仮面の男のマントと秘密のお守り
僕、アイゼルとクレアは、巡礼宿を出発しようと入り口に向かう途中だった
捕まえた三人組を早く聖都ヴァティウスに連れて行きたいと言うトーマス司祭の希望で、巡礼宿に宿泊する予定が狂ってしまった。
クレアを連れ去ろうとした三人組には相応の罰が必要だが、ここではトーマス司祭の権限が上だ。
トーマス司祭に聖都ヴァティウスに案内して貰うのが最大の目的だから、ここは大人しく従うしかない。
クレアが急に振り返る。
スカートの裾を引っ張られたらしい。
私、クレア寝巻きからマーシャルに見えるような平民の服を着ているから、貴族令嬢の時よりずっと親しみやすく見られるんだろう。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
小さな五歳くらいの女の子だった。
女の子はクレアが連れ去られたと言う噂を聞いて心配しているのだ。
「ありがとう、私は大丈夫よ」
クレアが答えると、女の子は小さな人形を差し出す。
女の子と同じく、髪を二つに分けて三つ編みをした女の子の人形で、花柄の黄色いワンピースを着ている。
「これお守りなの」
女の子は同じ人形のピンクのワンピースを着ている子を見せてくれた。
「お姉ちゃんにあげる、お名前つけて!」
黄色い人形を渡し名前を付けるのを待つ女の子と、「貰って下さい」とちょっと困ったように言うとても若い母親。
なんとなく、女の子の本当の母ではないような気がした。
「……アリス……、アリスって名前にするわ。大事にするわね。ありがとう」
クレアはそう答えていた。
女の子とその母親が、自分と継母に重なったのかもしれない。
今朝方、エドと会って母親が自分を気にしていたと喜んでいたクレア。
無邪気な様子に、僕は、そこまでにかけられた心配も忘れるくらいホッとした。
一緒に喜びたいと思ったけど、継母のことは、僕には全く喜べない。
仮面の男——エドのマントを羽織って佇んでいたクレア——。
◆◇◆
私、クレアはアイゼルの馬に乗って巡礼宿を出た。
宿を出る前に女の子から可愛い人形のお守りをもらった。
馬の上から落とさないように鞄にしまってある。
女の子は、今朝の騒ぎを心配してくれたみたい。
私は、自分で出ていって三人組に巻き込まれたから、純粋な被害者でもないんだけど……。
小さな女の子を騙してるみたいでちょっと罪悪感がある……。
本当だったら巡礼宿でミアとギリアムと合流するはずだったけど、トーマス司祭が、昨日捕まえた三人組をすぐに聖都ヴァティウスに連れて行きたいらしい。
何か重要な証拠を持っていたと言うのだけど……。
あの三人組にそこまで大それた事が出来ると思わないんだけど……。
「フェルゼン卿の辺境での密猟の証拠と、教会が関わっているのがバレたら、聖都ヴァティウスでは大変な事になるだろうな」
アイゼルが面倒そうに言う。
辺境が関わっている事だけど、密猟についてはどれほど問題じゃなくて、教会内部の力関係とフェルゼン卿の立場が問題になるらしい。
教会には教会内の争いもある。
それは分かるけど……ルークを操った人を探す手間が複雑になりそう……。
アイゼルの面倒そうな顔の意味がわかった。
私も原作でその辺の人間関係がスッキリしなくて黒幕のルシアンの事しか覚えてないんだし……。
徒歩で着いて来る三人組に目を向ける。
面倒な事してくれたって思いと、彼らのおかげで仮面の男——エドから、お母様の気持ちが聞けたから、感謝してもいる。
私を連れて行こうとしたのも、私の勘違いが原因で、根っからの悪い子たちじゃなさそうだから酷い目にはあって欲しくないけど。
そんなことをアイゼルに言ったら怒られそうな気がする。
エドのマントも洗濯したばかりで濡れていて持って来れなかったから、あとからくるミアとギリアムに渡して下さいって宿の人に頼んだら、アイゼルは不機嫌そうだった。
馬の上で私の腰に回されたアイゼルの手がとても強い。
「本当に恋人同士じゃないのか?」って三人組のヒソヒソ声が聞こえてくる。
これから教会の総本山に連れて行かれるのに、余裕があるみたい。
アイゼルの睨まれて静かになったけど……。
進行方向から、コリンが馬車を連れてくる。
先にこれから向かう宿場町に行って、三人組を乗せられる馬車を探して来たのだ。
これで馬を走らせながら進める。
聖都ヴァティウスまでには、巡礼宿の他に中規模な宿場町と、小さな農村がある。
巡礼宿の環境を考えたら、最初から一泊で宿場町でミアたちを待った方が良かったんだ。
それを避けたのは人目が多いからだ。
一泊で移動するのと数泊するのとでは目立ち方が違う。
怪しいものを監視する目も、巡礼宿より街中の方がずっと多い。
聖都ヴァティウスに到着する前に、怪しまれて報告されるリスクを減らしたいって判断んだった。
だからせっかく街だけど散策は出来ないと思う。
でも、巡礼宿の藁のベッドから解放されるなら何も言うことはないわ。
◆◇◆
「わぁ! ちゃんとしたベッドだわ!」
私はマットレスとふかふかの布団に感動していた。
「ここはこの街でも、まだ高級な宿ってわけじゃないんだ。けど、あまり目立つわけにはいかないから、この場所で我慢してくれ」
アイゼルが申し訳なさそうに言う。
「藁のベッドに比べたらどこだって天国よ!」
更にアイゼルの顔が悲しそうになった。
「本当にごめん。君にあんな場所は相応しくなかった。監視の目より君の快適さを優先すべきだった」
本当に後悔してるように言うアイゼル。
たぶん、私が勝手に抜け出してしまった事への反省もあるんだと思う。
藁のベッドじゃなければ騒ぎの前の夜中に起きる事もなかった気がするから、藁のベッドには感謝しなきゃいけないわね。
「アイゼル、私、藁のベッドもだけど、巡礼宿の食事とか信者さんの様子とか、経験できて良かったと思うわ。
二度目は避けたいから、今日はこの宿に来れて良かった!」
アイゼルの少し微笑んだ。
宿場町の宿屋では、中規模の場所で二人部屋を二つ借りていた。
本当はミアとギリアムの分も借りたいんだけど、後から人が来るからと泊まる人もいないのに部屋を借りるのは怪しい。
それに、数日滞在するにも理由がいる。
トーマス司祭がいれば、聖都ヴァティウスの近いこの街では大抵のことは免除される。
でも、トーマス司祭はこの街の教会で三人組と保護という名目で一緒にいる。
だから、私たちはただの平民の旅人という事になっている。
面倒だと思ったけど、アイゼルと、コリンとギリアムが話して色々決めてしまうから、私は何もしなくて良かった。
だから、私は部屋で『隠された皇子とメイドの愛』を読んでいた。
好きな小説だから呼んでいるわけじゃない。
この小説に隠された、私の原作知識とのリンクが気になっているからだ。
巡礼宿では読めなかったけど、夜も灯りが十分なここなら読める。
部屋のベッドの上で、本を読むのに夢中になっていたら、アイゼルが色々な手回しをして戻ってくる。
戻ってくるなり、私を抱きしめてキスする。
私もアイゼルをギュッと抱きしめた。
アイゼルはベッドに座るとひさの上に私を乗せて抱きしめる。
巡礼宿での距離を取り戻すみたいに。^_^
私のために、色々な事から守ってくれるアイゼル。
「疲れてないの?」
「クレアちゃんのためなら全然疲れないよ」
いつも私を幸せすることを言ってくれる。
だから——、
私は、『隠された皇子とメイドの愛』をアイゼルの目の前に掲げた。
「罰ゲーム、忘れてないでしょう、アイゼル?」
アイゼルは固まった。
監視の目をかいくぐるために宿の外にはあまり出ない方がいいし。
「絶好の朗読日和ね」




