酒場で酔った妻が可愛すぎる
宿の食堂は思った通り酒場も兼ねていて、旅人が陽気に話す声に溢れていた。
微かに吟遊詩人の歌が聞こえてくる。
小さな街だと思ってたら賑やかで驚いた。
「聖都ヴァティウスに近い宿場町だから人はいつもいっぱいだろう」
アイゼルに連れられて酒場に足を踏み入れると、一瞬時が止まったような気がした。
みんながアイゼルに注目していた。
色々な人が集まる宿場町の宿でも貴族が泊まるような所ではないから、アイゼルの美貌と高貴さは隠せない。
やっぱり来ない方が良かったんじゃないかって不安になる。
私はアイゼルの腕をギュッと掴んだ。
途端に少しどよめきが起こった。
アイゼルが私の腰に手を当てて、食堂の隅のテーブルに座らせる。
「クレアちゃんはやっぱり、目立つね」
アイゼルはそう言うけど、目立っているのはアイゼルだと思う。
今も私の横に座って、ほかの客に背を向けているのに、アイゼルに視線が集中しているような気がする。
でも、アイゼルの背中のおかげで私は、他の客の視線を気にせず酒場の雰囲気を楽しめている。
壁にかかった松明のオレンジの光が、木のテーブルに揺らめいて、ファンタジー世界の酒場って感じ!
アイゼルが料理とエールと蜂蜜酒を頼んでくれる。
「エールって冒険者って感じがするわ」
アイゼルが怪訝な顔をする。
「冒険者になって、ドラゴンを倒してみたい!」
アイゼルの動きが止まる。
「どんな変な本を読んだの? ドラゴンなんて、人間が倒せるものじゃないよ。冒険者なんて、故郷を追い出されたような訳ありの男しかいないんだ、女性は冗談でもなりたいなんて言わないものだよ」
アイゼルが少し不機嫌に言った。
前世で読んでた本の影響でキラキラした冒険者になりたいって思ったんだけど……。
この世界でのドラゴは、現れたら現実の脅威になるけど、冒険者が倒せるようなものじゃないのよね……。
もし、冒険者になりたいなら別の本の世界に行かないといけない。
『本の世界に入っていきそうだ』
私が本を夢中で読んでいた時にアイゼルが言った事だ。
「嘘、冒険者なんて絶対になりたくない!」
アイゼルの腕に抱きついて言う。
また周囲にどよめきが起こったけど、アイゼルは気にしてなかった。
「クレアは、僕とずっと一緒にいればいいんだからね」
私はうなづいた。
違う本の世界に行きたくはない
ずっとずっとアイゼルといる!
しばらくすると料理が運ばれてきた。
野生の動物の肉をベリーの果実と煮込んだシチューと、たっぷりのチーズとポテトを包んだパイ。
ガーリックトーストの香ばしい香りが、ずっと酒場に漂っていた食欲をそそる匂いの大元らしい。
「あなたたち、恋人同士なの? 部屋も一緒よね」
給仕してくれた女性に聞かれる。
「ち、違います!」
私は慌てて否定する。
本当は夫婦だけど、今は、私はマーシャルで、アイゼルはルークになりすましてる。
マーシャルとルークも恋人同士だから、恋人同士でいいんだけど、私がトーマス司祭の前で別に好きな人がいるって言って、ルークを振っちゃったのよね……。
なんでこんな複雑な事になってしまったのか分からないけど、トーマス司祭の耳に入るといけないから、ただの幼なじみって事にしておかないと!
私は腰に回されたアイゼルの手を振り解いた。
「恋人同士じゃないんだからやめてよ、ルーク」
アイゼルに向かって言うけど、アイゼルは今更だろうって顔してる。
「クレアちゃんが抱きついてくるし、どうみても恋人同士だよ」
「腕に抱きついただけでしょう? 別に恋人じゃなくてもやると思うの。だから、私じゃなくて、アイゼルのせいで恋人だって誤解されてると思うわ」
「ん? 恋人じゃなくても、腕に抱きつく?」
アイゼルがまた止まる。
「私はしたことがないけど、あるでしょう? たぶん」
「ないよ。絶対にないよ」
アイゼルは否定するけど、あると思う。
「恋人以外の女性の腰に手を回す方が絶対にないと思う」
私はアイゼルに向かって言うけれど。
「それはあるだろう。今みたいに男の視線から守る時なら仕方ない」
そう言ってまた、アイゼルが私の腰に手を回す。
周囲からの視線がますます痛くなる。
「守れてないと思う」
本物のルークだってアイゼルと同じくらいに目立つけど、もう少し周りに溶け込んでる。
「ルークなら周りの人と話して溶け込めるのよね」
「それは平民だからだ……」
アイゼルが平民と話して馴染んでる様子は想像できない。
「トーマス司祭にはマーシャルは僕のことを好きになるって言われてるし、お芝居はやめても大丈夫だよ」
アイゼルは目を逸らしたのが気になる。
「いつ、そんなことを話してたの」
「……」
「アイゼル?」
なんだか誤魔化すつもりみたい。
「どうしてアイゼルはいつもそうなの! 誤魔化そうとしてばっかりなんだから!」
私は大声で言った。
声は酒場の喧騒の中に消えていったけど、私の怒りは消えない。
なんだかとっても怒りたい気分だ。
「クレアちゃん……蜂蜜酒で酔っ払った……?」
アイゼルが困惑しながら言っている。
「酔っ払ったからって何!? 文句あるの!!」
◆◇◆
クレアちゃんの目が据わってる。
そう言えば偏狭の城砦で、クレアがお酒を飲んでいるとは聞いたことがなかったな。
「アイゼル、聞いてるの?」
蜂蜜酒で酔っ払ってしまうなんて可愛いけど、どうすれば……。
クレアはポテトパイを食べ始めた。
残っている蜂蜜酒を飲もうとするので止めたが、睨まれた。
よく見たら蜂蜜酒はまだかなり残っていて、クレアの酒の弱さがよく分かった。
もう一口も飲ませない方がよさそうだが、クレアの手から蜂蜜酒を取り上げるのもなかなか難しい。
「クレアちゃん、ガーリックトーストはどう?」
と、蜂蜜酒を置かせてガーリックトーストに持ち替えさせようとするが、
「アイゼルが食べさせて」
と言って、蜂蜜酒を両手で握り締めた。
蜂蜜酒のコップを両手で持って飲む姿が可愛すぎる。
「クレア様」
声をかけられて見るとミアとギリアムが居た。
「あ、お酒はだめですよ」
ミアがすかさずクレアから蜂蜜酒を取り上げる。
クレアは大人しく従っている。
慣れているんだろうか?
「アイゼル……眠い」
クレアはそう言って僕に甘える
けれど、抱きしめた腕はギリアムのものだった。
「クレア様……。とにかく、部屋に戻りましょう。アイゼル様、私が運びます」
そう言ってギリアムがクレアを持ち上げた。
そのままミアを引き連れて階段を登っていく。
助かったが、クレアがギリアムの腕に絡みついていたのが気になる。
さっき話したばかりなのに。
僕と間違えたんだとは思うが……。
僕も部屋に戻ることにする。
気になっていた男はいない。
『お母様が私の事を気にしていてくれたのよ! エドが教えてくれたの!』
クレアがエドから聞いた話だ。
事実なら、今もエドがクレアをみま持っているはずだが。
ここまで完璧に繋がりを断てるものなのか?
僕が見落としてるだけか……。
とにかく、部屋に戻ろう。




