ゴブリンは、葬り去る
夜。
俺たちは金の隠し場所の近くで、息をひそめていた。
昨日見た場所だ。
薄暗い通路。
小さな倉。
扉の隙間。
壁の印。
ここは「抜いた金を置く場所」だ。
取り立て屋は、また来る。
来ないなら、あいつは別の場所に金を移したってことだ。
でも、癖は簡単には変えられない。
変えたら手が狂う。
俺はそう踏んでいた。
ゴブタが小声で言う。
「本当に来るのか」
「来る」
俺は短く答えた。
「来なきゃ、別の手で潰す」
今日は、主オークに渡す“納品”を作る。
言葉じゃなく、物だ。
「消えた」を形にする。
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足音。
重い。
オークの足だ。
俺は目だけで合図する。
ゴブタが息を止める。
小物は震えるが、逃げない。
取り立て屋が通路に入ってきた。
周りを見回す。
誰もいない。
そう見える。
取り立て屋は倉の前で止まった。
袋をほどく。
中身を少し出す。
また抜く。
そして、壁の隙間に押し込む。
いつもどおりの動き。
癖どおり。
その瞬間。
俺は後ろから首に腕を回した。
声を出させない。
息を止める。
取り立て屋は暴れる。
肘が当たる。
でも、声は出ない。
取り立て屋の片手が腰に伸びた。
ダガー。
反撃するつもりだ。
抜こうとする。
だが、間に合わない。
ゴブタが足を払う。
取り立て屋が膝をついた。
俺は力を抜かない。
短く。
確実に。
骨が鳴った。
取り立て屋の体から力が抜けた。
終わりだ。
生きてるか死んでるかは、もう問題じゃない
俺は腰のダガーを抜き取った。
「いい獲物だな。もらっておくぞ」
握った瞬間、妙にしっくりきた。
指先が、前より器用に動く。
いつの間にか、手が慣れている。
刃の重さも、柄の太さも、最初から知っていたみたいに馴染んだ。
俺はダガーを一度だけ握り直して、鼻で笑った。
「……転生しても、俺はこんなくそみたいなことを続けるのかよ」
ため息が、喉の奥で引っかかる。
前の世界でも、結局こういう“汚れ仕事”から逃げきれなかった。
名前が変わって、身体が変わっても、やることは同じだ。
笑えない。
でも、今は笑うしかない。
「生きるってのは、そういうことか」
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「袋」
俺が言う。
ゴブタが持ってきた袋を広げる。
元々は肉を運ぶ袋だ。
臭いはする。
下層では、臭いがあるほうが助かる。
血の匂いをごまかせる。
俺たちは死体を折りたたむ。
袋に入れる。
口を縛る。
これで「消えた」になる。
誰も見ていない。
叫びも聞こえていない。
明日から、取り立て屋は来ない。
それだけで、下層の空気が少し変わる。
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食肉工場の門は、夜でも見張りがいる。
俺は袋を足元に置いて言った。
「納品だ」
手下のオークが顔をしかめる。
「何だ、それ」
「中身を見ろ」
俺は短く言う。
手下が袋を開けて、すぐ顔色を変えた。
「……おい」
奥へ走る。
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門の横の小屋。
昨日と同じ場所。
奥から巨体が出てくる。
食肉工場の主。
でかい。
腹も厚い。
目だけが冷たい。
俺は袋を足元に置いた。
主オークは袋を見て、笑った。
「早いな」
俺は答えない。
仕事だからやった。
それだけだ。
主オークが言う。
「お前ら、俺の回収をやるなら」
「余計な名前はいらん」
「俺のことはブッチャーと呼べ」
俺は一瞬だけ目を細めた。
ブッチャー。
肉屋。
この工場にぴったりの呼び名だ。
「お前らも、そう呼んでいい」
主オークは続けた。
「気に入った」
「手際がいい」
褒め言葉じゃない。
使えるかどうかの判定だ。
俺は頷いた。
「分かった。ブッチャー」
死体解体工場の主が満足そうに鼻を鳴らす。
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「取り立て以外にも仕事がある」
「下層の回収を回したら、また顔を出せ」
「次は、もっと血の匂いがする。金にもなる。」
俺は袋の口を結び直す。
「……分かった」
門を出る。
背中で笑い声がした。
ゴブタが小声で言う。
「ボス、これで……」
「これで始まりだ」
俺は答えた。
取り立て屋は消えた。
仕事は残った。
そして、次の仕事が来る。
下層で生きるには、選り好みはできない。
だが、線は引く。
どこまでやる。
どこからやらない。
その線を、俺は自分で決める。




