忘れられない少女を追う男
どうして?
どうして? グレンがあの人を知ってるの?
私はグレン見つめた。
「会った事があるんです。10年前に——」
10年前、私が14歳の時——。
グレンがアイゼルの婚約を伝えにきれてくれた時——。
◆◇◆
俺、グレンが彼女に会ったのは6歳の時だ。
皇帝の子だが匿われて辺境伯の次男として育てらるアイゼルと、アイゼルの為に集められた子供達のうちの一人が俺、グレンだった。
アイゼルが全く俺たちに馴染もうとしないから、環境を変える為に貴族の館で子供たちが集められていた。
俺は急に連れてこられたことが気に入らなくて子供部屋で本を投げて遊んでいた。
すると女の子が真似をしたのをきっかけに、他の子たちも真似をはじめて収集がつかなくなった。
——その女の子がクレアだった。
その後、屋敷の大人に怒られてから姿を見なかった女の子は、アイゼルと一緒にいたらしい。
辺境の城砦に戻ると、貴族の館で急速に仲良くなっていたアイゼルとギリアムが、庭園でアイゼルの本を投げた女の子の事を話していた。
僕が子供部屋での出来事を話すと、
「そう言うことだったのか!」
と、2人で納得してた。
クレアの事をキッカケにしたアイゼルの身の上話にロイス、コリン、ダリルも巻き込まれていく。
『クレアちゃんと結婚して、兄上と弟を助ける』
それがアイゼルの口癖になった。
アイゼルの詳しい事情と覚悟を知るうちに、俺もアイゼルの力になりたいと思うようになった。
「クレア様ってどんな人なんだろうね」
コリンが言う。
「きっと可愛い人だよ」
そんな風に話している。
「可愛かったかなぁ? 本を投げるような女だぞ」
「それはグレンが始めたんだろ……」
俺はクレアにあった事があるだけに、アイゼルとギリアムがあそこまで熱を上げてる理由が分からなかった。
14歳になる頃に、アイゼルはクレアと正式に婚約する為に動いていた。
どこの誰かも分からなかったクレアの居場所を探し出して、アイゼルに決められていた婚約者との婚約を破棄して、周りにクレアとの婚約を了承させていた。
けれど——、
クレアの母親が反対しているから、そこから婚約の話は進まなかった——。
話によるとクレアの母親は継母で、クレアに冷たいらしい。
「クレアちゃんが僕だと知っていて婚約を断るはずない! 継母に邪魔されてるんだ!」
アイゼルはそう言っていたけど、子供の頃に少し遊んだ相手の事なんて忘れてるだろう?
俺だって、アイゼルに言われてなきゃ本を投げた女の子の事なんて忘れてる。
現に他のあの場にいた子たちの事は忘れた。
「クレア様に、婚約を申し込んでいる辺境伯の次男が、子供の頃に遊んだアイゼル様だって知らせたら、どうですか?」
そう言ったギリアムの提案に、会った事がある俺グレンがアイゼルの代理で、クレアの所へ行く事になった。
め、面倒くせ〜!
まあ、それでアイゼルの気が済むならいいか。
ちゃんと現実の女の子と向き合う方がいい。
アイゼルに婚約破棄された令嬢も見かけたことあるけど、とっても可愛い子だったのに。
本を投げるような変な女の事は振られてキッパリ諦めた方がアイゼルの為だ。
ただ、振られた後のアイゼルを思うとちょっと不安だった。
あれだけクレアちゃん、クレアちゃんって一途に想い続けてるんだ、立ち直れないだろう。
……。
俺が上手く婚約をまとめてやるしかないか……。
帝国の西に広がる自然豊かな地域に来た。
つまり、ど田舎だが、ここの有力貴族の娘がクレアだった。
身分的にはアイゼルの方が上だが、冷たい荒野の広がる辺境よりは、田舎でも自然豊かなこの地方でそれなりに暮らす方が幸せな気がした。
「アイゼルには、クレア様はここで暮らす方が幸せだから諦めろって言うか……」
クレアの屋敷はすぐに分かったが、なかなかクレアだけに近づく事が出来なかった。
クレアは殆ど家で過ごしていて、たまに妹を伴って外に出かける事があるらしい事は聞き込みで調べた。
調べる中で、ハッキリとはしないがクレアが継母から無視されているらしい事を聞く。
「今は、ここで暮らす方が幸せって事もないけど、いつか結婚してこの屋敷からは離れるだろう……」
クレアが継母と妹と外出する機会がやっと巡って来た。
3人で歩く彼女たち、クレアだけが遅れて歩いている。
顔は見えないが、辛く苦しそうな様子が後ろ姿からも伝わってくるようだった。
「クレア、ここでいいわ」
そう継母が言う。
「はい、お母様……」
鈴が鳴るような可愛い声だった。
でも、弱々しい。
「お姉様、待っててね!」
妹が元気に呼びかけると、継母と一緒に歩き出す。
「気をつけてね、アリシア」
クレアは、精一杯の明るさで妹を見送る。
健気な様子に胸が締め付けられた。
これが彼女の日常なのか。
クレアを一人残して出掛けて夫に虐待を疑われない為に連れ出されるが、途中で一人置き去りにされる。
ハッキリ誰も言わない静かな虐待——。
公園のベンチに座っているクレア。
はじめて顔が見えた。
——俺の息が止まる。
儚げで、なんて美しい。
「あの——」
やっとクレアが一人になって、アイゼルの事を伝える事が出来る。
俺を見つめたクレアの眼に涙が浮いていた。
「なんですか?」
涙を拭いて、答える。
「あ、あなたに、婚約を申し込んでいる男からの使いで来ました」
見つめられている思うと緊張した。
「それは、お断りするようにと母に言われています……」
クレアの瞳が曇る。
「それは、あなたの意思ではないでしょう?」
「……誰かと、婚約したいって意思も私にはありませんから……」
悲しげにうつむく。
「あの母親はあなたの事など何も考えていない! 自分で考えないといけませんよ」
思わず俺が言ってしまった言葉に、クレアは衝撃を受ける。
「……お母様は、私の事を考えてくれています……!」
思いの外、意思のこもった声だった。
でも、震えている。
止まっていた涙がまた溢れ出す。
自分の言葉を信じようとするように、でも自分を騙す嘘だと知っている——。
その姿が、切なくて、可愛くて——。
気づくと俺はクレアを抱き寄せて頬にキスしていた。
ただ慰めたいと思っただけだけど、
——目を見開いたクレアが、怯えて俺を見つめている——。
「ア、アイゼルからです」
咄嗟にそんな言葉が口から出ていた。
クレアの驚きの種類が変わったり。
「これはアイゼル・ハリエット、あなたに婚約を申し込んでいる辺境伯の次男から、あなたに届けるように頼まれたんです」
クレアの顔がパァッと明るくなる。
——笑顔が眩しい。
「アイゼルが……。覚えていてくれたの……」
彼女を笑顔にしたかったのに、俺の気持ちは沈んだ。
アイゼルに対してのドロっとした気持ちが胸に広がる。
不意に、クレアの影が俺に重なる。
——クレアの唇が俺の頬に触れた。
「アイゼルに伝えてください。私を探してくれてありがとう、あなただけを待ってたの——」
「伝えます……」
クレアが俺に触れた。
それだけで、良かった——。
◆◇◆
「14年前、あなたに会って別れた後に、仮面の男に会いました」
フェルゼンの通りで俺はクレアに伝える。
『クレア様に近づくな』
そう言われた。
「後を付けて、仮面の男がクレア様のお母様の従者だと知りました。昔のあなたは、ずっとあの男に監視されていたのです」
クレア様との会話の経緯が経緯だっただけに、アイゼルに仮面の男の事は言えなかった。
「そうだったの……。お母様が私を……、今も?」
継母が今も自分を気にしているのかもしれない、クレアは期待している。
俺は胸が締め付けられた。
彼女はまだ、母親を求めている——。
◆◇◆
別れ際に14歳のクレアが俺に聞いた。
「あの、あなたのお名前は?」
アイゼル一色だった彼女が、僕に興味を示した。
それだけで胸が高鳴った。
「グレン様と言うんですね」
そう言って笑った。
「グレン様、伝えに来てくださって、ありがとうございます」
俺の先にアイゼルを見ている笑顔。
「いえ、グレン、グレンと呼んで下さい」
俺は言った。
アイゼルと同じように呼んで欲しかった。
俺だけを見て欲しい。
「はい、グレン!」
これは、俺とクレアだけのものだ——。




