正しい言葉が彼を刺す夜
「それで……、今、ルークを名乗っているのがアイゼルなんです……」
私はイリーナさんに打ち明けた。
「え?」
イリーナさんは驚いている。
「ええ! ずっと辺境伯のアイゼル様がルークだったのですか!?」
「あ、違います! 今日だけです。グレン様の想い人を教えて頂けるって言う事がバレてしまって……、仮面舞踏会だから入れ替わるのも面白いだろうって……」
イリーナさんの驚き様に慌てて訂正する。
「そうだったんですか……。では、私のせいでグレン様がクレア様を好きな事が、アイゼル様にバレてしまったんですね……」
「……ええ、だから、さっきは嬉しくてダンスは出来なかったんじゃないんです……。嫉妬に狂った夫が怖くて踊れなかったの……」
私は唇に手を当てて、恐怖に震える様なポーズを取る。
「夫は私を6年間も辺境の城砦に閉じ込めていたんです。会いに来て優しくしてくれるのはグレン様だけだったの」
これは本当の事だから、嘘をつく必要ないんだ。
「これからトーマス司祭と行くのは本物のマーシャルとルークで、私たちは別荘に行くんです。そこで私はまた閉じ込められる……」
私は出来るだけ、悲しそうに言う。
本当の私は、アイゼルと一緒にいられるならどこにだって閉じ込められたい。
「でも、いつか帝都に行けたらグレン様にお会いしたいのです。もし、その時もグレン様が、まだ私の事を好きでいてくださったなら……」
イリーナさんが潤んだ瞳で私を見つめて言う。
「分かりました! 必ずルシアン様にはお話しします! クレア様がグレン様にお会いできる様に、私、祈っていますわ」
「ありがとうございます!」
私は心の中でほくそ笑えんだ。
◆◇◆
クレアはイリーナ嬢と何を話しているんだ!
僕、アイゼルは、2人が人気のない場所で話しているのをイライラしながら遠くから見守っている。
よほど僕たちに聞かれたくない話だったのか。
トーマス司祭とルシアンと名乗った美しい男と3人で放置される。
周りの男がクレアを見ているのに、待っていろと言われて近づけない。
トーマス司祭は、今夜、この街を立つ前にイリーナ嬢との別れを済ませて心ここに在らずだ。
ルシアンも特に気にした様子はなく周りを眺めて待っている。
僕だけがイライラしている。
「ルークさんも大変ですね。マーシャルさんが素敵な人で……」
不意にトーマス司祭に話しかけられた。
僕があまりに落ち着きがなかったからだろうか。
「いや、ぼ、俺はマーシャルには振られていますから……」
「そうなのですか? とても仲睦まじいので恋人同士に見えましたよ」
聞いていたルシアンが話に加わる。
クレアがおかしくなったのはこの男を見てからだ。
それなのにさっきの会話では、クレアは不自然なくらい微笑んでいた。
何かがある——!
「……俺の片想いですよ」
余計な事は言えないが、トーマス司祭の知っているルークは演じ続けなければ。
「あれだけ、頼りにされているんだから、マーシャルさんもきっとあなたの方を見てくれますよ……」
トーマス司祭が笑って言う。
「グレン様も親友の妻とは言え、冷酷な夫に虐げられている可哀想なクレア様に10年も片想いしているのです。そう簡単にマーシャルを好きになってはくれないでしょう。
それに、グレン様の想いもきっと報われる時が来ますよ」
とても勇気付けられる言葉だと思う。
思いやりがある。
これを聞いているのが、本物のルークやグレンなら——。
僕が、クレアの冷酷な夫のアイゼルなんだ!
クレアを虐げたのにも理由があって、僕はもっと長く、18年間もクレアを思い続けて来たんだ——!
——クレアを愛してる期間なら誰にも負けない!
「時間がそんなに大事ですか」
ルシアンがトーマス司祭に向かって鋭く言っていた。
「人の気持ちなんて、10年20年変わらなくても、時が来れば一瞬で変わってしまうモノですよ」
そして、ニッコリと悪意のない顔をする。
彼は、宮廷に出入りする大魔道士だと言う。
実年齢は見た目以上だろう。
時間の感覚が普通の人間とは違う。
「そうですね。グレン様とクレア様の想い、どちらが先に変わるのでしょうか……。私はクレア様の置かれた状況が可哀想で、お会いした事はありませんが、想いはずっと昔にすでに変わっていると思っています」
トーマス司祭の反論が、僕の急所を正確に狙う。
「後は、いつ、その気持ちを伝えられるかですよ。
……もしかしたら、次に会う時には……」
良い話にすり替えるいる様だが、クレアは僕の妻なんだ!
グレンになんて渡せるわけ……!
「……ふふふ、そうですね。面白い司祭様に出会えて光栄です」
言葉はトーマス司祭に向けられているが、ルシアンの笑いは僕に向いている。
何故か、心を見透かされている様で、背筋が寒くなる。
顔はどこまでも穏やかなのに……。
「お待たせしました、ルシアン様」
イリーナ嬢とクレアが戻ってくる。
「では、馬車が待っていますので参りましょう、ルシアン様」
そう言ってイリーナ嬢はすぐに帰ってしまう。
別れ際にクレアと親密な視線を交わして、トーマス司祭とも無言で見つめ合っていた。
「楽しい時間をありがとうございます、マーシャルさん」
ルシアンはクレアの手に口付けをする。
クレアは次の瞬間にルシアンを見つめて、
「また、お会いできる事を祈っています」
そう言って別れる。
「ルークさんも、また……」
意味ありげなルシアンの僕への視線が気になる。
イリーナ嬢と何を話した?
ルシアンを恐れているような素振りはなんだったんだ!?
謎を残して、仮面舞踏会は更けていく——。
◆◇◆
僕たちは馬車に揺られていた。
仮面舞踏会から脱出して、トーマス司祭と聖都ヴァティウスを目指す。
僕はルークになり、クレアはマーシャルになる。
仮面舞踏会で入れ替わった僕らが別々に行動する計画は順調に進んでいる。
要塞都市フェルゼンを夜に離れたのは、
追ってがついて来ない様にだ。
月に一度の仮面舞踏会では、辺境側の領地にはテントが張られて、街からあぶれた者が野宿をして仮面舞踏会を楽しむ。
辺境側である事で問題もあるが、今回は利用させて貰う。
トーマス司祭と別れて2人乗りの馬車でクレアと一緒にテントを目指す。
ここでなら話が出来る。
「イリーナ嬢とは何を話したんだ?」
「……絶対に言えないわ。アイゼルは怒るもの」
何を話したんだ!?
クレアの“絶対に言えない秘密”が増えていく。
ただし、今回は出所が分かっている“秘密”だ。
「それより、アイゼルはルシアンをどう思ったの?」
ルシアン……か。
背筋が凍る様な冷たさを感じた。
クレアの様子から、ただものではない事が分かる。
ただ、さっきの会話ではトーマス司祭の方が気になった。
何故、知りもしないクレアがグレンを好きになってるだなんて言えるんだ!
6年間も無視してた夫より、優しくしてくれる夫の友人の方が、良いに違いないだろうけど!
……クレアが、僕をまだ好きでいてくれた事が奇跡だ……。
「アイゼルは知らなかったの? ルシアンの事」
僕を覗き込むクレアの眼は真剣だった。
「え、ああ、宮廷にも出入りしていると言っていたが、知らない。大魔道士の存在は知っていたけど、政治の表には出てはこないから、名前は知られてはいない……」
辺境で聞いた事はなかった。
「本当に知らないの? 小さな頃に会っているでしょう」
——小さな頃?
クレアと出会った頃か?
それとも、もっと前——。
——僕がまだアレイウスと呼ばれていた頃。
僕は宮廷に住んでいた。
病弱な双子の弟オルフェウスに魔法をかけてくれる美しい魔法使いがいた。
彼が来るとオルフェウスが元気になるから、僕は大好きだった。
咳をするオルフェウスの手を握り、オートマタの小さなコロロに話しかける。
「早く来てくれないかな。あの魔法使いの——」
「——ルシアン……!」
揺れる馬車の中で、僕は思い出す。
彼に、小さな頃に会っていた事を……。
クレアは僕が気付いた事に複雑な表情を見せた。
けれど——、
何故、君は僕が忘れていた事まで知っているんだ——。




