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結婚したのに6年間無視され続けた私、本当の理由  作者: 唯崎りいち
第三章 静かなる聖地、それは光

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聖なる宿で、夫婦は嘘を重ねる

 私、ルシアンは帝都に戻る途中でとある街に立ち寄った。


 皇帝陛下の恋人の母親がいる。


 皇帝ユリウスに妃はいないが、妃候補はたくさんいる。


 ただの田舎の有力貴族の令嬢でしかない娘が、皇帝の子を産んだとなれば大変な事になる。


 娘はひっそりと何処かに身を隠して子供を産み、そのまま亡くなったと言う。


 ——それが世間に流布されている噂だ。


 実際には全く違う背景がある。


 皇帝の子を狙う者たちから隠れ、娘の親友マーシャルが安全な辺境伯の領地へ赤子を逃した。


 彼女の母親は死んだ事になっている娘の為に一緒に身を隠しているが、時よりこうして私と会って皇帝ユリウスの様子を伺いにくる。


「ルシアン様は仮面舞踏会の街に行ってらしたの? いつか行きたいと娘とも話しているのよ」


 母親アリスは世間話をして屈託なく笑う。

 今日は仮面を被った従者の男は連れていない。

 身を隠していると言うのに呑気なものだ。


「あなたの娘さんにはお会いしましたよ。マーシャルのフリをしておいででしたけど。アイゼル様も一緒でした」


 私の言葉にアリスの表情が変わる。


「……卑しい子ですわ」


 この明るい婦人は、上の娘の話題が出るといつもこうだ。

 深い敵意が顔に現れる。


「クレアさんには、アイゼル様の親友を好きになってしまったと、帝都にクレアさんが着いた時に密会の協力を頼まれましたよ」


「な!? そんな!? とんでもないわ!? なんて娘なの!!」


 アリスの怒りは一瞬だった。


「……そう言う子だとは思っていたのです。ルシアン様も関わらないようにして下さい。私の言っていたことが分かっていただけたでしょう。あの子はすべてを壊してしまう……」


「そうですね」


 私は微笑んで答える。


「私の娘は可愛いアリシアだけですわ」


 クレアさんが継母であるアリスさんに虐待されて育った事は疑いようがない。

 実の娘のアリシアと、継子のクレアさんの扱いの差はずっと聞き及んでいる。


 隠された皇帝の弟のアイゼル様もクレアさんを長年遠ざけていたのは、噂で聞いている。


 夫に親友に狂気じみた愛情を抱くのは無理もない事だろう。


 ただ、アイゼル様のクレアさんへの執着は、本物のように思えた。


 クレアさんを長年遠ざけていたアイゼル様の理由とはなんだろう?


 ふふ、彼の愛を試すのも面白い。

 人間の愛がどれほどのものか見てみたい。


 私が生きて来た時間よりずっと短い時間で、永遠を誓いそれすら守れない——


◆◇◆


 アイゼルが休憩しながら馬を走らせてくれたから、あまり疲れずに目的地まで着いた。


 聖都ヴァティウスまでの道沿いにある巡礼宿。


 フェルゼンの仮面舞踏会が夢だったかのように、ひっそりと、それでいて清廉だ。


 アイゼルの他に、コリンとダリルが馬に乗りついて来ていた。

 トーマス司祭はコリンと一緒に馬に乗って疲れてしまったよう。


 ここで、数日後にミアとギリアムが来るまで待つ。


 巡礼宿は男女別の大部屋が基本で、個室もいくつかあるが、個室の中でも男女別でなくてはいけない。


 個室で男女が一緒でいいのは家族である事が必須で、トーマス司祭の前でマーシャルとルークのフリをしている私とアイゼルは別々になる。


「空いてる個室は一つだけか……。トーマス司祭、マーシャルに個室を使わせてもらってもいいだろうか?」


 ダリルが聞いてくれたが、個室でも私は不安だった。

 ミアが側にいないと本当にダメだ。


 昨夜はテントで、みんな一緒だったけど、アイゼルが側にいてくれたから安心だった。

 トーマス司祭の目もあるから、アイゼルとあまりくっついてはいられないんだけど。


 トーマス司祭から見たら、私が演じるマーシャルはグレンが好きで、アイゼルのルークは私に振られている。


 仮面舞踏会の時は密着していても不自然ではなかったけど、ここでは手を繋ぐ事も出来ない。


「個室はマーシャルが使ってください」


 トーマス司祭は快く承諾してくれる。


 早速、私は荷物を個室に運ぶ。


 本来は規則違反なんだけど、人手が足りないようで、部屋に荷物を運ぶだけなら男性にやってもらっていい事になった。


 よく見ると、教会関係者の施設では自然に目に入ってくる美しいホムンクルスの召使いがいない。

 何かあったのかしら?


 部屋に入るとアイゼルが私にキスする。


 ちゃんとキスするのは昨日の夜の馬車以来だ。


 人目を気にしてキスも出来ない状況は、話し合いも出来ないから、私には都合が良かったんだけど……。


 やっぱりキス出来る方が好き。


「イリーナと何を話した? ルシアンを知っていたのか?」


 私の唇から離れたアイゼルの口が私を問いただす。


「……イリーナさんには、最初から私がクレアだってバレてたの。最初に会った時にグレンが私をクレアって呼んでいたのを聞かれていたの。

 ……だから……


 アイゼルに言うのが怖い……。


 ルシアンの事でスッカリ忘れてたけど、グレンが私を好きだったなんて、それも衝撃的だ。


「だから、何?」


 アイゼルは私を離さず見つめている。


 誤魔化せない。


「……私が、クレアがグレン様を好きで、マーシャルのフリをしてでもグレンを追いかけていたって……」


「は?」


「……グレン様の気持ちを知ってすごく嬉しいから、帝都で会いたいって……」


 私はアイゼルの顔を見ずに言う。


 だって、アイゼルは怒るもの……。


「なんで! そんな事を!!」


 案の定、アイゼルは怒った。


「そうしないと、嘘の辻褄が合わなくなるんだもの」


 イリーナさんに近づくために、マーシャルはグレンに片想いしてるって設定で、グレンの好きな人を探っていた。

 その好きな人が実は自分で、正体がバレていたら、もう両思いって事にするしかない。


 アイゼルにもその事情はわかってる。


「……クレアちゃんが好きなのは僕だろ」

 状況を理解してるアイゼルが拗ねた様に言う。


「……僕に大好きって言いたいだけって言ってたのに、他の男にも言うのか」


 すごく怒ってる。


「別に、グレンには言ってないもん」


「すぐに噂が広がって、グレンにも伝わるさ」


「伝わっても、私が好きなのはアイゼルだけよ?」


「それを説明する前に、周りが君とグレンを善意でくっつけようとするだろう」


 う、アイゼル鋭い。


 実は、もう私から、ルシアンに協力してもらえる様にイリーナさんから伝えて貰ってるのよね……。


 不自然に目を泳がせてしまう。


「……まだ何か隠してる」


 アイゼルが気づいて断定する。


「アイゼル様、クレア様、出て来てください! あまり長くいると怪しまれます!」


 外からコリンの声に、アイゼルは渋々外に出る。

 私もすぐに続く。


 ルシアンに怪しまれない為の嘘なのに、アイゼルってば……。


 ルシアンについては説明できないから、巡礼宿とトーマス司祭に助けられているわ。


◆◇◆


 巡礼宿では、トーマス司祭は礼拝堂の司祭と話したり、何かとやる事があるらしい。


 コリンとダリルも預けた馬の世話に中庭に行ったり、やる事が多い。


 私とアイゼルだけが、共有場所の隅で過ごしてる。


 マーシャルとルークって事になってるからあまり近づけないし、混み行った話も出来ない。


 遠くの方でヒソヒソごえが聞こえてくる。

 

 女性たちがアイゼルを見てカッコいいって言ってる。

 王子様みたいだとか、きっと高貴な人だとか、多分そんな事を言ってる。


 フードを深く被っているし、服もかなり年季の入った様子なのに、やっぱりアイゼルは目立ってしまうのね。


 仮面を被っていられたフェルゼンの街の方が自由でいられたみたい。


「……出よう」


 気まずくなったのかアイゼルが中庭に誘う。


 ◆◇◆


 僕はクレアを誘って中庭に出た。


 中庭ではコリンとダリルが、ここまで乗って来た馬の世話をしている以外に人はほとんどいなかった。


 2人が他の巡礼者の分や細々とした用事も請け負って、数日分の滞在の巡礼宿への礼をしてるからだろう。


 僕も手伝わないといけないが、クレアの侍女のミアが追いついてくるまでは離れられない。


 巡礼宿の中では、クレアへの男たちの視線を痛いほど感じて落ち着かない。


 今の中庭は人目もなく落ち着ける。

 クレアの隠している事を聞き出すにもいい場所だろう。


「……う、アイゼル、私、中に戻るわ」


 問い詰められ気配を感じて、クレアが戻ろうとする。


「ダメだ、クレア。あんな場所に一人で居てはいけない!」


 僕は慌ててクレアの腕を掴む。


「気まずいのはアイゼルだけでしょ? 私はちゃんと町娘に見えるもの」


 何を勘違いしているのか、クレアは胸を張って自分の姿を見せてくる。


 町娘には見えるかも知れないが、可愛すぎる。


 その辺にいる町娘とは違って、どうしても注目を集めてしまう魅力を纏っている。


 無自覚なのが、まずい。


「君がそんなだから、グレンに……」


 ——キスされるんだ。


 そう続けてしまいそうになり止める。


「……グレンに……? 何か、私の知らない事が、まだあるの?」


 クレアの純真な瞳が僕を見る。


 僕は手を離して顔を背ける。


 彼女を支えたグレンを介したあの頬へのキスが僕からではなく、君からのキスも僕に届いていないと知ったら、クレアはどうする?


 驚いたり、恥ずかしがったり。


 そんな反応の後に、グレンに感謝するだろう——。


 この10年間、君を支えたのは、僕じゃなかったんだ——。


「アイゼル?」

 クレアが僕を心配して見ていた。


「……君に話す程の事じゃない。僕も君の隠し事は詮索しない。必要なら話してくれるだろ?」


 クレアは納得できない不信感のこもった顔をするけど、自分も言えない事がある後ろめたさに表情が複雑になって行く。


 しばらくたって、

「分かったわ……」

 不満そうに言う。


 僕だって、納得はしていない。


 ガサッ


 草木を分ける微かな音が聞こえる。


 音の方を向くと、身を隠すように巡礼宿の中を覗こうとしている男がいた。


 宿泊している巡礼者か?


 少なくとも、普通の巡礼者ではないようだが……。


 彼の視線の先に、巡礼宿の司祭と話すトーマス司祭の姿が見えた。

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