迷子の恋がはしゃぐ仮面舞踏会
『ワタシを、アイのクサリでシバッテいるノハ、オマエなのだ……』
僕は、クレアとの約束の罰ゲームの恋愛小説を朗読した。
「……アイゼル、何それ? 壊れたオートマタみたい。……マーシャルに修理してもらわないと」
クレアが冗談めかして、でも、冷たく言う。
真面目に読まないと許してくれないようだ……。
『この冷たい鉱山で温かく私を包むのは、お前の体温だけだ。宮廷よりも、お前がいるこの地底の底で温もりを感じることが私の至上の喜び。ここが私とお前の天国なのだ——』
「そう! 良くなってきた。でも、もっと甘く言って」
クレアが嬉しそうにするが、甘くとは……?
『私を一人にしないでくれ、その瞳に私だけを映して。いつも私を愛の毛布で包み込む君はメイドではない、跪くのは私の方だ——』
「それ! アイゼルがよく言ってる!」
「言ってないけど……」
跪くって、本当に言ってない。
「……マーシャルとか……、メイドに言ってないの? なんだか、言い方が慣れてる」
クレアが真剣な目で僕の顔を覗き込む。
冗談だと思うが……。
「恋愛小説を朗読しろってクレアちゃんが言ったのに。……それに、どうしてマーシャルが出てくる?」
数日前にマーシャルをクレアの身代わりに、妻として大聖堂に潜入したが……、それもクレアの発案だったのに……。
不安そうなクレアに呆れつつも、僕は、
「慣れてるなら、全部、ずっとクレアに僕の言葉で伝えたいと思ってた事だからだよ……」
精一杯の甘さで囁く。
「それは後で良いから、朗読して」
……クレアには通じなかった。
◆◇◆
私、クレアはアイゼルの甘い朗読を聴いている。
最初はただ、アイゼルの声で囁いて、私をこの世界に繋ぎ止めて欲しかった。
ちょとした不安の解消のつもりだったんだけど……。
今は目的が変わった——。
『僕を一人にしないでくれ、その瞳に僕だけを映して——』
これは、アイゼルがマーシャルに言ったセリフだ。
よく、覚えてる。
何度も何度も読んだ、原作のシーン。
他にも、言葉の断片に聞き覚えがある。
『隠された皇子とメイドの愛』
この本は、原作を元に作られてる?
本の中の本が原作を参考にしていてもおかしくはないと思う……。
この世界の元になる言葉なんだから、いろんな所に紛れ込んでいるんだろう。
でも——、
“鉱山の豊富な山岳地帯にある、辺境伯の別荘”
これは原作には出てこない。
原作者のインタビューでの言葉……。
私は、全部、読み漁ったから知ってる……。
——この本は、何?
アイゼルが泣きそうな顔で朗読する中で、私は全然違う事を考えていた。
流石にこれ以上朗読させるのは可哀想。
「アイゼルは私に違う言葉を言ってね。他の人に使われた言葉は嬉しくないの……」
「僕が言ったんじゃないけど……」
アイゼルが私を見つめる。
「そうだなぁ。じゃあ、クレアちゃんだけを僕の瞳にずっと映しているよ」
アイゼルが私を見て言う。
ちょっとさっきのセリフに似てるけど、アイゼルのオリジナルの言葉だ。
私は微笑んで、アイゼルだけを瞳に映す。
◆◇◆
今日はいよいよ要塞都市フェルゼンの月に一度の仮面舞踏会の日。
この間、マーシャルが私になりすまして大聖堂に行って、有力な聖職者の魔力の形は調べてある。
けれど、別の街から観光に来ている聖職者もいる。
ロイスたちが調べた観光に来ている聖職者リストは、マーシャルに渡されて魔力の形を調べて貰う事になっている。
リストは私も見たけれど、原作知識に引っかかる名前はない。
陰謀に加担する者がいても、重要人物じゃなければ、私が名前を覚えていないから、確実に居ないとは言えない。
ルークをホムンクルスの治療をつかって操るなんて、原作ではない出来事だし、ルーク自体が原作にいない。
襲われた私もいないし……。
実は、原作知識なんてこの件ではあまり役に立たないのかもしれない。
黒幕の事は覚えてるけど、実行犯になるような人物の知識はゼロだ。
「ダンスホールと大聖堂を中心に回ってみます」
私になりすましたマーシャルが言った。
彼女の魔力の形を見る能力が、ルークを操っていた者を特定のする鍵だ。
マーシャルの隣にはアイゼルになりすましたルークがいる。
「やっぱり俺はアイゼルさまの様には出来ません……」
珍しくルークが弱気になっている。
「“妻に甘過ぎる夫”なら、十分ルークも演じられるよ」
コリンに言われて、
「それなら……」
と、マーシャルを見つめるルーク。
「……キュンキュンしますね」
と、離れて二人を見ていたミアが言う。
ミアは、ギリアムと一緒に、マーシャルとルークと行動する事になっている。
私と離れる事を悲しんでいたけど、落ち着いたみたい。
私はギュッとミアに抱きついて、マーシャルと出て行くミアと別れを惜しんだ。
「クレア、僕らもトーマス司祭とイリーナ嬢の所に行こう」
ルークになりすました頭部を全部仮面で覆ったアイゼルが言う。
昨夜はコリンがトーマス司祭の護衛をしていて、今朝は彼の所に案内してくれる。
私たちは、ホテルをそっと抜け出して、また平民になった。
◆◇◆
月に一度の仮面舞踏会の日は町中で仮面をつけていない人がいない。
そこらじゅうの小さな店でも仮面舞踏会が開かれる。
一番華やか会場は中央の専用のダンスホールで観光客がたくさん集まっている。
次に賑やかなのが、この日だけ広く解放される大聖堂だ。
イリーナさんとトーマス司祭はダンスホールにいた。
「こんにちは、マーシャルさん! とっても可愛い仮面ね」
マーシャルが着るはずだった仮面とドレスだから、ちょっと若い感じが恥ずかしい。
この時代設定に合わないミニスカートのドレスなのだ。
アイゼルは、出掛ける直前にそれを知って出掛けるのを止めようとしたけれど、そう言うわけにはいかない。
「絶対に僕から離れないで」
と、私の腰に手をまわして離さない。
「あら? ルークさんは振られたのじゃなくて?!」
と、イリーナさんが不思議がる。
「グレン様と再会する為にお守りしているんです」
仮面の中の笑顔が見える様なアイゼルの返答だけど、私の腰に回された手で強く体を引き寄せられた。
バレないかしら?
とにかく私がグレンに夢中な事を見せて、気づかれないようにしないと!
「イリーナ様、グレンの片思いの相手は何処にいるんですか? どんな方がグレンの愛を独り占めしてるのか、気になって仕方がないんです……」
アイゼルの手の力が更に強くなる。
本当は、トーマス司祭と一緒に聖都ヴァティウスに行く事が決まったので、イリーナさんとトーマス司祭とお近づきになる為のこのお芝居はいらないのだけど……。
でも、グレンの片思いの相手は知りたい。
アイゼルに無視されていた6年間、グレンが冗談で慰めてくれて、アイゼルからの婚約の頬へのキスを届けてくれた人。
——もしかしたら、私の事を好きなのかもって思ったこともあったけど、ちゃんと片思いの相手がいるんだわ。
今度は、私が応援してあげたい——。
「あの方ですよ」
そう言ってイリーナさんが示したのは、とても美しい金髪の男性の隣の女性だ。
茶色の髪で可憐なドレスを着ている。
あれは、——マーシャルだった。
グレンの片思いの相手ってマーシャルだったの?
私はボーッと考える。
……。
「辺境伯の次男のアイゼル様の、奥様のクレア様が、グレン様の想い他人ですよ」
仮面の下でニッコリと笑いながらイリーナさんが教えてくれた。
「え!?」
それは、私——。
アイゼルが私を強く引き寄せる。




