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見知らぬ世界にて、  作者: ドミノ
序章1節:召喚
11/37

◆11話

 大和の意識が過去から急浮上するのと、手元で青白い光りを放つ円が完成したのは、ほぼ同時だった。


 大和は完成させた。

 掌を広げた大きさより一回りほど大きい位の大きさ。楔形文字のような記号が外周を一周、その内にもう一周。


 ――あ、と は……。


 そして大和は、まだ空白の円の中心に手をかざした。


「……火 を!」


 言葉を述べると、その空白に何かが書き込まれた。


 チカッと円全体が煌く。


 ザァ、と空気が一瞬ざわついた。同時に円中心から入り込み隅々まで流れて満ちる力と、1つの形に留めさせようと円中心に向かい流れる力、その2つが拮抗した。まるで、溝を水が流れていくかのように、決まったルートに沿って力が正しく作用して、1つになる。


 2つの力が拮抗し、大和の掌にごうと燃え盛る火球(まじゅつ)が生まれた。


 ――できた。


「……ふぅっ!」


 その火球を首元の金属に押し当てる。


「ぐぅ、!!」


 激痛がはしる。

 いくら緩和されているとはいえ、人体の許容範囲を超える痛みであることに代わりはない。


 制服の燃える臭いがする。

 自分の焼ける臭いがする。


 初めに金属から伝わった熱が首元を襲い、次にその熱と溶けた金属が肉を焼いた。

 金属が溶けて軟くなったため拘束力が緩み、息苦しさから開放される。無意識のうちに身体に酸素を送り込もうと思い切り息を吸うと、すぐ下で熱せられた空気が大和の気道を、そして肺を焼いた。


「あ゛、げはっ、!」


 いつまでも這いつくばっているわけにはいかない。

 立ち上がるべく、ぐっと力を入れる。しかし、まだ大和は動くことができなかった。


 金属は軟く溶けてはいるが、液体になるまで溶けきってはいない。熱によって、多少ぐにゃりと変形をしながらも、未だ締め付けが緩むことはない。


 チクショウ、と心の中で悪態を吐く。そして、大和は両手で金属を掴み、


「っぁ、ぁあ゛!」


そして、そのまま力任せに軟くなった金属を引き剥がした。


 引き伸ばされ、そのまま壊れる金属。


「ぁ゛、ぐ……」


 金属の拘束から何とか抜け出すことが出来き、ふらふらと立ち上がる。

 息を吸うと喉元から胸にかけてひりひりと痛んだが、一度咳と共に血を吐くと楽になった。

 手と首に、溶けて張り付いた金属と痛々しい火傷がある。しかし、火傷は瞬く間に回復していき、その過程で邪魔なものと判断されたのか、金属はベロリと剥がれ落ちた。

 後に残ったのは、何事も無かったかのように綺麗な素肌のみ。


 そんな異様な光景を見ていた青年は、満身創痍の大和に向かって言い放った。「やはり化物ですね」と。そして、未だ戦闘態勢になっていない大和目掛けて魔術を放つ。


 どす、と鈍い音を立てて氷柱が両太腿を貫通する。

 小さく大和は呻くが、すぐに弱弱しく右手を動かし魔方陣を形成した。発生したのは先と同じ火球。それを氷柱に押し当てると、瞬く間に水へと変わり、細くなった氷柱が抜け落ちた。


 睨むようにして、視線を向ける。


「お前、……」


 か細いながらも、大和は言葉を発した。


「俺を殺す気、ないだろ」


 疑問ではあったが、その言葉にある種の確信はあった。


 首筋に刃物を押し当てられたかのような鋭い殺気も、相手を押しつぶさんとする強者の重圧も、存分に感じる。だが、攻めることはない。


 大和が地面に這いつくばって金属に苦しめられているとき、止めを刺す瞬間は存分にあった。

 大和が必死になって金属から脱したとき、氷柱で心臓を狙わずに足を潰しにかかった。


 片手間で殺してしまえそうなほど、大和は隙だらけだったはずだ。

 見ているほうが欠伸が出そうなほど、鈍い生き物としてその場に立っていたはずだ。


 しかし、殺さなかった。


「それが、なんだというのですか?」


 なにも感じさせない口調で青年は言う。

 観察でもしているのか。

 それとも、不意を突くことは自身の矜持に反するとでもいうのか。

 いや、どちらでもなくただ単に、取るに足らない、いつでも殺せる相手だとでも思っているのか。


 あるいは、人が苦しみ死んで逝くのを見たくて、致命傷を避けている、真性サディストの変態野郎か。


 なんにせよ。


「そういうのをな、」


 冷めている青年とは違い、大和の目は爛々としていた。


 この瞬間。

 この相手が驕っているこの瞬間こそ、最大のチャンスだと気づいていたから。


「慢心っていうんだよ!」


 弱弱しさから一転、地面と平行になるような低い跳躍で青年の懐に潜り込み、瞬時に魔方陣を形成する。


 火球とは比べ物にならない業火を、アッパーの要領で青年の顔に叩きつける。


 炎に包まれる青年の顔。カクンと膝から崩れ落ち、地面に倒れ伏した。


 人体など一瞬にして炭化させるほどの意味を大和はこの魔術に込めた。絶命の悲鳴など、上げる暇さえ与えるつもりは無かった。



「……はぁ、はぁ」



 殺した。



「はぁ、はぁ、はぁ、……」



 そのはずなのに。



「ぅ、」



 どすっ、どすっ、と大和の腹を後ろから2本の氷柱が貫いた。



 振り向くと、冷めた目がこちらを見ている。


「あなたに忠告されずとも、慢心など有りはしません」


 抑揚のない、嫌な声でこちらに言葉を投げかける。


「それに、殺したくとも死んでくれないでしょう?」

「げ ん、 かく……?」

「答える義理はありません」


 奥歯を食いしばる大和。そうして、一瞬でも勝てないと思ってしまった自分を押さえつける。まだ、死ぬつもりはないのだから。

 幸い、自分も魔術が使える。

 今さっき初めて知ったというのに、瞬く間に理解できている。

 魔方陣だって一々書かずとも何とかなっている。


 土俵は相手と同じだ。


 なら、勝機はある。


「くそっ」


 両手で火球を発生させる。

 右手は氷柱を溶かし、左手は相手に向けて放つ。


「なっ!」

 

 が、放った火球は虫でも払うかのように片手でかき消されてしまった。


「そろそろ、己の身の程を知るべきです」


 その言葉と共に、青年は静かに大和に向けて手をかざす。

 チカリ、と青年の後ろで魔方陣が発生するときの光りが煌いた。


 今度はなんだ……!


 対抗するため、大和も両手に火球を発生させる。が――



「……、っえ」



 チカリ。



「……なんだよ」



 チカリ、チカリ、チカリ。



 1つまた1つと魔方陣が増えていく。



「なんだよ。……ありかよ、そんなの」



 直径10センチ程の魔方陣が青年の後ろに幾つも形成され増えていく。

 その数ざっと見て50は優に超える。そしれ、それら1つ1つから、アイスピックほどの氷柱が顔を覗かせ、合図が下るのを今か今かと待っている。


「こんのっ!」


 火球を放つ大和。それに向かって、数本の氷柱が放たれた。

 1本、2本、……、数本を溶かして消滅した大和の火球に対し、数で勝る氷柱は、大和の右胸から肩にかけてに突き刺さった。



 青年の後ろでは、変化無く魔方陣が存在する。魔方陣1つにつき氷柱1発ではなく、1つ魔方陣から何本も射出可能なのかもしれない。


「……」


 魔方陣の輝きに照らされる青年。

 その殺気を纏った姿に神々しさすら感じる。足が震え、呼吸が浅くなる。


 長いこと忘れていたかのような、恐怖。

 勝てない、という絶望の淵に立たされたかのような感情。


「い、いや、……ま、まだ」


 まだ、だ。


 同じように、幾つも魔方陣を形成しようと大和も試みる。

 が、しっかりとした回路ができたのは2つまで。3つ目になると他が揺らぎ、4つ目になると先に形成した3つが消えてしまった。


「くそ……」

「そろそろ、決着です」

「っ!」


 大和はきつく青年を睨んだ。


 出来ないのなら別の手を。

 火球で足りないのなら、業火を。業火の壁を。


 手をかざして、魔方陣を形成する。


 一斉に放たれる氷柱の群れ。


「くぅ、間に合え!」


 大和は、自分と青年の間に2メートル程の業火の壁を出現させた。


 壁の向こうで、氷柱がぶつかりジュッと溶ける音がする。


 なんとか防げている、と次の手を考え始める大和。


 が、ぶすり、と左わき腹に痛みがはしった。見ると、氷柱が刺さっている。


 ぶす、ぶす、と続いて2発。……そして、5発。

 僅かではあるが氷柱は壁を打ち破り大和に襲い掛かっている。そしてその数は着実に増えている。


「そんな……っ」


 大和のその場凌ぎさえ大した抵抗にならない。






 大量の氷柱に、業火が掻き消された。
















「クードッ!!」


 張りのある声が響く。

 それに反応したかのように、大和の目の前数センチまで迫っていた氷柱の群れが全て消えうせた。


「――っ、はぁ……」


 詰まった息が、安堵の固まりとなって大和の口から漏れた。そして、張り詰めていた緊張の糸が切れたためか、カクンと膝が折れて床にへたり込んでしまった。


「……あいつ」


 声の主は、他でもないあのドッペルゲンガー。手元にはあの青白い光球があり、まずいと大和が思ったときには、あの激しい痛みが大和を襲っていた。


「ぁあっあ゛ 、 、 、 、 、 ぐぁ゛ぁ゛!!!」


 変わらない、あの激痛。身体の中がぐちゃぐちゃと掻き混ぜられるかのような感覚に叫ぶ。引き裂く、捻り潰す、切り刻む、そんな痛みという痛みを集約させたかのような激痛に、のた打ち回り泣き叫ぶ。


 すっ、とドッペルゲンガーが手を離した。


 引いていく痛みの中、大和は「……いだい、……いだい、……」と子どものように小さく、うわ言のように呟きながら意識を失った。






◆◆◆◆◆






「あんな無茶苦茶なことをして、気絶で済むのか……」


 ジークは、まるで人間ではない何かを見るように意識を失った大和を見た。


 知識を得ただけで魔術を使うことは難しい。

 魔力を均一に出し続けることで初めて魔方陣が書けるようになる。そのときに人的魔力をより多く使うことによって回路は強固になり、許容できる自然魔力の量も増えるのだ。


 『意味が1つの魔術と10の魔術では、後者が強い。

  しかし、意味が1つの魔術に、10の魔術に使う分の魔力を込めたら威力は等しくなりうる。』


 魔術を習うものの基礎の1つだ。


 しかしこれは単純な話で、実際は魔術に込めた意味と意味とで威力の相乗効果を生んだり、追加効果が生まれたりと、変化が伴ってくる。結論として、意味を多く込めたほうが魔術として強い効力を発揮するということだ。


 しかし大和は、クードの土属性魔術を打ち破った。『強固』や『圧迫』といった多く意味を込めた魔術を、たった『球形』だけの意味を込めた火球のみで、無理矢理にでも打ち破ってみせた。

 そればかりか、イメージのみで魔方陣を形成してみせた。努力家が10年以上、才能ある者でも5年前後かかる迅速な形成を、ものの一瞬でしてみせた。


 まだ、例外はある。


 例えば、片手に『球形』、片手に『球形』と『射出』、といった2つの意味の違う魔方陣を一瞬で書いてみせたこと。いわば、右と左で違う文章を書いているのと同じだ。


 例えば、基礎しかまだ知らないはずなのに、感覚的に『盾』『堅固』など複数の意味を込めた火属性魔術の壁を発動させてみせたこと。意味の込め方が荒く、熟練者からすれば脆いと取られるような出来だったが、これを魔術覚えたてで基礎しか知らない者が発動させたと聞けば驚嘆するだろう。


 人的魔力の源は脳にあるとされている。そこに負荷と休息を繰り返す訓練を行うことで、コントロール方法を身につけていく。魔術覚えたての人間が一度に色々なことを行えば、人的魔力が必要以上にダダ漏れるだけで正しく魔術に適用されない。そして人的魔力を枯渇させ、下手をすれば廃人一直線だ。


 だが、大和は違う。


 これだけ無茶苦茶なことを、一瞬でしてみせて、脳の過剰活動(オーバーヒート)による気絶で済んでいる。


「ほんとに、――化物め」


 呆れともとれる独り言を漏らすジーク。すぐに、だが、と考えを改めた。


 この化物には、首輪をつけてある。

 眠っている間に直接身体に人的魔力で彫った拘束の魔術群。そして、なによりこいつの弱みを、――もとの世界へ帰還させる方法を、握っている。


 くるりと向き直って、クードを咎めるジーク。


「クード、少々やりすぎだ」

「申し訳ありません」


 跪いたまま許しを請うクード。

 その真正面に、どかり、と王族らしくもなく胡坐をかき、顔を上げろと言うジーク。


「で、実際に戦ってみて、なにか意見は変わったか?」

「1年は甘く見積もりすぎました。……半年も訓練すれば、互角に戦えるかと」


 ふむ、と唸るジーク。


「すぐにでも決行に移そう。こいつが目覚めたら事の次第を全て伝える」

「はっ」


 よし、と立ち上がろうとして、ジークの視界がぐらりと揺れる。それを見たクードはすかさず懐に入り込み、肩を回すようにして支えた。


「ジーク様っ」

「なっ、……またか!?」


 この感覚は先ほど大和が頭に入り込んできたときと同じ。


 溢れかえるのは、また幼い頃の記憶。

 王族として世界情勢やらを色々と叩き込まれていたときの記憶。


 このくらいならまだいい。

 しかしこのままにしておけば、いずれ召喚直前の記憶まで図々しく人の記憶に土足で上がりこんで来るだろう。


「っ、……クード」


 なら、方法は1つ。


「記憶消去の魔方陣を、今すぐ!」


 記憶吸収の魔術は、入り込んでいる人間の記憶に異常が発生したら強制的に解除される使用だ。その昔、敵国の間者の頭に侵入したら、間者の脳を入り込んでいる者諸共破壊するトラップが仕掛けられていたことから取り入れられた使用だ。

 それを利用し、完全に大和とのリンクが切れた瞬間、繋いでいるパイプを修復不可能なまでにクードに破壊してもらう。消去するのは、消してもさして問題のない幼少期の記憶。


 こちらの意図を察したのか、クードはすぐに魔方陣を形成し始めた。





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