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ゴブリンは、引き延ばす

朝の下層は、霧で湿っていた。


配給所の前には列ができている。並んでいるのはゴブリンばかりだ。

肩が細くて、目が死んでいる。


普段の列は、もっと荒れる。


押す。


割り込む。


倒れても、誰も助けない。


でも今朝は違った。


列の先頭に、ゴブタが立っている。


でかいゴブリンだ。顔に傷が多い。いるだけで、周りが黙る。


「……動くなよ」


ゴブタが低い声で言う。


それだけで、列のざわつきが消えた。


少し後ろで、俺は壁にもたれて見ていた。


怒鳴らない。


殴らない。


「並べ」と命令もしない。


でも列は一応、形になった。


配給は、数で決まる。


強さじゃない。


怖さでもない。


何人いるか。


何人が待てるか。


何人が逃げないか。


それが揃うと、配給所は回る。


そして回ると、取り立ても来る。


「来たぞ」


誰かが小さく言った。


空気が冷えた。


通路の向こうから、オークが歩いてくる。


取り立て屋だ。


装備がいい。腹が出ている。顔に余裕がある。

下層でそれは、うまく稼いでる証拠だ。


後ろに手下が二人。棍棒を持っている。


取り立て屋は入口で止まって、列を見回した。


金を数える目じゃない。


身体を数える目だ。


「メシ代。場所代」


でかい声。


「今日の分、出せ」


列の先頭の小柄なゴブリンが、口を開きかけて閉じた。


出せない。


分かってる。


分かってるのに、このやり取りは毎回同じだ。


取り立て屋は肩を回して、笑った。


「あぁ、そうか。出せねぇか」


「じゃあ、いつものだ」


手下が前に出る。


棍棒が床を叩く。


ゴブリンたちが固まった。


“いつもの”。


金の代わりに、肉。


腕。


指。


耳。


切って渡せば、今日の支払いは済む。


もちろん明日も来る。


ここでは、それが当たり前だ。


誰も止めない。


止める発想がない。


止める勇気もない。


俺はその空気を見ながら、胸の奥の熱を押し込めた。


怒るのは簡単だ。


でも怒っても、列は続かない。


列が崩れたら、配給所が潰れる。


配給所が潰れたら、今日死ぬ。


だから俺は、怒りじゃなく、流れを見る。


「……待て」


俺は半歩だけ前に出て、声を掛けた。


取り立て屋が振り向いて鼻で笑う。


「何だ。ゴブリンが口を利くのか」


俺は言い返さない。


言い返したら、勝ち負けになる。


勝ち負けになると、面子で潰される。


今ほしいのは、相手にとっても得な形だ。


俺は短く言う。


「今日の分は払えない」


「代わりに、三日で現金を揃える」


取り立て屋の眉が動いた。


現金。


下層のゴブリンが出すはずのない言葉。


手下が笑った。


「はっ。三日? てめぇらが?」


俺は笑わない。


「三日で揃わなければ、好きにしろ」


それだけ。


脅さない。


頼まない。


相手が決める形にしてやる。


取り立て屋は顎をさすって考えた。


今すぐ肉を取るのは、いつでもできる。


三日後に現金が出るなら得。


出なければ、まとめて取れる。


取り立て屋は、にやりと笑った。


「いいだろ。三日だ」


「三日で持って来い」


俺は頷く。


「分かった」


会話はそれで終わりかけた。


取り立て屋が言う。


「じゃあ、今日の分は……」


空気が固まる。


俺は半歩だけ前に出る。


「今日の分も、三日に含める」


取り立て屋の目が細くなる。


俺は余計なことを言わない。


言えば説得になる。


説得は勝ち負けになる。


取り立て屋は鼻を鳴らして、口の端を上げた。


「……いい」


「その代わり、逃げるなよ」


「逃げたら、列ごと潰す」


俺は頷いた。


「逃げない」


取り立て屋が去っていく。


角を曲がるまで、誰も息を大きくできなかった。


角を曲がって、ようやく空気が戻る。


ざわめきが戻る。


でもさっきまでと違う。


“終わり”のざわめきじゃない。


“数える”ざわめきだ。


三日。


時間を買った。


助かったわけじゃない。


でも、殴られて終わる未来が少しだけ止まった。


ゴブタが俺の横に来て、低い声で言う。


「……ボス、三日って……」


ゴブタは、珍しく語尾を落とした。


俺は答えない。


励ましても意味がない。


三日後、現金がなければ終わる。


だから俺は、次を見る。


列。


人数。


今日の配給量。


寝床。


動けるやつと、動けないやつ。


そして、どこで抜かれているか。


金を持つ側に、俺は会えない。


でも、金が動く道はある。


取り立て屋が回収する。


その途中で、必ず抜かれる。


抜くやつがいる。


抜く場所がある。


抜く癖がある。


そこを辿れば、金を持つ側に刺さる。


俺は静かに息を吐いた。


三日で足りる。


足りなければ終わり。


それだけを頭の真ん中に置いて、配給所の朝を動かし始めた。

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