仮面の下で、嘘の恋を演じる
領主の館の礼拝堂で朝の礼拝を済ませた後で、領主の娘と遭遇した。
「これは、おはようござます」
礼に則った挨拶をする娘。
私も習い、尋ねる。
「こんなに早くから、慰問に行かれるのですか? みなさんに喜ばれるでしょうね」
「え、ええ……」
彼女は言葉を濁して、館を出ていく。
この仮面舞踏会の街では、誰もが仮面を被っている。
この間、大聖堂で見かけたオートマタ技師のマーシャルも仮面を被っていた。
辺境伯の次男と言う仮面を被る男の妻と言う仮面を——。
◆◇◆
私はアイゼルと町娘の姿で街に出ていた。
昨日に引き続き平民として街に出た理由は、昨日、2人の男女との出会いがあったからだ。
私が仮面の男を追いかけて走った後で、息を切らしていた所で声をかけてくれた優しい女性と男性——。
2人はグレンの知り合いだった。
正確に言うと、アイゼルの依頼で調査していた事で知り合った、
調査対象が2人なのだと言う。
調査内容は、辺境伯の領地での有力な交易品である魚の密猟に関わっている魔力を持つものを探す事。
司祭や要職に就いていない野良の魔力持ちが居るかもしれない。
彼らは、領主にとっては危険人物だ。
領主との交渉材料に使える。
しかし、魔力を持つものは見つからず、代わりに別の物を見つけた——。
「あれが領主フェルゼン卿の娘か……。隣にいるのは、聖都ヴァティウスから来た司祭か……」
アイゼルが2人に見つからないように離れた位置で言う。
ルークから借りた頭を全部覆う仮面をつけている。
月に一度の仮面舞踏会を明日に控えたフェルゼンの街では、この仮面も目立たない。
平民として溶け込めているはずなんだけど、アイゼルは何処か高貴な雰囲気がただよっている。
昨日出会った2人に、お礼する名目で近づきたいと思ったんだけど……。
2人は私と一緒にいたルークも見ているから、背格好がそっくりなアイゼルがルークとして会っても違和感がないはず……。
アイゼルの平民らしくなさはちょっと問題かもしれないけど、平民に溶け込めちゃう私の方が問題あるのかしら?
「とっても可愛いよ」
と、アイゼルは撫でてくれるけど……。
——また、アイゼルが私に触れる。
「じゃあ、2人に話しかけに行こうか?」
それだけ言うのに抱き寄せられた。
今日は昨日決めたアイゼルからキスしない事って賭けのせいか、アイゼルから触られる事が多い気がする。
ただし、アイゼルは絶対に顔は近づけない。
よっぽど罰ゲームが嫌なのね……。
私の方も今日は、アイゼルに自分からキスをする事って条件がある。
自分からキスする事自体が恥ずかしい罰ゲームだから、私への罰ゲームは決めてないけど、たぶん私がキスしないとアイゼルの罰ゲームも無効って言われそう。
だから、絶対にキスして、アイゼルにはあの本を朗読して貰うんだから!
アイゼルに抱き寄せられて、今はキスするのにちょうど良いけど……。
でも、仮面が邪魔なの〜!
◆◇◆
僕、アイゼルとクレア、領主の娘のイリーナと聖都ヴァティウスの司祭トーマスが、街の食堂に入っていた。
クレアが、昨日のお礼に昼食に誘ったが、一度は断られてしまう。
『私たちは心配して、ただ声を掛けただけですから』
イリーナ嬢が言う。
事実そうなのだ。
心配して声を掛けられたくらいでお礼と言うのは大袈裟だ。
『でも、グレンのお知り合いなんでしょう? 実はグレンは仕事で旅立ってしまって……、えっと……』
クレアが食い下がるが、そこから続かない。
『もしかして! グレン様の片想いの相手って貴方!』
イリーナ嬢が食いつくが、何故そうなる!?
クレアは急に言われた驚いている。
『いえ……、違います……。わ、私がグレン様に片想いしてるんです!』
クレア!?
君まで、何故そうなる!!?
——そして、クレアのグレンへの片想いを成就させようと、食堂で話す事になった……。
何故なんだ——!?
「私たちはグレン様に仲の良い恋人同士だと思われて、恋愛相談されたのが知り合ったキッカケなんです」
「何度も相談に乗っているんですが、難しいお相手で……、別に恋する相手が居れば良いのにって話していたんですよ」
イリーナ嬢と隣のトーマス司祭が顔を見合わせながら言う。
仲がいい。
イリーナ嬢は20歳の独身、トーマス司祭も20代だとグレンの報告書にある。
身分違いで恋人同士にはなれないが、毎日密会する仲だと。
トーマス司祭は聖地のある教会都市の聖都ヴァティウスから派遣されて来ている。
この要塞都市とフェルゼン卿の裏の顔を知り心を痛める、教会の善性に属するもの——。
グレンに調査を依頼した時は魔力を持つ者を見つけられたら利用できると思っていたが……。
教会の陰謀を調べるのなら、トーマス司祭はずっと価値がある——。
それが、調査対象の娘と恋に落ちているとは……。
イリーナ嬢を見つめてニコニコ笑っているトーマス司祭を見て、少し不安になる。
とても人が良さそうな顔だ。
騙すなら彼だ——、グレンの報告書にはそう書いてある。
グレンがどんな相談をしていたかは書いていないが、おそらくは実在のクレアの事では無いのか?
トーマス司祭に近づくには悪くないが、そのクレア自身が、グレンに片想いしていると同じ人物に相談するとは……。
仮面の街で被る仮面は複雑になり過ぎる。
「で、マーシャルさんとおっしゃったかしら? グレン様とはどんな関係なの?」
イリーナ嬢の質問にマーシャルを名乗ったクレアは肩を振るわせた。
横に座る僕に、涙目で『思い付かない、助けて!』と視線を向ける。
——嫌だ、助けたくない——!
グレンにクレアが片想いしている理由を何故僕が考えなきゃいけない!
ただ、目の前の困っているクレアの為にも、調査の為にも、そんな事を言っている場合じゃない。
「昨日、マーシャルが追いかけていた男に僕らの店の資金を奪われてしまって、グレン様に助けられて資金の大半は取り戻せたんですが、男は捕まえられなくて……」
僕が適当に考えた理由を言うと、クレアが引き継いで言う。
「本当にグレン様は頼りになります! 昨日はこのルークの他に3人居たのに、真っ先に追いかけてくれたのがグレン様だったんです」
さっきとは違って、クレアの口が滑らかに動く。
「まあ! 本当にグレン様しか見えていないのね。マーシャルさんって! そこに居るルークさんも昨日は必死に追いかけていらしたわよ?」
「え!?」
クレアが驚く。
昨日いたのは本物のルークだ。
事情を知らなくても、クレアが追いかけている男が居たら必死に追いかけるくらいはするだろう。
「そうだったのルーク……。私の為に?」
悲しそうな目でクレアが僕を見つめる。
僕はクレアに合わせてうなづきながら……何か、イヤな予感がする……。
「あなたの気持ちは嬉しいけど、私はグレン様が好きなの……! ごめんなさい……」
な、なんで僕がグレンに負けて振られなきゃいけないんだ!
「……いえ、僕はマーシャルが、好きな人と結ばれて幸せになってくれたら満足です……」
ズキンッと胸が痛む。
ついこの間、僕がクレアに離婚を提案した時に思っていたことだ。
僕の側に居るより、他の奴と——グレンといた方が幸せになれるなら、離れてもいいと思った。
でも、クレアの気持ちを知った今は絶対に離れない——!
「ルークが応援してくれて良かったわ! それで、グレンの片思いの相手ってどんな人なんですか? グレン様は色んな街に行っているから、この街の方なのかしら?」
「今、仮面舞踏会の為にこの街にちょうど来られているらしいの。私もお会いしたいと思っているのよ」
イリーナ嬢が言う。
「わあ! 私も見てみたい……、グレンの好きな人……」
クレアが切なそうに言う……。
演技……なんだよな……?
「じゃあ、私たちと一緒に仮面舞踏会に行きましょう!」
イリーナ嬢が言う。
「そうだね」
トーマス司祭もうなずく。
聖都ヴァティウスが一歩近づいてくる。
◆◇◆
2人と別れて僕とクレアは2人になった。
「トーマス司祭とお近づきになれて良かったわね」
クレアが無邪気に僕に笑いかけてくる。
その為に君がした演技に僕がどれだけ傷付いたか、全く気にしていない。
僕は人通りのない裏道に隠れるように入ると、被っていた仮面をずらして、クレアにキスした。
クレアの唇を話すと、クレアは息を呑んだ。
「どうして、グレンに片思いしてるなんて言ったんだ?」
「だって、片思いされてる人にはなれないから、片思いしてる人になるしかないでしょう? グレンの好きな人も気になるし……」
目の前の、グレンの好きな人がバツの悪そうな顔で弁明する。
さっきのクレアのあれは、恋じゃなくて好奇心か。
「でも——」
そう言って僕の顔に手を伸ばしたクレアは、
僕にキスする。
「……賭けは私の勝ちね」
そう言って、ニッと笑う。
「あ」
僕の脳にあの本が浮かんだ。




