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結婚したのに6年間無視され続けた私、本当の理由  作者: 唯崎りいち
第三章 静かなる聖地、それは光

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夜明け、森へ続く足跡

 騒がしさに、僕、アイゼルは巡礼宿の大部屋のベッドの上で目を覚ました。


 ガサガサと藁のベッドがうるさく音を立てる。


 外はちょうど夜が開ける直前で、まだ薄暗い。


 クレアに何かあったのかもしれない、そう思って二階のクレアの泊まっている部屋に向かう。


 途中の人々が話す断片的な情報から、外に不審な男がいるのを発見した者がいたらしい。


 巡礼宿の中で騒ぎが大きくなり、男は逃げ出したと言う事だが、昨日の男だろうか?


 トーマス司祭を狙う男なら、クレアが危害を加えられている心配はないだろう。


 ホッとする。


 二階のクレアの部屋の前にはコリンとダリルがいた。


 ちょうど見張りの交代の時間だったようだ。


 ホッとしたのも束の間で、二人の様子に只事でない事が分かった。


「クレアは!?」

 

 僕が怒鳴りながら聞く。


「アイゼル様、クレア様に呼びかけても反応がなくて、扉を開けようとしていた所です」


 宿の部屋には鍵はついていたが、簡易な物で心許ない。


 僕は魔力を使って鍵を開ける。


 これは簡単な魔法で、鍵にわずかでも抗魔法が付与されていれば、鍵を開ける事が出来ないのだが、巡礼宿の鍵は簡単に開く。


 僕は、魔法を使う一瞬だけ自分に結界を張り、魔力が使われた事を周りの悟られないようにする。


 こちらの方が高度な魔法で、正体を隠しながら生きる僕が魔法を使う時には必ず一緒に使う。

 これで隠せないような高度な魔法を僕は使えない。


 部屋の中には誰もいなかった……。


◆◇◆


 一晩中、廊下でクレアの部屋を見張っていたコリンは、不審な事はなかったと言う。


「藁の音や、かすかな物音はありましたが、クレア様の部屋に誰かが押し入って連れていったのならもっと大きな音がしたはずです」


「クレア様が自ら出て行かれたと言う事はないのか?」


 ダリルが言う。


「扉はずっと見張っていたし、深夜に誰も部屋から出ていないよ。物音から、部屋の中で目が覚めた人はいたけど、すぐに寝てしまったと思う」


 僕が今、部屋の鍵を開けたんだ。


 扉からは出ていないだろう。


 扉から出たことを隠す意図があれば別で、魔法で鍵を掛けることも出来る……。


 この場合もクレア自身は魔法が使えないから、誰か他者が関わっていることになる。


 クレアが一人で抜け出したのなら、万が一にもコリンが見逃すことはあるかもしれない。


 他人が関わっているのなら、それはないだろう。


 僕は窓を開ける。


 窓の外の屋根に人が通ったような後があった……。


 薄暗くて見えないが、下から続いている。


 僕は後を消さないように、窓から地面まで飛び降りた。


 複数の足跡があるようだが、いつのものかは分からない。


 夜が明けて明るくなれば詳しく見えるのだが……。

 ジリジリと登り始める太陽が焦りを加速させる。


 ダリルとコリンも僕に続こうとするが、足跡を荒らさないように止める。


 二人が玄関から回ってくるまで、今出来る事をする。


 夜目の魔法で少しだけ見やすくなった。


 屋根の上にはクレアの部屋まで人が通ったような後がくっきりとついている。


 跡の起点の地面にはやはり複数の足跡が残っている。


 この判別は夜目の魔法では無理だし、僕自身が得意ではなかった。


 コリンとダリルに任せよう。


 問題はいつ、賊がクレアの部屋に侵入したかだった。


 さっき開けた窓はかなり大きな音を立てて開いた。

 そして、今、ガシャンと大きな音を立てて自然としまった。


 静まり返った深夜にこの音が響いたなら、コリンだけでなく、他の部屋の者も気づいて騒ぎになっただろう。


 魔法が使えるものがいれば、音を立てずに済む方法はいくつかあるが、いずれも高度なものだ。


 同じ建物の中で高度な魔力が使われたら、僕が気づく。


 結界を張って魔力を使った事を悟らせない方法はあるが、そこまでの事が出来る高度な魔法使いがクレアを狙っているのか!?


 一瞬、ルシアンの顔が浮かぶ。

 

 仮面舞踏会で出会った宮廷に出入りする大魔道士。


 弟のオルフェウスを助けてくれる魔法使い。


 クレアは彼の事を何故か知っていた……。


 ルシアンならきっと、窓の音も、扉の鍵も気にせずにクレアを連れて行くだろう——。


「アイゼル様!」


 コリンとダリルが来る。


 わずかな間に空はだいぶ明るくなって来た。

 これなら足跡を調べられるが……。


 ルシアンの仕業であったら意味がないと思った。


「これはクレア様のドレスの跡のようですね」


 ダリルが屋根に続いている人の通った跡を見て言う。


「クレアの……?」


 そうだ。


 ルシアンの仕業なら、屋根に跡を残す必要がない。


 屋根に跡が残っていると言う事は、魔法が使えないかあまり得意ではない人間の仕業だ。


 外に人がいると騒ぎになった時に便乗してクレアを連れ出した。


 それなら、窓の音が騒ぎにかき消されても不思議はない……。


 クレアはまだ遠くには行っていない。


 ただ、気になるのは……。


 二人は周囲の足跡を調べている。


「ほとんどは古い足跡のようです」


 コリンが調べながら報告する。


「不審な男の足跡があります。昨日、巡礼宿を覗き見していたのと同じものだから、騒ぎになったのはこの男だと思います」


「こっちの足跡は別の男のものですね。宿の入り口の方から森の方に向かっているようです」


「不審な男の方は森から来て森に戻っているみたいですね」


 二人の男の足跡は、仲間のものなのだろうか?


 二手に分かれて合流したのかもしれない……。


 不審な男がトーマス司祭を狙っているなら、数日前にフェルゼンの大聖堂前でトーマス司祭を襲ったのは複数人だったが……。


「新しい足跡は、それだけか?」


 僕が二人に問いかける。


 二人に少しだけ沈黙があった。


「……他には女性の足跡が一つ……。クレア様の足跡が、森に向かっています」


 クレアの……。


 ——ただ、気になるのは、クレアの声が聞こえなかった事だ。


 不審者騒ぎの中とは言え、クレアが声を上げたら、廊下にいたコリンは気づいたはずだ。


 誰かに連れ去られたとしたら、クレアの意識が完全になかったか、クレアが自分の意思でついて行ったから、声が聞こえなかったのだろう……。


 森に向かうクレアの足跡……。


「クレアは自分の意思で出て行ったのか……? この足跡の男と……」


 屋根の跡はクレアの部屋に侵入した者の物ではない。


 クレアが自ら外に出て行った跡だ……。


 コリンとダリルの報告を聞いた後だと、屋根をつたって降りた女性の足跡は、並ぶように男性の足跡と森へ向かっている。


 宿の入り口から森の方に向かって歩く、この男は誰なんだ?


 夜明けの光が僕たちを包む。


 外はすっかり明るい朝日に包まれていた。


 クレアのいない僕の心だけが、まだ夜の闇に取り残されている。

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