ゴブリンは、回す
朝。
下層の空気が、ちょっとだけ軽い。
取り立て屋が来なくなった。
それだけで、みんなの顔が変わる。
俺は配給所の前で腕を組んで、列を見ていた。
「ボス、今日の回収は?」
手下となったゴブリンが聞く。
「いつもと同じだ。」
俺は短く言った。
ブッチャーの下で、取り立てを回す。
言い方は怖いが、やることは単純だ。
金を集める。
抜かれないように見る。
逃げないように並ばせる。
下層のいつもの仕事だ。
ただし、今は俺たちの仕事になった。
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まず、役割。
ゴブタは前に立つ。
……近い。
いつもより、半歩ぶん。
デカい。
首が太い。
腕の筋が、昨日より一本増えてる気がする。
鎧じゃない。
肉だ。
俺は目を細めた。
「おいゴブタ。……お前デカくなってないか」
「んー……そうかなあ? 俺は、いつも通りだと思うけど」
なんで気づいてないんだこいつ。
まあいいかデカいに越したことはない。
デカい。顔が怖い。だから向いている。
取り立てをするゴブリンは二人組だ。
一人は帳面。
一人は袋。
俺は後ろから見て、ズレを潰す。
「袋は二つ」
「結び方は一つ」
「数字は声に出して読め」
「もう一人が、帳面に書く」
「書いたやつが、もう一回読む」
面倒?
面倒だ。
でも、抜かれたら死ぬ。
だからやる。
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昼。
上納に向かう。
ブッチャーの見張りが、門の前に立っている。
槍を持って、突っ立っているだけ。
変なところはない。
それでも、目はしっかりと仕事をしている。
袋係のゴブリンが、袋を抱えて歩く。
帳面係のゴブリンが、横で数字を確認する。
門の前で足を止めた。
納品だ。
ブッチャーの見張りが槍を立てたまま、こっちを見ている。
俺はその視線の外に出ない位置で立った。
ゴブタも、半歩ずらして袋係の背中を見ている。
受け取り役が門の内側から出てきた。
袋係のゴブリンが袋を地面に置き、口をこちらに向けたまま差し出す。
帳面係のゴブリンが、帳面を開いて頷く。
俺は黙って見て、ズレがないかだけを拾う。
ゴブタも黙っている。
二人分の目で、袋が渡るのを見送った。
それにしてもゴブタもそうだけど、他の奴らもなんか進化してない?
袋係も帳面係もどこか目に知性を漂わせ始めていた。
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夕方。
別のチームのゴブリンが、俺たちの列に割り込もうとした。
「おい、ここは俺らの道だ」
なめた顔。
なめた声。
俺はため息をついた。
下層は、こういうのが湧く。
「道じゃない」
「列だ」
俺が言うと、そいつは笑った。
「ボス気取りかよ」
だから俺は、ゴブタに目で合図する。
ゴブタが一歩出て、そいつの首をつかんだ。
持ち上げる。
壁に押しつける。
「……痛ぇ!」
「痛いのが嫌なら、戻れ」
俺が言う。
「ここはブッチャーのシマだ」
「邪魔したら、次は袋に入る」
冗談じゃない。
下層では、袋は現実だ。
そいつの顔色が変わった。
周りのゴブリンも黙った。
それでいい。
殴り合いは長引く。
長引くと、回収が止まる。
回収が止まると、みんな死ぬ。
俺は勝つんじゃなく、回す。
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夜。
配給所に戻る。
今日の分の粥が、昨日より少しだけ濃い。
肉の切れ端まで入っていた。
誰かが笑う。
「今日、当たりだな」
俺も、ほんの少しだけ口の端を上げた。
明るいってのは、こういうことだ。
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問題は、次だ。
市場が広がってきた。
回収する場所が増える。
つまり、ゴブリンを養える。
養えるなら、増やせる。
俺は帳面を見ながら考える。
若いゴブリン。
腕が立つやつ。
頭が回るやつ。
逆に、行き場がないやつ。
どれを仲間にする。
どうやって引き込む。
飯で釣る。
寝床で釣る。
列に入れる。
仕事を渡す。
裏切ったら袋。
簡単だ。
だから、胸の奥がムカつく。
俺は帳面を閉じて、ダガーの柄を指でなぞった。
ゴブタの肩。
手下の目。
どっちも、昨日より少しだけ“進んでる”。
ゴブタは体がデカくなる。
他の奴らは、頭がちょっと良くなってるきがする。
「次は、若いのを集めよう」
ゴブタが聞き返す。
「集めるって、どうやって」
俺は息を吐く。
「……まずは、俺たちは何も木の股から生まれたってわけじゃあない」
「下水の奥にいるんだろ俺らのお袋さんってやつがさ」
嫌悪感が喉まで出かけたが、飲み込んだ。
転生しても、俺はやる。
くそみたいなことを。
でも。
生きる。
そう決めた。
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深夜、俺は一人でブッチャーのもとに来ていた。
「納品だ」
「早いな」
ブッチャーはデカい出刃包丁を持ったまま答えた。
血がついてる。どうやらお楽しみ中に来てしまったらしい。
「夜は一人なのか?昼の取り立てのほうは、部下と来てたみたいだが」
「こっちの仕事は一人のほうが楽だ」
俺は袋に入った肉をブッチャーに渡す。まだ生きてる。
「お前に仕事を振ってから、金の流れが良くなった。舐めた態度のガキもこうして減ってる。ありがとうよ」
「そりゃどうも」
「デカいヤマもやりたい。力をつけろ。報酬はお前のねぐらに届けておく」
「わかった。また依頼があれば教えてくれ」
力がいる。
このままいったら、どこかでもっと大きな仕組みにつぶされるだけだ。
力がいる。
踏みにじられなくなるように。
力がいる。
前世では失敗した。また同じ失敗をする気はなかった。




