◆1話
忘れた頃に更新されているくらいの執筆速度で、進めていこうと思います。
どうして……。
九柳大和は嘆いた。
学校へ行き、友達と話して、適度に勉強して、程よい疲労と眠る。
その繰り返しのはずだったのに。
どうして自分はこんなところに居るんだ。
◆序章1節:召喚、与えられた役割
――ピピピッ、ピピピッ。
まどろみの中に割り込んでくる目覚まし時計の音。頭のどこかでその音を聞く。しかし、暖かい布団に包まれる心地よさを手放したくなくて、即座に慣れた手つきでスイッチを押した。二度寝の誘惑に対して、起きなければいけない気持ちが勝った記録は未だない。
目覚まし時計を止めた拍子に肌蹴た布団から外気が紛れ込む。
突き刺すような11月中旬の寒さから逃れるために首元までしっかり包まった羽毛布団は、心地よい温かさを提供してくれた。それだけのことに、「幸せだぁ」と言葉がか細く漏れる。
小さな幸せをかみ締めて、再び意識を手放した。
数分後。
その幸せは剥ぎ取られた。
「起きなさい、大和」
頭の上から降ってくるような母の言葉と襲ってくる寒さに身を縮こまらせる大和。うぁ、などと口から意味のない言葉を漏らして拒否の意を示す。
「はぁ……」
毎日のこととはいえ、朝の弱い息子に母はため息を吐いた。
「起ーきーろー!!」
「っ、……」
「起ー!きー!ろー!!」
「分かった、起きるっ起きるから!耳の元で叫ぶなよ母さん!」
大声で叫ばれ、大声で叫び返す。
起床した大和に母は一仕事終えた顔で「おはよう」と言った。それに対して「はよ、母さん」と大和も返す。
「まったく、朝の弱さは誰に似たんだか……」
呆れたように呟いて、大和の部屋から出て行く母。その姿が消えてドアをぼけぇっと見ながら大和は1つ大きな欠伸を漏らした。
「ふぁああ~」
そして、布団に倒れこむ。
「ちゃんと起きなさいよー!!」
1階、階段下から母の叫びが聞こえた。その声に大和は再び体を起こして控えめに頭を掻いた。
息子の行動をよく理解している母だった。
「大丈夫、起きるよー!」
そして、目立った反抗期も無く、一般的かつどちらかといえば良好な親子関係を築いてきた2人だった。
◆
大和は寝ぼけ眼のまま、一階リビングへと降りた。
テーブルには、いつものようにトーストと目玉焼きが用意されていた。しかし、いつもなら一足先に朝食を食べ終わって新聞を広げている父の姿が、今日はなかった。
「あれ、父さんは?」
「言ったの聞いてなかったの? 昨日、田舎のおばあちゃんが亡くなったから、今朝早くに実家に向かったわよ」
キッチンから母の声。
「あぁ、そうだった」と半分聞き流しながら狐色に焼けたトーストに目玉焼きをのせて噛り付く大和。小さい頃に見たアニメ映画の影響で、食べてみたいと母に頼んだことがキッカケだった。以来、手軽だからという理由で、朝食の位置に陣取っている。
付けっぱなしのテレビからは、どこに在るのかも曖昧な国で起きた事件が報道されている。
画面端の小さなワイプの中で大量の人間が亡くなったと垂れ流されている。スタジオ内でコメンテーターが、映像を見て「痛ましい事件ですね」と口々に言う。“悲壮感”よりも、“無関係”が起床したばかりの頭に染み込んだ。
まるで何事も無かったかのように、「次のニュースです」とテロップが流れたところで、キッチンから母親が顔を出した。
「明日から土日だし、お母さんもお父さんの方に行くから」
「えっ、じゃあ今日から俺1人!?」
「もう高校2年生だから、大丈夫でしょ」
「別に1人はいいけど、ご飯は?」
「冷凍とかカップ麺があるから」
「出前とっていい?」
「物による」
「寿司」
「却下」
そんなやり取りをした後、カツ丼くらいなら頼んでもいいということで落ち着き、大和は学校へ向かった。2日間だけとはいえ、休日に両親がいないことに浮き足立つ。擬似1人暮らしの到来にドキドキと否応なく期待感が高まる。
◆
しかしそのドキドキも、高校について今日の1時間目が小テストだと友人経由で思い出すと、急速に萎んでいった。寧ろ破裂したというべきか。膨らんだ風船を針で突いたように。
「小テストどうだった、大和」
1時間目の休み時間、1つ前の席に座る男子生徒が大和に話しかける。
「急いで詰め込んだ割には、よく出来たって感じ」
「マジ?……俺不味いかも」
「洋介はいつものことだろ?」
「うっせーよ!」
軽口を叩き合って、移動教室のために席を立つ。それから大和は、少し離れた友人に呼びかけた。
「弘樹、和也。次、化学室だぞ」
「おっけー」
「すぐ行く」
いつも一緒に行動する3人と共に、大和の1日はつつがなく過ぎていく。
◆
放課後。
弘樹、和也、洋介と共に大和は、学校近くの有名ハンバーガーチェーン店を訪れた。最近発売されたメガバーガーとやらに挑戦するためだ。
とても食べきれないという噂に流される形で挑んではみたが、口をめいいっぱい開いて一口かじれるかどうかというサイズと、胃もたれを起こしそうな肉汁とチーズを前に4人はあえなく敗北。店員もそんな客に慣れているのか、持ち帰りの袋を頼んだ4人を温い目で見ていた。
「しっかし、こんなのよく商品化したよな」
帰宅途中、メガバーガーの残りが入っている袋を揺らしながら呆れ気味に洋介が言う。
「……食べるんじゃなかった」
食の細い和也は、青い顔をして持ち帰りの袋を見ては、「憂鬱だ」と呟いている。
弘樹は電車通学なので、別の岐路についているからここにはいない。しかし岐路が別になる前、彼も同じように遠い目で袋を見ていた。今頃揺れのひどいローカル線に乗って、えずいている頃かもしれない。
「大和、どう思うよこれ」
「どうって……、食べるの無理っぽいかも」
大和は手元の重みを感じながら呟く。絶対に何人かは食べきれなくて処分しているであろうそれは、早く食べろよ、と袋の中で言っているようだった。
「贅沢品だなぁ」
「だよな。こうでもして話題取りしないといけないのかね、飲食店って」
洋介は知ったような口を利いて、うけけっ、と笑った。
「こういうのってさ、貧困の国に分けたらどれだけの人が助かるって、時々テレビでやるよな」
「あぁ~、やるやる。あと、年間ものすごい量の食べ残しがどうとかってヤツも」
食べ物つながりで、漠然とそんな話題が上る。そうである事実の一端を知っているだけで、どうにかしなければ、などという使命感なんかは、大和にも洋介にもない。
ふと思うのは、やっぱり生きる環境って大事なんだな、ということくらい。
その手のドキュメンタリーがテレビで放送され、見ればそれなりに良心が疼く。けれど、布団に包まる頃には明日の予定に塗り替えられている。2日も経てば、気ままにファーストフードを食べ、デリバリーを頼めばピザが家まで届き、処理しきれない残り物は捨てる。そんな世の中に、肩まで浸かって暢気に生きている。
やっぱり他人事。テレビ越しにあるんだな、と、大和はこういった類のことに対して考えていた。
諦観とか達観といった見栄えいいものに分類されるでなく、過ぎてしまった後悔のような、“どうにもならないもの”と一緒に仕舞ってある考えだ。
「……うえっぷ」
「ちょ、大丈夫!?」
「うぇ、吐くなよ和也!どうしても無理なら大和のほうを向け!」
「てめ、洋介!あぁ、こっち向くな和也!だめなら茂みに向かえって!」
そして、そんな思考も、和也がえづいたことにより簡単に掻き消えた。
誰だって、遥か彼方の手に余る大事より、目の前に転がり込むハプニングで手一杯だ。
◆
和也が未だ青い顔のまま別れ、その後に洋介とも帰り道が別々になる。
1人夕焼けの中に身をおき、両親のいない家で何をしようかと思いをめぐらせる大和。洋介とは家もそこそこ近いから、呼べば泊まりに来てくれるかもしれない、と徹夜ゲーム対戦を夢想する。
と、そこで。
「あ、今日から彗星が見えるんだっけか」
頭の隅においておいたことが大和の肩をたたいた。
「あれから何年ぶりなんだろうな……」
小さい頃、両親と手を繋いで丘の上公園へ望遠鏡を持って見に行った。大和の思い出の中で、箒星は今でも鮮明に弧を描いている。
よし、と大和は今夜の予定を決めた。――運が良ければ今日から見えるであろう箒星を探そう。見上げれば、夕焼けと紫が交じり合う中に、一番星が顔を出していた。
夜に向け万全の準備をするために、大和は足をはやめた。
その矢先。――ズズッ、と足を泥に突っ込んだような感触に捕らわれる。「……えっ?」舗装された道では感じることのない感覚に、大和は間抜けた声を漏らす。
瞬間。
引き込まれる。
足を引っ張られるように、真下へ。
大和が立っていた場所には、彼の姿は無くなっており、手放してしまった通学用鞄だけが残されていた。
遙か彼方の手に余る大事が、大和の目の前に転がり込んだ瞬間だった。
捕捉
“◆”は時間経過、場面変化
“◆◆◆◆◆”は視点変化