◆15話
◆13話に続き、読むのが面倒です
大和は無言に徹して、これから聞かされる話に耳を傾けることにした。
「俺の親父が、クルーエ神民国の首都『エルサーバル』を陥落させ、国を率いていた『法王』の首を討ち取ったことで、クルーエ神民国は完全降伏した。結果、親父はユーノランド大陸全土をその手に収めた。
――……それで上手くいけば、万々歳だったんだがな。まだハッピーエンドじゃない。英雄譚ってのは敵を討ち滅ぼしたところまでしか描かれないけれど、実際“その後”のほうが大変だったりすることも有り得るんだぜ。
さて、話を続けよう。
クルーエ国民は『名誉ルナヘイル人』に名を変え、最低限度の権利を与えられるも、クルーエ神民国の領土だった土地から出ることは原則禁止された。戸籍やら、色々と作り直したりする必要があったからな。
でも結果としてクルーエの民の不満は溜まるわ、商人たちが物流を開始し交流が始まってから名誉ルナヘイル人が蔑称となるわで、面倒ごとも増えたが。
――いや、互いに戦争で疲弊していたうちは、大した諍いは無かった。けれど、統一から4年程経つと、各地で小さな火種がチラつき始めた。
所謂、反抗運動だ。
敬虔な旧約ラピュセル教信徒やクルーエ神民国の元貴族、現状を快く思わないクルーエ人たちが小さな暴動を起こし始めたんだ。
――事の発端には、商人が関係している。戦争中、裏で大量に仕入れた武具の在庫を処分したい奴らや、戦場に転がっていた死体から武具をくすねて保管していた奴らが、クルーエ人に横流ししたんだ。いくらで売ったのかは知らないが、金になるなら関係なかったんじゃないのか?
国からの許可を得ていた武具屋を介さなくなった結果、暴動だけでなく、盗賊や山賊被害も拡大していった。
――当然、何もしなかったわけじゃない。
親父は対処におわれた。検閲の強化はもちろん、騎士たちの人員を増やすために『騎士特権』を導入した。同時に、特権欲しさに騎士に志願する者を選別する必要があった。だから『騎士学校』を設立し、志願兵の質と意識の向上を図った。
一方で、戦争終結以降、戦闘稼業で暮らしていた傭兵たちは仕事を求めた結果、民間に広く門戸を開いた依頼所を独自で設立。小集団の集まった『ギルド』という組織として、主に魔物退治や護衛で儲けを出していた。
一部の商人のせいで商売が厳しくなった商人たちは、その“組織で相互扶助をする関係”を真似て『商人ギルド』を設立した。
そんなときだった。
統一から11年経った夏に、親父が原因不明の病に倒れたんだ。
その奇病はどんな高名な治癒術士にも治せなかった。
王が病に伏したことから、反抗運動は大きくなる一方となり、国民は不安に揺らぐ。そのため、統一12年目の春に、当時17歳の俺の兄『ミュレイ・フォン・ルナヘイル』が王に即位した。親父が死んだのは、それからすぐのことだった。
――おいおい、俺と違って兄は誠実で真面目だよ。なにしろ『賢王』とまで称えられているんだから。
――そう。兄は若さに反して、優秀だった。親父には劣るが、それでも目を見張るほどの武才を放ち、政でも、老いぼれ貴族を黙らせるほどの才を発揮していた。反抗運動も徐々に制圧していき、統治者としては親父よりも優れているとさえ言われた。
しかし、兄は王となって5年目の今年、死んだ。
――ほんの数週間前のことだよ。
国を挙げての結婚式のすぐ後のことだった。
自分の后となった女性の顔見せをするため、『アドゥルの里長』の元へ行くことになった日に連れ去られた。『アドゥルの里への案内役』の手によって。
アドゥルの里は場所を秘匿にされているっていうことは知ってるか?
――ああ、国を率いる者のみ里に行くことができる。しかし、場所を知ってるってわけではないのさ。
王とその后がその秘密の場所に向かうための案内に、アドゥルの里長が決めてる役職が使わされる。それが通称案内役と呼ばれる、10人だけ選ばれるアドゥルの里の重役ってところかな。そいつらに五感封じの魔術を掛けられて里へと向かうのさ。
俺は、小さいころに親父が案内役と共に出発する場面を盗み見たことがあるんだが、興味深い光景だったぜ。地面に魔方陣を描き、その縁に10人が立ち、中心に親父を立たせると詠唱を始め、気づいたら光と共に消えていた。アドゥルの民独自の転移魔術なんだろう。
とまあ、そんな一瞬のことでさえも警戒して五感を封じるんだ。いかに秘密主義か分かるだろう?
馬鹿みたいに秘密主義であり、世界に関しては成り行きを見守っているだけ。2国間に交易を持ち、ルナヘイルの王もクルーエの法王も、分別なく里に招いた。完全中立を保っていたんだ。
アドゥルの民が、昔から戦争に無干渉だったのは知ってるか?
――そうか、なら話を続けるぞ。
戦争に干渉しない民族だからこそ、里へ行かせる代わりに道中五感を奪う、なんて無理がまかり通った。言わば、暗黙の了解があったんだ。
……それが、突如破られた。
王と后は、1日だけ里に滞在して帰国する予定だった。
しかし、帰らなかった。
その代わりアドゥルの伝言役から、案内役と王が来ていないという旨の言伝があった。
行方が分かったのは5日後のことだ。王都リュニアより遥か東にある『迷いの森』、その近くの街『ハミル』が、『狼の子』と名乗る反抗組織に乗っ取られたことが発見のキッカケになった。
……いや、違うな。正確には、ハミル配属の騎士団隊長があるものを運んできたことで行方がわかった。
――覆面のように剥ぎ取られた兄貴と義姉さんの顔の皮、青い色の両目。その2つが騎士団隊長が運んできたものだった。そして、顔面蒼白にしながら騎士団隊長は言った、「ハミルは我々狼の子が制圧した。この地より神罰を開始する。まずは、ささやかな贈り物だ」と。
明らかな宣戦布告だよ。
敵の姿、戦力、街の現状、諸々を聞こうにも騎士団隊長は狼の子からの言伝を伝えた後すぐに死んだ。問い質す間など無く、言い終わった瞬間に喉から胸にかけて縦に裂けて死んでしまった。
その死体を検分したところ、胸に魔力で魔方陣が書かれていたことが発覚。伝えるべきことを伝えさせたら、始末される手筈になっていたということだ。
――っ、泣き寝入り? 馬鹿言え。
……身内が殺されたんだ、黙っているわけないだろ!
……、……。
アドゥルの里長は、容疑者である案内役は里の者が捕らえ迅速に引き渡すと言った。「里の者は里の者にしか捕らえることはできぬ」、そう言ってな。
その間、ルナヘイルは各地にいる間者から狼の子に関する情報を片っ端から集めた。王国が所有する限り、最高の暗部教育を受けた5人を密偵としてハミルまで送り出した。
結果は、全滅だった。
5人小隊で送り出した密偵は、1人を除いて死んだ。その生き残りも魔術で精神をズタボロにされて生きていると言うのもおこがましい状態。魂の芯まで侵しつくされたかのように「悔い改めろ」という言葉を繰り返すばかりだ。
また、間者たちの話も捉えどころのないものばかり。
どうやら、巨大組織ではあるがメンバーは各地に散らばっているらしい。そして、クルーエ神民国元貴族兼最高魔術研究者『ノーマン・サザーランド』という男がトップらしい。だが、ノーマンは人を率いて巨大な反乱を起すにはあまりにも年の行き過ぎた老いぼれらしい。
どの話も“らしい”“らしい”“らしい”。……その程度だ。
だが進展もあった。狼の子宣戦布告から2週間弱でアドゥルの案内役10人は捕らえたと、里長から引渡しがあったんだ。そして、約束通り引き渡された案内役を尋問に掛けた。……拷問を、行った。
結局、情報は手に入らなかったがな。あいつら案内役は、肯定も否定も示さず、ただ無言を貫いていた。そして、裁判にかけられ有罪判決が下り、処刑されたよ。
――とにかく事を急いていたんだ。
王は死んだことに変わりなく、敵はハッキリしている。情報は惜しいが、国民に対する姿勢を示さなきゃならないから、大衆の面前で絞首刑に処した。そうすることで、反抗組織に対する強固な対抗姿勢を示そうとしたんだ。……まあ、大して効果は見られなかったがな。
……、……、……。
……そして、今日に至るってところかな。
アドゥルの民が侵略行為を企んでいるだのという陰謀論が横行し始め、小さかった幾つもの反抗組織が勢力をつけ始めている。そして、未だハミルは制圧されたまま。にもかかわらず、ルナヘイルには国を率いる器がいないときている。
見えない不安と恐怖に、どうしようもなく身を震わせているこの現状が、今のルナヘイル王国だ」
◆◆◆◆◆
「こんなところだな」
大方の説明を受けた大和。黙り込んで、夢で見たジークの記憶と今聞いた話を自分の中で整理する。
つまり、こういうことだ。
過去の大国は宗教に関することで分裂し、対立の歴史をおよそ100年歩んできた。そしてある時、敵国の信仰対象であった“神”、この国で言うところの“古き者”が人間によって殺される。そのことがキッカケとなり、敵国は徐々に劣勢に追い込まれていった。
完全降伏させた人物が、武王ことジークの父親。だがその武王も、志半ばで奇病に倒れる。武王が病に伏したことで、各地で見られた反抗運動が強まった。
そこで白羽の矢が立ったのが、ジークの兄。王に即位すると、その才能を発揮。父親に負けるとも劣らない統治者としての片鱗を見せ、大陸を安定に導いていった。その様から、賢王とまで称えられるたが、中立の立場にいた者に連れ去られ、反抗組織『狼の子』へ引き渡される。その後、実態のつかめない狼の子により后と共に殺害される。同時に狼の子は東の地を制圧する。呼応するように、各地で小さな火種を生んでいた反抗組織が勢いを増していった。
たて続く力強き王の死。反して、敵国だった者たちは力を強めていく。その現実に国民は恐怖し、ルナヘイル王国の国勢下降に歯止めが効かない状態。
大和は、眉根を寄せる。
「……お前は、国内を安定させたいと言ったなジーク」
そして、ちらり、とジークに視線を向けた。
「ああ」
「お前が即位し王が生まれれば、一応国民の不安は解消されるんじゃないか」
「……俺?」
大和の言葉に肩をすくめるジーク。
その一瞬の間に、ジークを深く知る一握りの者しか判別できない憂いが、ジークに見て取れた。しかし、そんな陰りに大和は気づかない。
「確かに俺は王位継承の第一候補者だ。いや、実を言うともう戴冠式がひと月後に決まっている。この血を途絶えさせるわけにはいかないから、こんな俺でも王にしなければならないんだ。……ただ、俺は民衆受けが宜しくない。なにしろ巷で『放蕩王子』とまで陰口を叩かれているからな。なにもしないまま王となっても、放蕩王子から『無能王』に名を変えるだけだ」
事実を淡々と話すように告げられたその言葉に、「……は?」と間抜けた声が大和の口から漏れる。
「こんな状況下で無能が王にでもなってみろ。反抗勢力を勢い付けるいい火種だ。……それだけじゃない。このまま王となっても、親父と兄貴の印象が強くて騎士の士気下降に拍車を掛ける危険だってある。2人の威光に抑えつけられていた貴族連中が反旗を翻す可能性だって捨てきれない」
「それが、どうしたってのさ」
大和の言葉にジークは、ふむ、と唸る。
「ここからが本題だ、九柳大和」
「本題……、俺を召喚した理由か」
「ああ。
――国の情勢危機にある中、俺に王のお株が回ってきた。そして、俺は代々受け継がれてきた宝具を手に入れ、文献を発見した。内容は500年以上前の大陸統一の英雄についての英雄譚。御伽噺のように語り継がれてきたそれの、真実が書かれていた。召喚魔法についてだ。
……そして俺はある事を思いつき、文献の中の可能性に賭けてみることにした」
御伽噺の中の可能性。
異世界の存在と完全同位体の俺、そして召喚された者に付与される化物じみた力。
大和はジークのいった可能性の意味を思い描いた。
「今、国は死んでいる。そんな時、国民が縋り頼るものは何だ?
答えは、王だ。
力ある王だ。
何にも屈しない武力ある王であり、素早く最善を選択することが出来る決断力のある王だ」
「……言いたい事は理解できる」
「そうか、なら話は早い。
俺は、お前を使ってその王を作り上げる。
そうすることで、国内をより早く安定へと導けると考えている」
「俺を、使って……?」
「ようは、俺のフリをしたお前がその化物のような力を見せ付けて、国民に信じ込ませるのさ。
この王なら自分たちの生活を守ってくれる、この王について行けば不安は少なくなるってね。
考えてみろ。
国がどん底にある中、今まで無能と思っていた人間が力強い王だったら、民衆はどう思う? 主が守るに足る人間だと証明されたら、騎士たちはどう思う? 女神と契約した子孫の力がとてつもないものだと知ったら、貴族たちはどう思う?
民衆は、少なくとも生活を脅かす不安が軽減され、力強き王に縋るだろう。
騎士は、主のため、なにより国家のために一層尽力するだろう。
貴族は、ある者は平伏し、ある者は畏れ敬うだろう。
天秤がマイナスに有ったぶん、プラスへと傾いたときの変化は絶大だ。盲目的になってしまうほどの魅力的に見える。ひと度流れが出来れば、それで充分なのさ。
国の雰囲気は、変わる。
国に生気が生まれる。
俺は文献の存在を偶然知り、そしてある賭けにでた。
お前だよ、九柳大和。
お前が影武者になることで、無能の俺を有能へと変えるんだ。
無能王が、東の地を制圧する賊を殲滅し圧倒的な力を示せば、国勢や騎士団の士気は上昇する。そうならずとも、好転のキッカケには必ずなる。
お前が国を変える劇薬になるんだ、九柳大和」
至極真っ当なこと話をしているような口ぶりのジーク。だが大和にはその姿が最初、悪戯話を披露する子どものそれに見えた。そのせいか、話の内容が馬鹿らしいものに思える。
しかしジークの表情は真剣そのものであり、間違っても冗談を言っているようには見えない。
それを理解した瞬間、大和の腹の中に煮え滾る感情がとぐろを巻き始める。
「なにが、劇薬だ」
大和は悪態を吐いた。
「なにが、影武者になれだっ」
きつく拳を握り込み、吼える。
「ふざけんなっ!」
「大真面目だ、九柳大和」
大和の剣幕に怯むこともなく、低い声で言い返すジーク。
「俺は、この訳のわからない力をお前のために使い続ける気はない!」
コイツは国内安定を謳いながら、其の実自分が統治し易い土壌を作ろうとしているだけだ。そして、そのために俺を使い潰そうとしている。
そんなことはゴメンだ、絶対に。
この世界のことはこの世界で解決すればいい。俺は道具のように使い潰されたくはない。
大和は声を荒げる。
「偶々、俺とお前の容姿が似てるってだけじゃないか! 力を持ったヤツなら幾らでもいるだろう!? 俺を打ち負かしたヤツだっている、そいつを使って自分の手柄にすればいいじゃないか!!」
「お前だから意味があるのさ、九柳大和。統治者となる王と同じ姿のお前だから、効果がある」
「ふざけ、――がっ、ぁ」
ジークが掌に球体を出現させて、大和の言を強制的に止める。
「話は最後まで聞きましょう、って習わなかったか? いいか、なにも俺は一生お前を束縛しようというわけじゃない。
まずはひと月。
俺が戴冠式を迎えるまでの間、お前は戦闘技術を磨き上げる。俺は俺で、お前が動き易いよう下準備を行う。そしてお前はハミルへと赴いて東の地を奪還、勝利を手にして王都に帰還する。そして俺は、お前を元の世界に帰還させて、めでたしめでたし。
全部が上手くいった体で換算して、早くておよそひと月半。それだけでお前は還れるんだ九柳大和。勿論、お前を鍛える訓練は血反吐吐く内容になるだろうが、お前だって万が一があって死にました、なんて結末は嫌だろう?」
すっ、と手元の光球を消すジーク。そして、大和に微笑みかけるようにして、
「これは契約だ、九柳大和。
俺は国内を安定させる可能性を手に入れ、お前は元の世界に還れる。
国を救えと言っているわけじゃない。たったひと月半、俺のフリをして死力を尽くしてもらいたいだけだ。それさえ終われば絶対にお前を還す。……悪くない話だろ。
さあ、どうする?」