消えた妻の理由
ガサガサ
眠っていたのに藁の音で起きてしまう。
外は明るくなって来ていて、ちゃんと寝てはいたみたい。
藁のベッドは初めてだったけど、もう二度と寝たくない。
ただ、ミアとギリアムと合流するまで後一、二日はここに滞在しないといけない。
トーマス司祭に後から来る者を待ちたいと言うと、巡礼宿の事を調べて聖都ヴァティウスに報告する仕事があると言っていた。
もしかしたら、一、二日より長く滞在する事のなるのかも……。
明るくなって来たとはいえ、まだまだ薄暗く、もう少し眠っていたい時間だけど、ベッドを身体が拒否している。
しばらく待っていれば本格的に明るくなって動き出す人も増えるだろう。
今も数人の宿の関係者が朝に向けて支度を始めたようだった。
窓の外の薄暗い中で動く人影が見えた。
けれど、すぐにその人影の一つがおかしい事の気づいた。
建物のない森の方から歩いて来たようなのだ。
昨日、身を隠すように巡礼宿の中を覗いて、トーマス司祭を見ていた男がを思い出す。
アイゼルは警戒していたみたいだから知らせに行った方がいい。
廊下に出ればすぐにコリンかダリルがいるはずだ。
身体を窓のそばから部屋の扉へ向けようとした時に、私は見てしまった——。
仮面の男を——。
頭をすっぽり覆う仮面を被った、お母様の従者。
グレンは私を監視していたと言う。
ミアは「エドさんは監視なんてしてません」と言う。
ミアが言う事の方が本当のような気がしていたけれど……。
今、彼がここにいるんだ……。
やっぱり、私を監視している?
お母様は、私の事を気にかけてくれている!
私はいても立ってもいられなくなって窓に向かう。
ここは二階だから、足場があればなんとか降りられるかもしれない。
扉から外に出たら、仮面の男から目を離す時間が出来てしまう。
見失う可能性を思うと、窓から降りるしか選択肢が無かった。
窓を開ける前に、遠くで騒ぎがあった。
巡礼宿をのぞいていた男が不審者として見つかって、連鎖的に騒ぎが広がって行く。
ガタッ
窓が大きな音を立てて開いたが、気にするものはいなかった。
私も巡礼宿の騒ぎは聞こえていたけれど、心はそこになかった。
ただ、あの仮面の男の目的だけが気になった。
お母様は私をずっと無視していたけど、何か事情があったんだ。
アイゼルみたいに!
アイゼルが、私を自分の命を狙うものから守る為に六年間無視していたみたいに、お母様にも深い訳がある。
アリシアが……、本当の子が産まれたからじゃない、別の理由があるんだ。
この世界は本の世界で、原作にいない貴族令嬢の私の家族なら、やっぱり原作には登場しないんだろう。
それなのに、みんな、自由に動いている。
転生者だって思い出した私は、ここが本の世界なのを知っているけど、本物の人が生きる世界でもある。
私にとってお母様は本の登場人物じゃない、本物の人間だから。
無視された理由を知って、話し合えたら良いと思っているの。
窓の外にはちょうど足場になる一階の屋根がまるで階段のように並んでいた。
危なくはあるけど、二階の窓から降りるには最適な配置だった。
手を掴む突起もあって、まるで私が降りる為に用意されているようだった。
スタッ
「わ……」
最後に飛び降りた時の衝撃で声が漏れてしまう。
慌てて身を縮こませて辺りを警戒する。
私の様子に気づいた人はいないようだった。
ゆっくり、静かに動く。
屋根の上から降りる間に仮面の男の様子はチラチラと伺っていた。
特に移動する様子もなく同じ所にいた。
だから、声をかけるのは容易だと思う……。
いや、たぶん、声をかけたら逃げられてしまう。
フェルゼンの街でそうだったように。
どうしよう?
ただ、会いたいと思ってなにも考えていなかった。
寝巻き姿だし、手は屋根を降りた時に触った突起の煤汚れがついている。
暗くて見づらいけど、寝巻きもきっと同じように真っ黒になっている気がする。
来たのは間違いだったんだろうか?
ただ、今更遅いし、迷っていたらもう会えない。
私は仮面の男の側まで慎重に歩いた。
音を立てずにゆっくりと。
そして、走ったら手が届きそうな距離まで来る。
男はこっちに気づかずに、違う方向を見ている。
気づかれる前に、思い切って、走る。
走って、捕まえる。
「うわ!?」
捕まえて、自分の間違いに気づく。
男の腕は細く、まだ十代くらいの子供のものだった。
お母様の従者の仮面の男は、私が小さい頃からもう大人で、今は四十代くらいだと思う。
——ガサ
「何してる! 見つかったらどうするんだ!」
別の場所から男が現れる。
こちらは仮面をつけておらず、やはり若く十代後半から二十代前半くらいに見える。
私を見て驚いている。
「何があった!?」
そして、私の来た道からまた別の男が来る。
やはり同じくらいの年齢に見える。
彼は、昨日、巡礼宿を覗いていた不審な男だった。
私を見て驚いているのは三人とも同じだ。
◆◇◆
エドじゃなかった……。
私はとんでもない間違いをして、絶対絶滅だって言うのに、まだそんな事を考えていた。
「とにかく、巡礼宿に見つかってしまった。追ってが来るかもしれない、逃げよう!」
男たちは、そういう結論に達しったらしい。
「あなたも来て下さい!」
一人の男にそう言われて、手を引かれる。
私は仮面の男がお母様の従者ではなかったショックをひきづって、引かれるままに身体が動いてしまう。
一度、身体が動くと、ショックからだんだん解放されて来ても止まれない。
やっと、頭がはっきりして来た頃には森の中にずいぶん入った後だった。
私は止まらなきゃと思っていたけど、草木が邪魔で、立ち止まって逃げられそうな距離まで移動できる場所がなかった。
このまま着いて行ったらどこに行くんだろう?
なんとなく頼りない三人組で、トーマス司祭をフェルゼンから狙っていたの同じ人物な気がする。
ずっと失敗続きだし、このまま森で迷って出られなくなる気がした。
すでに私は方向感覚を失っていて、ここで逃げ出したとしても巡礼宿まで帰れる気がしない。
一人で戻るのも、三人に着いて行っても運命は同じな気がした。
でも、逃げ出して、何処かでじっとしていれば、きっとアイゼルは私を見つけ出してくれる……。
ちょうど私が窓から外に出た時に、この三人組の一人が巡礼屋側に見つかって騒ぎになっていた。
私の部屋を確認して、私が部屋にいない事は直ぐにバレたと思う。
アイゼルたちがそんな時間を置かずに探しに来てくれているはず。
それにかけて逃げ出そう。
バッキ
そう思った時に、身体に衝撃が走る。
動いていた身体が止まる。
三人組も止まっていて、一人は地面に伸びていた。
その一人が伸びている理由が、直ぐ目の前に立っていた。
頭部を全て覆う仮面を被った男が——。




