ゴブリンは、泳がせる
昼。
配給所の空気は、昨日よりさらに重い。
期限は三日。
もう二日目だ。
俺は朝から、何度も同じことを確認していた。
拾った紐。
袋の切れ端。
端数の紙。
壁の印。
名前。
これだけあれば、十分だ。
今日は金を「取り返す日」じゃない。
今日は「抜いたやつをハメる」日だ。
俺は配給所の端で、ゴブタに言った。
「今日は俺が前に出ない」
ゴブタが眉を上げる。
「じゃあ誰が囮だ」
「お前だ」
「あと、小物を一匹」
ゴブタは口をへの字にした。
「昨日の夜より、臭い役だな」
「ああ、臭いのは、今日のほうだ」
俺は短く言った。
「失敗したら、三日目が終わる」
---
取り立て屋が来る時間は、だいたい決まっている。
遅れない。
遅れたら、抜く側の都合が狂うからだ。
「来た」
誰かが言った。
昨日と同じオーク。
同じ手下。
同じ棍棒。
取り立て屋は列を見回して、いつもの言葉を吐いた。
「メシ代。場所代」
俺は動かない。
昨日の約束もある。
だから今日は、こっちから余計な話をしない。
取り立て屋は金を集め始めた。
金と言っても、ろくな額じゃない。
それでも、こいつらにとっては命だ。
俺は、取り立て屋の手元を見ていた。
紐の結び方。
袋の扱い。
端数のそろえ方。
抜くやつは、癖がある。
癖は、直せない。
直すと手が狂う。
だから同じことを繰り返す。
---
「囮を動かす」
俺は小声でゴブタに言った。
ゴブタが列の外に出て、わざと目立つ位置に立つ。
小物ゴブリンも、同じように動く。
取り立て屋が気づく。
「おい、そこの」
取り立て屋は棍棒を鳴らして、二匹を呼びつけた。
ゴブタが黙って差し出す。
小物は震えながらも、逃げない。
逃げたら終わると分かっている。
取り立て屋は金を受け取り、袋を結ぶ。
結び目。
昨日拾った紐と同じ形。
俺は目だけで確認する。
よし。
ここからだ。
---
取り立て屋が回収を終えて、帰る。
……帰るふりをする。
俺は距離を取って、後ろに付いた。
ゴブタはもっと離れて、別の角から見張る。
俺たちは走らない。
目立ったら終わる。
取り立て屋は、まっすぐ帰らなかった。
昨日の予想どおりだ。
角を二つ曲がって、薄暗い通路に入る。
そこに、小さな倉がある。
扉の隙間。
壁の印。
昨日見た符丁と同じ線。
取り立て屋は周りを見て、袋をほどいた。
少しだけ抜く。
端数が、紙の数字どおりに減る。
抜いた分を、小さな隙間に押し込む。
俺は息を止めた。
見えた。
抜いた。
置いた。
これで言い逃れはできない。
---
俺はその場で飛び出さない。
殴らない。
取り返さない。
今日はそういう日じゃない。
必要なのは「確定」だ。
俺はゴブタに合図する。
ゴブタが別の角から回り、倉の外を押さえる。
小物を一匹だけ、表に出す。
「見ろ」
俺は小物に低く言った。
「今のを覚えろ」
「結び目。端数。場所」
小物は青い顔で頷いた。
証人は一人でいい。
多いと、口が増える。
---
配給所へ戻る道。
ゴブタが言う。
「これで十分か」
「十分だ」
俺は即答した。
「封(結び目)が同じ」
「端数が同じ」
「置き場所が同じ」
「これで、抜いたとは言えない、ができなくなる」
ゴブタが舌打ちする。
「明日、食肉工場のオークに言うんだな」
取り立て屋のボスは、食肉工場の主オークだ。
下層の取り立ては、その工場の金と肉の流れにぶら下がっている。
「言い方が大事だ」
俺は言った。
正義を言っても意味がない。
主オークが気にするのは、金じゃない。
面子と体裁だ。
「工場の顔に泥を塗ってるやつがいる」
「外に漏れる前に、勝手に片が付く」
そう言えば刺さる。
俺は胸の奥の熱を、また押し込める。
怒りで殴ったら、全部が崩れる。
三日目に必要なのは、殴る力じゃない。
条件だ。
否定できない形だ。
俺は、明日の言葉を頭の中で何度も並べ直しながら、
配給所の影の中へ戻っていった。




