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見知らぬ世界にて、  作者: ドミノ
序章1節:召喚
10/37

◆10話

やたら解り難い設定をどうにかして伝えようと、四苦八苦している場面があります

「何をした」


 ほんの僅か、ほんの数秒、回避行動が遅れたら3本の氷柱は大和を貫いていたであろう。


 得体の知れない力を前に、冷や汗が流れる。

 チカリ、と、大和の視界の隅でまた青白い光が煌いた。


 反射的に飛び退く。

 が、青年の発したものは、先の物とは違っていた。


「……な!?」


 手元から射出してみせた氷柱のような殺傷性も速度もない。しかし、それは足元を囲むように出現し、一気に大和を覆った。


 水、大量の水。

 それが大和の全身を包む水球と成り、水牢となった。


「ごぼっ!」


 くそっ、と大和は青年を睨みつける。


 戦闘服には到底見えない、どちらかといえば執事ぜんとした黒服を着た青年だ。髪色と瞳は月光を思わせるような冷たいブロンド。


 彼は、その印象そのままの、嫌に冷めた目で水牢の中の大和を見ていた。


 舐められている、と思った。

 同時に、足掻いてみろ、と挑発されているようにも思えた。


「ごぼ、がぼっ」


 大和は目の前の水膜を突き破ってやろうと動く。

 しかし身体を包む水がやけに重く感じ、その場でもがくのみだ。大和が脱出できる気配はない。


 もがく。

 足掻く。

 その度に食いしばった口の隙間から空気が漏れ出て行く。


 大和の目に焦りの色が、ほんの微かにだが見え始めた。


 水の膜を突き破ってやろうにも、威力を出すため踏ん張る足場も無ければ、それを補うだけの加速できる空間も無い。加えてやけに強く感じる水の抵抗が、拳や蹴りの勢いを削ぎ、仮に水の膜まで攻撃が到達しても、ぐにょんと跳ね返されてしまう。


「ごぽっ」


 これ以上、息を無駄に消費したくない。


 息苦しさを感じ始めて大和は動きを止めた。


 力押しはダメらしい。


 ギリッ、と奥歯が軋みを上げた。


 それでも、と大和は瞼を閉じる。


 大丈夫、まだ確かに荒々しい力の流れは感じる。


 大丈夫、大丈夫だ。

 まだ死んでいない。獣を殺したように、こいつも殺して壊して、生き残れ。


「……ごぽ」


 力押しは意味が無いと証明された。

 なら、荒々しさを変化させろ。繊細に、鋭く、ぶち壊せ。


「――っ ――っ」


 くつくつと大和は笑った。

 あぁ、そうだ、と悪戯が思いついた子どものように。


 そうだよ、そうだったよ。水風船を割るのに余計な力は要らない。ただ、針で突いてやればいいんだ。


 目の前の水の膜に向けて静かに手を掲げる。手は親指と人差し指を真っ直ぐ伸ばし、他の指は握りこむ形。子どもじみた“鉄砲”の形。その人差し指の先端に意識的に体中に巡る力を集める。


 イメージは弾丸。

 簡単なことだ、こいつを放てばいい。


「……、っ」


 射出。

 反動で手首がクンッと動いた次の瞬間に、水面に石を投げ込んだ時に広がる波紋にも似た閃光が水の膜の表面に走った。


 弾ける水牢。


「っ、……はぁ、はぁ」


 大量の水で出来た牢から開放された大和。対峙する青年は、ほんの少しながら片眉を上へ動かした。


「自身の『人的魔力』で、魔術に込めた意味の1つを壊したのか」


 だが、そんな程度で壊されるほど……。


 ぼそり、と呟く青年。表情の機微が恐ろしく乏しいが、驚いているのだろうということだけは分かった。――この男に対して予想外のことが起こった。俺が起こしてみせた。


 にぃ、と大和の口端が上がって、気分がまた高揚する。


「様子見のつもりでしたが、その程度のことで打ち破られてしまうとはっ」


 ヒュッ、と大和の拳が空を切った。


「ちっ!」


 殴りかかる大和。対して青年は軽やかにいなしてみせる。

 下、上、左、右。素人なりに大和は両拳で攻撃を仕掛けるが、青年に掠りさえしない。


 それなら!


 右足のローキック。


 しかし、それもなんなくかわされる。


 だが、攻撃の手は緩めない。


 一瞬でも反撃をさせるな、死にたくなければ捻り潰せ。


 拳に蹴り、それぞれを驚異的な速さで大和は繰り出す。

 乱舞、という言葉が言いえて妙に思える光景だ。しかしそこに乱舞本来の意味はない。ただの出鱈目な素人と熟練者の洗練された動きでしかない。

 大和は攻撃を荒々しく乱れるように繰り出す。が、どれも避けられてしまう。その回避行動の所作一つ一つが優雅ともとれる無駄の無い動きで、大和の方ばかり体力を消耗する。


 片方が乱れ狂い、片方が制御するように舞い踊る。

 大和は踊らされている。それが紛れもない事実。


 大和は、激しい攻撃に相手は反撃に転じることが出来ないと思っている。しかし其の実、拳1つ蹴り1つ、その威力、癖、速度、それら全てを測るかのように青年は立ち回っていた。


「ふっ!」


 低い蹴りで牽制。青年の視線は大和の放った蹴りに注がれている。

 それならばと、大和は蹴りを無理矢理踏み込む動作に繋げて、相手の隙をつく右ストレートを顎目掛けて放つ。


 これなら入る、と思った瞬間に青年の姿が視線の先から消えた。ほぼ同時に腹部に鈍痛。


「ぐぁ、 っ しま!」


 しまったと思うには遅すぎる。

 完全に誘導されたと気づいた頃には背負い投げの要領で投げ飛ばされた。


「――げふっ!」


 大の字に叩きつけられ、その際に後頭部をぶつけたのかの前が一瞬黒に染まる。ちかちかと点滅する視界の中で青年の手元が三度、円形に青白く光った。


 ガコン、と大和の首元が何かに締め付けられた。まるで、首に重症を負ったときにつけるコルセットを彷彿とさせる。またなにかをされたのかと、その状態で眼球だけ動かして首元を見る大和。


「つ ち、 ?」


 いや、違う。

 見た目はただの土だ。だが、ボロッ、と一部分崩れた土の中から覗くのは、鈍く輝く金属だ。


 床から迫り出した金属が、ぎりぎりと、絞め殺そうと猛烈に首を絞めてくる。それを食い止めようと土を引っ掻く大和だが、肝心の金属は壊れない。

 喉仏を押しつぶされ、「けはっ」と肺から空気が飛び出た。

 気道が締まる。血管も締め付けられているため、頭に血が回らない。


 かひゅ、かひゅ、と大和は細い呼吸をしながら青年を見た。


 静観していた。

 まるで勝ちを確信したかのように。

 悠然と立ち、なにもせず、ただ大和の意識が霞んでいくのを眺めている。


「……ぁぐ」


 くそ、という声にならない、か細い音が喉の奥から漏れる。


 ――くそ、くそ、くそっ。このままじゃ殺される。死ぬ。

 いやだ、怖い、死にたくない、なにか方法は? ……、だれか、だれかたすけて


 この力は万能のはずだ。

 身体を巡るこの力。これさえあれば俺は、負けない。


 負けないなら、死なない。


 俺は、死にたくない!




― ― ―

― ―




 『ジーク』




― ―

― ― ―




 朦朧として意識が途切れかけた大和の頭の中で声がした。愛おしい者に語りかける口調の、ひどく優しげな、若い男の声だった。


『ジーク。ダメじゃないか、魔術の本なんか開いて。お前はまだ小さいんだから、1人で魔術を使ってはいけないと、そう教わらなかったか?』


『でも、兄ちゃん! ……おれ、早くちゃんとまじゅつが使えるようになりたい』


『どうして? ジークはまだ6歳だろ、魔術を習い始めてまだ1年じゃないか。ゆっくり上達していけばいい』


『でも。でもさ、おれ知ってるんだよ。1年もまじゅつを習ってるのに、きそすらちゃんとできてないって。……父さんが「ジークには才能がない」っていってるのも知ってるんだ』



 ぼやけた大和の脳裏に、薄っすらと映像が浮かび上がってくる。

 埃臭く薄暗い部屋に、隠れるようにして自分がいる。横には分厚い本が2冊あって、1冊は開かれている。真っ直ぐ見つめる視線の先には、10代前半くらいと思える男の子が困ったような顔で佇んでいた。


 白金色の髪に良く栄える優しげな蒼穹色の瞳のその青年は、ゆっくりと近づいてきて目の前で腰をおろした。そして閉じてあったほうの本を開き読み上げた。


『魔術とは、2つの魔力を使うことによって発動することが出来る。』


 その様子から魔術を教えてくれるのだと察して、自分は嬉しさのあまり「ありがとうっ、ミュレイ兄ちゃん!」と声を上げた。その声に青年の目が一瞬嬉しそうに細まる。


『1つの魔力は『自然魔力』

 これは『火』『水』『風』『土』の四つの種類があって、大気中の何処にでも存在する。

 この魔力は『属性』を持ってはいるが、『意味』を生み出すことが出来ない。だから、自然魔力は『意味』に惹かれる性質がある。』


『うん』


『元来『属性』とは、自然魔力が唯一持ちえる意味のことである。

 『火は“燃える”』『水は“変化する”』『風は“動く”』『土は“育む”』という、概念そのものと言えるたった1つの意味であり、それ以外持ちえない。そのため、人的魔力に込める『意味』と区別するために『属性』と言われている。』


『……うん?』


『このあたりは、追々解るようになるよ』


『が、がんばる』


『もう1つは『人的魔力』

 これは人が生まれ持っているものであり、身体の中で生成される。

 この魔力は人の思考を源に『意味』を持つことが出来るが、『属性』を生み出すことが出来ない。だから、『人的魔力』は『属性』に惹かれる性質がある。』


『……で、この2つのまりょくをめぐり合わせてあげる『魔方陣(かいろ)』を作ってやれば、『魔術』のかんせい!』


『ちゃんと分かっているじゃないか、ジーク』


 ――あぁ。

 あぁ、これは記憶だ。それも遠い昔の記憶。


 大和はこみ上げる懐かしさと共に漠然と思った。


『魔方陣の書き方は……、熟練者になるとイメージだけで出来るようになるんだけど、初心者は手で直接書くことから慣れていかないといけない』


 この、自分の内の熱い力が『人的魔力』だとするなら……。

 大和は、記憶の中の青年が読み上げるとおりに、力を動かした。


『利き手の人差し指をペンだと思えばいい。自分の中の魔力はインク。紙は空気中のどこでも。

 基本は円形で、外側は魔術の込めたい意味を書いてやる。例えば、『形』『大きさ』などなど。そうやって意味で道筋を作ってやって、中心に『求む、○○』って求むの後に属性を書いてやればいい。


 ……最初は危なくないように小さな水球でも作ってみようか、ジーク』


 ゆっくりと人差し指を動かす。

 形作られる、淡く青白い光を放つ円。


「……火、を」


 この強固な金属を、軟く変えられるだけの火を、その円に求めて。






◆◆◆◆◆






 ぐらり、と揺れた視界。その突然の出来事に、戦闘の成り行きを見守っていたジークは片膝を床についた。それを察してクードがこちらを見たが、大丈夫だと片手をあげて制する。


『ジーク、落ち着いて』

『ジーク、ゆっくりでいいんだ』

『ジーク』『ジーク』『ジーク』


「……ミュレイ 兄さん」


 止め処なく溢れ出る、遠い昔の記憶。

 初めて自分が、兄に教えを乞いながらもしっかりと制御できる魔術を発動させたときのこと。それが、溢れかえってきている。


 なぜ、今?


 ジークの疑問を解くヒントは揺らぐ視線の先にあった。

 大和が魔術を発動させようとしている。それを見て、思い当たった。


「あいつ。記憶の吸収のために俺が繋いだパイプを作り直して……」


 記憶を吸い出す魔術。本来、他国の諜報員に使うもので、思考をプロテクトする魔術が開発されてからは廃れたものだ。

 成功させるには相手の意識が無いときでないといけない。しかし、大和は今、ジークが完全に断ち切ったその魔術を復元し、強引に頭の中へ割って入ってきている。


「くそっ」


 ジークは透明な魔術壁の尖った欠片を掌に突き立てた。そうして意識をハッキリとさせ、思考のプロテクトを強くする。


「いいさ、魔術の知識はくれてやる」


 元々一から頭に叩き込ませるつもりだったものだ、それくらいは譲歩してやる。

 だが、それだけだ。それ以上は、何もくれてやらない。


「俺の頭から出て行け、九柳大和っ!」




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