恋の終わりに黒幕と踊る
私はダンスホールでアイゼルと踊っていた。
城塞都市フェルゼンの月に一度の仮面舞踏会では、人間の楽団が音楽を奏でて、人間とホムンクルスが給仕をする。
貴族や平民、観光客が混じって賑やかだ。
「グレンが私を好きだなんて、イリーナさんたちに嘘をついていたんだわ……。本当に好きな人は教えていなかったのね」
私はルークのフリをして頭部を全部覆う仮面をつけたアイゼルを見る。
表情が全然読めない。
「アイゼルも知らないのよね?」
「……僕は、知ってるよ」
アイゼルが踊りながら静かに答える。
「……会ったことあるの?」
私は不機嫌に聞いた。
「どうして、怒ってるんだ?」
「……」
私は答えない。
「クレア、グレンの好きな人に嫉妬してるの? グレンの事が好きなのか……?」
ダンスを続けるながら、アイゼルの声にも少しだけ怒りが混じる。
今はクレアじゃなくてマーシャルなのに。
「グレンの好きな人に嫉妬してるけど、グレンのせいじゃないわ。アイゼルが悪いのよ」
私はアイゼルを見ないで不機嫌に頬を膨らませた。
「私を無視してる間に、グレンの好きな人に会って、その人を綺麗だとか可愛いとか思って、グレンが好きになるのも分かるって納得したんでしょう! 私の事は6年間も無視してたのに!」
「ええ……」
アイゼルは私の怒りにちょっと引いた。
でも、次に笑い出す。
さすがに踊り続けられなくて、私たちはダンスの輪から外れた。
アイゼルの止まらない笑いを見ながら、私はまだ怒ってる。
アイゼルにとっては些細な事でも、わたしには大切な事なの!
わたしは6年間ずっとアイゼルしか見てなかったのに!
「そうだね、グレンが好きになる人だから、すごく可愛くて、綺麗な人だよ」
笑いが収まったアイゼルが言う。
全く私の怒ってる理由を分かってない。
もしくは、分かっててあえて言ってるのか。
でも、グレンの好きな人は本当に素敵な人なんだと思う。
グレンだけじゃなく、アイゼルが好きになるような素敵な人なんてたくさんいるんだわ!
原作ヒロイン以外にも私のライバルになる女性はたくさんいるんだ。
ずっと城砦に閉じこもっていたから知らなかった……。
「もう、アイゼルなんて、大嫌いだもの……」
そう言って私は横を向く。
怒りより、悲しくなってくる……。
アイゼルがそんな私をまた笑う。
許さない……。
遠くを見つめる。
「グレンの好きな人は、君だよ……」
アイゼルが私の耳元で囁く。
「え……」
そんな事はどうでもよくなった——
同じ時、
目の前に、探していたものが現れた。
視界の端の美しすぎる異形。
——アレは……!
◆◇◆
僕、アイゼルは、自分に嫉妬するクレアが可愛くてたまらず笑い出した。
「もう、アイゼルなんて、大嫌いだもの……」
そう言って横を向く姿がとっても可愛い。
だから、教えてあげようと思った。
教えても大丈夫だと思った。
クレアは、僕の事が好きなんだ。
横を向いて遠くを見つめているクレアの耳元で囁く。
——クレアが動かない。
ずっと遠くを見つめている。
何か、見てはいけないものを見てしまったように——。
視線の先に居たのは、マーシャルとルークだった。
ちゃんと僕たちのフリをしている。
誰にも気づかれないほど完璧だ。
彼らに近づく人物——ホムンクルスだろうか?
人とは思えないほど美しい——。
高価そうな衣装は男性のものであるようだ。
しかし、目だけを覆う仮面をつけても、女性のような顔立ちの美しさは伝わってくる。
クレアが見ているのは、彼か——?
◆◇◆
私、マーシャルとルークはクレア様とアイゼル様のフリをして仮面舞踏会にいた。
一番の賑わいを見せるダンスホールで、観光中の聖職者リストの人物を探して魔力の形を確かめる。
このダンスホールにいる何人かの魔力の形は頭の中に入ったし、もう別の場所に移った方がいいかしら?
調べなければいけない人物はまだ数人残っているから、探さないといけない。
「アイゼル様」
また、知らない貴族に話しかけられた。
「こんな場所でお会いできるとは光栄です。実は……」
「今日は妻との時間を楽しんでいるんだ」
アイゼル様のフリをしているルークが答えた。
貴族はなすすべもなく去って行く。
アイゼル様の“冷酷な辺境伯の次男”と言う評判と、最近出来た“妻に甘過ぎる夫”の評判を合わせてなんとかやり過ごす。
普段見れない冷たいルークもカッコいい。
「邪魔者はいなくなったよ、クレア」
ルークが甘く囁く。
ここでクレアと呼ばれて居るのはフリをしている私、マーシャルだ。
“妻に甘過ぎる夫”を見せつけて、これ以上調査の邪魔をされない為だけど……。
ルークの仮面から覗く優しい瞳と、見つめ合う演技に胸の高鳴りが抑えられない。
クレア様とアイゼル様ならもっとべったりとくっついて踊るんだわ。
ギュッとルークにくっつく。
「マ、マーシャ、……クレア」
少し驚いた後に、ルークが抱き返してくれる。
ルークをドキドキさせられたみたいで少し嬉しい。
これで、誰も私たちが甘過ぎる辺境伯の次男夫婦を演じてるなんて思わないでしょう——。
「マーシャル」
私は、背中から名前を呼ばれて背筋が凍る——。
——ここに、私を知っている人がいる!
同じ名前の人がいるのかもしれない。
とっさにそう思ったけれど、目の前のルークの顔が驚きに満ちて、違うと言っている。
振り返ると、そこにはこの世で一番美しい男性が立っていた——。
仮面をしていても隠せない美貌。
「ルシアン様……」
「辺境伯の所へ赤ちゃんを届けに行ったあなたがここにいると言う事は、無事に役目を果たせたのですね」
ルシアン様が言う。
彼はその美しい容姿からホムンクルスの君と呼ばれる魔導士で、かつて居た大魔道士たちの最後の一人とも言われている。
帝都の宮廷にも出入りして、皇帝陛下の信も厚い。
皇弟アレイウス様の所にも出入りして、アレイウス様のオートマタ技師だった私とも何度か顔を合わせている。
私は、アレイウス様とは仲良くなれなかったから、ルシアン様との方が親しいくらいだ。
最後の大魔道士と言われるルシアン様の前では、私の魔力の形はそのまま写っているのだろう。
「こちらは、アレイウス様の門番に魔力が無い子が居たけれど……、ユリウス様に赤ちゃんの護衛を頼まれたのですね」
ルークの事も、全てお見通しと言うように微笑む。
ユリウス様と言うのは皇帝陛下のお名前で、陛下の子のターニア様を辺境伯の次男のアイゼル様に届ける事はユリウス様の命令でもある。
皇帝陛下から聞いて知っている。
ルシアン様は味方だ——。
「……失礼しました。お久しぶりです。ルシアン様」
私は礼儀正しい挨拶する。
「いえ、いいのです。アイゼル様とその奥様とは、親しくないのです。あなた方と少しでも話が出来て良かった」
そう言ってルシアン様は去って行く。
「ホムンクルスの君か……。本当に美しい方だ……。そして、僕が魔力がない事にずっと気付いていたなんて……」
ルークがつぶやく。
私がルークの魔力がない事に気付いたのは、赤ちゃんを届ける時の護衛がルークだと分かった時に見たからだ。
私が人間より魔道具に興味がある事もあるけど、魔力の形を見るのも精神力を使う。
常にやっていられることじゃない。
ルシアン様、すごい……。
彼が皇帝陛下——私たちの味方で良かった。
「ルーク、私たちも次の場所に行きましょう」
「ああ」
そう言って動くと、遠くで見守っていてくれた、ギリアムとミアも動いた。
仮面舞踏会はまだ続く——。
◆◇◆
「クレア」
アイゼルが私を呼んでいる。
なんの話をしていたんだっけ?
今はそんな事より、目の前の男性だ。
その美しい姿は誰をも惹きつける——。
——でも、誰も愛さず人を信じない瞳。
見つめられたら凍るような冷たさを隠してる。
間違いない——彼だ——!
——ホムンクルスの君、大魔道士ルシアン。
代々の皇帝にも使える優秀な大魔道士で、教会の魔法とも繋がっている……。
その正体は——。
「クレア!」
アイゼルの叫び声に、私は我に帰る。
「どうしたんだ?」
アイゼルが真剣に私を見つめている。
彼のいた方には誰もいない。
話していたはずのマーシャルとルークも消えている。
「クレ、いや、マーシャル、何があった!?」
アイゼルの真剣な瞳。
私はアイゼルを抱きしめる。
——守ろう。
——私が、守る!
ルシアン——。
この物語の黒幕から——!
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・第65話以降:週2回更新(火曜・金曜)




