「連載にすべき」という意見について~超個人的意見
◎ 短編と連載の投稿について。
「同じ世界観なら連載にした方がいい」という意見を見かけた。
もちろん、それも一つの考え方だ。
ただ、自分は少し違う。
同じ世界観の作品を短編として投稿する事の、何が問題なのだろう、と考えてしまう。
誤解のないように言えば、ポイントは欲しいし、ランキングにも入りたい。
できるだけ多くの人に読まれたいし、いつか書籍化や映像化の機会があれば、とも思っている。
けれど、問題はそこじゃない。
1つ目は生活だ。一般的に仕事をして、社会生活を営んでいる以上、いつ書ける時間が取れなくなるかはわからない。仕事が忙しくなる事もある。体調を崩す事もある。家庭の事情もある。
創作だけを優先できる人ばかりではない。
だから、自分は短編という形を選んでいる。連載形式も投稿しているのは、読んでくださった方から、いつ作品が投稿されたかがわかりにくいと伝えられたための、お試しである。
連載を始めるなら、少なくとも、続きを待っている人がいる事を意識している。
更新が毎週なのか、毎月なのかは人それぞれだと思う。ただ、自分の中では、連載とは、また続きを書きます、という約束でもあるし、最低限、定期的に投稿するものだと思う。
もちろん無料で公開している作品だ。だからといって、その約束を簡単に反故にしようとは思わない。
読んでくれる人は、お金ではなく時間を使って作品を読んでくれている。少ないながら、更新通知を楽しみにしてくれる人もいる。続きを待ちながらブックマークを残してくれる人もいる。
そう考えると、自分は安易に連載ですとは言えない。
約束を守れる見込みがあるから連載にする。それが難しいなら、一話ごとに完結する短編として投稿する。
自分は、その方が読んでくれる人達にも誠実だと思っている。
「同じ世界観なら連載にするべきだ」という意見を否定するつもりは全くない。
ただ、それを唯一の正解のように書く事には、違和感を感じる。
創作する前に、それぞれの生活がある。作品の形もまた、その生活の中で選ばれるものではないだろうか。
2つ目。同じ世界観だとしても、作品の内容まで同じではない事があるためだ。
自分が今、定期的に投稿している『ステップ・バイ』は短編シリーズという形で投稿している。芸能界を舞台とした恋愛ものだ。
ところが、その途中に『おっさん2人が酒を吞みながら、現在の芸能界について話している / 手が届かないやつ』がある。恋愛ものを期待した人は、そんな話が始まれば、普通に怒るだろう。世界観は同じ。主要登場人物も脇にいる。
だが、求めているものは違うと思う。恋愛小説を読んでいたはずなのに、突然エッセイを読まされるようなものだ。
だから、自分は短編として独立させる。
その方が作品も自由になるし、読者も読みたいものを選びやすい。
同じ事は、このエッセイシリーズにも言える。
『超個人的意見』シリーズとしているが、『物語の中の名称問題』『入院の話』『居酒屋と最終バス問題』その次にこの『短編投稿』について、である。次は『ジーンズについての愚痴』を書こうかと思っている。連載としたら、読む人は関連のなさに怒るだろう。
シリーズという形式は、こういう緩く纏めたい時のためにあると思っている。
◎ 同じシリーズの短編が幾つもランキング入りする事について。
書いている立場なら、自分の作品が少しでも上にあってほしいと思う。勿論、自分もそうだ。ランキングに入りたい。読まれたい。一人でも多くの人に届いてほしい。
ランキングに載れば、普段は見てくれない人達がページを開いてくれるかもしれない。その中の一人にでも何かが残れば、書いた意味はあったと思える。
だからこそ、面白くない気持ちは理解できる。だが、その面白くない気持ちと相手が悪いは、全く別の話だ。
もし本当に同じ作者の作品ばかりが並ぶ事に問題があるのなら、それは投稿者ではなく、ランキングシステムの設計で調整すべき問題だ。例えば、同一作者は一定期間一作品だけ表示する。あるいは、シリーズ単位で集計する。
方法は幾らでもある。
それは運営が決めるルールであって、作者同士が空気を読め、遠慮しろと言い合う話ではない。
実際、複数の作品がランキングに入っているという事は、それぞれに評価した読者がいるという事でもある。
気に入った人がいた。
面白いと思った人がいた。
だからポイントが入り、順位が上がった。
それ以上でも、それ以下でもない。
それをランキングを占領していると表現するのは、感情だと思う。そして、その感情を根拠に他人の投稿方法まで制限しようとした瞬間、それは創作論ではなく、単なる私的ルールではないだろうか。
最近は、こういうものを何でもマナーと呼びたがると思う。
例えば、「結婚式のご祝儀は五十万円以上包むのがマナーです」と言われたら、大概の人は首をかしげるだろう。
「いや、それはあなたの基準でしょう」と。
誰か一人、あるいは一部の人がそう考えているだけでは、社会のマナーにはならない。創作の世界も同じだと思う。
規約にも書いていない。ルールもない。
根拠も曖昧。
それでも、マナーだからと言えば、従わない側が悪いような空気を作れる。実に都合がいい。だが、それはマナーではない。
誰かが勝手に作った、そうあってほしいという願望に、もっともらしい名前を付けただけだと思う。
結論として、自分は同じ世界観の短編を投稿する事を荒らしだとは思わない。
グレーゾーンだとも思わない。
そして、モラルやマナーの問題だという意見にも賛同できない。
それは社会全体で共有されている規範ではなく、一部の人が共有している価値観にすぎない。
価値観は自由だ。
だから否定するつもりはない。
ただ、その価値観を、あたかも創作界全体の常識であるかのように語り始めた瞬間、それはもうマナーではない。
ただの謎マナーである。
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