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見知らぬ世界にて、  作者: ドミノ
序章1節:召喚
12/37

◆12話

 

 大和は今、机の前に座っていた。

 いや、厳密には違うと言ったほうがいいのか。大和の意識は2つに分断、もしくは2つの意識を共有しているかのような錯覚に陥っていた。


 大和の意識を持つ別の誰かがいる。

 その誰かは、机の前に座って1つの大陸が描かれた地図を机上に広げている。その地図のすぐ横に、分厚い本が、ページが開かれた状態で置かれている。

 自分は、その小さな体が前のめりになるようにして地図と本とを見比べる。そして、時折まるで睨めっこでもするかのように眉根を寄せたり、口をへの字に曲げる。


 そんな様子をもう1人の自分がすぐ後ろで見ている。

 まるで、霊体にでもなったかのように、ふわりと俯瞰している。


 自分が見る自分の姿は、まだ幼い子どもであった。

 さまざまな意匠が施された、子供服というには大仰な衣装を身に纏っている。最近切り揃えられたばかりであろう髪は、白金色の色をしていた。



 奇妙な感覚だ。

 自分で自分の姿を見ている、という意識がある。しかし、自分が見ている自分の姿は、本来の大和の姿ではなく、白金色の子どもの姿をしている。


 まるで、2つの体を持っているような。

 他人の過去を覗き見ているような……。



「あぁ、もうっ」


 と、幼い少年は地図と本との睨めっこに嫌気が差したのか、苛立った声をあげて背もたれに体重を預けて脱力した。かくんと首が後ろに反れて真後ろで俯瞰していた自分と目が合う。


 目が合って、俯瞰していた大和の心臓がぎゅっと締めあがった。


 同じ顔……っ!


 髪と瞳の色こそ違う。が、その顔は紛れもなく幼少期の大和の顔だった。

 その、大和の意識をもつ子どもは辟易したように呟いた。その声も、声変わりする前の、幼さの残る“大和の”声だ。


「歴史なんて、学んでどうすりゃいいのさ……」


 俯瞰している大和の姿が見えていない。視線は大和の後ろにある窓の外へ向かっている。これでは、本当に幽霊状態だ。と、1人俯瞰する大和は今の状態に軽く混乱した。






◆◆◆◆◆






 大和の意識をもつ子どもは歴史の知識を頭の中で反芻しては混乱していた。

 数々の歴史上の出来事は頭の中を駆け回るばかりで、脳内をかき回していく。動乱を生き抜いた英雄や悪逆非道な狂人は、書物に残してみれば等しく唯の知識となっている。それがなんの役に立つというのか。


 ふぅ、と白金色の髪をもつ少年は、脳の熱を逃がすように嘆息した。


「兄ちゃんにまじゅつを教えてもらったほうが、よっぽどいいや」


 その言葉と共に思い出すのは、初めて魔術が成功した日のこと。

 あの興奮は、感覚に焼きついている。駆け巡る力と流れ込む力が、1つになるときの躍動。


 『ジークには才能がない』――そんな父の言葉など、嘘だと感じるほどの力。


 くるん、と少年は指を空中でゆっくり1回転させて、歪ながら基礎は押えた魔方陣の基盤を作る。――と、同時にノックの音。そして、「坊ちゃま、ケイネでございます」という呼びかけがドアをはさんで聞こえた。


 驚き、慌ててかき消す。


「ジーク坊ちゃま」

「……ケイネ、いいよ入って」


 失礼します、と静かに入ってきたのは白髪を綺麗に後ろで纏めた初老の女性だった。丸眼鏡をかけた、いかにも家庭教師ですという格好をしている。


 ケイネ・ルーディ。

 学問、魔術、武芸の教養のうち、学問を任されている女性だ。


「ごきげんよう、坊ちゃま」


 綺麗に腰から折って礼をする。


「ご、きげんよう」


 その姿に少年は、ずん、と胃の中に鉛が入れられたかのように腹が重くなった。

 この初老の女性が苦手だからだ。

 彼女は、知識を伴わない行動は王族としての品位に関わるとして英才教育を施す。それは指針としては素晴らしいことだが、ミスをした場合は射抜くような視線を向けてくることが、苦手な理由だった。


 媚び諂われるのも苦手だが、限度を弁えた上での慇懃無礼な態度は扱いに困る。


 王族に対して取る態度かよ、と少年は一度だけ愚痴ったことがあった。が、その愚痴も「生まれながらに王族であるのならば、その身に相応しくあらんと努力を欠かさぬものです」と言いくるめられた。さすが、父が選んだ教育係と言ったところか。


 『生まれに甘んじ努力を怠るものは王に非ず。

  王とは王で在り続ける努力をしなければならないのだ』


 そういう父の心構えを、少年は言葉が分かるようになった時から聞かされてきた。



 ケーネは凛と背筋を正したまま入室し、ちらりと机上を見た。


「予習をしていたようで何よりです、坊ちゃま」

「う、うん。まぁ、じぶんなりにガンバろうと思ってね」


 本当は予習をしていないと、「予習をせずともこの程度はこなせるということですね。流石は坊ちゃま。では、ルナヘイル建国当時に起きた反乱の内容とその首謀者たちを簡潔にご説明ください」などと無茶振りをさせられると分かり切っていたからだった。


 過去に経験したそれは、尋常ではないほど脂汗が滴る時間だった。それはもう、二度と経験したくないと思うほどに。


 しかし、予習したからといって頭にきちんと入っているかといえばそんなことはなく。


「けれど、ぼくひとりでは学べることもかぎられる。ぼくは、きそから1つずつ教えてもらいたい」


 そう言って、曖昧に不出来を誤魔化す。ケーネは、“学ぶ姿勢”はしっかりと評価してくれる人なので、二の句を継ぐことなく了承したのだった。


 あぁ、これで机に何時間縛り付けられることになるのだろう、と少年は一人ごちた。






◆◆◆◆◆






 俯瞰していた大和は、先ほど入ってきたケーネという女性の言葉から粗方の予想を組み立てていた。


 この女性は「ジーク坊ちゃま」と、少年に向かって言っていた。

 『ジーク』という人名を反芻して思い浮かぶのは、自分を救った誰とも知らない記憶に出てきた少年。自分が『ミュレイ兄ちゃん』と呼んでいた少年だ。あの少年も、魔術書と睨めっこをしていた自分を「ジーク」と呼んでいた。


 ともすれば、だ。


 あの記憶は、本来目の前の少年のものではないだろうか。

 そして、目の前の少年は幼い頃の自分と同じ顔をしている。他人のそら似と一蹴出来ないほどに、双子のそれよりも限りなく。


 同じ顔で思い出すことは。――大和はギリと奥歯を噛み、顔を顰めた。1人、思い当たる。


 俺は、俺を殺そうとしたやつの記憶を覗き見ていることになるのか?


 どうにも形容しがたい苦味が、大和の胸の中に広がる。自分を殺そうとした奴の記憶が、自分を救ったのだとしたらと考えると、胸の中で鉛が転がるようだ。


 ――生かしたいのか、殺したいのか。

 ――この光景を俺に見せることで、アイツになんのメリットがあるというのか。


 大和は、真意を測りかねて眉根を寄せる。


 なんにせよ、大和は掌で転がされている感覚を拭えずにいた。そのまま流されるのは癪に障る。


 大和はふわりと空中遊泳をするように壁へと向かった。幽霊よろしく壁を透過できると踏んだからだった。


 それなりの自信はあった。

 故に、勢いは充分だった。

 無理だった。


「……いっ!」


 額を押さえて悶える。至極真面目に、子どもと大人が会話をしている横で。


「……」


 妙に気恥ずかしかった。

 気を取り直して、さてどうしよう、と腕を組む大和だった。



 この部屋からは出ることが出来ない仕掛けになっているらしい。それならば、この時間を無為に過ごすのは吉とは言えないだろう、と大和は考える。

 大和に足りないものは情報だ。この場からなんらかの情報が得られるかもしれない。そう考えると、なんらかの作為的な意図があったとしても、ここでのチャンスをふいにすべきではない。


 地図の広げられたテーブルの真上にふわりと陣取り、2人の会話に耳を傾ける。――どうやら、歴史に関しての話をしているようだと大和は思考の隅にあるジーク少年の意識から察する。しかし、地図は見たことのないものであり、会話の中に時々聞き覚えの無い単語が混じる。


 訝しがりながらも、大和は聞き耳を立て、地図に目を這わせた。


 横に長い長方形の地図に描かれた陸地を見て、まるで斧を振り上げたかのような形だと大和は思った。傾いた歪な台形に太い棒を斜めに突き刺した形だ。中央にデカデカと描かれた台形の陸地から斜めに伸びる棒の先は、『死の砂漠』と記されている。そこから先は未開の地であるようだ。


 ……あれ?


 大和の視線が止まった。


 読めない。


 地図上に、大和には読めない箇所が複数あった。


 『死の砂漠』と書かれた箇所は読めた。しかし、他に記された名称が部分的に読めない。『王都μكَافٌλَ』というように、アラビア文字とギリシャ文字を足して2で割ったかのような、大和の知らない言葉で記されている。


『وَاوٌβχ山脈』『δχمِيمٌλ海』『霊峰لاَمٌκ/νرَاءٌ』――なんだ、これ?



 地図を覗き込んでいる大和。

 その視界端から、す、と指が出て地図上を指し示す。ケーネの指だ。

 気づかれたのかと大和はケーネの顔を見る。しかし、杞憂のようだった。目は伏せられていて、紡ぎだされる言葉はジークに向かっている。


「ここが、私たちの国の王都ですね」


 どうやら、地理の話らしい。思考の隅にあるジークの意識が、「歴史をべんしょうするのに、こんな、じょうしきてきな地理から始めるのか……」と気を重くしていることから気がついた。


「うん、分かるよケーネ。ルナヘイルおうこく、おうとリュニアだね」


 無邪気を装ってケーネ言う。

 いけ好かない餓鬼が、と大和はジークに悪態をついた。見た目5~6歳だというのに、作り笑いが上手い。

 ふん、と鼻を鳴らして、再び地図をみた。


 その時に気づく。


 ――あれ、読めるようになってる。


 ケーネが指差す陸地の左上。そこに湾が描かれていて、湾上部に隣接するように『王都リュニア』と書かれている。間違いない、その場所に書かれていた文字は、さっきまで大和には読めなかった。


 大和が首を傾げる横で、ケーネの授業が続く。


「そうです。『アドリア湾』に隣接する丘陵地帯に在る、私たちが暮らす都です。

 さて。ではルナヘイル王国の歴史から始めましょう、坊ちゃま」





◆13話は、とてつもなく読むのが面倒くさいと思います。

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