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見知らぬ世界にて、  作者: ドミノ
序章1節:召喚
14/37

◆14話

説明回への導入。

次回はまた、長い説明になる予定です。




 急激に、大和の意識が浮上する。





 大和は静かに目を開けた。長い間掃除されていないであろう、汚れた白い天井が視界に広がっていた。どうやら仰向けになっているらしい。


「……」


 体はだるく、動く気にならない。大和は目玉だけ動かして自分の状況を確認した。

 硬いベット。天井に埋め込まれた淡く光る鉱石。灰色の部屋。どれもこれも、身に覚えがあった。一番最初に目が覚めた場所だ。


「今度は悲鳴を上げないのか?」


 真横から聞こえた声に、大和はさほど驚きはしなかった。なんとなくだが、「あぁ、またか」という気持ちになっただけだった。そのまま無感情に、顔を機械のように動かして視線を向ける。

 やはり、アイツがいた。

 いけ好かない、ニヒルを気取った笑みを浮かべていた。

 煌びやかな白金色の髪に、突き抜ける青空のような瞳をもった、大和とそっくりな顔をした青年がそこにいた。


「お目覚めの気分は?」

「……最高の気分だ、クソ野郎(ジーク)


 最初に会った時と別人のような、怨嗟の声音で放たれた言葉。その言葉を聞いて、ジークは笑みを深くした。薄く弧を描いていた瞳が、スッと細まる。

 瞬間、大和はその顔を殴り飛ばしてやりたい衝動に駆られた。

 しかし、体が疲労に押さえつけられ、いうことをきかない。脳は微熱を放ち、ぼぅっと世界を歪ませるだけだ。


 今、大和は、ワーウルフと戦闘していた時とは比べものにならないほど落ち着いている。あれほどに荒れ狂っていた力の流れはもう感じない。気分もいつもより平静なほどだ。

 こんな状態は落ち着いているというより、むしろ無気力に支配されているといったほうが正しいか。


「おめでとう」


と、ジークが軽い調子で、


「お前は検査をクリアしたんだ九柳大和。約束通り、聞きたいことには答えてあげるよ」

「……あ?」


 その言葉が心の琴線に触れる。大和の心を波立たせ、苛立たせる。


 やっぱり殴り飛ばしたい。


「いっ ぱつ、殴ら せろ」


 疲労をどうにか撥ね退けて、軋みを上げる関節を動かして、大和は必死の思いで胴を持ち上げた。そして、緩慢な動きで拳を振り上げたところで、ベットへと押し戻された。


「なっ!?」

「大人しく寝ていたほうが得策だと思いますよ」


 首元を片手で押さえつけられている。その手元から視線を上げていくと、大和を打ち負かした青年が見据えていた。

 その冷たい瞳に射抜かれて、大和の苛立ちが萎んでいく。いわずもがな、恐怖によって。


「クード、この程度のことで顔をだすな」

「独断での行動は謝ります。しかし、この者は、」

「クードッ、弁えろ」


 言葉尻を切られてもクードは表情を変えず、「出すぎた真似を御許し下さい」と大和の首元から手を退ける。僅かな圧迫感がなくなり、大和は小さく咽た。


「心配すんな、今のコイツにはこれで充分対応できる」


 その台詞と共に、ジークは手元に淡く光る光球を出現させる。同時に、ビキィッ!!という嫌な音が大和の耳奥で響いた。


「ぁぐっ!!」


 釘を打たれたかのような激痛が、大和の胸を襲った。


「だから、今は下がっていろ、クード」

「はい、我が主」


 す、と手元の光球を消すジーク。大和は脂汗を噴出し、痛みを感じた胸元を押さえる。クードは、すでに部屋のどこにもいなくなっていた。


「悪い、邪魔が入ったな」


 毛ほどにも悪いと思っているような様子ではない。


「けれど、お前がなにかしようとした場合、クードは介入してくるぜ」

「あいつ、どこに……?」

「どこにいるかって? 俺が必要になればいるし、そうでない時はいない。そんな奴だ」

「答えになってない。そんなこと、在りえないだろ」

「在りえないと、一概には言えないだろ九柳大和? お前は在りえない事を幾つか経験したはずだ」


 出かけた反論の言葉が、喉奥に張り付いて止まった。思い当たる節が有ったためだった。その様子を見て、「さぁ、聞きたいことがあるだろ」とジークが言う。


「とは言っても、記憶を見たんだろうから、何か気づいたこともあるだろう?」

「……っ」


 小さく、隠すようにして舌打ちをする大和。そのまま、脳裏に浮かんでは否定していたある可能性を口にする。


「……ここは、異世界」

「おう、ご明察」


 ジークが肯定する。

 その声を聞き、大和の心が、急速に無感情の海に戻っていく。


 無気力に支配される脳内で、あぁ、と嘆息する。


「冗談、だよな」


 笑い飛ばせよ、そんなはずないって。あっさり肯定するなよ。


「冗談だって言えよ……、頼むから」


 大和の言った言葉は、台詞だけみれば懇願する者のそれだが、声音は驚くほど平坦だった。心の中にはとっくに答えが出てしまっていたためだ。


 あぁ、やっぱりか……。


 そんな、諦めの言葉しか見当たらない。


 大和が見たあの地図も、大和が聞いた歴史話も、大和が住んでいた世界では聞いたこともないものだった。それ以前の出来事を考えてもそうだ。冷静になったからこそ実感する、魔術の存在。


 見透かしたように無言でいるジークから、大和は再び機械のように顔を天井へ向けて動かし、目を反らす。そうすることで、脳裏に巡る超常現象の数々になけなしの否定を示す。しかし、相も変わらずに現実は在り続けた。――夢で、在ってはくれなかった。


「どうして」

「そりゃ、俺が呼んだからさ」


 ジークが言葉を言い終わるが早いか、大和は「そんなこと聞いてるんじゃない……っ」と弱弱しく声を張る。


「どうして、異世界なんかに呼んだのか聞いてるんだよ」


 口にすると、また心が揺れる。水面に石を1つ投げ入れたように揺らぐ。


「……俺はどうして呼ばれたんだよ」


 表面張力のように平静を保っていた心の水面。それが揺れたことで溢れた水が、大和の目尻に涙となって浮かんだ。事実はどうにもならないと理解している反面、諦めたくなくて泣き言が漏れる。


「……俺は還れるのか?」

「還れるさ」

「っ、え」


 至極真っ当に、当たり前だとでも言うように、ジークが言った。


 ――還れると。


 その答えを聞き、大和は言葉に詰まって、一粒の涙が流れた。


 心が、跳ねる。


 体が、震える。


 その後に、ギリと奥歯をかみ締め、ジークを睨んだ。


「この、ペテン師が」

「心外だな。俺が、嘘を吐いていると?」

「生憎だな。自分の身の振り、思い返してみたらどうだ」


 そう言って嘲笑するように、ふんっ、と鼻を鳴らす。


「ニコニコと張り付くその笑い顔を止めて、鏡でも見たら思い出すかもしれないだろ」

「いや、お前の顔を見ても思い出せないから無理だろう」


 ジークが、大和と自分の顔を1回ずつ指刺す。

 皮肉に皮肉で返され、大和は「そうかよ」としか言葉が出てこなかった。




「本当に元の世界に還る方法がある、九柳大和」ついで、「その可能性を、むざむざ見過ごして良いのか?」




 打って変わって、真摯な声だった。顔を盗み見ると、軽薄な笑みは消え失せている。引き締めた口に、射抜くような視線。決断を迫る者の顔だ。


「なんの理由も無くお前を呼んだと思うか、九柳大和?」


 そう考えているのなら間違いだと、ジークは力強く否定する。「端的に言うなら、俺はお前の力を利用したくて呼んだ。これが理由さ」


「つまりだ、九柳大和。俺はお前が化物じみた力を持つことを知っていた。そんな俺が、化物を飼い慣らす(すべ)を用意していないと思うか? 最悪の事態を想定していないと思うか? さらに言うなら、お前の意思を無視する前提で召喚したんだ。恨まれないことを考慮していないと思うか? 化物みたいな力で反逆する可能性を考慮していないと思うか?」

「……、そのための激痛と従者だろ」


 あぁ、と短くジークは首肯して、人差し指と中指を立てる。


「その2つが、お前に対する抑止力だ。……しかし、痛みに耐えられたら? 俺の従者が殺されたら?」


 す、とジークは言葉についで薬指を立てた。


「還してしまえば、問題ない。お前が手に負えないときは、還してしまうのが最良の方法だ」

「……」

「考えろ、九柳大和。可能性は低くない話だろ」

「……。過去に俺のような事例があったとしたら、お前は制御法くらい知ることが出来たんじゃないか?」

「残念だが、それはない。召喚の儀が行われたのは、今から500年以上前に1回のみ。それ以降禁忌として扱われたんだろう。今では、異世界と召喚魔術は御伽噺になってるよ。その魔術が実在のものであると証明するものは、部分的にしか読めないほどに腐食した文献が1冊、王族の最重要機密の1つとして残っているだけだ」


 文献……。

 自分がこの世界にいることが、文献が実在することの証明になり得る。ジークが異世界と化物じみた力の有無を知っていたこともそうだ。ならば、召喚方法が書かれた文献は有る可能性が高いと考えて良さそうだ。――そう思考を纏め、しかし、と思いとどまる。


「1回しか使用されていないという話が真実か、俺には分からないだろう。そして、仮に文献が有ったとしてもだ。本当に文献に俺を帰還させる方法が書かれているとは限らない」 


 やれやれと首を振るジーク。


「難癖をつけるのが好きなのか、お前は」

「手放しで信じるほうが、無理な話だ」

「なら、さっさと質問をどうぞ。判断材料をくれてやるよ」

「……」


 大和が逡巡したのは、一瞬だった。


「この馬鹿げた力は、なんなんだ」

「単刀直入に言うがよく分からないんだ。召喚された者に無条件で付与される力としか説明できない」

「そのことに関しては、文献とやらには詳しく書かれていないのか」

「書かれていたのは、召喚方法、帰還方法、召喚された者の力、召喚された者の容姿、それから、」

「まってくれ」

「なんだ?」

「召喚された者の容姿って?」


 話を中断された理由に得心がいったのか、ジークは自分の顔を指差す。


「俺と姿かたちが全く一緒だろ? その理由は、俺が召喚者だからさ。……文献では、神の巫女と呼ばれる少女が召喚したとされる。その際召喚された者の容姿が、召喚者と全く一緒だったと記されていた。虫食い状態で解読には苦労したが、要するに完全同位体だってことが一番納得がいく」

「……完全、同位体?」

「そう、俺とお前を構成するものは全く同じっていうこと。体と声と魔力の質、色々なものが全く同じなんだよ。きっとこの召喚魔術は、召喚者の完全同位体を異世界から探し出して召喚するものなんだろう。どういう理屈か分からないし、裏づける根拠もないけれど、そう思うのが一番納得がいく。……ああ、後で聞かれると面倒だから先に言っておくが『魔力の質』っていうのは、生まれつき決まっている魔力の性格みたいなものだと思えば、一番分かりやすい。どの意味が受け入れやすくてどの意味が受け入れ難いか、どの自然魔力と相性が良いか悪いか。そういうものと考えれば良い」

「質がどうとかは、置いておく。……完全同位体と言ったが、俺とお前じゃ髪と目の色が違うだろ」

「うん? ああ、そっか。まだ一度も自分の姿を見ていないんだっけか」


 そう言って、ジークは魔術を発動させた。

 ジークの手元に円盤形の氷が生まれる。それは『屈折』の意味を込めた魔術であり、丁度鏡のように大和の顔を写し出した。


「ぁ、な んだ、これ」

「一緒だろ?」


 煌びやかな白金色の髪。そして、突き抜ける青空のような青い瞳。

 その氷の鏡に写し出された大和の顔は、目の前にいるジークと寸分足りとも違わなかった。


「言ったろ、完全同位体だって。お前の世界に、俺のような髪色は存在しない。だから修正された。その姿こそ、お前がこの世界で生きるのに最適な姿。そういうことなんじゃないか」

「……俺は、元に戻るのか?」

「知らない」

「そんなっ」

「言ったろ、召喚魔術は1回しか使われたことがない。御伽噺と化しているって。だから、今も研究されていないんだ。“訳の分からない事情は、一番納得のいく結論で片付けるしかない。結論が出ないものは分からない。”――俺には、そうとしか答えられない。魔術研究者じゃないからな」

「っ、……」


 大和は反論を飲み込んだ。

 嘘を吐いているだろうと詰問するのは簡単だ。けれど、ここでジークが嘘を吐いてなんの役に立つというのか。情報で優位に立とうとするのなら、相手は大和よりも、もう充分優位に立っている。


 苦虫を噛み潰したような顔で、一応は納得しておく。そして、次の質問に移った。


「じゃあ、その御伽噺に縋ってまで俺を召喚した理由を詳しく知りたい」

「さっきも言ったように、俺はお前の力を利用したい。ルナヘイル国内の安定のために使いたいんだ」


 お前は、俺の記憶からどの程度この世界について知った?

そうジークに聞かれ、大和は建国から統一までの話を簡潔に話した。


「俺がルナヘイル王国の王族であることは知っているんだな」

「ああ」

「じゃ、統一後の動きを簡単に説明する。知っておかないと、話が進まないんでね」





 補足です。

 ◆13話の古き者に『龍』を書き忘れていたので、追加しました。また、銀髪から白金色の髪へと表記を変更しました。


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