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結婚したのに6年間無視され続けた私、本当の理由  作者: 唯崎りいち
第二章 光差す聖堂・仮面の夜

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キスをしない一日

 私、クレアは、城塞都市フェルゼンのホテル『黄金の獅子亭』で昨日の出来事の意味を考えていた。


 お母様が、14歳の私を監視していた?


 何故?


 ずっと私を見ていないと思っていたのに……。


 ただ、厄介者だから何か問題を起こさないか見張っていただけ?

 なら、アイゼルとの婚約に反対しないで、私が結婚して家を出て行くように仕向ければよかったのに……。


 分からない。


 街で見かけた仮面の男は、本当にお母様の従者と同一人物だったの……?


 私が追って逃げたのだから、何かやましい事があったのは確かだろうけど……。


 私の朝の支度をしながら、ミアが疑問を口にする。


「昨日は街で何かあったんですか? クレア様の事でアイゼル様とグレン様が何か話していた様ですけど」


 そうだったの?


 昨日はグレンから、街で見かけた仮面の男がお母様の従者かもしれなくて、その従者がお母様の命令で私を監視してたかもしれないって聞いてから周りが見えなくなっていた。


 グレンがいつ帰ったのかも分からない。


 とりあえず、ミアに昨日の事を話す。


 実家から私について来た侍女のミアは、お母様の従者の仮面の男の事もよく知っているかもしれない。


 ——。


「エドさんは、クレア様を監視していませんよ」

 ミアがあっさり答える。


「え?」


 ……エドと言うのが、仮面の男の正体なの?


 あまりにあっさり言われて、何に疑問を持てばいいか混乱する。


「使用人の部屋でよく会う気さくな人ですよ。顔の傷のせいで仮面をしてるので素顔は見た事がありませんが。

 奥様のお使いでいつも出掛けているから、あまり会えないし、クレア様の監視なんてエドさんには出来ませんよ」


「そ、そうなの……?」


 仮面の男と気さくな人ってイメージが合わない。

 けど、私もほとんど見かける事が無かったし、いつも出掛けていたのは本当だろう。


「でも、グレンに『私に近づくな』って言ったって……」


「主人の娘のほっぺにチューしてる男が居たら、たまたま見かけても釘を差しますよ。むしろ、優しすぎる対応ですよ」


 ……、ん〜、そうかも……。


「でも、アイゼルからのキスだもの……」

 あのキスが、私にとってどれだけ大切なキスになったのか……。


「アイゼル様も、他の男にほっぺとは言え好きな女性へのキスを託すなんてどうかしてますよ」


「う……。ミ、ミアだって、あの時は私の思いが通じたって喜んでくれてたじゃない!」


 私は、あのキスの後に家でミアに報告した時の事を思い出して言う。

 婚約者がアイゼルだと知って抱き合って泣いて、ロマンチックな贈り物にうっとりしたのに!


「それで、後々の火種を増やしてるじゃないですか!」


「火種って……、仮面の男——エドの事とは別でしょう?」


 私が言うとミアは呆れている……、なんでよ!


◆◇◆


 クレアの支度が終わるまで待とうと部屋の前にいたら、話し声が聞こえてきた。


 クレアの侍女のミアの言う事は耳が痛い。


 グレンにキスを届けさせる事はしていないが、彼を使者に選んだのは完全に間違いだった。


 勝手にキスまでして、クレアの魅力に取り憑かれる男を増やしてしまった——。


 グレンが14歳のクレアの頬にキスした事は、今でも考えただけで嫉妬で身体がカッと熱くなる。

 しかも、クレアから頬へのキスのお返しまでされて……。


 クレアの純粋さが起こした出来事だけど、14歳のクレアがどれだけ無垢で可愛いかったのかを想像すると耐えられない。


 ——だから、あんな事を言ってしまったのかもしれない。


「アイゼル! 待っていてくれたの?」


 クレアが支度を終えて部屋から出て来る。


 昨日に引き続き、町娘姿に変装してとっても可愛いらしい。


 僕は直ぐにでも抱き寄せてキスしたい衝動に駆られた。

 でも、クレアの含みのある微笑みを見て我に返る——。


 ——賭けに負ける所だった。


「つまらないわ……」


 と、クレアが頬を膨らませて拗ねてる。


 その姿は可愛いけれど、僕だって負けるわけにはいかない——。


◆◇◆


 それは昨夜の事だ。


 クレアからの初めてのキス。


 照れて、「もう絶対にしない……」と言うクレアが可愛すぎた。


 多分、14歳のクレアがグレンの頬にキスしていた事への嫉妬があったんだ。


 グレンと対峙した直後で、グレンがクレアの継母への想いを僕よりも理解していた事に負けたような気持ちになっていた。


 だから、クレアが僕に向けてくれたキスが嬉しくて、少しわがままになっていた。


 僕が、もう一回キスして欲しいとクレアに言うと、とても照れながらクレアがまたしてくれた。


 その姿が可愛くて、何度も頼む——。


 ——何度も照れながらキスしてくれるクレア。


 ただ、何度目かで、さすがにクレアがキレた。


「いい加減にして! 恥ずかしいから、もう絶対にアイゼルにキスしないの!」


 僕から離れてそう言うクレア。


「じゃあ、僕もしない!」


 気づいたら僕もそう言っていた。


 言った瞬間にしまったと思った。


 クレアにキス出来ないのは、僕が耐えられない。


 クレアも僕の言葉に悲しそうな顔になる。


「あ、明日だけ、しない!」


 僕は自分の言葉を訂正する。


「その代わりに、明日はクレアちゃんからキスする事!」


 僕の提案に、クレアは少し考えて言う。


「私だけ恥ずかしくて嫌なだけじゃない!」


 僕だって一日キス出来ないのはかなり辛いから、クレアちゃんだけが嫌なわけじゃない。


 なら辞めたらいけど、もう引き下がれない。


「……もし、アイゼルが、明日、私にキスしたら、罰として恥ずかしい事をするならやっても良いけど……」


 クレアからの譲歩を引き出せた。


「良いよ。その代わりクレアちゃんも必ず僕にキスしなきゃダメだよ」


「わ、分かったわ……」


 また照れるクレア。

 いつまでも可愛い。


「で、恥ずかしい事って?」


 僕が恥ずかしい事ってなんだ?

 思いつかない。


「アイゼルがモデルの本を私の前で朗読する!」


 クレアが生き生きと答える。


「う……!」


 まさかこんなに恥ずかしい事があったなんて……!


 『隠された皇子とメイドの愛』


 読むだけでも精神を削られる自分がモデルの恋愛小説なのに、朗読まで!?


 クレアの嫌がらせの本気度が分かる。


「分かった……」


 僕は渋々と答える。


 明日一日、クレアにキスしなければいいだけだ。


 6年間、君を守る為に耐えたんだ、たった一日くらい——。


 クレアが少しだけ笑う。

 ニヤリと不敵な笑みに見えたが、それすら魅力的だ。


 僕はゴクリと唾を飲み込んだ。


 絶対に負けられない戦いがある——。


 明日できない分、その日、僕はクレアに思いっきりキスをした。

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