本物の恋をすり替える、仮面の夜
私とアイゼルは大聖堂の近くまで来ていた。
トーマス司祭と、イリーナさんが居ない間に話したい事があった。
トーマス司祭は聖都ヴァティウスからやって来ているから、大聖堂に付設する宿舎に泊まっているはずだ。
トーマス司祭を待ちながら、頭部を覆う仮面を付けたアイゼルと歩いていると自然と笑みが漏れた。
アイゼルはそんな私を見るたびにとても嫌そうな仕草をする。
そんな様子も今の私にはとても楽しい。
一日キスしない賭けに私が勝ったから、『隠された皇子とメイドの愛』をアイゼルに朗読してもらえる。
皇子のモデルのアイゼルに朗読して貰えるなんてとっても幸せ!
「とっても面白かったのよ。アイゼルがメイドに甘い言葉を囁くのを早く聞きたいわ」
「甘い言葉なら直接クレアに囁いてると思うけど……」
アイゼルが言うけど、
「隠された皇子とメイドの禁断の愛でしか出って来ないセリフなの! アイゼルが言ったことあるなら私にじゃないわ」
私はアイゼルを、冷ややかに見つめた。
「う、分かったよ……。クレアちゃんの為に読むよ……」
諦めたようなアイゼルに私は満足そうに笑う。
私はそんなアイゼルの腕にギュッと抱きつく。
『本の世界に入っていきそうだ』
私が夢中で本を読んでいる時のアイゼルのセリフだ。
——ゾッとする。
転生者の私が、また本の中に吸い込まれる。
そんな事があっては困る。
だから、アイゼルだけに夢中にさせていて——。
荘厳な大聖堂の横で、ささやかだけど大切な願いを願いながら歩く。
でも、腕から伝わる温もりで願いはもう叶っている——。
「——!」
声が聞こえた。
「トーマス司祭の声!?」
私が言うより前に、私たちを隠れて護衛していたコリンたちが走っていた。
私もアイゼルに守られるようにして声のした方に向かう。
◆◇◆
僕が着くと、トーマス司祭がコリンとロイス、ダリルに囲まれていた。
「アイ……、ルーク、今、トーマス司祭が暴漢に襲われていたんだ。逃げられてしまったけど……」
「アイゼル……」
クレアが囁くように言って、不安そうにギュッと僕の腕を握る。
トーマス司祭は、領主フェルゼン卿の悪事を探っている。
そして、その娘のイリーナと密会している。
フェルゼン卿からだけでも狙われる理由はしっかりあるな。
「どんな奴だった?」
「教会の者のようでした……」
ロイスが答える。
トーマス司祭は青ざめていた——。
「心当たりがあるんですか?」
僕が問いかけても、トーマス司祭は放心していた。
領主と繋がっている教会の者か、別に理由があるのか……。
どちらにせよ、僕たちにはトーマス司祭は必要だ。
教会内の対立構造も知っておきたい。
——皇族の血を狙う者に当たったなら、探す手間が省ける。
「トーマス司祭、あなたは狙われていて危険です。僕たちが、聖都ヴァティウスまで護衛しましょう!」
僕の提案にやっとトーマス司祭は反応する。
怯えた顔で僕を見ているが、安堵が混じっている。
本当に心当たりがなく、怯えていたのだろう。
「どうして、あなた方が……?」
ただ、今度は、僕たちへの不信感が拭えないようだ。
「あの、私たちはトーマス司祭に聖都ヴァティウスへの案内をお願いしようと思って探していたんです」
僕の腕を掴んでいたクレア——トーマス司祭の前ではマーシャルか——が言う。
昨日、私が追いかけていた仮面の男が、聖都ヴァティウスの向かったと言う情報があり、追いかけたい。
しかし、聖都ヴァティウスの中心に立ち入るには許可証がいるから困っている。
クレアが、そんな説明をする。
「そうだったんですか……」
トーマス司祭はクレアの説明に納得した様子だ。
「私も何故このような事が起こったのか分かりません。教会の者が何故このような事を……?」
トーマス司祭は本気で困惑しているようだ。
「本当に教会の方だったんですか?」
クレアがトーマス司祭に聞くが、代わりにロイスが応えた。
「黒衣の下に法衣が見えたので、間違いないかと……」
杜撰だな……。
決めつけてはいけないが、フェルゼン卿側の人間がやったような気がする……。
「明日、仮面舞踏会の後に、この街を立ちます。イリーナと別れるのは辛いけど、誰が狙っているか分からない大聖堂にはもう居られない……!」
怯えさせてくれたのは都合がいいが……。
「では、今夜は街の宿に泊まって下さい——」
◆◇◆
私とアイゼルが戻ると、マーシャルとルークはホテル『黄金の獅子亭』に先に着いていた。
私とアイゼルは、ホテルの居間に自分たちが既に居ることに驚いた。
「ルークの髪はカツラか? これなら誰も疑わないな」
アイゼルの見事な金髪には及ばないけれど、綺麗な色だ。
ルークの黒い瞳を隠す目だけ覆う仮面をしているから完全にアイゼルに見える。
でも、髪の色が同じだと仮面がなくてもそっくりだと思う。
マーシャルの方は、ルークとアイゼル程は私と似ていないけど、仮面を付けたら分からないわ。
「こんな素敵なドレス、私が着てもいいんでしょうか?」
マーシャルが言うけれど、
「マーシャルにはもっと似合うドレスがあるのに、また私の身代わりをさせてしまって申し訳ないわ」
マーシャルにはもっと赤とかオレンジとか、情熱的な色が似合うと思う。
私の為の淡い色のドレスも可愛く着こなしてはいるけれど……。
何故、マーシャルとルークが身代わりをするのか——
それは、大聖堂から盗み出した——借りた魔道具が一因だ。
魔道具から魔力が漏れても、周囲にバレないように辺境伯の別荘で解体する必要がある。
だから、オートマタ技師のマーシャルが、ルークと、私とアイゼルとして別荘に行って作業する。
途中まではギリアムとミアと、別荘までは辺境から来た使用人たちが一緒だから、バレる心配はない。
——その間、私とアイゼルは、マーシャルとルークとして聖都ヴァティウスへ向かう。
アイゼルはトーマス司祭と出会うずっと前、辺境の城砦を出る時から、教会の総本山の聖都ヴァティウスには行くつもりだったらしい。
グレンが密猟の調査でトーマス司祭を見つけてくれたのは好都合だった——。
さっき襲われて憔悴していたトーマス司祭は、マーシャルとルークが泊まっていた街の宿屋にコリンとダリルと泊まっている。
コリンとダリルには私たちと一緒に聖都ヴァティウスへ行って貰うから、トーマス司祭と仲良くなってくれたら良いな。
それから、ロイスはマーシャルたちと別荘に行って貰う事になっている。
「なら、私が一緒じゃなくても良いでしょう!?」
ミアがギリアムと何やら追い争っていた。
「クレア様の安全の為にも、君がそばにいてマーシャルを本物のクレア様だと思わせる必要がある」
ミアは私と一緒に行けない事に怒っているみたい。
正直に言うと私もとても不安だ。
ミアが居ないだけでも怖いけど、平民のフリをし続けるなんて……。
この世界の貴族令嬢なら当たり前だけど、なんて甘やかされてたの私——。
「ミア、三日後には会えるんだから大丈夫よ。私、頑張るわ!」
そう言ってみたけどなんだか泣きそうだ。
「分かりました〜! クレア様〜」
代わりにミアが私に抱きついて泣き出す。
「エドさ〜ん! クレア様を監視して下さ〜い!」
グレンに、お母様に命令されて私を監視してたって勘違いされてたエド。
トーマス司祭に、私たちが追っていると言った仮面の男でもある。
ここで私の勘違いを出して来るなんて、ちょっと恥ずかしい。
ミアの叫びが夜の城塞都市フェルゼンにしばらく響いた。
◆◇◆
僕はクレアに『隠された皇子とメイドの愛』を渡された。
「明日は大事な仮面舞踏会の日だ、また今度にしよう」
僕は言う。
「明日はそのまま街を立って野宿するんでしょ? その後も小さな街や修道院だけ……。アイゼル、ずっと読まないつもりよね?」
クレアが、鋭い……。
僕はパラパラと本をめくってみる。
セリフが……。
一生言わないような言葉がたくさんある。
『その地方は精霊の恵みにより、鉄や銀が豊富に取れた。細く険しい道の続く山岳地帯には住む人も少なく、皇子が隠れ住むには最適な場所だった——』
「違う! もっとちゃんとセリフを読んで!」
クレアが注文をつける。
やっぱり、言われると思った。
「鉱山の豊富な山岳地帯って、これからマーシャルとルークの行く別荘に似てるな……」
僕は話を朗読から逸らす。
「え?」
クレアの興味を引けたようだ。
「僕も行ったことは無いけど、何故、辺境伯の別荘がこんな山の中にあるのかと不思議だったんだ……」
本当に何の為なんだろう?
マーシャルの魔道具を調べる役には立っているが……。
「……辺境伯の、別荘……?」
クレアが何やら深刻に考えている……。
僕は少し寂しくなる……。
“——絶対に言えない秘密——”
いつか話してくれる日が来るのだろうか——。
僕はクレアの気を引くために、意を決して、恥ずかしいセリフの朗読を始める。




