『古稀からの逆行転生 ~職歴50年のジジイ、若返りスキルで異世界無双する~』
第一章:人生の終業ベルと、女神のブラックジョーク
心臓が早鐘を打つ。いや、これは早鐘というより、壊れかけたエンジンの異音だ。 源三は、神社の百段ある石段の、九十九段目で膝をついた。 今日は七十歳の誕生日。古稀の祝いに、近所の鎮守様へ挨拶に来ただけだったのだが。
「やれやれ……わしの人生も、ここまでか」
視界がセピア色に染まっていく。 源三の人生は、履歴書の欄が足りなくなるほど多忙だった。 十代で大工の見習い。二十代で敏腕営業マンとして全国を飛び回り、三十代で脱サラして料理人の道へ。不況で店を畳んだ後は、トラック運転手、ビルの清掃員、交渉人、果ては探偵の真似事までやった。 器用貧乏。そう笑う奴もいたが、源三は全ての仕事に誇りを持っていた。どんな現場でも、歯を食いしばって生き抜いてきた。
(ま、悪くない人生だった……少し、休みたかったがな)
意識が途切れるその瞬間、脳内にファンファーレのような間抜けな音が響いた。
『お疲れ様でしたー! 人生フルコース完走、おめでとうございまーす!』
目を開けると、そこは白い空間。目の前には、ポテトチップスを箸でつまんでいるジャージ姿の女がいた。女神らしい。 「源三さん、あなたの人生経験値、カンストしてますね。普通の人間の三回分くらい生きてる。そのガッツに感動しました!」 「はあ……どうも」 「で、天国行きの予定だったんですけど、その経験値を無にするのは惜しいなって。異世界、行ってみません? 今なら特典付き!」
断る間もなく、源三の体は光に包まれた。 「特典は『若返り』です! 頑張れば頑張るほど、あの頃の青春が戻ってきますからねー!」
……そして、風の音が聞こえた。 土の匂い。鳥のさえずり。 源三は体を起こした。森の中だった。 「異世界、か。……体が軽い、とはいかんようだな」 立ち上がろうとして、腰に走る鋭い痛み。「痛っつつ」。 近くの泉を覗き込む。水面に映っていたのは、見慣れた七十歳の皺だらけの顔だった。
「おい女神! 話が違うじゃないか!」
森に老人の怒声が響く。だが、視界の隅に浮かんだ半透明のウィンドウが、彼の怒りを鎮めた。
【名前:カザマ・ゲンゾウ】 【年齢:70歳】 【固有スキル:人生の走馬灯】 ※経験値を取得すると、肉体年齢が逆行します。
「……なるほど。タダでは若くしてやらん、働けということか。シビアなことだ」 源三はニヤリと笑った。理不尽なノルマは、営業マン時代に慣れっこだ。
第二章:Fランク老人の新人研修
冒険者ギルドの扉を開けると、喧騒が一瞬止んだ。 革鎧の若者たちが、杖をついて歩く白髪の老人を奇異の目で見つめる。 「おじいちゃん、迷子? 孫の迎えなら外で待ってなよ」 受付カウンターへ向かうと、筋肉質の男が嘲笑気味に声をかけてきた。 源三は穏やかな笑みを浮かべたまま、受付嬢の前に立つ。
「冒険者登録をお願いしたいのだが」 「えっと……おじいちゃん、規定で戦闘職は……」 「お嬢さん、いい顔相をしているね。苦労が多いだろう。特に、あのような無作法な輩の相手は」
源三は**「元・人相占い師(兼・バーテンダー)」**のスキルを発動した。 穏やかな低音ボイス、相手を肯定する相槌、そして絶妙なタイミングでの褒め言葉。わずか三分で受付嬢は頬を染め、源三のファンになっていた。 「特別ですよ? でも、無理はしないでくださいね」
手に入れたのは、最低ランクのFカード。 最初の依頼は、森での「薬草採取」。簡単だが、金にはならない。 森に入った源三は、異変に気づいた。鳥が鳴いていない。 **「元・マタギ」**の勘が警鐘を鳴らす。 茂みの向こうで、悲鳴が上がった。 駆けつけると、ギルドで絡んできた筋肉男とその仲間が、三匹のオークに包囲されていた。武器を弾かれ、絶体絶命だ。
「ちっ、若造どもが……!」
正面から戦えば、今の源三は一撃で死ぬ。だが、戦いとは腕力だけではない。 源三はリュックからロープとスコップを取り出した。 **「元・現場監督」**の目が地形を解析する。 (あの倒木、支えが腐っている。角度は三十度……ワイヤー代わりの蔦を張れば……)
「おい若造! 右へ走れ!」 源三が叫びながら、蔦を引く。 計算通りに倒木が滑り落ち、先頭のオークを直撃した。混乱するオークたちの足元に、予め掘っておいた簡易落とし穴が口を開ける。 「今だ、突け!」 態勢を崩したオークの首筋に、若者たちの剣が吸い込まれた。
戦闘終了。 へたり込む若者たちを背に、源三の体に熱が走る。骨が鳴り、筋肉が収縮する感覚。 『経験値を獲得。レベルアップ……肉体年齢65歳』
カキ、と音がして、源三の腰が伸びた。 慢性的な腰痛が消えた。視界の曇りが晴れ、遠くの葉脈が見える。 「ふゥー……。悪くない。整骨院に行くより効くわい」
第三章:傷ついた女騎士と「大人の流儀」
六十五歳まで若返った源三は、少し背筋が伸びたロマンスグレーの紳士になっていた。 ある夜、酒場の片隅で突っ伏している女騎士を見つけた。 エレナ。二十二歳。若くして部隊長を任されたが、実直すぎる性格が災いし、部下との連携ミスで任務に失敗。謹慎中の身だった。
「私には……才能がない……」 安いエールを煽ろうとする彼女の手を、源三が止めた。 「安い酒をヤケ飲みすると、翌朝の後悔が倍になるぞ」 「放っておいてくれ、じいさん……」 「じいさんではない。……まあ、じいさんだがな」
源三はカウンターに入り込み(マスターとは既にマブダチだ)、手早くカクテルを作った。異世界の果実を使った、甘く、しかし度数の強い一杯。 「飲みな。元・バーテンダーの特製だ」 エレナは一口飲み、目を見開いた。張り詰めていた神経が解けるような味がした。 ぽつり、ぽつりと語り出すエレナ。部下への不満、自分への失望。 源三は否定も肯定もせず、ただ相槌を打った。 「人は城、人は石垣……なんて言葉が俺の故郷にはある。お嬢ちゃん、あんたは石垣を積む前に、天守閣を作ろうとしてるんだ」 「石垣……?」 「信頼だよ。あんたは正しい。だが、正しさだけじゃ人は動かん。……時には、一緒に泥を被ることも必要だ」
翌日、エレナは源三をパーティに誘った。 奇妙なコンビの誕生だった。 力押しのエレナを、源三が**「元・参謀(兼・詐欺師)」**の知略でサポートする。 魔物の巣穴に、煙を流し込んで燻り出す(元・害虫駆除業者)。 強固な扉を、針金一本で解錠する(元・鍵師)。
冒険を重ねるごとに、源三の背筋はさらに伸び、白髪に黒が混じり始めた。
第四章:炎の中で蘇る「男」
地下迷宮の深層。 待ち構えていたのは、中ボス『炎の魔人』だった。 エレナの剣は炎に弾かれ、彼女自身も吹き飛ばされて壁に叩きつけられる。 「がはっ……! 源三さん、逃げて……!」 エレナの剣が折れ、魔人の巨大な拳が彼女に振り下ろされようとしていた。
源三は走った。 逃げるためではない。 今の年齢は五十八歳。まだ全盛期には遠いが、度胸なら誰にも負けん。 彼はリュックから水袋を取り出し、自分の体にぶちまけた。 そして、魔人の懐に飛び込む。
「熱い現場は……**『元・消防士』**の管轄だァァ!!」
炎の拳を、濡らしたマントを盾にして受け流す。皮膚が焼け、髪が焦げる。 だが、源三は怯まない。魔人の脇腹、装甲の隙間に、拾い上げたエレナの折れた剣を突き立てた。 「ここだッ! 構造上の弱点は!」 **「元・解体業者」**の一撃が、魔人の核を粉砕した。
魔人が崩れ落ちると同時に、膨大な光が源三を包み込む。 ボスの経験値は莫大だ。 焼けた肌が剥がれ落ち、その下から新しい皮膚が再生する。 たるんだ腹筋が引き締まり、上腕二頭筋が隆起する。
『大幅レベルアップ。肉体年齢42歳』
光が収まった時、そこに立っていたのは老人ではなかった。 白髪交じりの短髪、野性味あふれる髭、そして歴戦の強さを感じさせる鋭い眼光。 男としての脂が乗り切った、四十二歳の源三だった。
「……ふゥ。少し動きやすくなったな」 低い声で呟き、エレナに手を差し伸べる。 「立てるか、エレナ」 「あ……はい……」 エレナは顔を真っ赤にして、その逞しい腕に掴まった。 もう、彼を「おじいちゃん」と呼ぶことはできなかった。目の前にいるのは、今まで会ったどの騎士よりも頼もしく、色気のある「男」だったからだ。
最終章:最強の新人
それから半年。 王国を脅かす『厄災の黒竜』との決戦。 王国の精鋭騎士団が壊滅する中、戦場に立つ一人の青年剣士がいた。 カザマ・ゲンゾウ。肉体年齢、二十八歳。 黒髪を風になびかせ、鋼のような肉体を持つ彼は、黒竜のブレスを紙一重で回避し、空中の瓦礫を足場に駆け上がる。 **「元・鳶職」**のバランス感覚と、若き肉体の爆発的な身体能力。 そして何より、七十年の人生で培った「諦めない心」。
「エレナ、右の翼を狙え! 動きを止める!」 「はいっ、源三さん!」 信頼で結ばれた二人の連携は、竜をも凌駕した。 最後の一撃。源三の剣が竜の逆鱗を貫く。
勝利の歓声の中、源三は剣を収めた。 英雄となった彼に、国王は爵位を与えようとした。 だが、二十代の姿になった源三は、七十歳の頃と同じ穏やかな笑みでそれを辞退した。
「俺はただの、通りすがりの便利屋ですよ」
城のバルコニー。 夕日を見つめる源三の隣に、エレナが立つ。 「次はどこへ行くんですか?」 「そうだな……。海でも見るか。**『元・漁師』**の血が騒ぐ」 「ふふっ。あなたの『元・〇〇』は、あといくつあるんですか?」 「さあな。死ぬまで増え続けるさ」
源三はエレナの腰を引き寄せた。 若返った手と、変わらない魂。 「それに……今度は『元・独身』って肩書きも捨てなきゃならんしな」 「……! ずるいです、その言い方」
二度目の人生、七十一年目の春。 最強のオールド・ルーキーの青春は、まだ始まったばかりだ。
【完】
番外編:荒海の魔物と、幻の『スシ』
それは、本編第四章と第五章の間。源三の肉体年齢が五十五歳(渋いおじ様期)の頃の話だ。 源三とエレナは、補給のために港町ポルトルを訪れていた。 だが、町は活気がなかった。名物の漁が、ある魔物のせいで中止されているらしい。
「『海淵の殺し屋』だ……。あの巨体で船に体当たりしてきやがる」
漁師たちが恐れるその魔物の正体を見るべく、源三は桟橋へ向かった。 そこには、冒険者たちが苦労して陸に揚げた、体長三メートルほどの巨大な魚が横たわっていた。 鋼鉄のような鱗。砲弾のようなボディ。鋭いヒレ。 人々は「燃やしてしまえ!」「呪われるぞ!」と騒いでいる。
だが、源三の目は違った。 彼の眼鏡の奥の瞳が、キラリと光る。 指先で魚体の弾力を確かめ、エラの色を見る。
(……間違いない。こいつは……極上の本マグロ(の亜種)だ!)
「待てェェェイ!!」
松明を持った漁師たちの前に、源三が立ちはだかる。 「その魚、焼くには惜しい。わしにくれんか?」 「はあ? 源三さん、こんな化け物食ったら腹壊しますよ!」 エレナも青ざめている。「生臭そうですし……」
「フッ……。お前たち、知らないというのは罪だな」 源三は懐から、愛用の短刀(包丁代わりに研ぎ澄ませてある)を取り出した。 そして、バンダナを頭にキリリと巻き直す。 その瞬間、彼の纏う空気が変わった。
「へいらっしゃい! ここからは**『元・寿司職人』**の仕事場だ!」
源三の包丁捌きは、まさに神速だった。 硬い鱗を**「元・解体屋」**の知識で関節(?)から剥ぎ取り、三枚におろす。 現れたのは、ルビーのように輝く赤身と、霜降りの大トロ。 「な、なんだあの美しい肉は……」漁師たちが息を飲む。
だが、問題は『シャリ』だ。この世界に米はない。 しかし、源三は抜かりなかった。 以前のダンジョンで採取していた『湿地帯の白麦』。これを炊き上げ、柑橘系の果汁と塩で合わせ酢を作り、混ぜ合わせる。 即席の酢飯の完成だ。 ワサビ代わりの『激辛大根』をすり下ろす。
キュッ、キュッ。 リズミカルな音と共に、源三の手の中で芸術品が生まれていく。
「お待ち。魔物マグロの握り、大トロだ」
差し出されたのは、白と赤のコントラストが美しい一貫。 エレナは恐る恐るそれをつまんだ。 「せ、生ですよね……? 本当に大丈夫なんですか……?」 「俺を信じろ。そして、何も言わずに口へ放り込め」
エレナは覚悟を決めて、口へ運ぶ。 ――瞬間。 彼女の目が見開かれた。 口の中で体温で溶ける脂。爽やかな酢の香り。ツンと抜ける辛味。そして、濃厚な旨味の爆発。
「んんっ……!? な、なんですかこれ!?」 エレナは頬を押さえて悶絶した。 「お、美味しい……! 焼いた魚とは全然違う! 口の中でとろけますぅぅ!」
「俺にもくれ!」「わしもだ!」 見ていた漁師たちが殺到する。 源三はニヒルに笑い、次々と寿司を握っていく。
「順番だ! 茶ならあるぞ、セルフサービスだがな」
その日、港町から『海淵の殺し屋』の恐怖は消えた。 代わりに、謎の料理『スシ』の伝説と、やたらと魚の目利きが良い渋い冒険者の噂が残ったという。
(……ま、久しぶりに握れて楽しかったわい) 満腹で眠るエレナの横で、源三は満足げに包丁を磨くのだった。




