけなのかもしれない。

 階段を引き上げると、暗闇に包まれた。


「ひと月、か……」


 長い。

 この世界にいると、1ヶ月が途方もなく長いものに感じる。


 けれど、それさえ終われば。


 大和は横になって目を閉じた。

 硬く冷たい感触がした。




主人公を隠しておく場所を考えてなかった。

挙句の屋根裏。……苦肉の策にも程がある。


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